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80.瑞穂国の違和感①

Author: 霞花怜
last update Last Updated: 2025-07-30 19:00:08

 瑞穂国創世記の第一章と第二章を読んだ蒼愛は言葉を失くした。

「蒼愛に必要な部分を抜粋するとしたら、この辺りかなぁ。ちょっとショッキングかもしれないけどね」

 紅優に手伝ってもらいながら創世記を読み始めたら、利荔がすぐに来てくれた。

 難しい表現や漢字を気にしなくていいように、要約して語って聞かせてくれた。

「どうしてこの国で、人間が餌か奴隷なのか、よくわかりました」

 人間と妖怪の棲み分けのために作った国に、豊かで住みやすそうだからという理由で侵略を仕掛ける人間は、蒼愛でも醜いと思う。

(この国の民はあくまで妖怪だ。国の民を守るために神様が侵略者を排除するのは当然だ)

 まるで自業自得としか言いようのない事情に、何も言えない。

(でも、ちょっとわかった。色彩の宝石を盗んだ犯人と、その理由)

 ずっとモヤモヤしていた胸の中の霧が、ほんの少しだけ晴れた気がした。

「色彩の宝石を人間が現世に持ち去った時に、手助けした者がいたんですよね」

 蒼愛は、利荔に問い掛けた。

 色彩の宝石を盗んだのは神様だと、月詠見は話していた。

「そうだよ。この幽世に色彩の宝石があると都合が悪い者がいるのさ。蒼愛は、誰だと思う?」

 創世記のページを、じっと見詰める。

 第一章の神様のページを、蒼愛は指でなぞった。

(御披露目の時は、須勢理様だと思った。だけど、違う。色彩の宝石があって、本当に困るのは)

「大気津様、ですよね。全部、須勢理様のせいのように見せかけているだけで」

 隣にいる紅優が息を飲んだ。

「何故、そう思った? 根拠は……、そう思った理由は、何?」

 志那津が問いを投げる。

 蒼愛が難しい言葉を知らないので、言い直してくれる辺り、優しいと思う。

「須勢理様は現世では根の国の、亡者の国の神様だったんですよね。今の大気津様は、そういう状態じゃないかと思って。御披露目で会った時、須勢理様だけ他の神様と気配が違ったんです。強い死の匂いを纏っているような感じ

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    「恐らくだけど、蒼愛の魅了は保身や自衛のためじゃないのかなと思うんだよね。霊力は首元からも吸い上げられるけど、より多く美味い霊力を喰うなら口付けて吸い上げるのが一番だ。捕食目的なら必ず唇を狙う。食い尽くされて殺されないような自衛の手段。色彩の宝石の力じゃないのかな」 利荔の説明には納得できた。 相手に好かれていれば、どんなに喰われても殺されはしない。「色彩の宝石の力だとは、淤加美様や月詠見様も結論付けていましたね。神々に愛されて、加護を得るための力だと」 紅優の言葉に、利荔が頷いた。「きっと蒼愛の魅了の対象は神々だけじゃないね。色彩の宝石自体が、神にも世にも国にも愛される存在だ。自身を守るため皆に愛される。存在意義が術として表出されてるんだろう。相手を魅了して、自分も発情しちゃうのに、抱かれる相手は紅優限定って辺りが蒼愛っぽくて、俺は好き。魅了した相手に抱かれた方が術の効率いいのにねぇ」 利荔が如何にも面白そうに笑っている。 紅優が白い耳を赤く染めていた。「効率の問題じゃないだろ。そこまで推察が立ったのなら、もう喰わなくていいな」 蒼愛を紅優に戻そうとした志那津の手を、利荔と紅優が同時に止めた。「一番大事な部分、試してないでしょ」「蒼愛の魅了を、利荔さんに分析してもらえる良い機会ですので、是非ご協力を」 二人の妖怪に迫られて、志那津が険しい顔をしている。 蒼愛は志那津の袖を引いた。「志那津様、嫌なコトさせて、ごめんなさい。志那津様が嫌なら、無理にしなくても」「嫌なわけじゃない! そうじゃなくて、俺は、お前と紅優に……」 志那津が腕に抱える蒼愛をじっと見つめる。 蒼愛の唇を見詰めていた目を、志那津がぎゅっと瞑った。 「ああ、もう! わかった! 本気で喰うからな。後悔するなよ!」 志那津が紅優に向かって啖呵を切った。 紅優が微笑んで頷く。「殴る準備しておいてあげるから。木刀でもハリセンでも好きなので殴ってあげるよ、志那津様」

