Masuk出社の支度を終え、家を出る。 駐車場の車に乗り込み、門を出た所で見慣れた車が視界に入った。 「──嘘でしょう?」 私はうんざり、と声を漏らす。 その車は、御影さんが普段使用している車だ。 運転席にはやはり御影さんが居て、私の姿を見るなり笑みを向けてきた。 だけど、私は彼を無視して車を走らせる。 会社に向かう道中も、御影さんはずっと私の後を追ってきていて。 「まさか……会社にまで着いてくるつもりなの……?」 私が想像した通り、私の車が会社の駐車場に入ると、御影さんの車も後に続いたのがバックミラーで分かり、朝から頭が痛くなって来てしまった。 「最悪……早く社内に逃げ込まないと……」 私は急いで駐車場に車を停める。 だけど、焦っているせいか、普段より少しばかり時間がかかってしまって。 ようやく車を停め、私が急いで車外に出ると、背後からにゅっと太い腕が伸びてきた。 「──っ、」 「おはよう、茉莉花」 まるで、私の体を囲むように御影さんの両腕が車の車体に着き、私は檻に入れられてしまったように動けなくなってしまった。 「……っ、何の用ですか?話があるなら、アポを取ってもらってもいいですか?」 御影さんと顔を合わせず、私は冷たく言い放つ。 すると何が楽しいのか、御影さんはくつくつと喉奥で低い笑い声を発しながら、私の体に多い被るように身を屈め、近付いて来た。 あまりの近さに、私の背筋にぞっと悪寒が走る。 「──っ、離れてください」 「母親の意識が戻ったそうだな。おめでとう」 必死に顔を背け、私が何とか言葉を紡いだ時。 御影さんの口からお母様の事について言われ、私は目を見開いた。 「──どうしてそれを?」 「茉莉花に関わる事だ。俺が知っていて当然だろう?」 くつくつと笑いながら、御影さんは私の髪の毛に手を伸ばすとひと房救い上げ、私の髪の毛に唇を寄せた。 「──やめてください!」 髪の毛1本すら、御影さんには触られたくないのに。 あろう事か、御影さんは私の髪の毛にキスをしようとしたの──? ぞわぞわとした嫌悪感がせり上がってきて、私は慌てて自分の髪の毛を離させるため、御影さんの手を払った。 だけど──。 御影さんは、自分の手を払った私の手を掴み、あろう事か指を絡めて車のドアに押し付けた。 「──っ痛」 「茉莉花、
「なら、お父様……。今回の事件が明るみに出る事を恐れて……速水家がまた何かをしてくる可能性が高いですよね?」 「……その可能性は否定できないな」 「今日の昼に、病院で谷島さんとお会いして、聞いた事があるんです。……速水家がそういった組織と繋がっているかは分からないけど……裏で、汚れ仕事を請け負う組織があるって。これから、速水家がそういった組織と関わりがあるかどうかを調べる、と言っていました」 「──っ、そう、か……谷島刑事が……」 お父様の反応に、私はお父様がそのような組織が存在している事を知っていたのだ、と分かった。 お父様は、藤堂家の当主だ。 お祖父様から引き継ぐ際に、色々とお話をされたのかもしれない。 私の話を聞いても、お父様の顔色は全く変わらず、そんな組織がある事を既に承知のようだった。 「藤堂家は、歴史が長いですものね……。お父様にしか分からない事が沢山あると思います。……ですが、私も将来、婿を取り、この家を継いで行く身です。お父様、全てとは言いません。今、必要な事を教えてください」 「──茉莉花」 お父様は、私の真剣な目を見て一瞬言葉を噤む。 逡巡していたようだけど、私の言葉を受け止め、真剣な表情に変わると口を開いた。 「……そうだな。今、藤堂の血を引いているのは私と茉莉花だけだ。私に何かあった時のために茉莉花にも藤堂の大事な歴史を伝えておく」 「お願いします……!」 そして、私とお父様は書斎で長い時間、話をした。 ◇ 翌朝。 私は自室のベッドで両頬を軽く叩くと、鏡に映る自分をじっと見つめた。 目の下には隈ができている。 昨夜は、書斎で遅くまでお父様とお話をしていた。 そのため、睡眠不足で血行が悪く、顔も青白い。 「……メイクで隠れる程度で良かった」 お父様との話し合いの結果、今日は私は会社に出社する。 私が会社で仕事を。 お父様は、今日は1日お母様の検査に付き添うために会社を休んだ。 病院なら、苓さんが手配してくれた護衛がいるし、お父様本人にもしっかりと護衛がついている。 お父様がお母様に付き添ってくれていれば、お母様もお父様も安全だ。 きっと、私はすぐには狙われないと思う。 苓さんが事故に巻き込まれたあと、私に送られてきたメール。 あれは、恐らく涼子だ。 涼子は、私の周りにいる人達を狙っ
