LOGIN結果から言おう。あの厨二病呪文はものすごく効果抜群だった。私に呪文を言われたギャレットは、「はぁぁぁ!?」と不満げに叫びながらも私を抱き抱え、「…」バッカスもとても不満そうにこちらを見つめて、2人揃って走り出した。そして現在。私はギャレットとバッカスによってまたテオの元へ戻ってきていた。強制的にここへ私を連れて来なければならなかった2人の不服そうな視線が私にグサグサと刺さるが気にしない。気にしている場合ではない。何故なら私たちの目の前に広がる景色が、先ほど見ていたものが嘘だったかのように、むちゃくちゃになっていたからだ。ここは先ほどまで、見慣れたただ人が行き交う街だったはずだ。それが今ではどうだ。おそらく激しく闘ったのであろう闘いの跡がところどころにあり、たくさんの建物が無惨に壊れている。こんなにもめちゃくちゃな街でヘンリーたちは無事なのだろうか。焦りながらも辺りを必死に探せば、この異常な街で平然と1人立っているテオと、その側で、大量の血を流して倒れているヘンリーたちの姿を見つけた。テオは本当にヘンリーたちを殺す気なのだ。「テオ!もうやめて!」この場で唯一立っていたテオに私は必死に叫び、テオを止める為にもテオの元へと駆け寄る。「…あぁ、咲良、やっと帰って来た。おかえり」そんな私を見て、おそらくヘンリーたちの血を浴びたテオが満足そうに笑う。その姿に私は恐怖を感じた。これがテオ…いや、魔王本来の姿なのだろうか。「ヘンリーたちをもう傷つけないで!あと話が全然違うことになっていたのはどう言うつもり!?説明して!何で人間界に帰さずに、こんなところに私を閉じ込めたの!?」それでも私は気を強く持ち、テオを責める。恐れて何も言えないようではこの問題は解決できない。「帰したくなかったからだよ。咲良とずっと一緒に2人だけで居たかった。咲良には僕だけがよかった。咲良にはずっと僕だけだったでしょ?それなのにどんどん咲良は自分の味方を増やして。僕を蔑ろにした」仄暗い雰囲気でテオがおかしそうに笑って私を見つめる。まるで私の方が悪いと言いたげ視線だ。どういう思考回路なんだよ!もう!「蔑ろになんてしていない!そもそも人間界に帰ることが永遠の別れでもないでしょ!?だから帰して!」「…そう思うのは記憶が戻ったからだよね?それまではここが
どこまで走ってもこの街には一切色がない。今、動いている私たち以外の全てがモノクロだ。そんな街を目の当たりにし、私はここが私の知っている世界ではなく、テオの作った世界なのだと、嫌というほどわかってしまった。こんな世界のどこに逃げれば、元の世界に帰れるのだろうか。そもそもヘンリーとエドガーとクラウスは無事なのだろうか。『咲良』ギャレットとバッカスと共に、街を駆け抜ける私の頭の中に、突然誰かの声が聞こえる。いや、これは誰かではない。ちゃんと私が知っている人物の声だ。『咲良、帰っておいで。じゃないとヘンリーもエドガーもクラウスも殺しちゃうよ。今一緒にいるギャレットとバッカスも、みーんな』テオだ。テオのおかしそうな声が頭の中で響く。何がどうなっているだ。テオはどうしてこんなことをするのか。私は何故、彼らを信じて彼らと逃げることを迷わず選べたのか。わからない。もうすぐでわかりそうなはずなのにどうしてもわからない。だが、彼らが…、ヘンリー、エドガー、ギャレット、クラウス、バッカスが殺されるのだけは絶対に嫌だった。「…ギャレット、バッカス」私は気がつくと、その場で足を止めていた。「…声が聞こえるの。テオが帰って来なければみんなを殺すって。どうしたら…」震える声を何とか抑えて、私は2人に視線を向ける。今どの選択をするのが最善なのか、状況を理解しないまま逃げ続けている私にはわからない。「構わない。そのまま逃げ続ければいい。もうすぐで咲良は帰れる」そんな私に答えたのはバッカスだった。無表情だが、優しい目でバッカスが私を見つめる。どうしてだろうか。すごく嫌な予感がする。「…ねぇ、もしかしてだけど、みんな自分の命を犠牲にして…とか、そんなおかしなこと考えていないよね?」嫌な予感を胸に秘めながらも、私は変な笑顔を浮かべる。自分で言ったことだが、彼らが自分の命を犠牲にするなんてあり得ない。彼らは魔界を滅ぼすと言われたほど己の欲望に忠実で自由な悪魔だ。そんな彼らが誰かの為に命を張るなんて。あり得ないはずなのに。「「…」」ギャレットとバッカスは私に答えることなく、曖昧な笑顔を浮かべた。ああ、そうなんだ。「そんなこと!私が望んでいると思うの!?私がみんなを殺してまで帰りたいなんて!」涙が溢れる。どうしてこうなってしまったのだ
