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3年介護したのに妹扱い?私は海外へ消える
3年介護したのに妹扱い?私は海外へ消える
Author: 九ノ瀬

第1話

Author: 九ノ瀬
東都でも名の知られた名家の御曹司である斉藤弘樹(さいとう ひろき)は3年ぶりにようやく歩けるまで回復した。その快気祝いとして、仲のいい友人たちが会員制のラウンジでささやかなパーティーを開いていた。

石田楓(いしだ かえで)は入口の前に立ち、心を込めて選んだプレゼントを抱えたまま、ドアに手をかける。そのとき、中から弘樹と仲間たちの話し声が聞こえてきた。

「弘樹、楓ちゃんてほんとできた子だよな。この3年間、ずっとお前に付きっきりだったんだろ?」

「だよな。毎日マッサージして、リハビリにも付き添ってさ。夜だって、お前のことを心配して、ちゃんと眠れてなかったんじゃないか?あれは簡単にできることじゃないぞ」

「ああ、楓には感謝してる」弘樹は、落ち着いた声でそう答えた。

その一言に、楓の胸がふっと温かくなる。

しかし、次の瞬間。「でさ、結局どうするんだ?楓ちゃんとは、結婚するつもりなのか?」

個室は静まり返り、冷たい空気が流れた。

ドアにかけられた楓の手は固まり、動悸が早くなる。まるで判決を待つ被告人のような気分で、息を潜めた。

長い沈黙の後、弘樹が淡々と口を開いた。「楓は妹みたいな存在だから」

「妹だって?お前を3年も支えてくれたんだぞ!弘樹、まさか、まだ松本さんを引きずってるんじゃないだろうな?

あの女はお前が倒れた時、何も言わずに消えたくせに、お前が回復したのを知ったら、ふらっと戻ってくるような奴だぞ?お前が誰を好きになろうが構わないけど、あの女だけはやめとけよ!」

