17. もうかれこれ付き合いを止めて2~3年になるだろうか。 しかも、付き合っていた期間は半年ぐらいで浮気相手とも 言えないようなただのセフレだった。 悪友達と一時ビリヤードに嵌り、店に足繁く通っていた ことがあって、そこの店で知合った女というだけだった。 俺の顔と身体が好みで、嵌らないクールな所が好きだと 言い、彼女の方からセフレの関係を持ちかけて来た。 半年程経った頃、他に気になるいい女が見つかり小野寺には 忙しいからとか、何とか、のらりくらりやり過ごし、俺はふたりの 関係を自然消滅させた。 それを今頃現れるとは。 しかも、どうやって調べたのか妻の趣味で通ってる教室に ちゃっかり入り、妻と知り合いになっていた。 こんな偶然があってたまるか! 確信犯だな。 今までの自分なら、大騒ぎするようなことでもなく どこ吹く風だったかもしれないが。 だが時期が時期だけに、昔の女出現なんてマズ過ぎる だろ。 ドジで間抜けな亭主にはなりたくなかったが、後で アイツ(小野寺)から妻にバラすという形で妻に 知られることだけはどうしても避けたかった。 今まさに浮気している相手でもないことだし、申告しなくて 済むならしたくはなかったが、後々のトラブルを 回避するべく、妻には本当のことを話した。 実はかなり驚いた……妻の反応に、だ。 いや、そうじゃない。 驚いたなどと反応する俺の方がクレイジーだな。 今までずっと他所の女たちとの付き合いを黙って 黙認してたからって、一度として俺が自分からこの○○と 付き合ってるなんて、申告など嘗てしたことはないのだから。 ほんとにツイてない。 皆の前で妻だけを……宣言したすぐ後に、昔の女が しかも妻本人の目の前に出現するなんて! 最悪だ!!!
18. パッチワークの品評会のあった日、俺を探し回っていた 小野寺を見つけると、彼女を妻や息子たちの目の届かない所に誘導した。 何を勘違いしているのか、そそくさと嬉しげに俺のあとを 素直に付いて来た。 人目の付かない場所に来るといきなり振り返り 俺は高飛車に言い放った。 「何しにこんな所に顔出ししてンだ! ルール違反だろう?」 「突然会わないって切られて、私、寂しかったんだからぁ。 あれからあなたのこと忘れたことなかったよ。 あなたに会いに来たに決まってるでしょ! 会いたかった~」 「何寝ぼけたことを……。 お前が付き合ってほしいと言い寄ってきた時、ちゃんと 言ってあっただろ? 俺は妻を愛してる。遊びでしか付き合えないから 俺に近付くのは止めといたほうがいいって。 1番じゃなくていい、3番でも4番でもいいから付き合って ほしい。飽きたらもう付きまとったりしないから、ほんの 短い間だけでもいいから付き合ってほしいって、お前が 言ったんだろう。 それを今更、何言ってんだよ。妻子持ちに付き纏うなんて オマエ、頭大丈夫か……2度と来ないでくれ。 妻には迷惑かけないのが、俺の最低限の浮気のルール なんだよ。 こんなことされたら困るんだよ。」 「奥さんが怖いの? それとも嫌われるのが怖いの? アンタみたいなタラシ奥さんはとっくに腹括ってるわよ。 じゃなきゃ、いつもいつもいろんな女侍らせるような旦那に 文句のひとつも言わないなんておかしいもの。 あんたに気持ちなんて、これっぽっちも向けてないのよ。 興味なんてないのよ。 あんたのように大勢の女と付き合っても、奥さんひとりの気持ちさえ 分からない……ううん分かろうともしない男っているんだ。 だけどそんサイテーな男を忘れられない私もサイテーだな。 いいから、もう一回私と付き合って。 そしたらさ、大人しくしてやるから」 「物分かりの悪い女はごめんだね。帰れ!」 「ねえ、聞いていい? あんたさ、奥さん愛してるって 言ったよね? 愛してるっていう意味、知らないんじゃねぇ? 普通妻を愛してるヤツは浮気なんかしないんだよ。
