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あなたが愛を誓うその日に、私は海の底に眠っていた
あなたが愛を誓うその日に、私は海の底に眠っていた
Auteur: 団子ちゃん

第1話

Auteur: 団子ちゃん
「先生、人体冷凍保存の実験に参加したいです。申し込みをお願いします」

小林みゆき(こばやし みゆき)は淡々とそう言った。

電話越しに、長谷川(はせがわ)教授の声が返ってくる。

「小林さん、本当にいいのか?がんのことは確かに辛かっただろう。でも、まだ完治の可能性も……」

「でもあれはリンパがんです。しかも末期。もう治りません」

みゆきはそう返すと、長谷川教授は深いため息をついた。

「だが、あの冷凍保存技術はまだ未完成だ。生きている人間が凍結された前例はまだないんだぞ。下手をすれば、冷凍の瞬間に命を落とす可能性もある。やはり考え直したほうが……」

「先生、もう決めたんです」

微笑みながらそう言うと、みゆきは通話を切った。

彼女のスマホには、数分前に届いたネットニュースの速報が表示されたままだった。

写真には、葉月かれん(はづき かれん)と朝倉研人(あさくら けんと)が手を繋いで写っていた。

かれんの薬指には、ブルーダイヤの婚約指輪が光っている。

画面越しにでもまぶしいその輝きが、みゆきの目を突き刺した。

彼女は唇を強く噛みしめても、気持ちをこらえきれず、涙が溢れてくる。

今日は、みゆきの最愛の人、研人の誕生日だった。しかし彼は、みゆきがデザインした指輪を別の女に贈っていた。

研人さん、どうしてこんなことをするの?

ここまで私を憎んでいるの?

食卓にはまだ湯気の立つ料理が並んでいたが、みゆきの心と同じように、少しずつ冷えていった。

深夜二時半。ようやく玄関の扉が開いた。外の冷えた空気とともに研人が入ってくる。

「まだ起きてたのか?」

彼はみゆきを見るなり、さらに険しい表情になった。

「今夜はかれんと過ごすって言っただろ。遅くなるって、ちゃんと伝えたよな?」

みゆきはうつむき、長い沈黙の後でぽつりと呟く。

「……お誕生日、おめでとう」

日付は変わり、彼の誕生日ももう終わっていたけれど。

「みゆき……お前、何がしたいんだ?」

研人の声には苛立ちが滲んでいた。

「かれんは俺の恋人だ。彼女が俺の誕生日を祝うのは当然だろう?お前は何様のつもりだ?俺はお前のおじさんなんだぞ!いい加減自分の立場をわきまえろ!俺らは付き合えないって言ってただろ?そんな気色悪い妄想、本当吐き気がする!」

彼はそう言い捨てると、ドアを勢いよく閉めて出て行った。

たぶん、またかれんの元へ行ったのだろう。かれんこそ自分の彼女だって言ったのだから。

みゆきはうつむいたまま、足元を見つめていた。そして、誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。

「ごめんなさい、研人さん……もう二度と迷惑かけないよ。これが、あなたと過ごす最後の誕生日だから」

部屋は驚くほど寒かった。彼女はふと考えた——冷凍庫とこの空っぽの部屋、どっちが寒いんだろう?

幼い頃、寒がりのみゆきは、冬になると裸足のままうさぎのぬいぐるみを抱えて研人の部屋を訪ねた。

あの頃の彼はみゆきを可愛がっていた。優しく笑って彼女をベッドに抱き上げ、寝かしつけの昔話を読み聞かせてくれた。

SNSでは、かれんが研人との手つなぎ写真を投稿していた。

彼女はみゆきがデザインした「人魚の心」を薬指につけ、堂々と自分たちの婚約を報告した。

【私たち、婚約しました!】

その頃、みゆきのもとには、人体冷凍研究所から同意書の電子版が届いた。

だが彼女はすぐにはサインをせず、研人に電話をかけた。

一回目は切られた。

二回目も。三回目、四回目……五回目で、ようやく繋がった。

「今度は何だよ」

研人の声は、明らかにイラついていた。

みゆきは唇を引き結び、小声で答える。

「……おめでとう、って言いたかっただけ」

「ふん」

短く鼻で笑う声が聞こえた。

「本当にそう思ってるならいいけどな」

しばらくの沈黙の後、みゆきはぽつりと訊ねた。

「……式はいつ?」

「12月12日だ」

その声は、真冬の北風のように冷たかった。

短い一言なのに、みゆきの心を抉るには十分だった。

12月12日。それは、みゆきの誕生日だった。
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