しかし、弘樹は何も言い返さない。

楓の心臓は、まるで誰かに握り潰されたかのように痛んだ。

その沈黙こそが、弘樹の答えだろう。

3年もそばにいれば、いつかは想いが通じると信じていた。しかし、彼の心の中には、ずっと別の誰かがいたようだ。それも、彼自身を置いて去っていった人が……

3年前、弘樹は輝かしい成功への階段を登るエリートだった。

名のある大学を卒業し、家業を引き継いだ。さらに、趣味はスキーや乗馬。極め付きは、神に作られたような容姿だった。

一方の楓は、斉藤家に経済的援助をしてもらっていた、苦学生に過ぎなかった。

楓が弘樹を初めて見たのは学校の表彰式で、舞台上に立つ彼は、とても凛々しく、手が届かない存在だと思ったことを、今でも覚えている。

最後列に座っていた楓は、奨学金の書類を握りしめ、拍手一つするのさえ、恐れ多かった。

その頃、弘樹の横にいたのは名家の娘で容姿端麗な学校のマドンナ、松本結衣(まつもと ゆい)だった。

誰もが、まるで映画の主役みたいに、お似合いな二人だと言った。

しかし、あの事故がすべてを変えた。

弘樹は脊椎を損傷し、医師から二度と立てないかもしれないという診断を下された。

しかし、結衣は病院へ顔も見せず、ただ一方的に別れを告げるラインを送って姿を消したのだった。

星のように輝いていた斉藤家の御曹司は、一晩でどん底へ突き落とされた。

それからというもの、弘樹は暴力的になり、自傷行為を行うほどまでになってしまった。

彼の両親も泣くばかりで、途方に暮れていた。

そこで立ち上がったのが、楓だった。

弘樹の車椅子の前にかがみ込み、楓は静かに言った。「大丈夫、きっと良くなるから。私がずっとついてる」

それからの3年間、楓はあらゆるマッサージ技術を独学で学び、弘樹が突発的に死を選ばないよう、1日2時間睡眠で、彼を見守り続けた。

弘樹が感情を抑えきれず、椅子を振り上げて自分の足に叩きつけようとした時も、楓は迷うことなく飛び出し、その一撃を真正面から受け止めた。

1年、また1年と寄り添ううちに、楓は弘樹にとって欠かせない存在となった。

皆が言った。弘樹は、楓がいなければ眠ることもできない、と。

だから、弘樹が回復した今、二人は結婚するのだろうと誰もが思っていた。

楓自身も、そう夢見ていた。

しかし、今は弘樹が誰を想っているかなど、痛いほどわかった。

弘樹が回復し、本命の結衣が戻ってきた以上、「妹」という役割の自分は身を引くしかない。

楓は深く息を吐き、個室のドアを押して入る。

談笑していた声が止まり、弘樹の仲間たちがどこか後ろめたそうに楓を見つめた。

「楓ちゃん?いつ来たの?」一人が探るように尋ねる。

「たった今来たとこだけど、どうかした?」楓は何も聞いてないかのように笑顔を作り、プレゼントを弘樹に差し出した。「回復おめでとう!治ってよかったね」

弘樹が受け取ろうとしたその時、またドアが開いた――

そこには、目を潤ませた結衣が立っていた。「弘樹、治ったんだね……本当、よかった……」

その場の空気が一気に凍りつく。

「なにしに来たんだよ?弘樹が倒れたって知ったら我先に逃げたくせに。よく来られたな」

そう言われた結衣は、耳まで真っ赤にして俯き、プレゼントを弘樹に渡すと、そのまま部屋を出ようとした。

しかし、弘樹が結衣の腕を掴む。「せっかく来たんだ。そんなにすぐ帰ることはない」

全員が言葉を失い、申し合わせたかのように楓の顔を見た。

楓は笑みこそ崩さなかったが、掌には爪が深く食い込んでいた。

結局、この3年という時間も、結衣のたった一粒の涙には勝てないのだ。

それからの快気祝いは、かなり息が詰まるものとなった。

弘樹の仲間たちは故意的に結衣を無視し、楓と弘樹をくっつけようとした。

「楓ちゃん。弘樹のリハビリの時、ずっと毎日マッサージしてくれてたんだよな?」

「じゃなかったら、誰ができるんだよ!楓ちゃんのマッサージはプロ並みだし、他の奴が触ると弘樹は怒り出すんだから」

楓は顔を伏せ、結衣からの嫉妬混じりの視線に気づかないふりをする。

弘樹は一言も発さなかったが、ずっと結衣を気にしているのが見てとれた。

しばらくすると、ゲームをしようということになり、最初に負けた結衣は、知らない男の連絡先を聞くという罰を受けることとなった。

結衣が助けを求めるような目で弘樹をチラチラと見る。

しかし弘樹は手元のスマホに視線を落とし、気づかないふりを通した。

結衣は唇を噛み締め、意地になって席を立った。「別にどうってことないんだから!」

そう言って部屋を出て行った結衣に、楓は視線を向ける。すると、結衣は反対側の個室で男たちに囲まれていた。

酔った一人が結衣の手首を強引に引き寄せている。「別に連絡先は教えてやってもいいから、ちょっと触らせてくれよ?」

「やめて!放して!」結衣が悲鳴をあげた。

その瞬間、弘樹が猛然と立ち上がり、廊下を駆け抜けて男の顔に一撃を食らわせた。「死にてえのか?」

現場は修羅場と化した。

「おい、弘樹!やめろよ!」仲間たちも止めに入る。

楓は真っ先に弘樹の体が心配になり、駆け寄った。「弘樹、やめ……」

しかし、楓の言葉が終わらないうちに、弘樹の手が楓を突き放した。「どけ!」

ドン!

足を滑らせた楓の体は、階段を転がり落ち、後頭部を強打した。温かな液体がこめかみを流れ、世界が真っ赤に染まっていく。

必死に体を起こそうとしたとき、目に入ったのは、結衣を抱えて出ていく弘樹の後ろ姿だった。

彼は一度たりとも、後ろを振り返らなかった。

窒息しそうなほどの痛みが、胸を襲う。

突然、ある時の記憶を思い出した。

自暴自棄になった弘樹が、椅子を彼自身の足に叩きつけようとした時、楓は咄嗟に自分の体で彼の脚を庇った。弘樹の足は守ることができたが、その代償として、楓は肋骨を3本折ったのだった。

すると、弘樹は目を真っ赤にして、楓を怒鳴りつけた。「俺の足はもうだめになったんだよ!だから、壊れたって同じだ!それなのにお前は……こんなことして!何が大事かくらい、分からないのかよ!」

それでも楓は、頑なに弘樹の足を抱きしめながら、静かに言った。「分かってるよ。

私にとっては、あなたの足が大切だから、止めたの。

いつか、必ずまた歩けるようになるから」

その瞬間、これまでずっと気丈だった弘樹が、震える手で楓を抱きしめたのだった。「楓、俺から離れるなよ……」

人々は弘樹の快復を奇跡だと言った。

しかし、奇跡なんかではないと楓と弘樹だけが知っている。

ただ楓が、少しずつ少しずつ弘樹を奈落の底から引き上げてきただけのことだから。

しかし、今……

光が見えた弘樹は、もう自分を必要としていない。

その時ふいに、楓のポケットのスマホが鳴った。

震える手で画面を見ると、「光希さん」との表示。

電話の用件は聞かなくともはっきりしている。

電話に出るのと同時に、弘樹のお母さん・斉藤光希(さいとう みつき)の冷静で無機質な声が聞こえてきた。

「楓さん。弘樹は今やグループの社長なの。だから、そばにいる女性も、それなりに釣り合う家柄や立場で、きちんと支えられる方じゃないと正直困るの……

3年間、弘樹を支えてくれたことには感謝しているわ。だけど、うちは金銭的援助ということであなたに恩は返してきたつもりなの。だから、もう貸し借りはなしってことでいいわよね?」

電話の向こうの相手は、一瞬だけ沈黙した。自分が取り乱して問い詰めてくるのか、もしくは、すがるように懇願してくるとでも思っているのだろう。

楓は、弘樹が去っていった方を見上げる。がらんとした通路が、空回った自分の3年を嘲笑っている気がした。

「分かりました」楓は淡々と答えた。「もう二度と、弘樹の前には現れませんから」
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