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第3話《世界が動いた日》

last update 公開日: 2026-02-09 20:51:36

歌原レイラ(24歳)――

死まで、あと四年。

その春、日本の空気は、

一人の来日によって揺れ動いていた。

1. メディアの熱狂

民放のワイドショー。

新聞の号外。

ラジオのニュース。

そして、SNS。

すべてが、

ただひとりの来日を報じていた。

画面に、テロップが並ぶ。

『ファッション界の帝王、

アレッサンドロ・ノルディ来日』

『天皇陛下ご拝謁、

首相官邸で会談へ』

キャスターの声が重なる。

「パリ、ミラノ、ニューヨーク、ロンドン――

そして、《ノルディ・コレクション》。

五大コレクションの中で、

デザイナー自身の名を冠する、

唯一の存在です」

羽田空港に到着する、黒塗りの車列。

沿道に押し寄せる人波。

降り注ぐ、フラッシュの雨。

皇居での表敬。

首相官邸へ入る映像。

異例のスケジュールに、

日本中の視線が釘付けになっていた。

2. 首相官邸・爆弾発言

会見ホール。

閃光が乱れ飛ぶ中、

両者が壇上に立つ。

首相(にこやかに)

「わざわざ日本へお越しくださり、

心より感謝申し上げます」

ノルディ(通訳を通して)

「感謝するのはこちらです。

ただ――私は、儀礼のために来たのではありません」

記者席がざわめく。

シャッター音が、一斉に走る。

ノルディは、

言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。

「私の目的は、ただ一つです。

……歌原レイラ」

会場がどよめき、

首相が、思わず目を瞬かせる。

「彼女は正式に、

私のコレクションを辞退すると通達してきました。

しかし、私は理解できない。

彼女が心を痛め、

歩みを止めている理由が――

虚像にすぎないことを」

通訳の声が、

震えながら広間に響く。

記者たちの手が一斉に上がり、

シャッター音が爆発する。

ノルディは、一歩前へ出た。

そして、断言する。

「歌原レイラがいないコレクションなど――」

(静寂の一拍。

会場全体が、固まる)

「……開催する価値はない」

その一言は、

政治的儀礼を超えた

“宣言”として刻まれた。

3. SNSの激変

会見の映像は切り取られ、

瞬く間にSNSへ流れ込む。

数分も経たず、

トレンドが塗り替えられていく。

「ノルディって誰?

そんなにすごい人なの?」

「世界五大コレクションの帝王だぞ……」

「その人が

“レイラがいなきゃ意味ない”って言ったんだって!」

「叩いてたやつら、赤っ恥じゃん」

トレンド欄には、

肯定の言葉が並ぶ。

#ノルディ会見

#レイラを守れ

#世界が動いた

#本物のモデル

つい数日前まで、

「作り物」

「スポンサーに抗議しろ」

で埋め尽くされていたはずのネットが、

今や、

レイラを称賛し、

守ろうとする声で満ちていた。

――数日前まで石を投げていた人々が、

今は掌を返し、

「味方だ」と叫んでいる。

私は、何も変わっていないのに。

称賛の奔流は、確かに力強い。

だが同時に、

その軽さも、はっきりと浮き彫りにしていた。

4. 彩の部屋

彩は、ベッドに腰をかけ、

スマホを握りしめていた。

三日間――

学校では休み時間に隠れて。

夜は眠い目をこすりながら。

必死に、

アンチへ反論を投げ続けてきた。

指は赤く。

肩は重い。

視界は霞み、

瞼は、鉛のように重たかった。

だが今――

目の前のタイムラインは、

まるで別世界だった。

《……ネットの中が、

おねーちゃんの味方で溢れてる……》

肯定の言葉。

擁護の声。

トレンドの光。

スクロールするたび、

それらが押し寄せ、

彩を包み込んでいく。

彩の指が震え、

スマホが床に落ちて、

乾いた音を立てた。

しばし、呆然としたあと。

彩はそれを拾い上げる。

光に照らされた画面を見つめながら、

小さく、笑った。

「三日間、

必死に打ち続けたあたしの努力も……

おねーちゃんを傷つける、

無数のアンチコメントも……

ぜんぶ、一言でひっくり返した」

……ノルディの口から、

おねーちゃんの名前が出ただけで。

胸の奥で、何かが弾ける。

疲れで重かった体が、

急に、軽くなるようだった。

「……おねーちゃんって、

あんなすごい人と、

肩を並べて仕事してたの?」

その言葉は、

驚きというより、祈りに近かった。

誇らしさと憧れが胸を満たし、

眠気も、痛みも、

すべて吹き飛んでいく。

「……指、もう動かなくてもいいや。

だって、

世界が味方してくれたから」

彩はスマホを胸に抱きしめ、

深く、息を吐いた。

世界が動き、

姉が守られた瞬間を――

彩は、確かに感じていた。

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