LOGINローゼンは窓から中庭を見ていた。ルピナス。ダリア。フジ。そしてマーガレット。四人がお茶を飲んでいる。楽しそうだった。「なぜだ……」本日十四回目である。隣の側近が言った。「殿下」「なんだ」「授業を受けてください」「今忙しい」「何がですか」「観察だ」側近は遠くを見た。もう何も言うまい。ローゼンは真剣だった。ルピナスが笑っている。ダリアも笑っている。フジも少しだけ表情が柔らかい。マーガレットですら会話に混ざっている。なのに。自分だけいない。「なぜだ……」十五回目。その頃。中庭。ルピナスはご機嫌だった。お茶。ケーキ。友達候補。最高である。「マーガレット様」「なんですの」「その髪飾り素敵ね」マーガレットは少し驚いた。褒められるとは思わなかった。「ありがとうございます」「似合ってるわ」「……」マーガレットは少し困った。調子が狂う。前世のルピナスなら。きっと自分を警戒していた。だが今のルピナスは違う。変だった。すごく変だった。「ルピナス様」「なに?」「貴女は変ですわ」「よく言われるわ」ダリアが頷いた。フジも頷いた。ルピナスだけが納得していなかった。その時だった。ドン。誰かが机に手をついた。全員が振り向く。そこには。ローゼンがいた。「混ぜてくれ」沈黙。ダリアが紅茶を吹きそうになった。マーガレットが固まる。ルピナスは真顔だった。フジは無表情だった。数秒後。ルピナスが言った。「嫌です」即答だった。ローゼンが固まる。「なぜだ」「女子会だからよ」「フジがいる」「フジは別」「なぜだ」「フジだからよ」ローゼンは納得できなかった。フジも少し考えた。確かに。なぜ自分はいるのだろう。誰にも分からなかった。「殿下」ダリアが口を開く。「なんだ」「嫌がられておりますわ」「そうか」「そうです」「そうか」「そうです」ローゼンは静かに落ち込んだ。ルピナスは少しだけ良心が痛んだ。少しだけ。本当に少しだけ。「……ケーキ食べる?」ローゼンが顔を上げる。「いいのか」「一個だけよ」「ありがとう」ローゼンは少し嬉しそうだった。マーガレットは思った。第一王子。意外とちょろい。そしてダリアも思った。この王子。思って
マーガレットは不機嫌だった。非常に。とても。ものすごく。不機嫌だった。「ありえませんわ」紅茶を置く音が少し大きくなる。侍女が肩を震わせた。今日は近付かない方が良い。長年仕えてきた経験がそう告げていた。マーガレットは思い出していた。学院の廊下。中庭。食堂。どこへ行っても。ルピナスとダリアがいる。楽しそうに話している。笑っている。そして。その近くには。フジがいる。「なぜですの……」マーガレットは納得できなかった。前世の記憶など知らない。だから彼女から見れば。ルピナスは婚約者候補を振った変な女だ。普通なら孤立する。噂になる。居場所を失う。そうなるはずだった。なのに。なぜか楽しそうにしている。「意味が分かりませんわ」マーガレットは机を叩いた。侍女がびくりとする。本当に意味が分からない。翌日。学院。マーガレットは偶然を装って中庭へ向かった。もちろん偶然ではない。調査である。すると。いた。ルピナス。ダリア。そしてフジ。三人ともいた。ルピナスが楽しそうに喋っている。「それでね!」「それでね!」「それでね!」ダリアがため息をつく。「話が長いですわ」「大事なことよ」「五分前からそう言っています」「まだ序章よ」「本編に入ってくださいまし」フジは黙って聞いていた。たまに頷いている。マーガレットは信じられなかった。フジ。近衛騎士団の有望株。女性に興味がないと有名な男。そのフジが。ルピナスの話を真面目に聞いている。「面白くありませんわ」ぽつりと漏れた。その時。マーガレットの足元で。パキッ。小枝が折れた。静寂。ルピナスが振り向く。「ん?」ダリアが振り向く。「誰ですの?」フジが振り向く。そして。マーガレットを見つけた。数秒後。マーガレットは三人の前に立っていた。逃げられなかった。特にフジの視線が鋭かった。「マーガレット様」ルピナスが微笑む。マーガレットも笑顔を作る。社交界用の笑顔だ。完璧だった。「ごきげんよう」「ごきげんよう」「何をしていらっしゃるの?」「お話よ」「そうですの」「そうよ」会話が終わった。マーガレットは困った。もっと気まずくなると思ったのに。ルピナスが普通すぎる。すると。ルピナスが言っ