19. 夫の告白に心乱されたけれど、なかなか踏ん切りを つけられない情けない私にとって小野寺さんのまさかの 出現は良かったのかもしれない。 いいきっかけになった……。 自分でも馬鹿だと思うけどing形でやさしく誠実な態度を 取られると、ついつい過去を忘れ流されそうになっていた ことは否めない。 別れるという行為は、ものすごくパワーが必要なのだろう と思う。 まして老いてからの行動なのだ。若い頃とは違う。 身体と心ってかなり繋がりのある関係だと思う。 身体の調子が良くないと心も元気がなくなるもの。 だからまだ大きく動ける気力のあるうちに、後顧の憂い なきようこれから先の人生設計を立てておきたい。 『頑張るわっ』 子供を抱えて苦労する勇気がなかった。『私は意気地なし……』 だから私はならぬものに対してならぬ……と夫に宣言し 夫の元を去る決断ができなかった。 息子たちふたりが、ほぼ成人した今……決断するなら今でしょ。 今までだってさんざん夫の性関係に苦しめられてきたのに ここへきて更に夫自身の口から直接浮気女のことを申告される という屈辱を味あわされた。 過去の亡霊なんかに、こんな年になってさえも若い男女が しでかす様な色恋沙汰に巻き込まれ、本当に情けない。 こんな時に凸して来た小野寺さんにもモーレツに 腹が立った。 やることがあまりにも露骨過ぎるし、余りにも 妻である私を馬鹿にしている振る舞いだもの。 ◇ ◇ ◇ ◇ 数日後のこと……。 次のパッチワークのレッスンのある日に、退会するので 私にとっては最後の授業になる日、レッスン終了後 彼女に声を掛けた。 私は初めて夫の遊び女に怒りというものをぶつけた。
20. 「私、知っているのよあなたの正体。夫が吐いたわ。 あなたと関係を持っていた時の夫なら有り得ないことだけど。 人生の最終局面に近付きつつある今、散々好き勝手しておいて 私が自分から離れていくのが不安みたいよ。 先日夫がね、知人友人の前で宣言したばかりなの。 今からは余所の女には目もくれず、私だけを大切に するんですって。 散々いろんな女と遊びまくってアラ還になってから、 そんな素敵なことを言い出したのよ。 きっと、私が有難がって涙を零して喜ぶと思っていたのでしょうね。 私もほだされたってわけでもないけれど、心中複雑だったわね。 そんなこんな状況下でのあなたの凸では、夫はたぶんあなたのことむちゃくちゃ怒ってると思うわ。 夫の計画というか、思惑をぶち壊すようなことをしたのだから。 昔の清算したはずの亡霊が、しかも堂々と妻の知人というポジションで自分の目の前に現れたんですもの。 夫はあの日はさぞかし、びっくりしたことでしょう。 驚かせてくれたことには、お礼を言ってもいいかも。 夫とヨりを戻したくてこんなことをしたの? ふふっ、よく耳の穴かっぽじて聞いて! 聞き逃さないでね。 あんなクズ、ほしけりゃぁあげるわよ。 だけどあのクズ、最愛と語る妻のことさえ愛せない男なの。 そんな男に縋ったって愛してなんかくれないよ? かわいいのは自分だけなんだから。 私は、モいらないからぁ....あげるよ。どうぞ……どうぞ」 私は自分の言いたいことだけ言うと、何か言いたげな彼女をその場に置き去りにした。 言いたいことを言えるって、なかなかいいものね。 スカっとした。 小野寺さんに吐いた私の台詞は、夫の歴代の女たち全員に吐き出したかった言葉だ。 ******** すでに貴司からさんざん〆られていた小野寺祐子だったがそれでも貴司のこと、好きでいるのを止められない。 そんな小野寺は葵の捨て台詞に、貰えるものならば私はほしいよぉ~と、心の中で叫んでいた。 もう、いらないからあげるという女を大切にしていきたいと言う男。 そんな男に罵倒されても、それでもその男が恋しくて恋
21. 未だに男女の色恋沙汰で私を苦しめ続ける夫を心底憎いと思いながら、相反する心の内と向き合う私がいた。 それは……離婚して暮らしていく自信がなかったこと長年夫を心底嫌いになれなかったことどうしても断ち切れなかった未練があったこと踏ん切りをつけられず無念さを抱えながら婚姻生活を続けてきたことそんな中、熟年離婚を視野に貯蓄に励んできた。 好きな英語を活かして通訳の資格を取った。 できることをできる範囲で地味にコツコツと準備を進めてきた。 ホップ、ステップで留まっていたけれどジャンプのその時がきた。 夫から生活費は潤沢に貰っているので、時々女たちのことを調査し、書類や写真等々と証拠はその都度残して実家に保存している。 