書斎のソファに座ったお父様は、私に向かって口を開く。 「羽累の交通事故、だが……。恐らく事故ではない。事件だ。……羽累を狙って、車が突っ込んで来たらしい」 「──え」 お父様の言葉に、私の頭は真っ白になってしまう。 何で、どうして──。 私が混乱している間にも、お父様は話を続けた。 「羽累が事故に遭う前から、不穏な雰囲気はあったらしい」 「な……っ」 「誰かに見られているような……着けられているような気がしていたらしい。そして、不安を感じる日々を過ごしていて……相談しようとした矢先に……」 「車に轢かれてしまった、と言う事ですか……?」 そうらしい、とお父様が頷いた。 待って……。 待って。 それじゃあ、お母様はただの交通事故じゃなくて。 誰かに。明確な殺意を持って狙われていた、と言う事なの。 そんな事って。 「──っ、ひど……っ、酷い……っ」 「茉莉花!」 私は、目の前が真っ暗になる。 ぐわんぐわん、と頭が回って、気持ちが悪くなる。 お母様に、お祖父様。 お母様は奇跡的に命が助かったけど、気が気じゃななかった。 いつお母様の目が一生覚めない、と言われるかという恐怖を感じた。 そんな日が、もしかしたらいつか訪れるかもしれない、と怖かった。 お母様は奇跡的に無事だった。 だけど、お祖父様は──。 お祖父様は、この世を去ってしまったのだ。 まだまだお元気で、私の結婚を楽しみにして下さっていたのに。 苓さんとの婚約式を、結婚式を楽しみにして下さっていたのに。 それなのに──、惨い事に、命を奪われた。 それと、苓さん。 苓さんは、私を守るために身代わりになってしまったようなものだ。 私に関わらなければ、苓さんがあんな大怪我をする事は無かったのに。 私と──藤堂家と関わってしまったばっかりに、苓さんは大怪我をして、私の記憶まで失った。 私たちに関わらなければ、苓さんはきっとこんな大変な目に遭う事なんて無かったのに。 沢山の人を巻き込んでいる。 涼子は、速水家は、藤堂家への恨みで沢山の人を巻き込み、その人の人生をめちゃくちゃにしているんだ。 「絶対……絶対に許せません、お父様……っ」 私が声を振り絞り、何とかそれだけを紡ぐと、お父様は頷いた。 「ああ。私だって許せない。羽累を、お祖父様を……そして
苓さんは軽く鼻を啜ると、長椅子から立ち上がった。 「藤堂さん、俺……そろそろ帰りますね」 「──えっ?」 「今は、目覚めたばかりのお母様についていてあげてください」 「た、小鳥遊さん──」 苓さんは、気まずそうに私に頭を下げるとそのまま私には目を向けずに歩いて行ってしまう。 「あ…… 」 苓さんの遠ざかって行く背中に、私は情けない声を上げてしまうだけで。 彼を追いかける事が出来なかった。 今は、目覚めたばかりのお母様の傍を離れたくない、という気持ちがある。 それに、私の事を忘れてしまっている苓さんが、ここにいるのは気まずいだろう、と言う考えもあって。 その事に悩んでいる内に、苓さんは帰ってしまった──。 私は、苓さんと別れて廊下を歩きお母様の病室に戻ってきた。 病室の扉が開いた音に反応したのだろう。 お母様の手を握っていたお父様が振り向いた。 「茉莉花、苓くんは帰ったのか?」 「はい、後はご家族で……、と」 「そうか……」 お父様の目は赤く染まっている。 「お父様、お母様は……」 私は、お父様に手を握られて目を閉じているお母様に顔を向ける。 すると、お父様はとても優しい目でお母様を見つめたあと答えた。 「ああ。疲れたようで、眠ったよ……」 「そうですか……。