Share

68.瑞穂国創世記②

Author: 霞花怜
last update Last Updated: 2025-07-23 20:00:13

「あの、火産霊様、理ってなんですか?」

 素朴な疑問を投げてみた。

 火産霊が少しだけ考えるような顔をした。

「そうだなぁ、分かり易く言うなら、人や妖怪じゃどうにもできねぇ自然とでもいうのかねぇ。本来、神ってなぁ、理を守るために存在するんだ。つまりな、神様が色彩の宝石を守るってのは、理を守るって意味だ。この幽世じゃ色彩の宝石自体が理そのものなんだよ」

 話が壮大すぎて実感がわかないが、とんでもない宝石なのだというのは理解できた。

「色彩の宝石は、この国を守るために重要な石なんですね」

「今なら、石だけじゃねぇ。蒼愛と紅優もだぜ」

 ぽけっと呆けた顔で、蒼愛は火産霊を振り返った。

「石を生み出す蒼愛は色彩の宝石そのもの、番である紅優も同様だ。蒼愛自身が理が顕現した姿だと、神々は理解している。俺たち神は、お前たち二人を守るために存在してんのさ」

 あまりにも身分違いなスケールの話に、頭が付いていかない。

「色彩の宝石を一人でいくつも作れる生き物なんざ、今までいなかった。そんな力のある奴は、それこそ創世のクイナ以来だ。蒼愛と紅優は神以上の存在、理の代弁者だ。本来なら三文字の名前を貰って然るべきなんだよ」

 脳がヒートアップしてキャパオーバーを起こしかけている蒼愛を余所に、火産霊が本を閉じた。

「神に連なるか、それ以上の存在は名前が三文字になるって話だ、理解できたか?」 

 最初に自分がした質問が何だったのか、すっかり忘れていた。

「僕は、そんな……」

 言いかけて、言葉を止めた。

(僕また、逃げたくなってる。紅優に蒼玉の話をされた時みたいに。身の丈に合わない評価が、怖い)

 紅優の隣で、紅優にだけ愛されて、二人で幸せに生きられれば、それでいい。

 それ以上の何かなんて、いらない。

 宝石の蒼玉、色彩の宝石、理の代弁者。

 自分の評価や肩書が、自分が気が付かないうちにどんどん大きくなっていくのが、怖かった。

「蒼愛、おい、蒼愛」

 枕に突

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 『からくり紅万華鏡』—餌として売られた先で溺愛された結果、この国の神様になりました—   70.口説き上手②

    「紅優……? どうしたの?」 寝ぼけて話した後、また眠ってしまった蒼愛が目を擦っている。目を覚ましたらしい。 見上げた蒼愛が紅優に手を伸ばした。「泣かないで。僕がぎゅってするから。悲しい時は手を繋ぐって、約束したでしょ」 紅優の手を握って、蒼愛が紅優に抱き付く。「泣かないよ。蒼愛がいれば、悲しくないから」 握ってくれた手を握り返して、紅優は微笑んだ。「ふふ、紅優、温かいね。大好き」 蒼愛が紅優の頬に口付ける。 まだ半分くらい寝ぼけているのかもしれない。 蒼愛から紅優に照れずに甘えてくるのは、珍しい。「大好きって、前より言えるようになったね、蒼愛」 最初は『好き』がどんな感情かも、わかっていなかったのに。「僕ね、分かったんだよ。好きって、とっても大切で離れたくない相手に言う言葉だって。自然とぎゅってしたくなるのは、紅優だけだよ」 蒼愛が紅優の首に腕を回して抱き付いた。 何にも代えがたい温もりが、紅優に触れる。「蒼愛……、愛してる」 堪らなくて、紅優は蒼愛を抱き返した。 ぐぅ、と締まりのない音が蒼愛の腹から響いた。「あ……、ごめん、お腹すいちゃったみたい」 腕を解いて、蒼愛が紅優を眺める。 その顔を見ていたら、おかしくて紅優は吹き出した。「締まらねぇなぁ、蒼愛。折角いい話していたってぇのに。よし、飯にするか」 蒼愛の頭を一撫でして、火産霊が先に部屋を出ていった。「俺たちも、行こうか」 立ち上がった紅優の着物の裾を、蒼愛が引いた。「あのね、紅優。火産霊様と神話の本をちょっとだけ読んだんだ。でもちょっとだけだから、後で一緒に続きを読んでほしいんだ」 蒼愛の申し出に、表情が曇ったのが、自分でもわかった。「紅優と一緒に読みたいんだ。これから僕たちが何をするべきなのかとか、し