いざジャンプをすると決めたら、いろいろと過去のあれこれが走馬灯のように駆け巡る。 半分妻公認とはいえ、よもや知らん振りを決め込んでいた私がこんなに自分の女性関係を把握しているとは、思ってもいないことだろう。 夫は私にはいつだってスマートで優しい態度でいるけれど彼のその時々の素振りや雰囲気で、あぁ今すごく夢中になってる可愛くて若い子がまたまたできたんだなぁ~とか悲しいことに何となく分かってしまうのだった。 私の愛は、浮気をそれとなく公言された日に消えた。いや、違う。 静かにフェードアウトして雲散霧消していった。 私は少しほっとした。 だって、浮気を公認した妻の肩書きの上に、いろいろな女を渡り歩く男を愛するなんて、正気の沙汰じゃないもの。 愛するのを止められなかったら、自死しているかもね。 私は勇気も意気地もなくここまできたけれど、何度も自分に問うてきた道だから、後悔はしない。 次の人生があるなら、私だけを見てくれる人がいい。 そんな人と共に白髪になるまで、死がふたりを分かつまで穏やかに生きたい。 不誠実な夫が一番に愛しているのは自分(夫)だけって知ってる。 浮気相手の大勢の女たちも私も彼にとっては、ただの慰み者。 私はたまたま最初に出会い結婚し、妻の座につけただけに過ぎない。分かってた。だけど考えないようにしてた。 来世でも今の夫のような人と縁を結ぶとしたら心底たまらない。 今更行動を起こしても、夫にとっては蜂の一刺しとも思われないような瑣末なことかもしれないけれ
22. 今更な時期に私たちの目の前に現れた女(小野寺祐子)のことも心の繋がらない夫のことも、すっきりしようと思った。 手持ちの預貯金をざっと計算。 この日のために溜めてきたヘソクリやバイト代を併せるとすでに8桁越え。 もう父親は鬼籍に入っているが生前贈与や遺産、母からの数回に亘るお小遣いという名目の生前贈与など併せると左端の数字が2にまでなりそうだ。 新天地で仕事を見つければなんとかなりそうだ。 慎ましく年金満額受給できる年まで何とか乗り切れば。 息子たちのことを当てにするつもりはないけれど、万が一のことになっても動いてくれる人間はひとまず2人いる。 いつ動くのか? 今でしょ……って林先生なら言ってくれるよね。 新天地よ、新天地、どこへ行こうか……。 実はもう目星はつけてある。 私は猫が好きでよく猫の出てくる番組を見ている。 その中でも強烈に印象の残っている猫がいる。 コウという8才の雄猫。 産まれた時から身体に麻痺があって歩くのもやっとなんだけれどイクメンでその家にやって来た仔猫たちを大事によく面倒を見て育てている。 その飼い主さんによるとコウは何度も死に掛けては復活を遂げているらしい。 仔猫を育てることで自分も生きる活力を貰っているように見えるとのこと。 コウは某番組で紹介されていてそれで知ったのだけれどその番組を見て私は泣いた。 ティッシュ10枚は使うほどに。 コウの動いている姿、静止している時の顔の表情体調の悪い時の様子、画面から目が離せず食い入るように見たことが思い出される。 他の猫たちから、付かず離れず見守られているその姿は見る者の心を深く強く抉(えぐ)る。 あなたは何のために生まれてきたの? それは自分への問いかけにも代わるもので……。知らず知らずの内に、気が付くと自分に問い掛けていた。 私は何のために生まれてきたの? 私は夫からこんなに散々理不尽なことをされるために生まれてきたんじゃない。 誰かを愛し、誰かに愛されるために生まれてきたのだ。 私はこの猫chanのいるキャンプ場のある街へ行くことに決めた。 当座生活する資金はあるけど、仕事もできれば早い時期に見つけたい。 とにかく、ここに留まっていてはいけない。 もう誰にも私を悩ませたり
