جميع فصول : الفصل -الفصل 10

23 فصول

第1話

東都でも名の知られた名家の御曹司である斉藤弘樹(さいとう ひろき)は3年ぶりにようやく歩けるまで回復した。その快気祝いとして、仲のいい友人たちが会員制のラウンジでささやかなパーティーを開いていた。石田楓(いしだ かえで)は入口の前に立ち、心を込めて選んだプレゼントを抱えたまま、ドアに手をかける。そのとき、中から弘樹と仲間たちの話し声が聞こえてきた。「弘樹、楓ちゃんてほんとできた子だよな。この3年間、ずっとお前に付きっきりだったんだろ?」「だよな。毎日マッサージして、リハビリにも付き添ってさ。夜だって、お前のことを心配して、ちゃんと眠れてなかったんじゃないか?あれは簡単にできることじゃないぞ」「ああ、楓には感謝してる」弘樹は、落ち着いた声でそう答えた。その一言に、楓の胸がふっと温かくなる。しかし、次の瞬間。「でさ、結局どうするんだ?楓ちゃんとは、結婚するつもりなのか?」個室は静まり返り、冷たい空気が流れた。ドアにかけられた楓の手は固まり、動悸が早くなる。まるで判決を待つ被告人のような気分で、息を潜めた。長い沈黙の後、弘樹が淡々と口を開いた。「楓は妹みたいな存在だから」「妹だって?お前を3年も支えてくれたんだぞ!弘樹、まさか、まだ松本さんを引きずってるんじゃないだろうな?あの女はお前が倒れた時、何も言わずに消えたくせに、お前が回復したのを知ったら、ふらっと戻ってくるような奴だぞ?お前が誰を好きになろうが構わないけど、あの女だけはやめとけよ!」しかし、弘樹は何も言い返さない。楓の心臓は、まるで誰かに握り潰されたかのように痛んだ。その沈黙こそが、弘樹の答えだろう。3年もそばにいれば、いつかは想いが通じると信じていた。しかし、彼の心の中には、ずっと別の誰かがいたようだ。それも、彼自身を置いて去っていった人が……3年前、弘樹は輝かしい成功への階段を登るエリートだった。名のある大学を卒業し、家業を引き継いだ。さらに、趣味はスキーや乗馬。極め付きは、神に作られたような容姿だった。一方の楓は、斉藤家に経済的援助をしてもらっていた、苦学生に過ぎなかった。楓が弘樹を初めて見たのは学校の表彰式で、舞台上に立つ彼は、とても凛々しく、手が届かない存在だと思ったことを、今でも覚えている。最後列に座っていた楓は、奨学金
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第2話

楓は電話を切ると、そのまま病院へ向かった。後頭部の傷は3針縫い、医師からは水に濡らさないようにと言われた。ぼんやりとした頭で頷きながら診察室を出ると、病院の入り口近くに弘樹のマイバッハが停まっていた。少し空いている窓の隙間から、結衣が弘樹に縋りついて泣いているのが見える。「弘樹、あの時はごめんなさい……」結衣は声を詰まらせた。「許してなんて言わない。でも、離れなきゃいけない事情があったの。親に無理やり海外へ連れ出されて、スマホまで取り上げられて……ずっと連絡したくても、できなかったの」弘樹は黙って座ったまま。その横顔は氷のように冷たい。少し離れた場所からその様子を見ていた楓は、足が地面に縫い付けられたかのように動けなくなった。「で、今さら何のために戻ってきたんだ?」弘樹が低い声で言った。顔を上げた結衣の頬を、涙が伝う。「あなたが忘れられなかったから……でも、今の弘樹には石田さんがいることは分かってる。だから、ただ遠くから見ているだけでいいの……」影の中に立つ楓の前で、弘樹は長い沈黙のあと、そっと結衣の涙を拭った。「責めないさ」と彼は言った。「楓のことは……妹としか思ってないから。お前が思うような関係じゃない」すると、結衣は目を輝かせ、涙を拭い笑顔を見せた。「本当?」弘樹が頷く。嬉しさのあまり涙を流した結衣が、弘樹の胸に飛び込んだ。楓は自嘲に満ちた笑いを浮かべ、くるりと背を向けるとA国大使館へ向かった。……窓口の係員は書類を渡しながら「また2週間後にビザを受け取りに来てください」と言った。礼を言って外へ出ると、もう日が暮れていた。楓は弘樹が暮らす屋敷へと戻った。この3年間、弘樹の世話をするため、ここに住んでいた。かつて、楓はここを自分の家だと思っていた。玄関には彼女が選んだスリッパを並べ、リビングには彼女の多肉植物を飾り、キッチンには「胃腸に優しい食事リスト」を貼っていた。しかし今、その痕跡をすべて自分の手で消していく。荷物をまとめていた時、引き出しの奥底から写真が一枚出てきた。それは、弘樹のリハビリが成功した日に撮ったものだった。珍しく笑っている弘樹の横で、楓も三日月目の笑顔を浮かべている。何度も何度も指で触れたせいで写真はくたびれ、色も褪せていた。じっと見つめたあと
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第3話

