Masuk◇ 「──ん」 朝、眩しい光がカーテンの隙間から射し込んでいて、私は目を覚ました。 起き上がろうとしたけど、私の体にガッチリと逞しい腕が回っていて、動く事が出来ない。 「──〜っ」 その腕の持ち主が苓さんだと分かった瞬間、私の頭の中に昨夜の出来事が一気に蘇った。 顔がぼわっ、と熱を持ったように熱くなり、私は自分の顔を両手で覆った。 あ、あんな事を……!お風呂で……っ! はしたない!はしたないわ……! 私が1人で悶えていると、私を抱きしめる腕に力が籠った。 「茉莉花……?」 「れっ、苓さん……!?起きたんですか!?」 「──んん、まだ、眠い……。もう少し寝ましょう……」 寝起きだからか、普段より掠れて低い声。 それに、どこか気怠さを含んでいる声はどこか色気を孕んでいて。 昨夜の事を思い出した私のお腹がずくり、と疼く。 「──っ」 昨日は、お風呂場であんな事をした後、それだけでは収まらず、結局このベッドの上で何度も求め合ってしまったのだ。 苓さんの怪我に響くから、だからお風呂場で欲を解消して欲しかったのに。 けれど、苓さんの欲は益々昂ってしまって──。 最後は、意識を失うようにして眠りについたのだ。 だから、私と苓さんは未だに何も衣服を身に付けておらず、素肌のまま。 温かな苓さんの体温が凄く心地よくて。 このまま眠ってしまいたい気持ちになるけれど、いつまでも幸せに浸っている場合じゃない。 私は、朝に弱い苓さんを起こしてしまわないように慎重に腕から抜け出す。 動いた瞬間、体のあちこちがぴきり、と痛んだけどそれには気が付かない振りをして服を身に付けていく。 もしかしたら、今日警察が来るかもしれないのだ。 事件の事を聞きにくるかもしれない。 それに、谷島さんが涼子の件でやって来るかもしれないから。 その準備をしておかないと。 私は、すやすやと眠る苓さんを起こさないようにそっと部屋を出た。 ◇ 「──んん、茉莉花?」 ふ、と目が覚めた。 隣にいるはずの茉莉花の温もりを求めて腕を動かしたけど、掴んだのは冷たいシーツだ。 「──っ!?」 俺は、一瞬で目が覚めてがばりと起き上がった。 背中にビリッとした痛みが走ったが、そんな事に構っている暇は無い。 「茉莉花……?」 シーツに、茉莉花の体温は残っていない
「れっ、苓さ──」 「ちょっと待って、待ってください茉莉花……っ」 ばくばく、と心臓がけたたましい音を立てている。 それは、私の心臓かそれとも苓さんの心臓か──。 どちらの心臓の音なのか分からないくらい、私たちは近くて。 「お、落ち着き、ます……、だから、お願いですから、動かないでください……っ」 苓さんの切実な声が聞こえる。 私は、そろそろと顔を上げて苓さんを見た。 すると苓さんはぎゅっと目を強く瞑り、真っ赤な顔で何かに耐えるようにぶるぶると震えていた。 私を抱きしめる苓さんの腕の力が強くて、身動ぎが出来ない。 私のお腹にある、苓さんのそれ、が……どくどくと脈打っているのが分かって。 どうしよう、どうしたら、と頭の中にはその言葉だけがぐるぐる巡っている。 ぎゃ、逆に、苓さんに欲を発散してもらった方が落ち着くのではないだろうか。 む、無理に耐えなくても。 私はそう思い、そろそろ、と自分の腕を下げて行く。 私が腕を動かしたからだろうか。 私の手が、苓さんの腰を掠ってしまった。 「──ぅあっ」 「──っ!?」 瞬間、苓さんの体がびくっ、と跳ねる。 苓さんの、掠れた低く、色っぽい声が私の耳元で聞こえた。 そして、抱きしめていた体勢から少しだけ体を離した苓さんが、真っ赤な顔で信じられない、と言うように私を唖然と見つめた。 「な、何を……、」 苓さんが真っ赤な顔のままぱくぱくと口を開けているのを見て、私は頭の中がパニックになりつつ、慌てて口を開いた。 「ちっ、違っ、その……っ、苓さんが無理に耐える必要はないと、思って……!そのっ、えっと……っ、お手伝いをした方がいいかと……!」 パニック状態になっている私の口からは、とんでもない言葉が紡がれてしまって。 私の言葉を聞いた苓さんの顔が益々真っ赤になって、その赤みが体にまで現れている。 唖然としていた苓さんだったけど、私がわたわたと視線を彷徨わせている間に何か吹っ切れたのだろう。 「──分かりました」 そう、低く呟いた苓さんの声が聞こえた。 「──え?……んむっ!?」 私が苓さんの低い声にびっくりしていると、苓さんが私の後頭部をガシっと掴んで強い力で引き寄せた。 驚いた私をそのまま引き寄せ、苓さんの唇が私の唇に重なる。 驚いた拍子に開いていた私の唇の隙間から、苓
