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Nox.VII『放課後の密会《デート》』Ⅳ

Author: 皐月紫音
last update Last Updated: 2025-08-31 20:03:54

「おう、俺だ!ってのも変だが……お前の上司だったルーカスだ。本物だぜ? 一応な」

 男――ルーカスの返答にヴィオレタは、しばらくの間、続く言葉を発することができずにいた。

 柳眉を伏せ、ほっそりとした肢体を振るわせ、杖を頼りに彼女は何とか立っていた。

「なんで……なんで、生きていたなら言わないのよ」

「あぁ、厳密に言えば生きてたってわけじゃねぇ。まぁ、いろいろ複雑で……大体は、あいつのせいだ」

 ルーカスが視線を向けた先に居るのは、無邪気な微笑みを口元に携えたクロヴィスだ。

「あぁ、そうそう。ルーカスくんを責めないであげてね。ほら、彼は僕の|離魂剣《アエテリス》によって死んだだろ? だから、その魂は剣に吸収されたわけだよ。そして身体の方は|死霊庁《プルガトリオ》に回収された」

「まさか……」

 クロヴィスの話に、ヴィオレタの双眸が大きく見開かれる。

「あはは、流石に勘が良いね。ご明察、偉大なる冥王家の御歴々は、こう考えたわけだよ。離魂剣で吸収した魂を、もとの身体に戻すことは可能かってね――」

「魂を管理する立場にありながら、恥知らずの俗物どもが……」

「いやぁ〜、本当に笑っちゃうだけどさ、そもそも本来は天界に還るべき魂を喰らう離魂剣こそが許されざる魔剣なわけじゃん? それから魂の解放を試みるってのは、あながち死神としては間違ってないと思うよ。まぁ、そもそもその魔剣を創った本人が言うなって話だけどさ〜、あはは!!」

 ひとしきり手を叩いて笑った後、クロヴィスは、まるで教師かのように指を立てて周囲を見渡す。

「さて、ここからが大切なお話だよ。彼らに提案された僕は、もちろん快諾した。なんと言っても、おもしろそうだったからね〜。でも、この試みは原理的には可能だったんだけど、大半の死神は生き返った後に精神が壊れちゃって使い物にならなくなっちゃったんだ。やっぱり魂を弄ぶのは禁忌に触れることなのではないのかと、実験に率先して参加していた死神たちまで日々おかしくなっていく姿は傑作だったなぁ」

「大概イカれてんぜ。あんた……」

「ふふふ、褒め言葉と受け取っておくよ」

 当時を想い出して破顔するクロヴィスに、レイフは嘆息するしかなかった。

 純粋な好奇心を行動原理にしている分、この男の悪意は見えにくい。

 男の名は――ルーカスと言った。

 その名にレイフは覚えがある。

 
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      レイフは手元に続けて三枚のカードを出現させると、先ほどの一枚とともに空へと放った。 カードは意思を持つかのように四方へと散ると、瑠璃色の魔法陣を展開する。 間髪を容れず魔法陣からは漆黒の鎖が生み出され、一斉にクロヴィスを拘束しようと迫った。「甘いよ!」 クロヴィスは、前方に右手をかざす。  瞬く間に、|金色《こんじき》の光が出現し、それは彼の身体を守るように障壁へと変化した。 パリン、と硝子が砕け散るような音が響き渡る。 次の瞬間には障壁へと衝突した鎖は宙に弾け飛び、塵となり霧散していた。「カルロス、グィネヴィア――|行《ゆ》きなさい!!」「「はっ――!!」」 ヴィオレタの号令を受け、二人の|死神《リーパー》が駆け出す。 カルロスと呼ばれた赤毛の大柄な男は、手元に巨大な|戦棍《メイス》を出現させると、それに|焔《ほむら》を纏わせてゆく。「はあぁぁっ――!!!!」 怒声とともに空中へと飛び上がったカルロスは、背後よりクロヴィスの頭部へと戦棍を振り下ろす。「ふふっ――」 瞳を閉じて宙へと静かに佇むクロヴィスの口角が、わずかに上がる。  次の瞬間、彼の姿は茜色の空に消失した――。「なっ!?」 カルロスの真紅の双眸が、大きく見開かれた時には既にクロヴィスの姿は彼の背にあった。「遅いよ」  瞬く間に移動したクロヴィスは、腰元の剣の柄へと手をかける。 だが、その手が|剣《つるぎ》を抜くことはなかった。「おや、これはこれは……」  剣と彼の手が、時の流れから隔離された彫像のように凍りついていたからだ。 ――「そうは、させない」 凛とした冷たい声音が響き、彼の隣へと|白縹色《しろはなだいろ》の閃光が飛来した。 グィネヴィアと呼ばれた女性の死神だ。 動けずにいるクロヴィスの至近距離へと接近した彼女は、腰元から剣を引き抜く。 それは流麗な反りと、白い光を帯びた波紋が特徴的な東方の国々で〝刀〟と呼ばれるものだった。   首を狙った完璧な一閃が放たれる――。 白金色の髪が宙を舞い、クロヴィスの頬から紅い飛沫が飛んだ。「おぉ、怖い怖い!」  ぺろりと、艶やかな|虞美人草《ひなげし》のような舌で頬から垂れる血を舐めとると、彼は後方へと距離を取って躱した勢いのままに、背に月白色の光翼を生み出し飛び立つ。 光

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