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秋の夜長に栗三昧

Author: こいたろ
last update publish date: 2026-09-29 16:22:59

ここは薩摩の国――。

鹿児島県は姶良市。

錦江湾には桜島を望む。

そして――

ここに一匹の、気高く聡明なにゃんこがいる。

その名は――あずき。

*

十月。

朝晩の風に、少しずつ秋の気配が混じるようになった。

夏の頃は朝から元気だった蝉の声も、今ではすっかり聞こえなくなっている。

代わりに庭から聞こえてくるのは、どこか涼しげな虫の声。

佐々木家の窓辺では、あずきが外を眺めていた。

一歳の三毛猫。

ふっとい眉毛のような模様を浮かべた顔に、今日も変わらぬ貫禄。

そして――

どっしり。

ドッチャリ。

窓辺に収まる、その姿。

ナァ……。

あずきの毛並みを撫でる風が、以前より少し涼しくなっていた。

あずきは目を細める。

チラッ。

庭を見る。

木の葉が一枚、ひらりと落ちた。

その葉を目で追い――

ぷいっ。

興味をなくした。

昼過ぎ。

台所から、いつもとは違う匂いが漂ってきた。

あずきの耳が動く。

鼻がひくひく。

ナァ……。

(何やら、良い匂いがする)

匂いの正体を確かめるべく、あずきは窓辺から降りた。

どすん。

床に足をつける。

そして、ゆっくり台所へ向かう。

てくてく。

廊下を進む。

角を曲がる。

すると――

由乃が台所で何かをしていた。

「今年も栗が出てきたね」

テーブルの上には、秋の味覚。

栗。

いくつもの栗が並んでいる。

瑞稀も手伝っている。

「結構あるね」

「今日は栗ご飯にしようか」

「いいね」

その会話を聞きながら、あずきは少し離れた場所に座った。

チラッ。

栗を見る。

ナァ。

さらに近づく。

くん。

くん。

鼻を近づける。

硬い。

丸い。

そして、ほんのり土と木のような匂いがする。

前足でチョイチョイとつついてみる。、

ナッ。

由乃が笑う。

「あずき、栗が気になるの?」

あずきは顔を上げる。

チラッ。

由乃を見る。

ナァー。

由乃は栗を一つ持ち上げた。

「これ、栗だよ」

あずきの目が栗を追う。

右へ。

左へ。

栗が動くたび、あずきの頭も動く。

瑞稀が笑った。

「すごい見てる」

あずきは少しだけ姿勢を正した。

ギラリ。

栗を見る。

まるで獲物を見定める武士のようだ。

しかし――

栗は動かない。

しばらく見つめたあと、

ぷいっ。

あずきはその場を離れた。

どうやら、興味を失ったらしい。

*

夕方。

台所から、また良い匂いがしてきた。

今度は先ほどとは違う。

あずきは再び台所へ向かった。

ナァ……。

(むっ!)

炊飯器の蓋が開く。

ふわっと湯気が立ち上る。

栗の甘い香り。

そして、炊きたてのご飯の香り。

あずきの足が止まった。

ギラリ。

今度は本気である。

由乃が栗ご飯をよそう。

「できたよ」

家族が食卓につく。

栗ご飯。

秋らしい夕食だ。

あずきは少し離れた場所に座る。

視線は――

食卓。

そして栗ご飯。

チラッ。

誰かが食べる。

チラッ。

また食べる。

あずきの尻尾が、ゆっくり左右に揺れる。

孝介が気づいた。

「あずき、食べたいの?」

あずきは答えない。

ただ、孝介を見る。

ギロリ。

孝介が笑う。

「はいはい」

あずきは視線を食卓へ戻す。

ナァー。

由乃があずき用のおやつを用意する。

小皿に少しだけ茹でた栗を乗せる。

あずきの目が輝いた。

ナッ。

クンクン……チョイチョイ…

そっと近づく。

食べる。

はむっ!

満足そうに尻尾が揺れる。

夜。

食事を終えた家族は、縁側へ出た。

空には大きな月。

十月の夜空は澄んでいて、昼間よりずっと高く感じられる。

虫の声が聞こえる。

涼しい風が吹く。

庭にはススキ。

その向こうに、静かな夜空。

あずきも縁側へやって来た。

佐助もついてくる。

ワン。

(今日は涼しいね)

あずきは縁側に座った。

ナァ……。

月を見る。

丸い月。

その光が庭を淡く照らしている。

あずきはしばらく黙っていた。

家族も静かに月を眺めている。

特別なことは何もない。

ただ、秋の夜に月が出ている。

それだけ。

けれど――

こういう時間が、心地よかった。

あずきはゆっくり身体を丸めた。

佐助もその隣で伏せる。

虫の声。

夜風。

家族の話し声。

そして、月明かり。

あずきは目を細める。

ナァ……。

そのとき。

台所から、由乃が持ってきたものがあった。

栗。

茹で栗だ。

「もう少し食べようか」

瑞稀が嬉しそうに手を伸ばす。

孝介も一つ取る。

あずきが顔を上げた。

チラッ。

栗を見る。

家族を見る。

また栗を見る。

ナァ。

由乃が笑う。

「あずきはもう食べたでしょう」

あずきは黙った。

数秒。

そして――

ふいっと顔を背ける。

ナァ……。

佐助が隣からあずきを見る。

ワン。

(食べたかったんじゃないの?)

あずきの耳が動いた。

ゆっくり佐助を見る。

ギロリ。

ワン……。

(ごめんなさい)

あずきは再び月を見る。

*

夜は静かに更けていく。

栗の甘い香り。

虫たちの声。

涼しい秋風。

そして、空に浮かぶ月。

あずきは縁側で丸くなっていた。

昼間の暑さもなくなり、身体に当たる風がちょうどいい。

ゴロゴロ……。

小さな喉の音。

家族の話し声が、遠くで聞こえる。

佐助もいつの間にか眠っている。

あずきは目を閉じる。

ナァ……。

それから少しだけ身体を丸め直した。

ドッチャリとした身体が、縁側にすっぽり収まる。

月明かりが、三毛の毛並みを柔らかく照らしていた。

秋の夜は長い。

栗を囲む家族の笑い声。

静かな虫の声。

穏やかな風が心地よい。

そんな夜が、ゆっくりと過ぎていく。

あずきは眠る。

今日もまた――

穏やかな一日だった。

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