Masuk強い力で突き飛ばされた私の体は、そのまま重力に従い地面に倒れ込んでしまう。 砂利や細かい砂によって足に怪我を負い、微かに痛みを感じるが、鉄骨が崩れる物凄い音に痛みすらどこかに行ってしまう。 ガラガラ、と倒れた私の足元に鉄骨が崩れてきて、私はぺたりと座り込んだまま唖然とした。 さっきまで、私と一緒に歩いていた苓さんの姿は今、どこにも無い──。 「れい、さん……?」 ──嘘、でしょう。 鉄骨が崩れた大きな音に、現場監督や作業員の人達が大慌てでこちらに駆け寄って来るのが見える。 だけど、私は自分の足元──。 地面に散らばった鉄骨の合間から、真っ赤な血が滲み出ている事に気付き、私は慌てて立ち上がった。 苓さんは、倒れてくる私を突き飛ばし、そしてそのまま鉄骨の下敷きになってしまった──。 「──いやっ、苓さん!!」 「藤堂本部長!危ないから離れてください!」 「で、でも……!苓さ、小鳥遊部長が鉄骨の下敷きに……!」 「何ですって!?」 ざわざわ、と私たちの周囲に沢山の人が集まって来る。 私と監督が言葉を交わしている間も、鉄骨の隙間からはじわじわと滲み出る血の範囲は広がって行く。 「──おい!救急車を呼べ!あと、警察に通報を……!」 「わ、分かりました……!」 「それと、鉄骨を引き上げる重機を持ってこい!早く!」 現場が、一気に大混乱に陥る。 多くの人が慌ただしく動き回る中、私はパニックに陥るだけで現場の邪魔をしているだけ。 それは分かっているのに、どうしても苓さんの傍から離れる事が出来なくて。 「本部長、鉄骨を引き上げる作業に入ります。この場にいると危ないですので、こちらに……」 監督が気遣うように私に声をかけてくれる。 ここからどかないといけない。邪魔になるから移動しなくちゃならない──。それは分かっているのに、私の足は地面に縫い付けられたように動かす事が出来なくて──。 広がって行く血溜まりを目の前に、私は監督や他の作業員の方たちに体を支えられながら何とかその場を離れた──。 ◇ 鉄骨を退かし、救急車がやってくるのを私は呆然と見つめる事しか出来なかった。 到着した救急車は、2台。 1台は当然苓さんのため。もう1台は私のために手配されたものだった。 苓さんが鉄骨の雪崩に巻き込まれたショックが大きくて気づいていな
「苓さん、おはようございます」 「茉莉花さん、おはようございます」 私たちは軽く挨拶を交わし、2人並んで建設現場に向かう。 既に躯体工事も始まっていて、現場は色々な資材が置かれていて危ない。 私と苓さんは着用が義務付けられているヘルメットを被り、進捗状況を見て回っていた。 「骨組みが入ると一気に店舗感が増しますね」 「そうですよね、これから骨組みが出来上がり、外装、内装と進んでお店になっていくのが楽しみです」 「庭園の方も同時進行でしたっけ?」 「はい、そうなんです。庭園の方も視察しますよね?」 「ええ、行きましょうか茉莉花さん」 私たちが庭園の方に向かうと、多くの作業員の方達 が作業していた。 今はまだ立派な庭園ではないけど、これから素晴らしい和風庭園が出来るのだろう、とわくわくしてしまう。 一通り現場視察が終わり、私と苓さんは現場監督の元に向かい、工事の進み具合や不足しそうな資材がないか、人員の不足はないかなどを確認する。 確認が全て終わり、次の視察の予定などを話してから私たちの現場視察は終わった。 「茉莉花さん、会社に戻る前にどこかで食事でもしませんか?」 「いいですね。時間を昼時を外しているからどこのお店も空いていそうです」 「良かった。じゃあ、近場に美味しいお店がないか確認しますね」 私と苓さんはヘルメットをヘルメット置き場に戻し、監督に見送られながら歩き出す。 周囲にはこの現場で使用予定の沢山の資材が置かれている。 そんな場所を後にして、現場から出る手前。 鉄骨が積まれている場所に通りかかる。 視界の隅に鉄骨が積み上げられているのが見えて、違和感を覚えた。 (──あれ?確か、さっき見回った時は鉄骨はちゃんと固定されていたのに……) 今は固定されていた金具が見当たらない。 このままじゃあ崩れてきて危ないのでは──。 そう思った私は、監督にその事を伝えようと足を止めて振り向いた。 「──茉莉花さん?」 「すみません、苓さん。鉄骨がちゃんと固定されていないみたいで。監督に伝えて来ます」 「え……」 私がそう言うと、苓さんも足を止めて鉄骨に顔を向けた。 瞬間──。 「──茉莉花さん!」 「え……、あっ、きゃああ!!」 苓さんの叫び声が聞こえたと思った次の瞬間、鉄骨が倒れてくる大きな音が聞こえ
車が突っ込んで来て、ひやりとした日から数日。 私はその日、和風庭園カフェの現場にやって来ていた。 今日は着工日だ。 これから、お父様がお母様のために興した新規事業の和風庭園カフェ1号店が形になっていく。 1号店の完成間際に、虎おじさまが記念パーティーを開いてくれる事になった。 虎おじさまが力を入れてPRしてくれているから、この新規事業はとても大きな話題になるだろう。 「藤堂本部長。御足労いただきありがとうございます!」 「いえ、とんでもないです。着工日の今日が晴れで良かったですね」 「ええ、本当に!」 カフェ1号店の建設現場を取り仕切る現場監督の方が私に気が付き、話しかけてくれる。 監督と少し話をして、私は監督の案内の元現場を少し見て回る事にした。 「こちらの庭園側は、社長が仰っていた枯山水を設置する予定なんですよ。海外の方にも人気ですし、立地も良いのでとても人気のカフェになるのでは、と思います」 「ふふ、そうなると嬉しいですね」 「ええ。カフェ店内の椅子やテーブルは──」 監督が話してくれる内容に相槌を打ちつつ、店内を見回って行く。 そうしている内に、大分時間が経っていて。 初日の現場視察は、何事もなく穏やかに終わった。 帰宅時も、心配していたような事は起きず、無事に会社に帰って来れたことにほっとした。 お父様の元に行き、初日の視察が無事に終わった事、建設速度や現場の雰囲気などの報告が終わり、私は帰宅の準備をする。 「……まだ始まったばかりだものね。気を抜かないようにしないと」 仕事と、自分の周囲について。 不審人物や危険な兆候などには変わらず注意していかないと、と私は気合いを入れる。 いくら苓さんが手配してくれた護衛の人の人数が増えても、事故ばかりは完全に防ぎ切る事は出来ないから──。 ◇ 着工日から、数週間。 日にちが大分経過し、1号店の建設は順調に進んでいた。 その日は、数週間ぶりに現場視察の日。 この日は苓さんも視察に同行する予定で。 私の方が先に現場に着いたので、駐車場に車を停めて、苓さんがやって来るのを待っていた。 最近、苓さんは不足している資材や取引先に出向き、交渉を重ねていると聞いている。 この交渉が上手く行けば、今後2号店、3号店と店舗を増やしていっても資材の不足で建設が滞る、なんて
「茉莉花、大丈夫か?」 護衛の人に助け起こされたお父様が、私の元に駆け付ける。 苓さんに抱き起こされている私に心配そうな目を向けるお父様に、私は頷いて見せた。 「だ、大丈夫です……!お父様こそお怪我はないですか?」 「ああ。私も大丈夫だ。苓くんに押してもらわなければ……轢かれていたかもしれないな。ありがとう、苓くん」 「いえ、ご無事で良かったです。むしろ、俺こそ強く押してしまって失礼しました」 「いやいや、お陰で助かったよ」 お父様も、苓さんも。そして恐らく私の顔色も今は真っ青になっているだろう。 さっきまではご飯時で、3人でご飯を食べるのを楽しみにしていた。 だけど、今はもうそんな気持ちが萎んでしまっていた。 「……1度、会社に戻ろうと思う。茉莉花と苓くんはどうする?食べて行くか?」 お父様がそう切り出した。 私も、苓さんもお互い顔を見合わせて頷き合い、会社に戻る事にした。 ◇ 帰社し、本部長室にやって来てくれた苓さんと私は、ソファに向かい合わせに座っていた。 だけど、私たちの顔色は悪いまま、室内は無言の時間が過ぎる。 苓さんがせっかく忙しい中、時間を作り藤堂グループにやって来てくれたのに。 このまま特に話す事もなく、解散してしまうのは時間を無駄にしてしまっているようで、嫌だ。 「──苓さん」 だから私は、青い顔で俯き、何か考え込んでいるような様子の苓さんに向かって声をかけた。 苓さんは私の声に反応して、ぱっと顔を上げると申し訳なさそうに眉を下げた。 「すみません、茉莉花さん。せっかく一緒に居るのに考え込んでしまっていて……」 「いえ、大丈夫ですよ。さっきの車……このタイミングですから、不審に思ってしまうのは私も同じですから……」 そう──。 さっきの車が信号無視をして走り去ったのがどうにも違和感を覚えていて。 きっと苓さんも私と同じような違和感を覚えていたのだろう。 警察の捜査が進み、お祖父様を交通事故に遭わせた人物が分かったこのタイミングで、まるで私たちを脅すように信号無視の車が突っ込んで来たのだ。 涼子は、速水家は。 人に手をかける事に何の躊躇も無い、と思う。 だからこそ苓さんも難しい顔で考え込んでいたし、私もお父様も「まさか」と嫌な考えが頭に浮かんだ。 「一先ず……暫くは護衛の人数を増やして、
◇ 地鎮祭を、遠くから見つめる人物が居た。 その人物──女は、スマホを取り出すと誰かに電話をかける。 「ええ、お願い。そこの交差点で。ええ……決して跳ねては駄目よ。ひやっとさせるだけで大丈夫だから。目を向けさせる事が重要だから」 電話を切った女は、にんまりと笑みを浮かべ、その場を離れた。 ◇ 「お腹が空きましたね、どこかでご飯でもどうですか?」 地鎮祭は何事もなく終わり、ちょうど昼食時だ。 私は腕時計を確認し、お父様と苓さんに話しかける。 「そうだな……。この後急ぎの仕事もないし、どこかで食事をしてから社に戻ろうか」 お父様も私の提案に頷いてくれる。 私は苓さんに振り向いた。 「もちろん、俺もご一緒しますよ。この付近だと……和食料理と中華が近場にありますね。どこにしますか?」 「私は和食がいいが、茉莉花と苓くんはどちらがいい?」 「私も和食が良いです、苓さんは?」 私とお父様に問われた苓さんは、笑顔で「俺も和食がいいので、そこにしましょう」と答えた。 和食料理店は、交差点の向かい側にある。 私たち3人は会話をしつつ、赤信号で足を止めた。 「そう言えば、田村が物凄い気合いが入っていてな。1号店のオープンを記念してパーティーを開こうと言っている」 「パーティーですか?」 「ああ。お祖父様の喪が明けていないのに、パーティーはどうかと思うのだが……茉莉花はどう思う?」 「そう、ですね……。パーティーを行うのは、とても宣伝効果があると思います。確かにお祖父様が亡くなってしまってから日は経っていませんが……お祖父様だったら、宣伝になるならどんどんやれ、と仰ると思いませんか?」 「──はは、確かにな。しなかったら怒られそうだ」 そんな事を話していると、信号が青に変わり、私たちは歩き出した。 その時──。 「──っ、危ない!!」 苓さんの焦ったような声が聞こえ、苓さんが私を押しのけ、私の奥にいるお父様を強い力で押した。 その次の瞬間、私たちの目の前を物凄い速度で車が通り過ぎる。 どうやら信号無視をして、赤信号なのに突っ込んで来た車がいたらしい。 苓さんがその事にいち早く気付き、私とお父様を守るように押しのけてくれた。 もし、苓さんが気付かず私とお父様が普通に歩き続けていたら──。 確実に、さっきの車に轢かれていただろ
