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67.瑞穂国創世記①

Author: 霞花怜
last update Last Updated: 2025-07-23 19:00:18

 蒼愛は何枚もの紙に、名前を書き続けていた。

 墨を付ける必要がない不思議な筆で、どんなに使っても減らない紙に名前を書いていく。

「火産霊様の漢字は、難しいです。画数が多い……」

 墨で書くと、文字が潰れてしまう。

 もっと細い筆が欲しいなと思った。

「筆の先を使ってみろ。ぐっと押し付けねぇで、ふわっと先だけで書けば、細くなんだろ」

「ふわっと、先だけで……。難しいけど、書けるかも!」

 コツを教わって、筆の使い勝手が増えた気がして嬉しくなる。

「いいじゃねぇか。蒼愛は器用だな。教えるとすぐに覚える。素直だから飲み込みも早ぇ。理解も早いから、頭がいいんだろうなぁ」

 たくさん褒められて、照れ臭い気持ちになった。

「頭がいいわけではないです。僕、現世では学校にも行かせてもらえなかったし、知らないコトばかりです」

 恥ずかしくて、顔が俯く。

 そんな蒼愛の頭を、火産霊がわしわしと撫でた。

「学ぶ場所は学校だけじゃぁねぇだろ。きっと地頭が良いんだろうぜ。蒼愛は好奇心や意欲もあるから、いくらでも伸びるぞ」

 そんな風に褒められると、もっとたくさん覚えたくなるし、できるような気になってくる。

 火産霊は乗せ上手だなと思った。

「神様の名前は皆、漢字が三文字なんですね」

 全員の書き取りを終えて、改めて見直す。

 発音だと四文字の神様も、漢字だと三文字だ。

「ああ、この国じゃぁ、名前が重要でな。力の強さにも関係してくる。独り者は一文字、番を得れば二文字、それ以上の存在は三文字の名前になるんだ」

 前に紅優も、瑞穂国では名前が大事だと話していた。

「神様以外にも、三文字の名前の存在がいるんですか?」

 それ以上の存在、という表現が気になった。

 頷いて、火産霊が本を開いた。『瑞穂国創世記』だ。

「一通り、書き取りも出来たし、読書しようぜ。蒼愛の疑問はこの中に詰まっているからな」

 ごろりと横に

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    「あの、火産霊様、理ってなんですか?」 素朴な疑問を投げてみた。 火産霊が少しだけ考えるような顔をした。「そうだなぁ、分かり易く言うなら、人や妖怪じゃどうにもできねぇ自然とでもいうのかねぇ。本来、神ってなぁ、理を守るために存在するんだ。つまりな、神様が色彩の宝石を守るってのは、理を守るって意味だ。この幽世じゃ色彩の宝石自体が理そのものなんだよ」 話が壮大すぎて実感がわかないが、とんでもない宝石なのだというのは理解できた。 「色彩の宝石は、この国を守るために重要な石なんですね」「今なら、石だけじゃねぇ。蒼愛と紅優もだぜ」 ぽけっと呆けた顔で、蒼愛は火産霊を振り返った。「石を生み出す蒼愛は色彩の宝石そのもの、番である紅優も同様だ。蒼愛自身が理が顕現した姿だと、神々は理解している。俺たち神は、お前たち二人を守るために存在してんのさ」 あまりにも身分違いなスケールの話に、頭が付いていかない。「色彩の宝石を一人でいくつも作れる生き物なんざ、今までいなかった。そんな力のある奴は、それこそ創世のクイナ以来だ。蒼愛と紅優は神以上の存在、理の代弁者だ。本来なら三文字の名前を貰って然るべきなんだよ」 脳がヒートアップしてキャパオーバーを起こしかけている蒼愛を余所に、火産霊が本を閉じた。 「神に連なるか、それ以上の存在は名前が三文字になるって話だ、理解できたか?」  最初に自分がした質問が何だったのか、すっかり忘れていた。「僕は、そんな……」 言いかけて、言葉を止めた。(僕また、逃げたくなってる。紅優に蒼玉の話をされた時みたいに。身の丈に合わない評価が、怖い) 紅優の隣で、紅優にだけ愛されて、二人で幸せに生きられれば、それでいい。 それ以上の何かなんて、いらない。 宝石の蒼玉、色彩の宝石、理の代弁者。 自分の評価や肩書が、自分が気が付かないうちにどんどん大きくなっていくのが、怖かった。「蒼愛、おい、蒼愛」 枕に突