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    「俺に蒼愛の霊力を喰えっていうの? そんなのは、蒼愛にも紅優にも失礼だろ」 何となく、志那津が動揺しているように見える。「いえ、お願いできるなら、俺は志那津様に試していただきたいですが」 紅優の言葉を、志那津が信じられない者を見る目で見詰めた。「本気か? 自分の番が目の前で別の誰かに喰われて、紅優は平気なのか?」「平気ではないですよ。けど、蒼愛の魅了の質の把握は、しておきたいです。俺に対しては効果がないので、他の誰かで試す他ないのですが。志那津様なら、他の神々より安心して任せられますので」 紅優の目が蒼愛に向いた。「紅優が、そう言ってくれるなら、僕も志那津様が良いです」 他の神に手を出されるのをあれだけ嫌がっていた紅優が許すというのだから、よっぽどだ。 紅優と蒼愛に気を遣ってくれる志那津だからこそ、紅優は信頼しているのだろう。「引き受けてあげなよ、志那津様。おかしくなりそうだったら、俺が殴ってあげるから」 利荔がワクワクした顔を志那津に向ける。 蒼愛の魅了を見てみたい、と顔に書いてある。「お前に殴られるのは癪だが、これも仕方がないか」 利荔にじっとりした視線を送りながら、志那津が決意した顔をした。「霊力を喰わずとも、加護は与えられるんだけどな。けど……」 志那津がちらりと蒼愛を流し見た。「これだけ美味そうな匂いをさせていたら、喰いたくなる衝動は否めない。あの淤加美様ですら、抗えなかったのだろう? 俺も飲まれる可能性は、あるよな」 抗うというより淤加美はむしろ自分から喰いにきたと思うのだが。 志那津の中の淤加美は理想的で完璧な神様なんだろうなと思った。「僕、そんなに美味しそうな匂いがするんですか?」 自分では、わからない。 不安な顔で問う。「とっても美味しそうだよ。だから昨日、味見させてってお願いしたんだよ。その匂いだけでも、ある意味、魅了みたいなもんだね」 利荔の説明は不安し

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     昨日は創世記全体を利荔が蒼愛に語って聞かせてくれた。足りない部分を補足したり、今の瑞穂国と照らし合わせて説明してくれたので、とても分かり易くて、よく覚えられた。 瑞穂国は、蒼愛が思っていたより人間の社会に近い国だった。『妖怪たちが人型で暮らしているのは、この形が便利だからだよ。現世からの文化を多く継承している瑞穂国ならではのスタイルって感じだね』 そう話していた利荔の言葉が、蒼愛には印象的だった。 違う種族で番になる場合も、共通の人型になれば食事のために体を繋げやすいといった利点もあるらしい。 歴史の勉強をした次の日には、霊能を鍛える訓練が開始になった。 志那津は常に有言実行だ。 広い中庭に面した縁側に腰掛ける蒼愛を、志那津が眺めた。「始める前に、風の加護を与えないとな」 一言呟いて、蒼愛を眺めながら志那津が黙り込んでしまった。 何か考えている様子だ。 そんな志那津を、利荔が面白そうに眺めていた。「考えても意味ないよ、志那津様。紅優に許可でも貰ったら?」 利荔に含み笑いをされて、志那津が不機嫌な顔になった。「わかってる。わかってはいるけど、やっぱり番に失礼だろう」 志那津の一言で、蒼愛も気が付いた。 口移しで加護を分け与えるかどうか、悩んでいるのだろう。「外側から神力を押し込む法もあるけど、加護として弱い。やはり蒼愛には、それなりに強い加護を与えてやりたいし……」 ぶつぶつと独り言が漏れている。 どうやら志那津は考え事を口に出してしまう癖があるらしい。「志那津様、お気遣いは嬉しいですが、口移しで与えてやってください。今の蒼愛には強い加護を分けてほしいですし、慣れていますから」 紅優が志那津に声を掛けた。 志那津が、あからさまに驚いた顔をした。「どうして俺が考えていることが分かったんだ。いや、そうじゃない。問題は、そこじゃない。慣れてるって? まさか他の神は皆、口移しで与えてたのか?」 驚く