谷島さんから連絡があった日から、数週間。 警察の捜査は依然として続いていて。 涼子の足取りも、掴めないまま。 捜査の進展を待つだけの日々が続いている今この状況が、凄くもどかしい。 だけど、そんな中でも新規事業は着々と進んでいて。 「本部長、許可が降りた。来週から工事が始まるぞ」 「──本当ですか、社長!」 社長室。 その日、私はお父様に呼ばれていて。 何の話だろう、と思い社長室に入室した私にお父様は嬉しい報告をくださった。 「やっと……、やっと庭園カフェがオープンに向けて本格的に動き出しますね……!」 「ああ。今まで大変だっただろう、ご苦労だった」 「とんでもございません!」 「詳細は、追って知らせる。着工日は私も店舗予定地に出向くつもりだ。本部長もそのつもりで」 「分かりました!小鳥遊建設の小鳥遊部長も来られるのでしょうか?」 「ああ。彼にも連絡は入れてある。着工前に地鎮祭も行うし、それにも参加するだろう」 「かしこまりました。予定を調整しておきます」 「ああ、よろしく頼む」 こくりと頷いたお父様に、私は一礼して社長室を後にしようとした。 だけど、扉に手をかけた状態で振り向き、口を開く。 「きっと、お母様が目覚めた時。凄く喜ばれるでしょうね、お父様」 「──!ああ……そう願っているよ、茉莉花」 目を細め、柔らかく微笑むお父様。 今もまだ眠ったままのお母様を思い出しているのだろう。 お父様は柔らかい笑みを浮かべ、お母様に思いを馳せている。 お父様の邪魔をしないように、と私は静かに社長室を後にした。 ◇ 着工日前の、地鎮祭の日。 私が現場に向かうと、既に苓さんがそこには居た。 「苓さ……いえ、小鳥遊部長!」 「藤堂本部長」 にこり、と笑顔を向けてくれた苓さんに私は近付いて行く。 「とうとう、着工日が目前ですね」 私が苓さんの隣に並び立つと、感慨深そうに苓さんが呟く。 「はい。色々ご協力いただき、本当にありがとうございます」 「いえいえ。弊社も素晴らしい事業に1枚噛ませていただき光栄です」 ふふ、と悪戯っぽく笑う苓さんに、私も笑みを返す。 「きっとこの和風庭園カフェは凄く流行ると思います。桜の季節にオープンしますし、海外からの観光客も多く訪れますから、この国の文化を肌で感じられる、人気のカフェ
ミーティングに参加してくれていたチームの皆が資料を食い入るように見てくれていたけど、その中でも志木チーム長と、矢田主任は熟読しているようで、私の説明が終わった後も、書類にじっと視線を落としていた。 「矢田主任に、代替案のメリット、デメリットの取りまとめをお願いしてもいい?皆の意見を纏めて欲しいの。市場調査データの修正と、施策の強化については、また皆で意見を出し合い、纏めましょう?」 私がそう言葉に出すと、資料に落としていた視線を上げた矢田主任とぱちり、と目が合う。 何だか、矢田主任の目がとても輝いているように見えた。 「かしこまりました、本部長!今日中に纏め、明日には提出い
「いいえ……、いいえ──!涼子に、話した事なんて、ありません」 苓さんの声音も、真剣さを帯びる。 私の心臓は、何故かどくどくと不安に揺れる。 ただの、俺の考え過ぎだったらいいんですが。 苓さんはそう言うけど
それからも。 会議室に残った他のメンバーも、そわそわとしながら私に退出の許可を取りに来て、ミーティングは必然的にお開きになってしまった。 ぽつん、と1人残った会議室で、私は呟く。 「ミーティングは……、成功、なのかしら……?」 嫌な雰囲気では、無かった。 皆、私が用意した資料をとても真面目に読んでくれて、気難しそうだった志木チーム長の表情も明るくなって行ったのが、目に見えて分かった。 復帰して、初
◇ 仕事を終わらせ、自宅に戻ってきた私は、夕飯とお風呂を済ませて、既に自室で休んでいた。 スマホのスピーカーからは、苓さんの優しい声が聞こえる。 「それで、苓さん。今日は予想外の訪問客が来たんです」 苓さんの低くて、甘い声が耳に心地よくて。 行儀が悪いけど、私はころり、とベッドに横になって苓さんに伝える。 「ええ、そうなんです。御影ホールディングスの、御影専務が突然……」 苓さんも戸惑っているようで、声音にはそれが色濃く現れていた。 だけど、私にも理由までは分からない。