23. 一度現地調査のため、1泊2日で現地へと出掛けてみることにした。 そこは信州方面の山の中。 駐車場があって、バーベキューなどもでき、広い敷地はにテントを張り宿泊することもできる場所。 コウは体調を崩しやすい猫chanだから心配、、今も元気でいてくれるだろうか。 果たして…… コウに会えた。 奇跡に思えた。 コウ、いいお顔してるね。 イケメンくんだ。 ちょうど調理の募集があり、ピザとかも作れると尚、良いとのこと。 体力がないから短時間で交渉したところ、実際働くのは1ヶ月先でも良いとのことでOKを貰えた。 キャンプ場には泊まれるバンカーもあるのでこちらに来てから住む所はじっくり見てから決めることにした。 コウや自然からかごいパワーを貰った。 女のことも夫の今までの所業もいつの間にか頭の中から消えていた。 コウがいるのは信州の山の中だ。 結構自然災害が多く、特に地震などが心配。 地震が来たら津波などもあると相当ヤバイかも……なんてふと思った。 その時はその時。 人は生まれて来る時もひとり、死に行く時もおひとりさまでいいやって。 誰にも心を残さず行けたら本望だ。 その時はコウのことを想うかも。 馬鹿みたい、最愛の息子たちだっているのにね。 私は夫と結婚して長く一緒にいたことで人間不信になってしまった。 最愛の息子たちのことさえ、他人のように見えるとは相当重症かもしれない。 ◇ ◇ ◇ ◇ 私は調査旅行から帰宅すると、今度は帰って来ない可能性の高い旅に出るための準備に取り掛かった。 息子たちには正直に話した。 生活を軌道に乗せられて上手くいきそうだったらその地で第2の人生を生きてみようと思っていることを。 私は上手くいかなかった場合のことも考えていて家を出て行くとか、離婚をして下さいとか言うのではなくあくまでも旅行に出るということにするつもりだ。 これは自分を経済的に守るための保険。 できるかできないか、予測の付かないことに危ない橋を渡るわけにはいかないもの。 長期に亘って帰らずとも、あくまでも旅で押し通すつもり。 籍を抜くとかはあまり今のところ考えていない。まずは地盤固めが先だから。 そして、とにかく独り
24.「今まで旅行なんてめったに行かなかったのに先月に続いてまた行くのかい?」「うん、今私のマイブームが猫でね。いろいろ情報探して猫を追いかけて行こうかと思ってるの」「場所は決まってんの?」「TV番組で見たんだけど、何かね北海道にも極寒の中息づいてる猫たちがいるみたいで、行ってみたいと思ってるの」「そんな寒い土地にも猫っているんだ!」「私も驚いたけど、外で普通に暮らしてるの。 寒い所にいるからやっぱり毛はフサフサしてて長めなのよ」「君がそんなに猫に嵌ってるなんて知らなかった」 「フフッ、嵌ったのつい最近だから」「君が帰って来たらネコSHOPへ仔猫見に行こうか!」「仔猫、可愛いでしょうね」 夫には、次の旅行へ行く話を上手く取り付けた。 あっちで、新しい生活の場で飼うよ、猫。 きっと……。そう呟いた。 夫の耳には届かない私の胸のうちで。 ◇ ◇ ◇ ◇ 私は調査旅行から約1ヵ月後、片道切符しか必要のない新たな旅に出た。 夫には適当なことを言っただけ、行き先はもちろん北海道などではない。 あれから小野寺祐子とは会っていない。 私は教室を止めた。 流石に? 彼女、自宅までは出張って来なかった。 夫が何か手を打ったのか? 私は彼に何も聞かないし、夫もまたその後何も私に言ってはこない。 まぁ、今更だけどね。 私は再び旅に出る。 失敗して例え帰宅することになったとしても、しばらくの間は家を留守にするわけで、またきっと夫は羽を伸ばすに違いない。 そんな状況だから、小野寺祐子に言い寄られればすぐに復縁するかもしれない。 まっ、好きにすればいいっわよ……フンっ! いざ、行かん! 私はもう2度とこの家に、夫の元に戻って来ない覚悟でいろいろなモノを処分し間に合わなかったモノはメモして息子たちに託した。 まだあちらでの新居を決めていないので、持って行きたい大きめのモノはコンテナの倉庫に預けている。 これは後から息子たちに送ってもらうつもり。 あんまり部屋を空っぽにしてしまうとまずいし、帰って来ないこと前提の旅の準備って難しい。 旅というより、家出といったほうが正解なんだけども。 大体の目星を付けているせいか、不安よりもワク