フジの登場によって。カフェの空気は妙なものになっていた。ルピナス。ダリア。ローゼン。フジ。誰も状況を説明できない。いや。説明したくない。特にローゼンは。「何をしている」再びフジが聞く。ローゼンは咳払いした。「偶然だ」「そうか」フジは頷いた。信じた。ダリアは驚いた。信じるの!?ルピナスも驚いた。信じるの!?だがフジは真顔だった。本気で信じたらしい。「それより」ルピナスが立ち上がる。「フジも座りなさい」「いや」「座りなさい」「いや」「座りなさい」「……分かった」フジが折れた。ダリアは思った。この人、意外と押しに弱い。数分後。テーブルの上にはケーキが並んでいた。ルピナスは幸せそうだった。「素晴らしいわ」「さっきも聞きましたわ」ダリアが呆れる。だが自分もモンブランを食べている。説得力はない。「ダリア」「なんですの」「友達になりましょう」「まだ言いますの!?」ルピナスは頷く。本気だった。前世で話せなかったのが惜しいと思うくらいには。本気だった。ダリアはため息をつく。「なぜ私なんですの」ルピナスは即答した。「面白いから」「最低ですわ!」「褒めてるのよ」「褒められていませんわ!」ローゼンが少し笑った。ダリアが睨む。「殿下」「なんだ」「笑いましたわね」「少し」「少しじゃありませんわ」今日は全員がおかしかった。その時。店員が新しいケーキを運んできた。期間限定。苺たっぷりの特製ショートケーキ。ルピナスの目が輝く。ダリアの目も輝く。二人は同時にケーキを見る。そして。同時に手を伸ばした。「あ」「あ」沈黙。ルピナスはケーキを見た。ダリアを見た。ケーキを見た。ダリアを見た。悩んだ。すごく悩んだ。そして。「半分こにしましょう」ダリアは固まった。「……は?」「半分こ」「子供ですの?」「ケーキは分け合うと美味しいわ」意味が分からなかった。だが。少しだけ。ほんの少しだけ。嬉しかった。「ダリア」ルピナスが笑う。「今度はもっと美味しい店へ行きましょう」「……」「友達として」「……」「ダリア?」ダリアは顔を背けた。耳だけ赤かった。「勝手になさい」ルピナスは満面の笑みになる。「ありがとう!」「承諾
ローゼン王子は決意した。調査が必要だ。なぜルピナスが自分を振ったのか。なぜ避けるのか。なぜ「結構です!!」なのか。その謎を解かなければならない。王族として。未来の国王として。そして何より。一人の男として。「殿下」側近が声をかける。「なんだ」「現在何をなさっているのでしょう」ローゼンは真剣な顔で答えた。「尾行だ」側近は頭を抱えた。学院の放課後。ルピナスは上機嫌だった。隣にはダリア。今日も美人である。「ダリアー!」「なんですの」「ケーキ!」「知っていますわ」「楽しみね!」「貴女は犬ですの?」ルピナスは笑った。前世ではほとんど話せなかった。だが今世は違う。ダリアは面白い。反応が良い。からかい甲斐がある。最高だった。「友達になりましょう」「まだ諦めていませんの!?」「諦めないわ」「怖いですわ!」ダリアが本気で後ずさる。ルピナスは満面の笑みだった。その二十メートル後方。物陰。に、彼はいた。息を潜めて。それはいた。ローゼンがいた。「楽しそうだな」「帰りましょう殿下」「嫌だ」「帰りましょう」「嫌だ」「帰りましょう」「嫌だ」側近は泣きたくなった。その時。ルピナスが突然振り返った。「ん?」ローゼンは慌てて柱の後ろへ隠れる。ダリアが首を傾げた。「どうしましたの」「誰かに見られている気がする」「気のせいですわ」ダリアは即答した。王子が尾行しているなど想像もしていない。当然である。普通はない。二人は王都で人気のカフェへ入った。ローゼンも入ろうとする。しかし。「殿下」「なんだ」「変装してください」「なぜだ」「王子だからです」「そうだったな」今気付いたのか。側近は遠い目をした。数分後。ローゼンは帽子と眼鏡を装備した。全然隠れていなかった。むしろ目立っていた。「完璧だ」「完璧ではありません」「そうか」「そうです」「そうか」「そうです」側近は疲れていた。店内。ルピナスはケーキを見て目を輝かせていた。「素晴らしいわ」「まだ食べていませんわよ」「見れば分かるわ」「分かりませんわ」ダリアは紅茶を飲む。ルピナスはケーキを頬張る。幸せだった。人生最高。処刑もされていない。ローゼンも近くにいない。平和だ。「そうい