その夜、帰ってきた弘樹の顔は真っ青で、見ていられないほどだった。キッチンでお茶を淹れていた楓は、物音に気づいて振り向いた。弘樹のあまりの顔色の悪さに、手から湯呑みを落としそうになった。「薬、飲まなかったの?」楓は、引きつった声で尋ねた。「あまりにもひどかったから、病院で胃洗浄を受けてきた」弘樹が、力なくソファに倒れ込む。冷や汗で前髪が濡れ、ひたいに張り付いていた。楓の手は震え、湯呑みの中の熱いお茶が手の甲にはねてしまい、瞬時に赤くなった。それほどまでに結衣が大切なのだろうか?胃洗浄をする羽目になっても、彼女が持ってきたものなら食べたいというのか?楓は湯呑みにお茶を淹れて弘樹に渡すと、彼の隣に座り込んで胃を優しくさすってあげた。お茶を飲み干し、柔らかな手に癒されたのか、弘樹は顰めていた眉をゆるめ、そのまま楓の肩に寄りかかって眠りについた。今まで何度も見てきた、いつもの光景。しかし今回、楓はその寝顔を見つめても、心が動かされることはなかった。弘樹をゆっくりソファに寝かせ、ブランケットをかけてから、迷いなく階段を上る。……翌朝、目を覚ますと、弘樹はすでに着替えを終えてリビングに立っていた。「ずいぶん家の中のものが減った気がするんだが?」彼は怪訝そうに辺りを見回している。楓が説明しようと口を開きかけたが、弘樹は聞かずに話をかえた。「結衣が今日個展を開いてるらしいから、俺たちも行くぞ」「えっと……」「結衣は帰国したばかりで友達がいないんだ」弘樹は楓の言葉を遮り言った。「少しでも人がいた方が喜ぶだろ?」楓は唇を噛みしめ、ただ黙ってうなずくしかなかった。個展の会場に着くと、弘樹を見つけた結衣が駆け寄ってきて、親しげに彼の腕を組んだ。「弘樹!この絵を一番見てもらいたかったの……」と言いながら、結衣は雪山の絵を指さす。「海外にいた時に描いたものなんだけど、あの頃は、毎日毎日、弘樹のことばかり考えて……」弘樹は黙って結衣の話を聞きながら、その絵を見つめていた。その瞳は深く、何を考えているのか分からない。結局、弘樹はそこに並んでいた全ての絵を買った。周囲からはひそひそと聞こえてくる――「昔から斉藤社長は松本さんを特別扱いしてるって聞いてたけど、やっぱり噂通り……」「一度捨てられたのに、ここまで
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第4話