67(番外編) お互いの気持ちを確認し合ったことで葵は前にも増して 軽やかに西島と接することができるようになった。 自分の気持ちに素直に……。 心の中で毎日『大好きです』の言葉を西島に送るようになった。 日によってそれは『大好きっ』だったり『大好きなんです』だったり、 『何でこんなに好きになっちゃったんだろう』だったりその時々の気分で 変わる。 ◇ ◇ ◇ ◇ 程よい距離感で付き合って3年の月日が流れた。 西島さんへの好きの気持ちはちっとも減らなかった。 一緒に暮らすことの怖さや不安よりもたくさん側にいたい気持ちの方が 勝るようになっていった。 七夕の日に『西島さんの奥さんになりたい』と書いて、差し入れの おかずを入れた容器の上にカードを貼り付け、袋に入れて何も 言わずに西島さんにいつものように手渡しした。 いつもだったら次の差し入れ時に、洗ってある前の容器を受け取って 帰るのだけれど、今回は翌日の朝一番に西島さんが家まで届けてくれた。 「ご馳走様! おいしかった。」 いつもの笑顔で西島さんはそう言ってくれた。 早朝届けてくれた容器を紙袋から取り出すと、わたしが願い事を 書いた短冊の裏側が同じように貼り付けられていた。 そこには西島さんからのメッセージが書かれてあった。―― もう僕は3年前から願っていました。 こちらこそ、僕の奥さんになってください。―― たった2行だけれど、そのメッセージが私に 最高の幸せを運んでくれた。 ずっと待っていてくれた西島さんも私の願いを読んだ時 今の私と同じように幸せを感じてくれたろうか!「じゃあ、行って来ます」 「わざわざ届けに来てもらってありがとう! 行ってらっしゃい」 私をもういちど振り返り、西島さんは職場に向かった。 ―――― Fin. ――――
66『大好きな男性《ひと》と結婚して奥さんになって、楽しくて幸せな家庭を作るのが私の夢だった。 きっと女性なら皆《みんな》そうだと思うけど。 本気で向き合ってもらえてるんだぁ~って、再確認できて本当にうれしく思います。 ただ、元夫との長い結婚生活でかなりの人間不信になってしまってちゃんとした夫婦で居続けるということが……信じ続けるっていうのかなぁ、上手く言えないけど……人間社会での生きていく上での約束事にもう縛られたくないっていうか。 裏切られることが怖いんだと思うの。西島さん、私はあなたのことが好きだしずっと側にいて仲良くしていきたいのでこれからも宜しくお願いいたします。 プロポーズ、お受けします。 私も遊びなんかじゃないです。でも、仲の良い友人、恋人、この関係のままがいいような気がするので……どうでしょ?だめですか?』 「やっぱりね、そんな気がしてた。でも気持ちの上でのプロポーズは受けてくれて、ほっとしたよ。 こちらこそ、ありがとう。今の関係でこのまま仲良くしていけたらよいね。 でもいつか、君の中で入籍をしたいと思う日が来たらその時はちゃんと僕に言ってほしい」 『ありがとう、そうします』 今日は西島さんから私たちの気持ちを確認するようにリードしてもらってうれしかった。 私への気持ちが本気だと言われて、やっぱり女性として感激してしまった。 心から甘えられる恋人がいるって最高。 こんなおばさんになって、素敵な出会いが2つも訪れるなんて自棄を起こさずに生きてきて良かった。
65 . 番外編 毎晩、葵は僕に『大好きだよ涙が出るほど』って言うんだ。 そして、やさしく撫でてくれる。 ミーミがいつも『私は? ねえ、私は?』って葵に言う。 そしたら葵は『いい子だね、可愛いね、ミーミおいで~』ってミーミを抱っこするんだ。 にゃぁー『どうして大好きって言ってくれないの?』ってミーミが泣く。 僕は葵にとって特別な存在らしい。 葵の手はやさしくて、暖かい。 僕も葵が好きだ。 『にゃぁー』ってミーミが泣くと、僕はミーミのことをたくさん舐めてやって『いい子だね、大好きだよ~』って言ってやる。 そしたら、ミーミは落ち着くんだ。 最近、西島っていう人がちょくちょく家に来るようになった。 仲良さそうにしているけど、葵が西島さんに『大好きだよ』って言うのは、まだ聞いたことがない。 もしかして、どこか余所の場所で言ったりしてないだろうか! ◇ ◇ ◇ ◇ 「質問と言うか、提案と言うべきか君と意思確認しておきたいと思うことがある」 西島さんはそう言ってきた。 