  • 『からくり紅万華鏡』—餌として売られた先で溺愛された結果、この国の神様になりました—   69.口説き上手①

     書庫から何冊かの本を持って、紅優は部屋に戻った。 寝ているだけでは暇だろうから、蒼愛と寝所で本でも読みながら漢字の勉強でもしようと思った。 昨晩は蒼愛を離せなくて、かなり無理をさせてしまった。 我ながら、やり過ぎたと反省している。(蒼愛は俺が想像もしない言葉で俺を安心させてくれる。まるで俺の心が見えているみたいに) たった十五年しか生きていない人間が、千年以上を生きてきた妖狐を癒してくれる。 とても不思議な感覚だ。(初めて会った時から、そうだった。紙風船を飛ばしていた時、あの時の言葉で、俺は蒼愛に興味を持った) 魂の美しさは会った瞬間に気が付いた。 けれど、初見では理研から来る他の子供たちと大差なく見えた。 興味を持ってからは、気になって仕方がなかった。 少し捻くれていた言葉や態度は、話すたび、触れ合うたび、本来の素直な質が見えてきた。 劣悪な環境で:擦(す)れた心を綺麗に磨いてみたくなった。(どんどん綺麗になっていく魂に、どうしようもなく惹かれた。蒼愛は俺が求めていた理想の相手だったから) 弱い心を許してくれる優しさと、紅優に喰われない霊力量を有した人間。 本当は、ただそれだけで良かった。 蒼玉で、色彩の宝石で、理の代弁者になり得る人間。蒼愛の価値はどんどん上がっていく。(俺のせいでもある。神力を有し、色彩の宝石の代わりとして均衡を保つ妖狐の番。だからこそ、蒼愛の価値が上がってしまう。けど、俺はおまけみたいなものだ。蒼愛の価値は蒼愛自身が押し上げている) そのうちに、遠くへ行ってしまうのではないかと怖くなる。 紅優の手が届かない場所に行ってしまうのではないかと、そういう存在になってしまうのではないかと。(失いたくない。誰にも渡したくない。俺だけの蒼愛でいてほしいのに) まるで自分勝手な願いをどうすれば叶えられるのか、紅優はそればかり考えていた。 憂いの息を吐きながら、紅優は部屋の扉を開けた。  室内の光景に動きが止まった。「は&h