「別に、何も。洋子は仕事が忙しいから、もう仕事に行かなきゃって」楓は、弘樹の探るような視線を避けるように、そっとまつ毛を伏せた。洋子は言いたいことがありそうな顔で一度楓を見やったが、結局は何も追及はしなかった。ただ弘樹をきつく睨みつけると、「楓。何かあったらすぐ連絡して」と言い、病室から出て行った。病室のドアが閉まると、弘樹はベッドサイドまで歩み寄り、申し訳なさそうに口を開く。「あの時は人が多すぎて、お前の姿が見えなくて……」「気にしないで」楓は淡々と彼の言葉を遮り、ベッドサイドにある水筒に手を伸ばした。楓が体を少し起こすと、病院服の襟元がはだけて、鎖骨の下の生々しい火傷の跡が見えた。弘樹の瞳孔が小さく震える。「怪我……そんなに酷かったのか?煙を少し吸い込んだだけと聞いていたんだが」楓は視線を落とすと、何事もなかったかのように襟元を直した。「たいしたことないから」弘樹は眉をひそめた。「怪我がこんなに酷かったなんて……てっきり煙で意識を失っただけかと」楓は唇の端を歪ませる。弘樹に何がわかる?彼の目には結衣しか映っていないのだから、自分の怪我なんかに気づくわけがないのに。楓は黙って、水を一口飲む。「この数日は、俺が面倒をみるよ」弘樹が急に言い出した。「大丈夫」楓は首を振った。「忙しいでしょ?私のことなんて気にしないでいいから」弘樹が何かを言い返そうとした時、スマホが鳴った。「弘樹……」電話の向こうから、結衣の泣きそうな声が聞こえる。「手がすごく痛いの……先生が傷口から感染しているかもしれないって……」弘樹の表情が瞬時に揺らいだ。楓はそんな彼を見つめて、小さく微笑んだ。「行ってあげたら?」「俺は……」スマホを握りしめた弘樹が、険しい顔になる。「やっぱり、介護に慣れてない俺じゃなく、看護師にお願いすることにするよ」楓はただ頷いた。「うん」弘樹が慌ただしく去って行き、ようやく病室に静寂が戻った。楓は天井を見つめ、ふと笑みをこぼす。面倒をみるなんて言ったくせに、結衣の一言でためらいもなく行ってしまった。あの火事の時と同じだ。ためらうことなく結衣のもとへ走り、自分の方なんか一切向くことはない。胸の奥が張り裂けるほど痛み、ゆっくりと目を閉じた。守られることのない約束など、最初から信じ
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第5話

オークションが終わり、出席者たちがまばらに会場を去っていく。弘樹が他の出席者と挨拶を交わしている隙に、結衣が楓に近寄ってきた。「これでやっと分かった?」結衣は声を潜め、赤い唇を歪めて勝ち誇る。「弘樹が好きなのは私なの。そんなにしつこくつきまとっても、弘樹をうんざりさせるだけよ?」楓は静かに結衣を見つめ、静かに言った。「望み通りになるはずですよ」「どういう意味?」結衣が眉をひそめる。楓は答えず、身を翻してその場を後にしようとした。「きゃっ!」背後から突然、叫び声が上がった。楓が振り返ると、結衣が階段から転がり落ちるところだった。「楓!」弘樹の怒鳴り声が会場に響く。彼は駆け寄ってくると楓を突き飛ばした。強い衝撃で、楓は壁に激しくぶつかった。「結衣が何をしたっていうんだ?なんでこんなことするんだよ!」弘樹は怒りのあまり、楓を睨みつける。「今までのことで、文句があるなら俺に言えばいいだろ?なのに、なんで結衣を傷つけるんだ?」冷たい壁に背を預け、楓は小さく、しかし毅然とした声で言った。「押してない」「弘樹……」結衣が弱々しく弘樹の袖を掴む。「私の注意不足なだけだから……石田さんのせいじゃない……」「庇う必要はない」弘樹は冷ややかに楓を一瞥し、結衣を横抱きにして背を向けた。「帰りは自分で何とかしろ」楓はその場に立ち尽くし、結衣を連れ去る弘樹の背中を見つめた。彼のスーツは結衣にかけられ、その仕草はまるで宝石を大切に守るかのようだった。弘樹はいつだってそうだ。結衣が涙を流せば、必ず悪いのは楓になる。ポケットの中で、1週間後にA国へと飛ぶ航空券を触った。これは愛も痛みも全てから、自分を逃がしてくれるはずだ。もう弘樹が自分を重荷に感じることもなくなる。なぜなら、自分という重荷は彼の前から永久に消えてなくなるのだから。弘樹の暮らす屋敷まではかなり距離があるうえに、会場は人里離れた場所にあったため、タクシーすら捕まらず、楓は歩いて帰るしかなかった。半分ほど歩いたところで雨が降り出した。冷たい雨が髪と服を濡らし、靴の中にも水が浸み込んでくる。一歩歩くごとに、まるで刃の上を歩いているように感じた。帰宅した時には足の裏に血豆ができており、高熱まで出ていた。なんとか薬を探し出し、応急処置を終
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第6話