たぶん、あのことだと思った。 真面目な彼のことだからきっと……。「君との付き合いは遊びじゃないから、それをちゃんと証明する意味で確認したいことがあるんだ。 君さえOKなら、入籍してもいいぐらいには本気だ、君とのこと」「ありがと、そう言ってもらってとってもうれしいぃ~。 それって、プロポーズだよね? 違ってたら恥ずかしいけれど』 「いや、違ってなんかなくてその通りなんだけど。あぁ、今更この年で恥ずかし過ぎて、直截的な言いまわしは使えない……と言うか、断られるような気がして。 お伺いのような聞き方しかできないでいるのが、正直なところかな。 君も僕と一緒で遊びでこういう付き合いのできる人だとは思えないけど……でも、結婚を望んでの関係じゃないような気もするしで、できれば君の思っている気持ちを知りたいっていうのが一番。どう? 僕の勘は当たらずとも遠からずではない?」
64 (最終話) 普通は離婚したことなんて誰も進んで言いたがるようなことじゃ ないよね? だけど、私は気が付くと畑に向かって走っていた。 実際は自転車に乗ってたんだけども。 気持ち的には、自分の足で走っていたのだ。 とまれ…… 畑に居るその人に一番に伝えたくて。 離婚が成立したことを西島さんに報告した。 西島さんにとって私が離婚したことなど取るに、足らないことだと 分かっていてもどんなことでもいいから何か彼からの言葉が 欲しかったのかもしれない。 私は風が草花を揺らし続ける静寂の中でその時《彼の反応と言葉》を待った。 そしたら、早速西島さんからデートに誘われた。 デートと言い切るには、私の勝手な妄想が随分と入って いるのだけれど。 「じゃあ、今まで遠慮してたのですが、今度雰囲気の良いお店に 飲みに行きましょう。 帰れなくなったら、私の家に泊めてあげますから」 「ありがとうございます。 ぜひ、お供させていただきます」 そう返事をしたあと、私は畑で西島さんの姿を時々視界に入れつつすぐ いつものように作業をし始めた。 自然が醸し出すきれいな空気と、愛でている野菜たちが 閉じ込めようとしても出て来てしまう照れくささをすぐに 取り去ってくれるから。 心から湧いてくる喜びに私は浸った。うれしいお誘いがあって ……好きな人から誘われて …… Happyな気持ちになって …… 私と西島さんは、もちろん将来を約束している恋人同士ではない。 そんな決まりごとの関係なんて、くそくらえだ! 刹那的と言うのは例えが重苦しいからアレだけど、その一瞬々を 思い切りお気に入りの人と楽しく過ごすって何て素敵。 家に帰ったら絶対彼氏のコウと愛娘のミーミが待っててくれて 必ず~おきゃえり~にゃぁさぁ~い~って出迎えてくれる。 I Wish 私が願ってやまなかった幸せがすぐ側にある。 Happy Life...... 素晴らしい人生がI Love People... 愛お し い人たちが I Love My Cats.. そして愛しい猫たち ――――― Forever ―――― ※番外編へと続く→ 65話66話67話
63. 興信所の調査に貴司は落胆を隠せなかった。 きっと、何も事情を知らない調査員がこんな姿を見たら さぞかし不思議がったことだろう。 結果がクロなら分かるが、シロで落ち込むなんて日本中探しても 確実に自分くらいなものだろうから。 ここで往生際の悪いことをしてもどんどん自分だけがドツボに 嵌っていくであろうことはすでにこの頃、貴司は自覚していた。 結局自分だけは不倫や浮気で離婚された悪友たちの二の舞は 踏むまいと先手を打ったものの、ただの足掻きでしかなかったのだ。 どんなにこれからも葵と一緒にいたいと願っても……2度と 葵がこの家に、自分の元に、戻って来ることはないのだ。 葵のいないこれからの生活など貴司には想像もつかない。 今更何をと言われようとも、まだまだ心の整理が必要だ。 ◇ ◇ ◇ ◇ 夫の貴司と会い離婚を突きつけてからほどなくして あっさりと離婚が成立した。 今後私が困らないようにと、財産分与に追加して今までの お詫び料だと言って更に上乗せした分を夫が渡してくれた。 お金に汚い人でなかったことが救いだ。 年金分割も同意してくれた。 円満に話が進んだので、今後は息子たちの親という立場で スムーズにお付き合いできるのかな? と考えている。 『まっ、こればっかりはしようがないものね~』 夫から役所へ離婚届を出したと連絡受けた後、私は大きく深呼吸した。 この日をずっと待っていた。 長かった。 苦しかった。 切なかった。 そして……ようやくすっきりした。 私は小山内(おさない)葵に戻った。
