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30話

Auteur: 東雲桃矢
last update Date de publication: 2026-06-02 21:25:35

「予約の電話しとかないとね。先生、先に食べてていいよ」

 成也はスマホを操作しながら言うと、電話をかけて耳にあてた。千夏はお言葉に甘えてふたり掛けのテーブルで、できるだけ音を立てないように冷やし中華をすする。成也は手短に予約の電話を終わらせると、千夏の向かいに座ってざる蕎麦を食べ始めた。

「リリィは8時頃に来るよ」

 時計を見てみると7時20分を回ろうとしている。

「あと40分ですか……」

「そんな暗い顔しないでよ。これも仕事のためなんでしょ?」

「まぁ、そうですけど……。ところでリリィさんとしての奈津子さんとはどういった知り合いなんですか?」

 客とデリヘル嬢と考えるのが普通なのだろうが、成也がわざわざお金を出して、女性に性処理をさせる人間だとは思えない。ふたりはもっと違うところで出会ったのではないかと千夏は考えた。

「俺ホストやってた時あるんだよね。ほんの数ヶ月だけどさ。リリィはその時のお客さんのひとり。って言っても、俺の客じゃないんだけどさ」

「ホストクラブのことはあまり分かりませんけど、常連には担当のホストがついて、その人がずっと接客するんですよね? どうして末安さんがリリィ
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  • Asymmetry   153話

    「私も、末安さんが好きです」 先に好きと言われていても、想いを伝えるのには勇気がいるようで、緊張で張り裂けそうになる胸をおさえながら、少しこわばった成也の目をまっすぐ見て伝える。「あぁよかった。フラれたらショックで一生退院できなかったよ」 成也は崩折れるように千夏に抱きつき、安堵の息を吐く。「大げさですよ」「そんなことないよ、これでもガラスのハートなんだから。本気で好きになった人にフラれたら、ショック死してもおかしくないね。ね、目閉じて」 熱烈な視線で言われ、千夏は頬を紅潮させながら目を閉じた。少しカサついた、温かい唇と重なる。 傷跡のせいで恋愛を諦めていた千夏は、こんなに幸せなキスができる日がくるなんて思っていなかった。有り余る幸福で、頬に雫が伝う。「泣かないでよ。ただでさえ緊張と幸せでどうにかなりそうなのに、もらい泣きしちゃうじゃん」 そう言う成也の目には、既にいつ零れてもおかしくないほどの涙が溜まっている。「仕方ないじゃないですか、私だってこんな幸せな日が来ると思ってなかったんですから」「ははっ、そうだね。ね、もう一回」 千夏が目を閉じる前に、成也は唇を重ねた。先程よりも長いキスに千夏が成也の腕を掴むと、彼は名残惜しそうに少し離し、啄むようなキスをして、今度こそ離れた。「あー、幸せ。先生の、千夏さんの助手になれて本当によかった」 名前で呼ばれ、千夏は一瞬呼吸を忘れる。そんな彼女を見て、成也は苦笑した。「恋人なんだから、名前で呼んでもいいでしょ? 仕事中は今までどおり先生って呼ぶからさ。千夏さんも、俺のこと名前で呼んで」「せ、成也さん……」 千夏は耳まで真っ赤になりながら名前を呼ぶと、恥ずかしさのあまり成也の胸に顔を埋めた。「可愛いなぁ、俺の恋人は」 成也は千夏をぎゅっと抱きしめ、額にキスを落とす。「大好きだよ、千夏さん。傷ごと愛してる」 これ以上ない愛の言葉に、千夏は幸福の涙で成也の胸を濡らした。