  • 『からくり紅万華鏡』—餌として売られた先で溺愛された結果、この国の神様になりました—   68.瑞穂国創世記②

    「あの、火産霊様、理ってなんですか?」 素朴な疑問を投げてみた。 火産霊が少しだけ考えるような顔をした。「そうだなぁ、分かり易く言うなら、人や妖怪じゃどうにもできねぇ自然とでもいうのかねぇ。本来、神ってなぁ、理を守るために存在するんだ。つまりな、神様が色彩の宝石を守るってのは、理を守るって意味だ。この幽世じゃ色彩の宝石自体が理そのものなんだよ」 話が壮大すぎて実感がわかないが、とんでもない宝石なのだというのは理解できた。 「色彩の宝石は、この国を守るために重要な石なんですね」「今なら、石だけじゃねぇ。蒼愛と紅優もだぜ」 ぽけっと呆けた顔で、蒼愛は火産霊を振り返った。「石を生み出す蒼愛は色彩の宝石そのもの、番である紅優も同様だ。蒼愛自身が理が顕現した姿だと、神々は理解している。俺たち神は、お前たち二人を守るために存在してんのさ」 あまりにも身分違いなスケールの話に、頭が付いていかない。「色彩の宝石を一人でいくつも作れる生き物なんざ、今までいなかった。そんな力のある奴は、それこそ創世のクイナ以来だ。蒼愛と紅優は神以上の存在、理の代弁者だ。本来なら三文字の名前を貰って然るべきなんだよ」 脳がヒートアップしてキャパオーバーを起こしかけている蒼愛を余所に、火産霊が本を閉じた。 「神に連なるか、それ以上の存在は名前が三文字になるって話だ、理解できたか?」  最初に自分がした質問が何だったのか、すっかり忘れていた。「僕は、そんな……」 言いかけて、言葉を止めた。(僕また、逃げたくなってる。紅優に蒼玉の話をされた時みたいに。身の丈に合わない評価が、怖い) 紅優の隣で、紅優にだけ愛されて、二人で幸せに生きられれば、それでいい。 それ以上の何かなんて、いらない。 宝石の蒼玉、色彩の宝石、理の代弁者。 自分の評価や肩書が、自分が気が付かないうちにどんどん大きくなっていくのが、怖かった。「蒼愛、おい、蒼愛」 枕に突

  • 『からくり紅万華鏡』—餌として売られた先で溺愛された結果、この国の神様になりました—   67.瑞穂国創世記①

     蒼愛は何枚もの紙に、名前を書き続けていた。 墨を付ける必要がない不思議な筆で、どんなに使っても減らない紙に名前を書いていく。「火産霊様の漢字は、難しいです。画数が多い……」 墨で書くと、文字が潰れてしまう。 もっと細い筆が欲しいなと思った。「筆の先を使ってみろ。ぐっと押し付けねぇで、ふわっと先だけで書けば、細くなんだろ」「ふわっと、先だけで……。難しいけど、書けるかも!」 コツを教わって、筆の使い勝手が増えた気がして嬉しくなる。「いいじゃねぇか。蒼愛は器用だな。教えるとすぐに覚える。素直だから飲み込みも早ぇ。理解も早いから、頭がいいんだろうなぁ」 たくさん褒められて、照れ臭い気持ちになった。「頭がいいわけではないです。僕、現世では学校にも行かせてもらえなかったし、知らないコトばかりです」 恥ずかしくて、顔が俯く。 そんな蒼愛の頭を、火産霊がわしわしと撫でた。「学ぶ場所は学校だけじゃぁねぇだろ。きっと地頭が良いんだろうぜ。蒼愛は好奇心や意欲もあるから、いくらでも伸びるぞ」 そんな風に褒められると、もっとたくさん覚えたくなるし、できるような気になってくる。 火産霊は乗せ上手だなと思った。「神様の名前は皆、漢字が三文字なんですね」 全員の書き取りを終えて、改めて見直す。 発音だと四文字の神様も、漢字だと三文字だ。「ああ、この国じゃぁ、名前が重要でな。力の強さにも関係してくる。独り者は一文字、番を得れば二文字、それ以上の存在は三文字の名前になるんだ」  前に紅優も、瑞穂国では名前が大事だと話していた。「神様以外にも、三文字の名前の存在がいるんですか?」 それ以上の存在、という表現が気になった。 頷いて、火産霊が本を開いた。『瑞穂国創世記』だ。「一通り、書き取りも出来たし、読書しようぜ。蒼愛の疑問はこの中に詰まっているからな」 ごろりと横に