結衣が家で暮らすようになってから、楓は弘樹の今まで見たことのない一面を見ることとなった。彼は結衣の嫌いな食べ物を把握していて、もし結衣が眉をひそめれば即座に別の料理を準備する。雷が鳴る夜、結衣が怯えていれば、すぐに駆け寄って宥めた。以前、楓さえ立ち入ることを許されなかった書斎も、結衣には自由に出入りさせた。弘樹の「愛する」とはこういうことらしい。ここ数年のことが、ふと脳裏に蘇る。弘樹が躁うつの発作に襲われたとき、自分がそばにいるだけで自傷行為を思いとどまってくれた。それは、彼が自分を好きになり始めた証だと思って、密かに喜んでいたのに……今思えば、なんて滑稽だったのだろう。ある日、楓が書斎の前を通りかかると、結衣が何かをいじっているのが目に入った。半開きのドアの隙間から中を覗く。結衣が手にしていたのは、弘樹が亡き祖母から受け継いだ大切なヒスイの置物だった。それは結衣の手から今にも落ちそうで、見ているだけでひやひやした。いてもたってもいられなくなった楓は、たまらず中へ飛び込んでヒスイの置物を奪い取る。「何してるんですか?これは弘樹のおばあさんの形見なんですよ。そんな風に扱わないでください!」「あなたに関係ないでしょ?」結衣がイラついた様子で奪い返した。そして、必死な様子の楓を見て、意地悪く口元を歪める。「そんなに大切なの?じゃあ……」結衣はわざと指を開いた。パリンッ。ヒスイの置物は硬い床に打ちつけられ、無残にも粉々に砕け散った。楓の心臓が凍りつく。あれほどまでに弘樹が大切にしてきた、唯一の宝物だったのに。「何してるんだ?」弘樹の声がドアの外から聞こえた。顔を上げると、割れた欠片を凝視する彼の凍りついた表情が楓の目に映る。「石田さんが落としたの」結衣はすぐさま口を開き、わざとらしく目を潤ませた。「私が手に取ってみていただけなのに、石田さんが急に突き飛ばしてきて……」弘樹の瞳が、一瞬にして暗くなった。「楓、お前……」「防犯カメラがあるでしょ?」震える声で楓は弘樹に訴える。「防犯カメラの映像を見れば、何があったのか分かるから」一瞬にして、その場に緊張が走った。結衣は表情をこわばらせ、仕方なさそうに口を開いた。「ごめんね、弘樹。私が落としちゃったの……もしかして、すごく大切なものだっ
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第7話

あの日以来、楓はほとんど自室に引きこもるようになった。そんなある日の夕食の時。突然、結衣が腹痛を訴え、真っ青な顔をして弘樹の腕の中で倒れたのだ。「どうしたんだ?」弘樹は動転し、すぐにかかりつけの医師を呼んだ。診察を終えた医師は深刻な顔つきで言った。「毒物ですね」屋敷内が一瞬で騒然となる。使用人たちは怯えながら控え、執事は夕食の調理過程について尋問を始めていた。「私、見たんです……」一人の若い使用人が震えながら口を開く。「石田さんがスープに何かを……」弘樹の眼光が冷たく凍りついた。彼は大股で楓に歩み寄ると、楓の手首を骨が砕けそうなほどの力で掴んだ。「あのヒスイの置物のことがあったから、結衣を殺そうというのか?楓、どうしてこんな人間になってしまったんだよ?」楓は弘樹を見上げて、静かに言う。「私じゃない」「まだ言い訳を?」弘樹は冷酷に言い放つと、使用人に命じた。「残ったスープを持ってこい」楓は目を大きく見開いた。「何するの?」「身をもって知れ」弘樹は楓の顎を掴み、氷のように低い声で言った。「やっていいことと悪いことを叩き込んでやる」持ってきたスープは、弘樹の合図で強引に楓の口へ流し込まれた。二人のボディーガードにしっかりと押さえつけられていたので、抵抗など無駄だった。喉に注ぎ込まれた熱いスープで、楓はひどくせき込む。毒の効果はすぐに現れた。楓は激痛で床に這いつくばる。背中には冷や汗がびっしょりと浮かび、身体を丸めて震えながらも、楓は頑なに口を動かした。「私は毒なんか盛ってない……」しかし、弘樹は楓を一切振り返りもしない。ベッドサイドで結衣に付き添い、丁寧に水を飲ませ、額の汗を拭いてやっている。その目は、底なしの優しさに満ちていた。「弘樹……」結衣は弱々しく弘樹の手を握る。「石田さんのことを……」「あいつなんかどうでもいい」弘樹は優しくなだめた。「お前はゆっくり休め」遠のく意識の中、楓はひどい痛みで目の前が暗くなっていく。最後は、乱暴に救急車へと運び込まれた記憶だけが残った。一晩中、病院のベッドにいたが、誰一人として面会に来ることはなかった。翌日戻った屋敷は、ひっそりと静まり返っていた。すると、スマホに結衣から一枚の写真が送られてきた。どこまでも広がる海を背に、弘樹が結衣の腰
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第8話