  • Asymmetry   152話

     乱雑にドアを開けると、部屋は真っ暗だった。手探りで電気スイッチを見つけて電気をつけると、掠れたうめき声が聞こえた。「末安さん!」 ベッドに駆け寄ると、成也は眩しそうに何度も瞬きをする。成也が生きていることに安堵し、千夏は急いでベルトを外していく。「先、生……? ここは危ないって……」 成也の声はとても弱々しく、かなり衰弱してしまっているのが素人目でも分かる。 上半身のベルトを全部外すと、千夏は成也を抱き起こし、そのまま力強く抱きしめる。「末安さん、もう、終わったんです、助かったんですよ。東堂紫織は逮捕されました」「そっか、よか、った……」 千夏が涙声で言うと、成也は涙を流してそのまま気を失ってしまった。 院長である紫織が逮捕されたことにより、他の精神科医が院長になり、病院は一新した。それでもこの病院で紫織から性的暴行を受けた患者達は、ここにいると思い出してしまうからと、別の病院へ転院した。成也もそのひとりだ。 東堂紫織は不動産屋の名刺を見つけてしまい、成也が自分の元から離れようとしていることに気づき、彼を監禁したそうだ。他の被害者については、現在取調中とのこと。 数日後、千夏はコンビニでスナック菓子とコーラを買うと、成也の見舞いへ行く。病室に入ると、成也はベッドの上であぐらをかいて外を見ていた。「末安さん、調子はどうですか?」「だいぶ回復してきたよ」 千夏が袋を渡しながら聞いてみると、成也は小さく笑ってそう答え、コーラを半分近く飲んだ。「本当にありがとね、先生」「改めて言われると照れますね……」 見たことのない穏やかな笑みに、少し戸惑いながらベッドの隣に置いてある椅子に座った。「言っとくけど、このお礼は助けてくれたことに対してだけじゃないよ」「どういうことです?」 千夏が首をかしげると成也は千夏の正面に来て彼女の手を取り、頬をすり寄せた。その仕草に、千夏の胸の鼓動が早くなる。「俺と出会ってくれてありがとう。先生と出会ってなかったら、俺は東堂先生の人形として生きてただろうし、歳を取って先生が若いお気に入り見つけたら、捨てられてたと思う。そうなったら俺は、野垂れ死ぬしかなかった……。本当にありがとう」「それを言うなら私だって……。末安さんがいなかったら、父と向き合うことはできませんでした。きっと、過去に縛られながら生き続け

  • Asymmetry   151話

    「ふふ、怖い? 大丈夫よ。恐怖なんて忘れるくらい、気持ちよくしてから殺してあげるから。さあ、最期の治療を始めましょう」 紫織は舌なめずりをし、いつものように手錠をかけて服を脱がせていく。服をはだけさせた瞬間、勢いよくドアが開く音がした。驚いて振り向くと、千夏と弘泰がトイレから出てきて紫織を睨みつけている。「あなた達、どうして!?」「現行犯逮捕だ、この痴女!」 弘泰は驚いて無抵抗の紫織に手錠をかけると、彼女を突き飛ばして美咲の服を整える。「お前がこんなことされてるって気づいてやれなくて、ごめんな、美咲……」「ううん、助けてくれてありがとう、お兄ちゃん」 弘泰は美咲の涙を拭うと、ボストンバッグを開ける。中にあるおびただしい数のアダルトグッズを床に叩きつけ、紫織の胸ぐらを掴んだ。「テメェ、よくも美咲を!」「ダメだよ、弘泰!」 千夏は振り上げられた腕を、必死で掴んだ。「離せ! 殴ってやんねーと気が済まねーんだよ!」「美咲ちゃんの前だよ!」 千夏の言葉に我に返り、振り上げた腕をだらりと下げる。紫織を掴んでいた手からも力が抜け、紫織は尻もちをついてしまう。「やっと、先生の暴走を止められてよかったです」 いつの間にか病室に入ってきた茜は、涙をいっぱいに溜めた目で紫織を見下ろす。「そう、あなたが手引きしていたのね……。私の敗因は、あなたの調教をしなかったことかしら」 茜を見上げ、紫織は力なく笑った。「いいえ、犯罪を犯した時点であなたは人として負けです。あなたを信じていた人は、皆失望するでしょう。私も、あなたに失望しています。性被害者を救いたいって言葉、信じてたのに……」 茜はその場で泣き崩れ、紫織の肩を何度も叩く。「おい、ここは俺がどうにかしとくから、お前はあのイケメン助けてこいよ」 弘泰は片手で美咲を抱きしめ、もう片手でスマホを操作している。きっと警察を呼ぶのだろう。「ありがとう、行ってくる」 千夏は病室から出ると、急いで特別室へ向かう。途中、”廊下で走ってはいけません”という張り紙を見かけたが、そんなもの知ったことではない。