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     瑞穂国創世記の第一章と第二章を読んだ蒼愛は言葉を失くした。 「蒼愛に必要な部分を抜粋するとしたら、この辺りかなぁ。ちょっとショッキングかもしれないけどね」 紅優に手伝ってもらいながら創世記を読み始めたら、利荔がすぐに来てくれた。 難しい表現や漢字を気にしなくていいように、要約して語って聞かせてくれた。「どうしてこの国で、人間が餌か奴隷なのか、よくわかりました」 人間と妖怪の棲み分けのために作った国に、豊かで住みやすそうだからという理由で侵略を仕掛ける人間は、蒼愛でも醜いと思う。(この国の民はあくまで妖怪だ。国の民を守るために神様が侵略者を排除するのは当然だ) まるで自業自得としか言いようのない事情に、何も言えない。(でも、ちょっとわかった。色彩の宝石を盗んだ犯人と、その理由) ずっとモヤモヤしていた胸の中の霧が、ほんの少しだけ晴れた気がした。「色彩の宝石を人間が現世に持ち去った時に、手助けした者がいたんですよね」 蒼愛は、利荔に問い掛けた。 色彩の宝石を盗んだのは神様だと、月詠見は話していた。「そうだよ。この幽世に色彩の宝石があると都合が悪い者がいるのさ。蒼愛は、誰だと思う?」 創世記のページを、じっと見詰める。 第一章の神様のページを、蒼愛は指でなぞった。(御披露目の時は、須勢理様だと思った。だけど、違う。色彩の宝石があって、本当に困るのは)「大気津様、ですよね。全部、須勢理様のせいのように見せかけているだけで」 隣にいる紅優が息を飲んだ。「何故、そう思った? 根拠は……、そう思った理由は、何?」 志那津が問いを投げる。 蒼愛が難しい言葉を知らないので、言い直してくれる辺り、優しいと思う。「須勢理様は現世では根の国の、亡者の国の神様だったんですよね。今の大気津様は、そういう状態じゃないかと思って。御披露目で会った時、須勢理様だけ他の神様と気配が違ったんです。強い死の匂いを纏っているような感じ

  • 『からくり紅万華鏡』—餌として売られた先で溺愛された結果、この国の神様になりました—   79.瑞穂国創世記 第一章 第二章 ※読み飛ばし可※

    『瑞穂国創世記 ―第一章―  人と妖怪と神が、今より遥かに近しい時代。  昼も夜も曖昧で、天と地も今よりずっと近くにあった神代の頃。 人間と妖怪がより良い関係で互いに生きるため、惟神クイナは幽世・瑞穂国を作った。水が潤い喰うに困らぬ国であるようにと、この名を付けた。  幽世が歪まぬために「色彩の宝石」を臍に置き、国を維持した。  良き国を作るため、信を置く六柱の神に国を任せた。 神々には「色彩の宝石」を守るよう告げた。この宝石こそが幽世の理そのものであり、最も守るべき存在であると伝えた。 水ノ神・淤加美は現世では竜神であり、罔象の分身である。この幽世の神々の長となり、皆を纏める。水は命の源、癒しの力である。 日ノ神・日美子は現世では日向神の巫女であり、その神力を授かった神である。暗ノ神・月詠見は夜を守り月を読む神である。幽世の暗部を守る。  二柱が力をあわせると、強い結界が生まれる。その結界が幽世を守り、瘴気を浄化する。 風ノ神・志那津は若いが淤加美の信頼厚い神であり、強い神力と類稀な知恵を持つ。 火ノ神・火産霊は一度は現世に残り、代わりに弟神の佐久夜が幽世に入った。妖力が強い火の妖狐を側仕として伴い、やがて番となったが、神力弱く妖狐に飲まれた。その後、火産霊が幽世に入った。罪を焼き罰を与える火を使う。 土ノ神・大気津は現世では保食の神であり、土壌を豊かにし豊富な作物を実らせる種を持つ神である。クイナと一層仲が良かった。人を愛し、人喰の妖怪を嫌った。それ故に、幽世の有様に憂いた。 クイナが作った幽世・瑞穂国は妖怪が住む国であり、人喰の妖怪も多くあった。  人を愛し、妖怪を愛し、神に愛されたクイナは「喰わねば仲良くなれるかと言えば、そうでもない。喰わねば飢えるは人も妖怪も同じ。抗うのも当然の摂理なら、喰らうも摂理。それでも共に生きる法を探したい」という。 大気津はクイナの言葉を汲み、自ら幽世の土となった。 「私が自ら土となり、多くの食料を実らせよう。人を喰わずとも済む食料を宿そう。いつか人を喰らう妖怪がなくなるように」と願った。

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