その頃、東都の最高級ホテルで行われている弘樹の誕生日パーティーに、注目が集まっていた。斉藤グループの御曹司の誕生日ともなれば、招待客も著名人ばかり。しかし、肝心の主役である弘樹はどこか上の空だった。その異変に、弘樹の仲間も気づいていた。「あれ、なんか変だな。楓ちゃんがまだ来てないなんて。まさか忘れてるとか?」「まさか!あの子、弘樹に関することなら、これまで一度だって忘れたことがないんだぞ?」「まあ、そうだよな。でもパーティーも半分を過ぎたぞ。楓ちゃんがここまで遅れるなんて、初めてじゃないか……」顔を見合わせる仲間たち。弘樹の様子がおかしいことにも痺れを切らした竹内大輝(たけうち だいき)が、思い切って弘樹に声をかける。「弘樹、楓ちゃんに電話でもかけてみたらどうだ?」「いや、いい。あいつはただ、プレゼントを用意してるだけだから」と、弘樹は反射的に首を振った。その言葉を聞いて仲間たちも不思議には思いつつも、それ以上は何も言わなかった。もしかしたら、自分たちの考えすぎかもしれない。ちょうどプレゼントを贈るプログラムとなり、結衣の番がやってきた。かつて弘樹を捨てて出て行った結衣を良く思っていない仲間たちだったが、今日は弘樹の大切な場だと考え、結局何も言わなかった。結衣が恥ずかしげに、用意したプレゼントを差し出す。「弘樹、これ……」しかし、結衣が言葉を言い終える前に、弘樹はスマホの画面を見て表情を一変させた。周囲が見ている中で結衣を突き飛ばすと、そのまま駆け出していく。「きゃっ!」ふいをつかれた結衣がその場に倒れ込み、痛みで涙を流しながら、弘樹の名を呼ぶ。しかし、これまで結衣を最優先していたはずの弘樹なのに、一度も彼女を振り返らずにパーティー会場を飛び出していったのだった。会場の人間は皆、事態を飲み込めず呆気にとられた。動揺する仲間のひとりが、現れていない楓のことを思い出して青ざめる。「まさか、楓ちゃんになにかあったのか?」その言葉で仲間たちも慌てて弘樹の後に続いた。その場にひとり残された結衣は、仲間たちが去り際に口にした名前を耳にし、怒りで唇を震わせる。楓?また楓だって?!しかし、結衣がどう思おうと、誰も気にしてはいない。弘樹が全力で屋敷に戻ると、そこは静まり返っていた。それでもまだ諦め
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第9話