  • Asymmetry   150話

     真夜中、紫織はヒールを鳴らしながら薄暗い廊下を歩く。彼女は今夜、美咲を殺す。(どうやって殺そうかしら? 刺すのはダメね、隠蔽工作に困っちゃう。違う、どうやって自殺したことにしようかしら?) そう考えるだけで自然と笑みが零れ、下半身がじんわりと熱くなる。 幼少の頃から、紫織は親に可愛がられてきた。「紫織は可愛いというより綺麗な子だね。綺麗なもので囲んで、もっと綺麗になろうね」 彼女の両親はそう言って美しいものを紫織に買い与え続けた。そして紫織も、自分を美しくするために美しいものしかそばに置かなかった。 友達もおもちゃも、見た目で選んでいた。 それは大人になった今でも続いており、自分のコレクション用の病棟まで作った。 屈辱と羞恥は、美しい者をより美しくする。そう信じてやまない紫織は美しい患者を入院させ、辱め、彼らが屈辱と羞恥で頬を染め、苦痛に歪むのを見てうっとりしていた。 だが屈辱と羞恥よりも、美しい者をより際立たせるものを、彼女は知ってしまった。 死である。 散る花が美しいように、息絶えていく彼らはとても美しい。そう思ってしまった。 特に自分の手の中でじりじりと命の火を燃やし、息絶える姿は紫織に絶大なエクスタシーを与え、絶頂へ導いてくれる。 恐怖と絶望で潤んだ瞳は、紫織にとって最高の媚薬だ。「考えただけで濡れてきちゃうわ」 息を荒くし、タイトスカートの上から太ももを擦ると、美咲の病室に入った。 美咲はベッドの上で仰向けになり、ぼんやりとした目で天井を見上げている。この美しい少女を今から自分の手で殺せると思うと、喘ぎ混じりの吐息が零れる。(この子でこんなに興奮するなら、成也を殺す時、どうなっちゃうのかしら? 新しい子を見つけて殺すのもアリね) 愛しい美青年のことを考えながら、美咲の頬に触れる。美咲は小さく身体を跳ねさせると、恐怖で瞳を潤ませた。「最期の1日はどうだったかしら? っていっても、ずっと寝てたものね。いい夢は見られた?」 美咲は質問に答える代わりに、静かに涙を流す。紫織はその涙を赤い舌でチロリと舐めとった。

  • Asymmetry   149話

    「本当か?」 弘泰が手を離すと、茜は咳こみながら首を縦に振る。「院長があんなことをしてるのに気づいたのは、半年前です。尊敬している先輩がクビになったのがきっかけでした。先輩は院長が患者に性的暴行をしているのに気づいて、それを問い詰めてクビになったんです。それで、私はこの半年、証拠集めをしていました。院長のパソコンの暗証番号を知るのに時間がかかってしまいましたが、証拠はそのパソコンの中にあります」「この写真は、パソコンの中にあった写真ですか?」 千夏の問いに、茜は大きく頷いた。「そうです。昨日院長とあなたが院長室から出ていった後、こっそり忍び込んでUSBメモリにコピーしたんです。今まではいつ戻ってくるのか分からなくて、怖くてこんなことできなかったんですが、弁護士さんと院長の会話で、院長が会議に行くと分かったので実行したんです」「まさか聞かれてたなんて……」 自分の浅はかすぎる詰問を聞かれていたと思うと、恥ずかしくて顔が熱くなる。「荻原さん、末安さんは今どうしてるか分かります?」「末安さんは、まだ特別室に監禁されています。ですが、院長の性格からして、明日には違う場所に連れて行ってしまうと思うんです」「なら、チャンスは今夜だけということですか……」 千夏は集まった情報を整理しながら、成也と美咲を助ける方法を探す。(思い出せ、千夏。今までの事件全てを。きっと末安さんから学んだことだってあるはず。所長だって、色んなことを叩き込んでくれたんだ。どれが役に立つ? どれをどう応用する? 考えろ) 必死で思考を巡らせ、彼らを助ける作戦が組み上がる。(ていっても、ほとんど丸パクリだね、これは) 出来上がった作戦に苦笑すると、3人は怪訝な顔で千夏を見る。「こんな時に何笑ってんだよ」「ごめん、作戦思いついたの。きっとこれでうまく行く」 誰にも聞かれないようにと、4人で小さな円になり、小声で作戦会議を始めた。