「エドガー…」「…咲良っ、お前!」彼の名前…おそらくエドガーの名前を口に出してみると、目の前の男は驚いたように顔を上げた。彼の名前はエドガーだ。それだけは何故だかはっきりとわかる。「記憶が戻ったのか!?俺が誰だかわかってんのか!?」「…エドガーだよね。でもごめん。それ以上は…」信じられないものでも見るような目で、嬉しそうに私を見るエドガーだが、彼のことは名前しかわからないので、じわじわと申し訳なさが込み上がってくる。ぬか喜びさせているようで心苦しい。それでも私は今、新たにエドガーから情報を得ることができていた。どうやらエドガーの話によると私は何かを忘れており、どこかに閉じ込められているらしい。名前しか知らない人にそう言われても、不審にしか思えないが、何故かエドガーの言葉ならすんなりと受け入れられた。そしてずっと感じていた違和感の正体もきっとそれなのだと思った。「咲良!」私の名前を呼ぶ誰かの声がまた向こうから聞こえてくる。また知らないはずなのに知っている聞き慣れた声だ。声の主を確認しようと、声の方へと振り向くと、その声の主がいきなり私を抱きしめた。「咲良ぁ…、会いたかったよ。咲良ぁ」感極まった声でそう言っている彼はクラウスだ。「「「…」」」クラウスの後ろからヘンリー、ギャレット、バッカスも現れる。皆、感極まった顔でこちらを黙って見つめていた。彼らが一体何者なのかわからない。それでも何故か彼らの名前だけははっきりとわかる。「…クラウス。気持ちはわかるがそこまでだ。時間がない」その中でも、ヘンリーはすぐに冷静な表情を取り戻し、私に抱きついていたクラウスの腕を掴むと、さっさと私から引き剥がした。するとクラウスは「…はーい」と不満げにだが、すぐに私から離れた。「何一つ意味がわからないだろうが、どうか俺の話を聞いて欲しい」何も状況を理解できていない私をヘンリーが真剣な表情で見つめる。その表情にはどこか焦りも感じられた。本当に時間がないようだ。「まずは俺たちのことだ。俺たちはお前と契約をしている悪魔だ。お前の願いならどんなことでも叶える絶対の味方だと思って欲しい」「…うん」「そして今の状況だが、お前は人間界へ帰れていないどころか、テオ…魔王のギフトによって、作られた偽りの世界に閉じ込められている上に、これも魔王の
短大を卒業して5度目の春が来た。社会人5年目、25歳にもなると毎年少しずつ後輩ができ、すっかり会社での私の立ち位置は新人から中堅だ。つまり任される仕事が増えた。疲労感しかない顔で、一歩一歩、私は何とか足を踏み出し、一人暮らしのマンションの階段を登る。仕事帰りにこの階段を登る度に引っ越しが頭をちらついた。家賃と部屋の綺麗さを優先した結果がこれだ。そろそろせめてエレベーターのあるマンションに引っ越そう。今日も決意を固めたところで、やっと自分の家の前まで辿り着くと、私はふぅと一息つく。それからいつものように呼び鈴を鳴らし、扉が開くのを待った。「咲良!おかえりなさい!」笑顔のテオによってガチャ!といつものように勢いよく扉が開かれる。彼は私と同居しているおそらく外国人の男、テオだ。何故、おそらくなのかというと、きちんとテオに確認をしたことがないからだった。だが、テオの見た目は紫の肩まである柔らかい髪に血のように濃い赤の瞳をしている。それも地毛と裸眼でだ。そんな地毛と裸眼の日本人がいる訳がない。さらに顔立ちも可愛らしく、日本人とは違う雰囲気があるので、私は勝手にテオを外国人だと思っていた。ちなみにテオはこんなに可愛らしく、中学生にしか見えない見た目だが、成人らしい。テオが何者なのか私は本当に何も知らない。それでも私はもうずっとそんなテオと一緒に暮らしていた。多分世間は私たちの関係を見れば〝恋人〟だと言い、この現状も同居ではなく〝同棲〟と言うのだろう。「ただいま、テオ」私は今日も私を出迎えてくれたテオに優しく笑った。テオの愛らしさは疲れを吹き飛ばすものがある。「咲良、ほら、こっち」慣れた手つきでテオが私の荷物を受け取る。そしていつものように愛らしく笑って自分の側にくるように手招きをした。「はいはい」テオの方へ行けば、頬に軽くキスを落とされる。いつもと同じ夜。「?」あれ?テオにキスをされた頬を触って、私は首を傾げた。本当にいつも〝こう〟だっただろうか。こんなにも甘くて満たされる時間があっただろうか?「…咲良?何、固まっているの?もう一度キスしようか?今度は口にでも」この状況に違和感を感じていると、先に歩き始めていたテオがこちらに振り向いて意地悪く笑った。「い!いい!大丈夫だから!」そんなテオに慌てて返事をして5