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     しばらくして、火産霊が数冊の本と紙と筆を持って戻ってきた。「色々持って来たぞ。蒼愛はどれがいい?」 火産霊が見せてくれたのは、現世にもある昔話の簡単な本から、ちょっと難しそうな幽世の本まで色々あった。 その中の一冊に、蒼愛は手を伸ばした。「これ、瑞穂国のお話ですか?」 タイトルには『瑞穂国創世記』と書いてある。「ああ、そうだ。瑞穂国ができた時の話だ。漢字が多いから勉強にもなるぞ」「これが良いです! 漢字、覚えたいです!」 蒼愛はぴょんと起き上がった。 途端に体中が痛くて、隣に腰掛ける火産霊の膝にぱたりと倒れた。「無理して起き上がんな。横になって読もうぜ。うつ伏せになれば、読めんだろ。漢字も書ける」 火産霊が笑いながら横たわった。 ちょっと行儀が悪い気もしたが、神様が良いというのだから、と思って蒼愛も横になった。「神様の名前も沢山出てくるから、そうだな。先に俺らの名前を書けるように練習するか」「火産霊様の? この本には、火産霊様も出てくるんですか?」「当然だろ。この国を作った時の話だぜ。今の神々は皆、出てくるよ」 蒼愛は、呆然とした。 言われてみればその通りなのだろうが。 ぽやっとしている蒼愛の額を、火産霊が突いた。「急にぼうっとして、どうした?」「だって、現世じゃ、国を作った神様には普通、会えないし。会ったことのある相手が神話に出てくるとか、感覚がよくわからないというか」「瑞穂国でだって、普通はそうそう会えるモンじゃねぇぞ」 火産霊の言葉が余計に理解できなかった。「蒼愛は色彩の宝石で、紅優の番だから神様に会ってるだけだ。普通に地上に住んでる妖怪は、生きてる間に会う機会もねぇ。下手したら神様の存在すら信じてねぇとか知らねぇ奴もいるんじゃねぇか」 火産霊の説明には違和感しかなかった。「え? え? でも、紅優も黒曜様も普通に神様に会っているし。蛇々だって、神様の宮にわざわざ僕の話をしに来ていたんですよね?」

  • 『からくり紅万華鏡』—餌として売られた先で溺愛された結果、この国の神様になりました—   65.瑞穂国の妖怪①

     次の日の朝、体中が痛くて重くて、蒼愛は起き上がれなかった。 空が白みがかるような時間まで紅優に愛されていたので、睡眠もほとんどとれていない。(紅優、お腹空いてたのかな。いつもよりいっぱい食べられた……) 蒼愛も、いつもより沢山紅優の妖力を喰った。 最近は紅優の妖力で空腹が満たされるので、人間のような食事の頻度が減った。(人じゃなくなるって、こういう感じなのかな。日美子様にも、人と同じように成長しないし、する必要がないって言われたけど) 自分が人間という存在であり続けることに執着はない。 そもそもが人間の扱いを受けずにきた命だ。(ご飯を食べられなくなるのは、ちょっと悲しいかも。美味しいもの食べると幸せな気持ちになれるし) 空腹だからこそ、飯が上手い。 そういう美味しいを感じられなくなるのは、勿体ない気もする。(この発想自体が贅沢だ。空腹を満たせなくて飢えていた頃だってあったのに) あの頃は、腹なんか空かなければ良いのにと思っていた。(僕、どんどん贅沢になってる気がする。そのうち贅沢だとも思わなくなるのかな。それはちょっと、怖いな) 今の幸せに慣れて、どんどん贅沢になる自分を想像したら、怖くなった。 大切な何かを見失ってしまう気がした。「蒼愛、大丈夫かぁ」 声と同時に扉が開いて、火産霊が入ってきた。「火産霊様、すみません。いつまでも寝ていて……」 起き上がろうとする蒼愛を火産霊が止めた。「寝ていて構わねぇよ。紅優がやり過ぎたって言っていたからなぁ。今日は一日、寝ていろよ」「やり……」 かっと顔が熱くなった。 何でも話せる仲良し兄弟なのかもしれないが、そういう話はできれば内緒にしてほしい。「蒼愛が佐久夜を一緒に愛そうって言ってくれたのが、嬉しかったんだってよ。俺も嬉しかったぜ。前の番にまで愛情を向けるなんてなぁ、そうできるもんじゃね