  • Asymmetry   148話

     翌朝、虚ろな目をした美咲の病室に、上機嫌な紫織が来た。「あなたのこと、とても気に入ってたんだけど残念だわ。危険なおしゃべり人形は邪魔だもの」 そう言って紫織は美咲に麻酔を投与した。美咲はそのままゆっくり目を閉じる。 午前10時、千夏と弘泰は病院に来た。ナースステーションに行くと、茜が駆け寄ってくる。「美咲ちゃんのお兄さん、私も今から美咲ちゃんの病室に行くので一緒に行きましょう。そちらの方はお友達ですか?」「あぁ、荻原さん。そう、千夏は友達です。千夏、この人は美咲の担当ナースの荻原さん。いつもよくしてくれるんだ」 弘泰は柔和な笑みを浮かべ、千夏に茜を紹介する。「はじめまして」「はじめまして、美咲ちゃんのお見舞いに来てくれる人が増えてとても嬉しいです。では、行きましょうか」 言葉とは裏腹に、茜の表情はかたい。 彼女が成也のことで何か知っているような気がした千夏は、どう探りを入れようか考えながら一緒に病室へ行った。 病室に入ると、美咲は今にも泣きそうな顔をしてベッドに座っていた。「どうしたんだ? 美咲」「お兄ちゃん……、私、院長先生に殺されちゃう。余計なこと言ったから殺すって……」 美咲は震える両の手で、弘泰の腕を力強く握った。「あの女、お前に何を……」「それについては、私が話します」 重苦しい声でそう言ったのは、茜だ。3人の視線が、茜に集まる。「荻原さん、どういうことだ?」「これを見てください」 茜は手紙用の封筒を弘泰に差し出す。弘泰は封筒を受け取ると、中にある写真を出して見た。千夏も写真を覗き見て、悲鳴を上げそうになるのを、両手で口を覆ってなんとかこらえる。「なんだよ、これ……」 写真に写ってるのは美咲よりも幼い少女で、全裸にされて手枷をつけられ、色白の裸体に真っ赤な蝋を垂らされている写真だ。他の写真も見てみると、性的暴行をされている美男美女が写っていた。「東堂先生は、気に入った患者を長期間この病棟に閉じ込めてこんなことをしてるんです。他にも……」「お前! 今までずっと見て見ぬふりしてたのかよ!? なんのための医者だ、なんのためのナースだ!」 茜の言葉は、弘泰が彼女の胸ぐらを掴んだことによって中断させられた。怒りで顔を真っ赤にした弘泰は、我を忘れて茜を罵る。いつ手を上げてもおかしくない。「弘泰落ち着いて!」「う

  • Asymmetry   2話

    「この男は誰なんですか? バイト先の先輩ってことはないですか?」「それはないわ。梨花が働いてるのはファミレスだし、そんな派手な髪じゃ働けないと思うんだけど……」 藍子の言う通り、派手な金髪はファミレスで働くのに相応しくない。面接するまでもなく帰されるだろう。「最近バイト頑張ってると思ったら、こんな格好しだして……。時々帰りが遅くなるからおかしいと思ってこっそりつけてみたら、この男にお金渡してキスしてたの。それと、何か貰ってて……」 話しているうちに藍子は徐々に俯いてしまう。 危険ドラッグのバイヤーかもしれない。 ここまで話を聞いて、千夏はそう思った。きっと藍子も同じことを考えてい

  • Asymmetry   1話

     うんざりするほど暑い昼下がり、真夏だというのにスーツを着こなした若い女性が、玉のような汗を拭いながらアスファルトを踏みしめていく。彼女の名は本条千夏。ナチュラルブラウンのミディアムロングが良く似合う、見るからに真面目そうな女性だ。背は低いものの、顔立ちは小動物のように愛らしい。「なんでこんなに暑いかな……」 ため息混じりに呟いたところで目的地である喫茶店が見え、自然と早歩きになっていく。 最終的に小走りで喫茶店の前まで行くと、少し重たい木製のドアをゆっくり押した。涼し気なベルの音が来客を知らせる。「千夏ちゃん、こっちよ」 奥の席でそわそわしていた中年女性は、千夏を見るなり手招きす

  • Asymmetry   4話

    「ちょっと……!」 突然のことに驚きながらも声を上げると、男は面倒くさそうに振り返る。「カラオケに行くんだよ。ここじゃ暑いし、検査もできないでしょ?」「確かにそうだけど……」 不安に思いながら、カバンに触れる。危なくなったら催涙スプレーをかけて逃げればいい。そう自分に言い聞かせ、梨花と共に男について行く。 カラオケ店につくと千夏は水を、ふたりはそれぞれ好きなジュースを持って部屋に入る。千夏は男を奥に座らせ、自分達は出入口に座った。これで男が妙な真似をしても逃げられる。「警戒心強いねぇ、おねーさん。ま、それが賢明だと思うけどね。でもさ、こんな確実に捕まるようなところで、犯罪しでかす

  • Asymmetry   3話

     藍子から相談を受けてから数日後の夕方。藍子から聞いた話を元に、梨花のバイト先であるファミレスから少し離れたところにあるコンビニで、立ち読みするふりをしながら窓の外を見る。藍子の話によれば、梨花は夕方にバイトが終わるとその足で路地裏に行くらしい。(そろそろね……)  腕時計と外を交互に見ながら待っていると、梨花が目の前を通り過ぎる。 写真のようにギャルのような格好をし、浮かれ気味に歩く梨花は恋する乙女そのものだ。それを見た千夏は危険ドラッグではなく、クズ男に騙されているのではないかと考え直す。 梨花が完全にコンビニを通り過ぎてから、千夏は外に出て彼女を尾行する。浮かれている梨花は千夏

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