テオの話を聞き終えた5兄弟たちは皆、同じようなリアクションをしていた。「…そんなこと、俺は…」ヘンリーは信じられない様子で「…嘘、だろ?」エドガーは驚きを隠せないように、「…どうして?」ギャレットはまだ理解が追いついていない表情で、「…そんな」クラウスは今にも泣き出しそうな顔で、「…」バッカスは無表情だがどこか辛そうに、全員が絶望していた。「…咲良。最後の仕上げだよ」そんな5兄弟たちなんて無視してテオが今度は私に向けて冷たく微笑む。「契約者は契約している悪魔に絶対の〝命令〟ができる。咲良がヘンリーたちに魔界を滅ぼさないように命令してしまえば魔界が滅ぶ未来も来ない。だから咲良は今ここで彼らにそう命令するんだ。それが最後の仕上げだよ」「…」「大丈夫。どんなに気に食わない命令でも彼らは君を殺せない。だからこそ咲良、君が予言の人物なんだよ」そしてテオはそう言い切ると私の側までやって来た。これで全部終わるんだ。私が命令すれば魔界はヘンリーたち5兄弟に滅ぼされない。私も約束通り人間界へ帰れる。だけど私はもう少しだけここに居たかった。「咲良は呪文苦手だよね?僕と一緒に呪文唱える?」急な展開に追いつけず、呆けている私にテオが優しく何かを言っているが、うまく聞き取れない。「…咲良」そんな私の名前をエドガーが突然呼んだ。「行かないでくれ。まだここに居てくれよ。お前の命令ならどんなものでも従うからさ。まだ帰らないでくれ」エドガーの方を見れば、エドガーが辛そうにそう懇願している。「そう、だよ。俺たち同志でしょ?まだ一緒に見たいアニメもやりたいゲームもあるんだよ?いきなり帰らなくたって」それを見たギャレットも同じように私に懇願する。「…咲良がいなくなるのは嫌だ。行くな」「僕もバッカスたちと一緒だよ。お願いだから、まだ行かないで」バッカスもクラウスも私をまっすぐ見つめてそう懇願した。エドガー、ギャレット、バッカス、クラウスの気持ちが痛いほど伝わってくる。「ああ、こうなるとわかっていたのならば俺はお前と契約しなかったのに。…咲良ずっと側に居てくれるんだろう?まだ帰るなよ」最後にヘンリーはそう言うと、絶望したような表情のまま冷たく笑った。私だってまだ帰りたくない。あと少しだけ、彼らと居たいと思ってテオに嘘を付いたのだから。
ヘンリーと契約をして数日。人間界へ帰れる条件をもう満たしている私だが、そのことを魔王であるテオに私はまだ伝えていなかった。理由はただ一つ。いつでも帰れる状況になった途端、ならば今すぐではなくてもいいかと思えてしまったからだ。ここでの生活を、彼ら5兄弟たちとの日々を、私はいつの間にか気に入っており、もう少しだけ彼らと居たいと思ってしまった。「さーくら」そんな日々が続いていたある日のこと。いつものようにナイトメアでバイトをしているとミアに可愛らしく声をかけられた。テオは私に正体を明かした後も基本的にはミアとして私の前に現れることが多かった。魔王の姿だと目立つし、ミアの姿の方がいろいろと都合がいいのだろう。ちなみにテオが未だにナイトメアでミアとしてバイトをしている理由は単純に私に会いたいかららしい。前に一度だけ気になって聞いてみた時に、そう恥ずかしげもなく言われ、心臓が無事に死んだ。あんな美少女or美少年にまっすぐ「会いたいから」と言われると誰でも死んでしまうだろう。心臓に悪い。ある意味テオは私の心臓を狙うテロリストだ。「どうしたの?ミア?」「ちょっと聞きたいことがあってね。こっち」私を呼んだミアの方に視線を向ければ、ミアは私の手を引いて、誰もいないスタッフルームへと連れて行った。そんな私たちの行動を見てもユリアさんは特に何も言わない。今の時間帯はお客さんも少なく、そこまで従業員がいなくても大丈夫な為だ。パタンっ、とミアによってスタッフルームの扉が閉められる。「契約の方はどう?クラウスと契約を結べた話までは聞けたけど…」「…」そしてミアは心配そうな表情で私を見た。ミアはどうやら私と5兄弟たちの契約の進行具合を確認したかったようだ。クラウスのことを報告して以来、何も言えていないので、ミアもさすがに心配になってきたのだろう。「魔界へ来てもう一年が経つでしょ?そろそろヘンリーとの契約もできそうなんじゃないかな、て。難しいなら私…いや、僕も魔王として協力するし」こちらを未だに心配そうに見つめるミアは何て優しくて天使のような子なのだろう。中身があの魔王、テオであるとわかっていても、ミアの評価は私の中でどうしても崩れない。ずっと大好きな友だちのままだ。「大丈夫。もう少しで契約できそうだから。いつもありがとね」私はミアの優し