  • 『からくり紅万華鏡』—餌として売られた先で溺愛された結果、この国の神様になりました—   64.本当の気持ち

     夕餉を終え、風呂でさっぱりして、蒼愛は紅優と床に就いた。 ずっと耳が寝っぱなしの紅優を胸に抱いて眠った。 いつもは蒼愛が紅優に抱いてもらって眠るのに。大きな紅優を包み込んでいるような気持になれて嬉しかった。(紅優にとってはとても大事な話で、打ち明けるのにも勇気がいる過去だったんだ) 黙っておくことも出来なくて、話さなくても話しても辛くて。 そんな気持ちだったんだろう。 (どうしたら、紅優の気持ちが楽になるかな。忘れられなくても、せめて辛くないように、僕に出来ること、何かないかな) 紅優に喰われずに、共に生き続けること。 それがきっと一番だ。 しかし、すぐには証明できない。(僕が紅優をいっぱい愛していて、溶けないくらい力もあるよって、わかってもらえればいいのかな。ちょっと違う気がする) 蒼愛の気持ちも霊力も、紅優はきっと蒼愛よりよく知っている。(後悔してるのかな。佐久夜様と番になったこと。好きじゃ、なかったのかな) そういえば、紅優の答えを聞いていない。 蒼愛は腕の中の紅優を眺めた。蒼愛の胸に顔を寄せる紅優は、穏やかに寝息を立てている。(僕より先に眠っちゃうなんて、珍しい。御披露目、紅優も疲れたのかな) 紅優の白い耳をそろりとなぞる。 狐の耳は柔らかくて、触れていると気持ちいい。「どんな気持ちだったか、前より知りたくなったよ、紅優」 話を聞くまでは、ただの過去だと思っていた。 けど今は、佐久夜がどんな神様だったのか、気になった。「ん……」 小さく声を漏らして、紅優が蒼愛にぴたりと抱き付いた。「ぁ、ごめん。起こしちゃった……」「好きだったよ」 紅優が寝言のように呟いて、蒼愛は言葉を止めた。「あの時は、好きだって思ってた。けど、全然足りなかったんだ。好きって気持ちも、神様の番になる覚悟も、あの時の俺には足りてなかったんだよ」

  • 『からくり紅万華鏡』—餌として売られた先で溺愛された結果、この国の神様になりました—   63.前の番②

    「俺の前の番はね、火ノ神、佐久夜(さくや)。火産霊の前に瑞穂国の神様だった、火産霊の弟だよ」 蒼愛は目を見開いた。「妖怪と神様も番になるんだね。だから火産霊様と紅優は友達というか、兄弟みたいなの?」 もう一度、火産霊を見上げる。 火産霊が珍しく眉を下げた顔で頷いた。 「佐久夜はもういねぇが、俺にとっちゃぁ紅優は永遠に弟だ。何よりな、佐久夜が死んだのは紅優のせいじゃねぇ。まして、食い殺したわけじゃぁねぇ。あれぁ、佐久夜の方に問題があったんだ」 火産霊の説明は納得できたし、蒼愛も理由があったのだろうと考えていた。 理研の子供たちをあれだけ優しく喰って見送ってくれた紅優が、理由もなく番を食い殺すとは考えられなかったから。「クイナに瑞穂国の火ノ神を頼まれたのは、最初は俺だった。だが現世での役目があってな。代わりにこの幽世に来たのが佐久夜だった。けど、佐久夜は神力が弱くてな。そもそもが人と神の間の子だ。そういう存在は強くなるか弱くなるか、極端に分かれるんだ」 ぼんやりと火産霊を見上げる。 やはり蒼愛にとっては、日本の神話を聞いている気分だ。 何より話している火産霊の表情が気になった。いつもの明るさや豪胆さが抜け落ちて、肩が下がっている。「佐久夜の神力を強化する目的もあって、俺は番になったんだ。この幽世に来る前から、現世ではそれなりに名の知れた妖狐だったし、妖力も強かったからね。現世に居た頃から佐久夜を知っていて、この幽世にも側仕として来たんだよ」 黒曜も紅優も「現世には長くいた」と以前に話していた。 神に仕える妖狐なんて、強いに決まっている。 強くて美しい紅優が側仕になるのは、不思議じゃなかった。「それでね、蒼愛はもう、わかると思うけど。番になると体を繋げて食事をする。霊力や妖力を交換するでしょ。あれは、力が対等でないと、相手を飲み込んでしまうんだ」 紅優の顔が俯く。 言葉が途切れた。「つまり、紅優が佐久夜を飲み込んじまった。神力も魂も、体ごと喰っちまったんだ。佐久夜の神力より、紅優の妖力の

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