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第2話

Author: 雲野夕
涼平はデザイン原稿を無造作に放り投げた。

その勢いで、机の上に置かれていた紅茶まで倒してしまった。

熱々の紅茶が、私が3日間ほとんど眠らず描き上げた原稿に一気に染み込んでいった。

それは、私が一本一本の線を重ねて描いた、私たちが初めて出会ったときのあのアオギリの木だ。

思わず手を伸ばして原稿を救おうとしたが、手の甲が熱い紅茶に触れて火傷をした。

けれど涼平は、そんな私には目もくれず、まなみの腕をとっさに引き寄せ、とても心配そうに声をかけた。

「火傷してないか?」

まなみはそのまま彼の胸に身を寄せ、甘えるように言った。

「平気です。でも、明坂さんがせっかく頑張って描いたものが、全部台無しになっちゃって……」

「台無しになったなら、それまでだろ。今どき、こんな古臭い色の組み合わせを使うか?」

涼平はさらに眉をひそめた。

「こんな招待状を外に出したら、俺の面目が丸つぶれだろう」

そう言ってまなみの方へ顔を向けると、その声は一瞬で柔らかくなった。

「まなみは名門大学のデザイン学科を出てるんだ。招待状のことは任せる」

「分かりました」

まなみは素直に頷き、私を見て勝ち誇ったような目をした。

――「名門大学」か。

赤くなった手の甲を見つめながら、私は心の中で嘲笑った。

18歳のあの頃、私はすでに一流の芸術学院への推薦入学が決まっていた。

それなのに、涼平は目を真っ赤にして私にすがりついた。

「星乃、ここに残って俺を助けてくれないか?星乃がいないと俺は駄目なんだ。

絶対に結婚する。一番いい暮らしをさせてやる」

私はその言葉を信じた。

そうして待ち続けること、10年。

彼のために自分の道を捨てたのに、彼に言わせれば、私は世間知らずな女だ。

胃のあたりが突然、ぎゅっと縮んだ。

痛みに耐えかねて腰を折ると、冷や汗が一気に背中を濡らした。

それを見た涼平は、いっそう眉を寄せた。

「星乃、またそれか?少し何か言うたびに具合が悪いふりをして、何が楽しいんだ?」

私が彼の気を引こうとしていると、彼は思い込んでいる。

それなのに忘れている。私の胃の病気は、あの頃、彼のために投資を引き出そうとして、出血性胃潰瘍になるほどお酒を飲み続けた結果、残ったものだということを。

私はゆっくりと体を起こし、机の上に散らばった原稿を一枚ずつ拾い、書類袋へ戻した。

「招待状のデザインは矢倉さんに任せるよね。それなら、私は先に帰る」

振り返り、社長室を出た。

背後から、まなみの柔らかでわざとらしい気遣いの声が追いかけてきた。

「社長、明坂さんは怒っているのでしょうか?」

すぐに涼平の声が続いた。

「ただ拗ねてるだけだ。すぐに機嫌が直る」

私は足を止めなかった。

――今度は拗ねているんじゃない。もう、本当にここを去ると決めたのだ。

廊下のゴミ箱を通り過ぎるとき、無表情のまま書類袋を放り込んだ。過去10年間の期待も、すべて一緒に。

タクシーを拾い、そのまま家へ向かった。埃をかぶっていたスーツケースを引っ張り出し、服を詰め始めた。

入れたのは、私がこの家に持ってきた古い服を数着と、身分証だけ。

午後になってから、タクシーで街の中心部にあるフランスの高級オーダーメイドウェディングドレス店へ向かった。

半年も前から予約していたウェディングドレスを、キャンセルして返そうと思ったのだ。

「銀河」と名づけられたそのドレスは、涼平がメディアの前で堂々と私への贈り物だと発表したものだった。

離れると決めた以上、きっぱりと終わらせる。

VIPルームの前まで来ると、扉が半開きになっているのが見えた。

足を止めた。

まなみは、6000万円もする「銀河」を身にまとい、大きな姿見の前に立っている。

涼平は片膝をつき、優しい眼差しで彼女の裾を整えている。

「社長、このウェディングドレス、あまりにも高価すぎます。私なんかが着てもいいのでしょうか?」

まなみは恥ずかしそうな表情を浮かべた。

「明坂さんに知られたら、きっと大騒ぎになりますよ」

涼平は立ち上がると、気にする様子もなく言った。

「ウェディングドレスの一着くらい、まなみが着てみたいなら当然叶えてやる。

それに、星乃は昔から物分かりがいい。こんなことで気にするような女じゃない」

そう言って、彼はポケットから美しいジュエリーケースを取り出した。

「それから、これも。まなみ、ずっと欲しいって言ってただろ?つけてみろ」

それは、涼平がオークションで1億円を出して落札したピンクダイヤのネックレスだ。

彼は言っていた。結婚式の日に、自分の手で私の首にかけてやると。

なのに今、そのネックレスはまなみの首にかかっている。

「すごくきれいだぞ」

涼平は満足そうに彼女を見つめた。

私は扉の外から二人を見つめている。胸にはぽっかりと大きな穴が開き、そこへ冷たい風が容赦なく吹き込んでくるように感じられる。

――10年。

彼と共に苦労を重ね、空腹にも耐え、さらにはお酒まで代わりに飲んだ。

それなのに最後には、私の居場所も、私のウェディングドレスも、私との約束も、全部他の女を喜ばせるために使われた。

中へ踏み込まなかった。

ただ静かにスマホを持ち上げ、この光景を写真に収めた。

その後、指導教官のマーサにメールを送った。

【ビザの手続きを急いでお願いできますか。いつでもニューヨークへ飛べます】

帰る途中、涼平からメッセージが届いた。

【今夜の結婚式の試食会に、行ってきてくれ。俺はまなみを連れて大事なクライアントに会いに行く】

私は返事をしなかった。

次の瞬間、まなみがSNSを更新した。

添えられているのは、ウェディングドレス「銀河」をまとった彼女の、息をのむほど美しい後ろ姿。

そこにはこう書かれている。

【彼は言った。「物分かりが良い女でいるのはつらいから、俺はただ、君を思いっきり甘やかしたい」って】

私は画面を指でなぞり、写真を拡大した。

まなみの背後にある化粧台の上に、一枚の書類がはっきりと置かれている。

涼平が私に贈ると言っていた、島の所有権譲渡書だ。

けれど今そこに記されているのは、まなみの名前。

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