  • 『からくり紅万華鏡』—餌として売られた先で溺愛された結果、この国の神様になりました—   66.瑞穂国の妖怪②

     しばらくして、火産霊が数冊の本と紙と筆を持って戻ってきた。「色々持って来たぞ。蒼愛はどれがいい?」 火産霊が見せてくれたのは、現世にもある昔話の簡単な本から、ちょっと難しそうな幽世の本まで色々あった。 その中の一冊に、蒼愛は手を伸ばした。「これ、瑞穂国のお話ですか?」 タイトルには『瑞穂国創世記』と書いてある。「ああ、そうだ。瑞穂国ができた時の話だ。漢字が多いから勉強にもなるぞ」「これが良いです! 漢字、覚えたいです!」 蒼愛はぴょんと起き上がった。 途端に体中が痛くて、隣に腰掛ける火産霊の膝にぱたりと倒れた。「無理して起き上がんな。横になって読もうぜ。うつ伏せになれば、読めんだろ。漢字も書ける」 火産霊が笑いながら横たわった。 ちょっと行儀が悪い気もしたが、神様が良いというのだから、と思って蒼愛も横になった。「神様の名前も沢山出てくるから、そうだな。先に俺らの名前を書けるように練習するか」「火産霊様の? この本には、火産霊様も出てくるんですか?」「当然だろ。この国を作った時の話だぜ。今の神々は皆、出てくるよ」 蒼愛は、呆然とした。 言われてみればその通りなのだろうが。 ぽやっとしている蒼愛の額を、火産霊が突いた。「急にぼうっとして、どうした?」「だって、現世じゃ、国を作った神様には普通、会えないし。会ったことのある相手が神話に出てくるとか、感覚がよくわからないというか」「瑞穂国でだって、普通はそうそう会えるモンじゃねぇぞ」 火産霊の言葉が余計に理解できなかった。「蒼愛は色彩の宝石で、紅優の番だから神様に会ってるだけだ。普通に地上に住んでる妖怪は、生きてる間に会う機会もねぇ。下手したら神様の存在すら信じてねぇとか知らねぇ奴もいるんじゃねぇか」 火産霊の説明には違和感しかなかった。「え? え? でも、紅優も黒曜様も普通に神様に会っているし。蛇々だって、神様の宮にわざわざ僕の話をしに来ていたんですよね?」

  • 『からくり紅万華鏡』—餌として売られた先で溺愛された結果、この国の神様になりました—   65.瑞穂国の妖怪①

     次の日の朝、体中が痛くて重くて、蒼愛は起き上がれなかった。 空が白みがかるような時間まで紅優に愛されていたので、睡眠もほとんどとれていない。(紅優、お腹空いてたのかな。いつもよりいっぱい食べられた……) 蒼愛も、いつもより沢山紅優の妖力を喰った。 最近は紅優の妖力で空腹が満たされるので、人間のような食事の頻度が減った。(人じゃなくなるって、こういう感じなのかな。日美子様にも、人と同じように成長しないし、する必要がないって言われたけど) 自分が人間という存在であり続けることに執着はない。 そもそもが人間の扱いを受けずにきた命だ。(ご飯を食べられなくなるのは、ちょっと悲しいかも。美味しいもの食べると幸せな気持ちになれるし) 空腹だからこそ、飯が上手い。 そういう美味しいを感じられなくなるのは、勿体ない気もする。(この発想自体が贅沢だ。空腹を満たせなくて飢えていた頃だってあったのに) あの頃は、腹なんか空かなければ良いのにと思っていた。(僕、どんどん贅沢になってる気がする。そのうち贅沢だとも思わなくなるのかな。それはちょっと、怖いな) 今の幸せに慣れて、どんどん贅沢になる自分を想像したら、怖くなった。 大切な何かを見失ってしまう気がした。「蒼愛、大丈夫かぁ」 声と同時に扉が開いて、火産霊が入ってきた。「火産霊様、すみません。いつまでも寝ていて……」 起き上がろうとする蒼愛を火産霊が止めた。「寝ていて構わねぇよ。紅優がやり過ぎたって言っていたからなぁ。今日は一日、寝ていろよ」「やり……」 かっと顔が熱くなった。 何でも話せる仲良し兄弟なのかもしれないが、そういう話はできれば内緒にしてほしい。「蒼愛が佐久夜を一緒に愛そうって言ってくれたのが、嬉しかったんだってよ。俺も嬉しかったぜ。前の番にまで愛情を向けるなんてなぁ、そうできるもんじゃね

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status