62.遡って仁科貴司が初めて葵の様子を見に畑を訪れた日のこと。 男の自分が見ても水も滴るいい男。 醸し出すオーラからして違っている葵の夫が少し離れた 所に居る。 葵の夫仁科が来た時、たまたま道具と水を取りに行ってた 自分は、2人からはかなりの距離があった。 ふたりの遣り取りの雰囲気から、その場にはいない存在に なるよう努めた。 視界の端でその男を見た瞬間、知らぬ間に昔の思い出の中に ワープしていた。 その場面は子供が幼かった日の運動会で西島の今は亡き妻もいた。 仁科貴司が息子たちを伴って妻である葵と歩く姿を目にすると 余所の奥さんたちは色めきだった。 その様子を見ながら西島の妻は、私はあなたが一番と言ってくれた。 そう言われてうれしかったことを思い出した。 だがあの時、自分は冷静に考えた。 しかし、そんなふうに言ってくれる妻だってどちらに対しても 初対面で、自分かあの男かを選べと言われたなら、きっとあの男を 選ぶだろうと。 それが当然と思えるほどに、仁科は魅力的できれいな男だ。 それでもだ、余所の女房連中がキャーキャー騒ぐ中、あなたが 良いと言ってくれた愛しい妻が偲ばれた。 葵さんも独特の雰囲気を持つ、キュートな女性だ。一切毒のない女性で、派手に着飾って美貌をアピールする でなし、夫の横にいても高慢に振舞うでもなく、しとやかで 清楚な雰囲気を纏い、素敵に見えた。 あの少し毒さえあるような男には、派手で彫りの深い顔に 厚化粧をしているような美人が似合いそうなせいか、皆 奥さん連中は血迷い、 もしかしたら、あのきれいな男の横にいたのは私だったかも しれないと、勘違いしていたのだろう。 そんな雰囲気が彼女たちの言葉や態度から見てとれた。 その様子におかしいやら、あきれるやらしていたのを ふと思い出した。 ◇ ◇ ◇ ◇ 昔の思い出に浸っていたらいつの間にか、葵と貴司の姿が 見えなくなっていた。 仁科貴司はやはり今夜、葵の暮らす家に泊まって いくのだろうかと思った。 昨日は葵からお好み焼きの差し入れがあった。 自分の好きな豚肉がたくさん入っていた。 たくさん持って来てくれていたので、今日はみそ汁を付けて 食べるとするか。 手作りのお
61. 2人の関係は、真っ白と報告が上がってきた。 報告書を受け取った貴司は、加藤なる調査員からトドメのひと言を 言われる始末。「あんな素敵な奥さん、私が欲しいぐらいです。 大切になさって下さい。」 普通の人間なら、ここは喜びほっとするところなのだが 元々目的の方向性の違う貴司はガクっときたのだった。 内心では自分もこんな風な結末だろうことは、分かっていたのに。 念のため、録音したという畑でのふたりの会話を聞いた。 葵の声が弾んでいて楽し気だった。 息子たちと話している時の妻の様子に近いモノがあった。 相手に気を許し心を開いている様子を伺い知ることができた。 長年妻が自分に対してどんなに心を閉ざしていたのか 思い知らされる結果になってしまった。 今更、と言われるかもしれないが、いつの間にかこんなにも 妻の気持ちが自分から離れてしまっていたのだと気付いた。 自分は今まで何人の女たちと関わってきたのだろう。 だが、ひとりとして妻ほどに、自分の心を開いた相手はいない。 だが、どうもその妻に対しても俺は言うほど心を開いては いなかったのかもしれない。 きっと妻の方では俺に対して心と心を通わせ合えるような関係を 構築したかったのかもしれないが、俺は自らそれを打ち壊し続けて きたのだろう。 先日の妻の半端ない決意を聞いてしまった以上、焦るものの 妻に家へ帰って来てほしい、また元の家族で暮らそうと もはや言い出せない貴司なのだった。 ******** 特に主になって調査を進めていた加藤は、畑での男女を知るにつけ 今時珍しい実直な2人のファンになっていた。 ある夕暮れ時に見たふたりの姿が今も瞼に焼き付いている。 女性の方が猫を2匹連れて来ていた日のこと。 ふたりが水筒に入ったお茶で休憩していたら、それぞれの膝の上で 猫たちが一匹ずつ寝てしまい、ふたりは猫をそれぞれ自分の子供に するようにやさしく撫でる。 むろん、ふたりは無言だ。 そこには2人と2匹のやさしいたゆとう時間が流れていた。 男と女。 猫と仔猫。 しばらくの間、4つの存在は切り取られたアルバムの中の写真の ように異次元に飛んでいった。 それは美しく清らかな一枚の絵となった。 この
60. 私が他所の女性と付き合うのを止めるようどんなに頼んでも 分かったと言うだけで馬耳東風、止めようとしなかった夫に 絶望し渇いていた私。 ちょうどその頃、2才を少し過ぎた次男の智也が 台所の椅子に座っている私の側に来て私の頬に キスをしてくれるようになった。 『チュッ』 長男はそんなことをしたことがなかったので最初、すごく 吃驚した。 『₹ャァ ウレピー』 チュッとキスをした後、必ず私に言ってくれた言葉がある。 「おかあさん、しゅきっ ♡」 とてもとても幸せなひとときだった。 それは次男が5才か6才になるまで、結構長い間続いた。 夫からは決して得られない幸せの時間。 私だけを映す次男の瞳がとても愛おしかった。 ** 葵がそんな昔の想い出に浸っていた頃 ** 葵の夫である仁科貴司からの依頼で興信所が動いていた。 ありもしない葵の浮気を暴こうと、男関係を調べていたのである。 敏腕調査員、加藤は確信する。 白、シロ……まっしろ。 仁科貴司の奥さんには一切おかしな行動はない。 加藤と一緒に動いていた若手のスタッフ沢田と玉木も 揃って妻の葵のことをベタ褒め。 『ホレテマウワ』 夫なり妻なりが何か思うところがあって調査依頼して来ると 大抵の場合は、その何かおかしいと思う予感は当たっていることの 方が多いものだ。 今回のように何もないことは本当に珍しい。沢田+玉木: 「「この依頼者の旦那さん、いい奥さんで裏山(うらやば)しいなぁ~♡」」加藤: 「ちゃんと、羨ましいと言えっ」 別居している妻が心配でしようがないようだ。 奥さんは、畑を間借りしていて持ち主である小児科医、西島と よくその畑で一緒になる。 自分たちはその畑の数箇所で2人の会話が拾えるように高性能の ICレコーダーを畑のあちこちに取り付けていた。 後《のち》に回収してその会話を聞いた。 2人の会話はどこにでも転がっているような内容で、時々聞いている 者をもほっこりさせるような楽しくてユーモア溢れる話が あ
59. 「賢也、智也、私ね……愛すべき貴方たちふたりの息子を 授かれたことは本当に私にとって最高のプレゼントだって 思ってる。 だから、夫婦としてお父さんとは上手くいかなかったけど 全てが駄目だったってわけでもなかったと思うの。 今が一番大事だからね、一生懸命前向きに生きるわ。 ここに来るには、ちょっと時間が掛かるけれどいつでも来て。 おいしいモノ作って待ってるから」「ぜひそうする。 ほんと、ここは自然に恵まれていていいところだね。 仕事のことがなかったら、俺もこんなところで暮らしたいよ」 と賢也が言った。 『オレも年とったら、畑してみたい。かあさんがここで 根付いてくれてたら、将来こちらに住む拠点も移しやすそっ。そういう意味でも、かあさん、頑張ってくれよんっ』 と今度は弟の智也が続いて言う。 「西島の父ちゃんがその頃になったら隠居生活に入ってる かもしれんし。譲ってもらえんとも限らんから、おまえ 貯金しっかりしとけっ。」『おっしゃぁ~、お金溜めるべぇ~』 久し振りに会った息子たちはコウやミーミと戯れたり畑へも 一緒に行って野菜を収穫したり、自然を満喫して日曜の午後 帰って行った。 帰ってゆくふたりの背中を見つめ、彼らの行く末が幸多かれと 願わずにはいられなかった。 いつもじゃなくって、瞬間々なんだけどね 幼い頃の息子たちとの日々を思いし懐かしむことがある。 そんな中でも私の荒(すさ)んだ気持ちを解きほぐしてくれた 出来事は私の一生の宝だ。