帰りの馬車の中。ルピナスは向かい側に座るフジを見つめていた。フジは窓の外を見ている。無言。ひたすら無言。静かだった。あまりにも静かだった。ルピナスは耐えられなくなった。「フジ」「なんだ」返事は早い。「趣味は?」「剣術」「それ仕事では?」「そうだな」会話終了。ルピナスは困った。ダリアがいたら笑っていただろう。「好きな食べ物は?」「米」「子供?」「違う」会話終了。ルピナスは天井を見上げた。何この人。難しい。しばらくして。フジが口を開いた。「お前」「なに?」「なぜ王子を振った」ルピナスは固まった。核心だった。聞かれると思っていた。だが答えられない。『未来で処刑されるからです』とは言えない。「なんとなく」「そうか」フジは納得した。早い。「聞き返さないの?」「聞いてほしいのか?」「聞いてほしくない」「なら聞かない」ルピナスは少し笑った。変な人。屋敷へ着く。馬車から降りる時だった。ルピナスの足が少しもつれた。「あっ」倒れそうになる。その瞬間。ぐいっと腕を掴まれた。気づけばフジが支えていた。「大丈夫か」「え、ええ」「まだ本調子じゃないな」ルピナスは驚いた。風邪が治ったばかりなのは事実だ。でも誰にも言っていない。フジは平然としている。「無理するな」「……はい」なぜか素直に返事をしてしまった。その頃。王宮。ローゼンは執務机に突っ伏していた。「なぜだ……」またである。側近達はもう慣れていた。「殿下」「なんだ」「本日二十七回目です」「何がだ」「なぜだ、です」ローゼンは黙った。数えていたのか。怖い。「本当に意味が分からない」「何がでしょう」「ルピナスだ」側近達は全員ため息をついた。また始まった。「俺は何かしたか?」「していないのでは?」「そうだろう?」「はい」「なのになぜだ」誰も答えられなかった。翌日。学院。ルピナスは元気に登校していた。未来が変わり始めている。それだけで楽しい。そこへ。「ルピナス様」マーガレットが現れた。金色の髪を揺らしながら微笑んでいる。前世の処刑台を思い出し、ルピナスの笑顔が引きつった。マーガレットは気づかない。「殿下を困らせているそうですわね」来た。ルピナスは思
ダリアは頭を抱えていた。目の前には満面の笑みを浮かべたルピナス。意味が分からない。本当に意味が分からない。「友達になりましょう」「断りますわ!」即答だった。教室中が頷いた。当然である。普通ならここで終わる。だが。ルピナスは普通ではなかった。「そう」「そうですわ」「じゃあ明日また聞くわ」「聞かなくて結構です!!」ダリアは思わず叫んだ。ルピナスは感心したように頷く。「良い声ね」「何を言ってますの!?」「将来有望だわ」「何がですの!?」ダリアは混乱していた。授業終了後。ルピナスは帰宅準備をしていた。そこへ。ローゼンが現れる。「ルピナス」「結構です」「まだ何も言っていない」「予防です」「何の」「未来の」ローゼンは意味が分からなかった。最近ずっと意味が分からない。「少し話を」「結構です」「聞いてくれ」「結構です」「頼む」「結構です」「なぜだ」「なぜだじゃありません」ルピナスは立ち上がった。ついに来た。前世では言えなかったことを言う時が。「王子」「なんだ」「女性に断られたら引きなさい」教室が静まり返る。ローゼンも固まる。「……え?」「しつこい男性は嫌われます」「しつこくない」「今しつこいです」「そんな」「今です」ローゼンは傷ついた顔をした。少し可哀想だった。少しだけ。本当に少しだけ。そこへ。「殿下」またしてもダリアが現れた。救世主である。「もう帰りますわよ」「ダリア」「授業は終わりました」「そうだな」「帰りましょう」ローゼンは諦めたように去っていく。ルピナスは感動した。「ありがとう」「何がですの」「助かったわ」ダリアはため息をついた。「別に貴女を助けたわけではありません」「優しいのね」「違います」「優しいわ」「違います!」ルピナスは微笑んだ。前世の記憶が蘇る。ダリアはいつも一人だった。高飛車で。誤解されやすくて。口が悪い。でも。困っている人を見ると放っておけない。そんな人だった。「ダリア」「なんですの」「一緒にお茶しない?」「しません」「ケーキ付き」「……」ダリアの眉が動いた。ルピナスは見逃さなかった。「苺のショートケーキ」「……」「モンブランもあるわ」「……」「プリンも」