でも、お母様が目覚めて、本当に良かった……」 いったい、何年経っただろう。 お母様が交通事故に遭い、どれだけの時間が流れたのたか。 お母様が眠っている間に、沢山の事があった。 目覚めた瞬間、色々な事が変わっていて、どれだけショックを受けるだろうか。 「茉莉花。……羽累も眠った事だし、私たちは1度家に帰ろう」 「え……っ、今日は泊まらないのですか……?」 てっきり今日は病院に泊まるのだと思っていた私は、驚きに目を見開いてしまう。 そんな私の問いかけに、お父様は難しい顔で頷いた。 「ああ。茉莉花がさっき外に出ている間に、羽累と少し話した……。それで、茉莉花にも話しておきたい事がある」 「えっ、私に、ですか?」 「ああ。その話はここで話すべきではないと判断した」 「……重いお話、ですか?」 嫌な予感がした。 私がお父様を見つめてそう問うと、お父様も私の目をしっかり見返して頷いた。 「ああ。……もしかしたら、藤堂は相当前から速水家の謀略に嵌め
ようやく私たちの呼吸も、感情も落ち着いて。 私がお母様が寝ているベッドから立ち上がる事ができた。 そして、病室の入口付近で泣いているお父様の元へ近づき、お父様を立たせる。 ぐっしょりと涙に濡れたお父様の顔。 お父様は私に何度も「すまない」とお礼を伝えながら、震える足で何とかお母様の近くに行き、私が座っていた丸椅子に腰掛けた。 「はる……はる……」 「──な、た」 お母様の名前を、お父様が必死に呼び。 そして、お母様が途切れ途切れにお父様を呼ぶ。 お父様の手は、しっかりお母様の手を握っていて。 その光景を見つめていた私は、自分のバッグからハンカチを取り出して目元を拭った。 そこで、ふと気付く。 さっきまで私の背中を優しく撫でてくれていた手が、いつの間にか消えている。 「──苓、さん?」 私は病室をぐるりと見回したけど、病室に居るのは私たち家族、3人だけ──。 そこに、苓さんの姿はなくなっていた。 もしかしたら、気まずくなって帰ってしまったのだろうか。 私は顔を真っ青にすると、慌てて部屋から出た。 お母様が目覚めた事を教えてくれて。 そして、一緒に病室に残ってくれていたのに。 それなのに、苓さんに失礼な事をしてしまった。 もう、帰ってしまっただろうか。 私は廊下に出て、走り出そうとしたけど、苓さんはすぐに見つかった。 廊下に設置されている長椅子に座り、ぽつんと1人で過ごしている苓さんに、私は近付いて行く。 私の足音に気が付いたのだろうか。 苓さんは慌てた様子で自分の顔を腕で拭い、ぱっとこちらに顔を向けた。 「──藤堂さん」 「苓さ……小鳥遊、さん……」 苓さんの顔を見て、私は驚いて彼の名前を呼んでしまいそうになった。 だけど、慌てて苗字を言い直す。 どうして? どうして、苓さんが。 苓さんの目元は赤く染まっていて。 明らかに泣いていたのが分かる。 苓さんは、私とお付き合いをしていた事なんて覚えていない。 だからきっと、私に付き合い、お母様のお見舞いに来た事だって覚えていないはずなのに。 それなのに、苓さんは泣いてくれていたの? 私は、苓さんの近くまで歩いて行くと、彼が拒まないのをいい事に、少し彼から距離を取って長椅子に腰を下ろした。 「──小鳥遊さん、すみません」 「え……っ?」 突然謝
私がお母様の頬を撫でると、お母様の睫毛がぴくりと動いた。 ふるふる、と痙攣する。 私がその光景に驚き言葉を失っていると──。 ゆっくり、お母様の瞼が持ち上がった。 「お、お母様……?」 お母様はぼんやりとした目をしていたけど、私の声が聞こえたのだろうか。 酷くゆっくりと、緩慢な動作でお母様の目が動き、それに連動してお母様の顔がゆっくりと私に傾けられる。 お母様が、私を見た──。 その瞬間、お母様の瞳に様々な感情が浮かんだ。 そして、一瞬にしてそれが消えて。 「ま……つ……」 「──っ、はいっ、はい……!お母様!私です、茉莉花です!」 お母様の唇がぶるぶると震え、確かに私の名前を呼んでくれたような気がする。 お母様の声は聞き取るのも酷く難しいくらい掠れ、小さかった。 だけど、確かに私を認識して、私の名前を呼んでくれた気がする。 