「いなくなった?いなくなったって言っても、どこへ行くんだよ?」その言葉に、大輝ははっと息を呑み、顔に浮かんでいた焦りも一瞬で固まった。ほかの面々の表情にも、驚きがはっきりと広がっていく。楓がいなくなるなんて、誰一人として考えていなかったからだ。この数年、彼らはずっと見てきた。弘樹があの時の事故をきっかけに、激しく浮き沈みを繰り返してきたことも、彼のそばにいた人間が入れ替わり立ち替わり去っていったことも。彼ら自身でさえ、あの頃の気まぐれで不安定な彼のそばに、ずっと寄り添い続けるだけの覚悟は持てなかった。唯一の例外が、楓だった。楓は弘樹が最も荒れていた時に寄り添い、どんなに八つ当たりされても決して見捨てることはなかった。楓には、いなくなるなんて考えすら元々なかったのだから。なのに、どうして急に……その時、弘樹のスマホが鳴り響いた。彼はすぐさま電話に出る。「楓?今どこにい……」しかし、弘樹の言葉が終わらないうちに、電話口からは結衣の声が聞こえてきた。「弘樹、足を挫いちゃって……病院に連れて行ってほしいの」以前の弘樹なら即座に向かっていたはずだ。しかし、楓の唐突な失踪に動揺していたのか、彼はつい断ってしまった。「今取り込んでいるんだ。誰か他の人に頼んでくれ」これには大輝らも驚いたが、弘樹が結衣との距離を置き始めたことに、仲間たちはこっそりと胸を撫で下ろす。結衣も、これほどあっさりと断られるとは思わなかったのだろう。彼女は歯を食いしばり、顔を青くこわばらせながらも、必死に作り笑いを浮かべてわざとらしげな溜め息をついた。「そう、わかったわ。もしかして、石田さんに何かあったのかしら?あんなに慌ててたみたいだし……」そこでようやく、弘樹は先ほど我を忘れて何かを突き飛ばしてしまったことを思い出し、少し迷ってから、短く言った。「待っていろ。すぐに行くから」電話を切った弘樹は、パーティー会場へと戻っていった。後に残された面々は互いに顔を見合わせる。……病院にて。「ただの打ち身ですので、湿布を貼って、数日間安静にしていれば治りますよ」医師が診断結果を弘樹に渡す。結衣に何事もないとわかり、弘樹はほっと胸を撫で下ろした。結衣を連れて帰ろうと顔を上げた時、視界の中によく見知った姿が入り込んだ。「楓!」弘樹の表
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第10話

「ありがとうございます」瞳は笑顔で光希に頷くと、弘樹の方を向いて手を差し出した。「はじめまして、弘樹さん。瞳です」瞳は、この食事会の目的を悟っていた。斉藤家と碓氷家は家柄も釣り合いがよく、最近両家で共同事業の話も持ち上がっていたから、この会食は単なる顔合わせにとどまらず、政略結婚の相談でもあるのだろう。弘樹に二人の女性の影があることは瞳も知っていたが、全く気にしていなかった。一人は、彼がどん底にいたときに見捨てた相手だ。捨てられた悔しさが尾を引いて、未練のようなものを抱くことはあるかもしれない。だが、自分を捨てた相手に、何のわだかまりもなくいられる人間がどれだけいるだろうか。もう一人は家柄もない田舎娘で、斉藤家の支援がなければ弘樹と関わることすらありえなかった存在。交通事故の時に看病して多少気に入られたとしても、到底恐れるに足らない。結局、弘樹の中では、結衣にすら及ばない存在なのだから。弘樹はすぐに光希の意図を理解した。だから、彼は顔を顰め、目の前に差し出された手を見ても一向に応じようとはしなかった。気まずい沈黙が流れる中、光希は笑みを浮かべ、場を取りなそうと瞳を座らせる。「弘樹は昔からこんななんです。だから、気にしないでくださいね、慣れれば大丈夫ですから」瞳は顔をこわばらせたが、結局何も言わなかった。恵まれた環境に育った者は大体傲慢なもので、まして弘樹はあんな大怪我を乗り越えてきたのだから仕方がない、と自分に言い聞かせる。まずは互いを知る機会にしようと思っていた光希だったが、弘樹の非協力ぶりには閉口した。話題を振っても無視し、話をそらし、徹底して関わろうとしないのだ。弘樹が終始瞳を無視し続けたため、我慢の限界を迎えた瞳は突如席を立ち、帰り支度を始めた。「光希さん。息子さんにその気がないようですので、この話はなかったことにしましょう」散々な結末となり、光希が呆れつつも瞳を斉藤家の本邸から送り出すと、すぐに弘樹を叱責した。「あなたは何なの?食事をするだけでしょ。なんでこんな事にするのよ?」瞳の姿が見えなくなっても弘樹は顔を上げず、食事を続け、光希の言葉にも淡々と返事をする。「戻ってこいと言われただけで、こんな話だとは聞いてないからな」「仕事上の協力関係なんだから、ただ友人として親しくなればいいでしょ?
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