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140話

Auteur: 籘裏美馬
last update Dernière mise à jour: 2025-12-20 08:28:48

夕方。

どうにか定時で仕事が終わりそうだ、と俺はスマホをちらりと確認してほっと安堵の息を吐く。

これなら、友人との約束にも間に合いそうだ。

「影島。今日は着いて来ないでいいぞ。旧友に会う」

「ご友人と、ですか?かしこまりました」

不思議そうな顔をしている影島に、俺はひらひらと手を振って答え、送り迎えもいらないから今日は早めに帰っていいと告げる。

すると、影島は途端にキラキラと瞳を輝かせて礼を口にした。

定時後。

俺は刑事の友人──谷島との待ち合わせ場所へと向かっていた。

車を走らせ、向かった先は高級料亭。

完全個室性の料亭のため、話が外に漏れる心配は殆ど無い。

政治家や、谷島のような警察関係者も接待などに良く利用する、と以前耳にした事がある。

俺は車を駐車場に停め、店に入る。

車のキーを店員に渡しつつ、谷島の名前を告げると、店員はすぐに案内をしてくれた。

どうやら谷島は既に店に着いているらしい。

「お連れ様がまいりました」

「ああ、通してくれ」

部屋の前で、ノックをしたあと、少々大きめな声で店員が呼びかける。

すると、室内から聞き慣れた友人の声が聞こえた。

すっと扉が開かれ、店員に促されつつ室内に入ると、谷島が立ち上がって俺を出迎えてくれた。

「小鳥遊!久しぶりだな。元気そうで良かった」

「ああ、久しぶり。谷島こそ元気そうじゃないか」

軽く握手を交わし、席に座る。

「今日は適当にコースを注文しといた。それでいいだろ?」

「ああ、問題ない」

俺がそう答えると、谷島はビー
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