その証拠に、お母様の目には沢山の涙が溢れんばかりに溜まり、とうとうそれが零れ落ちた。 私がお母様の手を優しく、だけど力強く握ると、お母様の手にも微かに力が籠る。 そして、弱々しくだけど。確かに私の手を握り返してくれた──。 それが、嬉しくて嬉しくて。 どうしようもなくて──。 私は声も出せず、お母様のベッドに顔を伏せ、泣いた。 そんな私の背中を、苓さんが優しく撫でてくれている。 私の事を覚えていないはずなのに。それなのに、苓さんの優しさは変わらない。 その優しさに、また私の目からは涙が溢れて。 私が泣いていると、廊下からバタバタと忙しなく駆けて来る足音が聞こえ、そして次の瞬間、勢い良く病室の扉が開かれた。 「──羽累!!」 お母様の名前を叫びながら病室に駆け込んできたお父様は、今まで見た事がないくらい慌てた様子で。 いつもはきっちりと整えられている髪も、スーツも、焦って走って来たからだろうか。 信じられないほど乱れていて。 お父様の声に反応したお母様が、ゆっくり顔を動かしてお父様を見たような気配がする。 私は、涙で視界が滲んでしまっていたけど、確かにお母様の顔がお父様の方に向いているのが見えて。 背後から、どしゃりと膝を着いたような音が聞こえた──。 そして、聞いた事がなかった、お父様の涙に濡れる声が聞こえて。 お父様が泣いている──。 それが分かった瞬間、収まってきていた
小鳥遊さんの気持ちは、迷惑、なのだろうか。 いえ、迷惑だと思った事は無い。 けど──。 「その、戸惑ってしまうんです……」 私は、自分の気持ちを素直に小鳥遊さんに伝えた。 「男性から、こんな風に気持ちを伝えられた事なんて、ないですし……触れ合う事も、なかったので……分からないんです」 私の言葉を、一字一句聞き逃さまいと真剣に聞いていた小鳥遊さんは、私の言葉を聞いて安心したようにほっと息をついた。 「それなら、良かったです。藤堂さんが少しでも迷惑だと思っていたら、嫌だと言われたら……控えようと思っていたんですが……」 「……あっ、ちょっと!」 小鳥遊さんは
お手伝いさんにお茶を用意してもらい、お手伝いさんが退出する。 その後に、お祖父様はゆったりとした口調で小鳥遊さんに話しかけた。 「茉莉花と一緒だったと言うことは…もしや、病院に?」 そう言えば、私は今朝、食堂で午前中は会社に。午後はお母様のお見舞いに行く事を話していたのだ。 お祖父様もその事を聞いているので、夕方この時間に私が小鳥遊さんと一緒だった事に驚いているのだろう。 「はい。藤堂さ──茉莉花、さんのお母様が入院されているとお聞きして、私もご挨拶に伺いました」 「そうか、そうか。茉莉花の母もこうして見舞ってくれる人が多くて寂しくないだろう」 お祖父様は、ぽつ
「な、何だこれ……」 「み、御影様困ります……!」 御影の後ろから、慌てたようにコンシェルジュがやって来て、御影を部屋から退出するように促す。 御影は、後ろ髪を引かれるような気持ちで何度も茉莉花の部屋を振り返りながら外に出た。 廊下に戻った御影は、コンシェルジュに問いただす事にした。 「茉莉花お嬢さん──、藤堂茉莉花さんは、引っ越したのか?」 「それ、は……個人情報ですので」 「俺は、彼女の婚約者だ。……知る権利くらいあるだろう」 婚約など、とうに破棄したと言うのに御影は「婚約者」と言う肩書きを盾に、コンシェルジュに詰め寄る。 そもそ
私と御影さんが客間に着いて、ほどなくしてお父様がやってきた。 御影さんはソファから立ち上がろうとしたが、お父様はさっと手のひらを御影さんに向けてそれを断る。 お父様が何も言葉を発さず、客間の空気が重くなってきた頃、お祖父様がようやく部屋にやってきた。 「お父様」 「ああ、ああ…すまないね。待たせたかな」 「いえ、とんでもございません。お久しぶりです」 私のお父様が、お祖父様を出迎え、ソファに促す。 御影さんは今度はすっと立ち上がり、お祖父様に頭を下げた。 お祖父様は、何をお考えか読ませない表情のまま、御影さんに顔を向けて声をかける。 御影さんはお祖父様に