私は、入ってきた苓さんを直視しないようそっと視線を外しながら、泡立てたボディーソープをボディタオルにつける。 そして、苓さんにバスチェアに座るように促した。 「苓さん、そこに座ってください。体を洗います」 「わ、分かりました……」 苓さんはぎこちなく歩いてくると、大人しく椅子に座ってくれる。 背中を私に向けて座った。 病院で手当を受けた、防水仕様の傷口を覆うシート。 その部分に触れてしまわないよう、そっと優しく苓さんの背中にボディタオルを当てた。 「力加減大丈夫ですか?」 「ん……大丈夫です」 「傷がある付近は洗わないでおきますね、刺激しちゃうと痛いと思いますから」 「ありがとうございます、茉莉花」 ごしごし、と苓さんの背中を洗う事に集中する。 苓さんの背中は広くて、逞しい。 しなやかな筋肉が隆起していて、私はいつもこの体に抱かれているのか──。 そう、場違いにもそんな事を思い出してしまって。 駄目だ、こんな事を考えていたら。 今は苓さんのお手伝いをしているんだから……! 背中を洗い終え、傷口に水が掛かってしまわないように気をつけながらシャワーで流す。 ボディーソープをタオルに足して、次は前を洗おうと、私は苓さんの前に回り込んだ。 「次は全面です、洗いますね」 「──えっ!?ちょ、ちょっと待ってください茉莉花……!前は自分で洗います……っ!」 苓さんが慌てたように声を上げ、私の手首を掴む。 だけど、私の手首は今しがた泡立てたボディーソープがついていて、苓さんが手首を掴んだ瞬間、ぬるりと滑った。 「──えっ、あっ、きゃあっ!」 「えっ、うわっ!」 苓さんに手首を掴まれたと同時に、引っ張られてしまった私は、足元のボディーソープに足を取られ、滑ってしまった。 私がバランスを崩した事に気が付いたのだろう。 苓さんが腕を広げ、私を抱き留めてくれた。 その瞬間、苓さんの素肌と、私の体が密着してしまう。 私の体には、タオルを巻いていたけれど、それも今の衝撃で外れてしまって──。 「──っ」 水分を吸ったタオルが、べちゃりと音を立てて床に落ちてしまった。 私の体が顕になり、それを至近距離で見てしまった苓さんの体がぎちり、と固まった。 「ごっ、ごめんなさ……っ、すぐに拾いますっ」 私はわたわたと床に落ちたタオル
私が苓さんの着ているワイシャツのボタンを外していると、そこでようやく苓さんが硬直から解けた。 はっとすると、真っ赤な顔のまま私の両手をがしっと掴んで静止してきた。 「──まっ、待ってください茉莉花……!」 「えっ」 「なっ、何を……っ、こんな……っ」 真っ赤になった苓さんに、私は何故そんなに拒むんだろうか、と首を傾げる。 「だって、お風呂に入るなら服を脱がなきゃいけませんし……傷が痛いですよね?脱ぐのも大変じゃないですか?」 「た、多少痛みはするけど……、そんな……自分で出来ますから……」 だから、茉莉花は部屋でゆっくりしてて。 ぎこちなく笑みを浮かべた苓さん。 私はそんな苓さんに首を横に振った。 「嫌です。苓さんが我慢してしまう人だって……、無理をしてしまう人だって分かっているからこそ、私に出来る事は何だってしたいんです!だから、お風呂だってお手伝いをします!」 「ま、茉莉花──……っ」 「だから、一緒に入ります!」 私は、もう1度苓さんのワイシャツのボタンに手をかけ、外して行く。 次第に顕になって行く苓さんの体に、私は一瞬だけ手が止まってしまった。 「──〜っ」 今更だけど、凄い事をしているのだ、と羞恥がじわじわと込み上げてくる。 苓さんに無理をして欲しくないのは本当。 苓さんが我慢強い人だから、頼って欲しいのも本当。 だけど、一緒にお風呂に入るって事は。 その先を考えて、私は恥ずかしさに顔を赤くしてしまいそうだったけど、恥ずかしいと思っているのが顔に出ないように必死に隠す。 私が恥ずかしがっている、と苓さんが気付けば、1人で入ると言われてしまうから。 「し、下も……脱がします、ね……」 「──ちょっ」 私が苓さんのベルトに手をかけた時。 苓さんが先程の非ではないくらい顔を真っ赤にして私の手を掴んだ。 「わ、分かりました……!茉莉花と一緒に入る、入ります、から……!下は自分で脱ぎます……!」 「えっ、でも……」 「それくらいは自分で出来ますから……!その、先に入っていてください。……逃げたり、しませんから」 苓さんが私から視線を逸らし、そう言う。 ここまで来て、苓さんは逃げないだろう。 私はこくり、と頷くと苓さんに背中を向けて自分の服を脱ぎ始める。 ここで恥ずかしがっちゃ駄目。 普通に、普通
「怪我をしているのに、苓さんにやらせてしまってごめんなさい」 「気にしないでください。それに、怪我だってそこまで酷くはないですから。背中さえ気を付けていれば大丈夫です」 苓さんが優しく微笑み、そう言ってくれる。 きっと私がさっきの話で落ち込んでいるのは苓さんにお見通しなのだろう。 苓さんから気遣うような感情が感じられる。 怪我をして、大変な目に遭ったのは苓さんなのに、苓さんに気遣わしてしまったら駄目だ。 週明け、誰が情報を流しているのか。 本当にそんな人はいるのか。 それを私がしっかりと調べないと。 私は、そう心に決めた。 夜。 食事も終わり、後はお風呂に入って眠るだけ。 今は苓さんとソファに並んでテレビを見ていたけど、そろそろお風呂に入った方がいいだろう。 私はちらり、と時計を見た後、苓さんに顔を向けた。 「苓さん、お風呂に入っちゃいましょう」 「──そうですね、もうこんな時間か」 分かりました、とソファから立ち上がる苓さんに続いて、私も立ち上がる。 すると、苓さんが私が立ち上がった事に不思議そうな顔をした。 「どうしたんですか、茉莉花?」 「苓さん、怪我をしているからお風呂入るのが大変ですよね?私も一緒に入ります」 「──え?」 まさか私がそんな事を言うとは思わなかったのだろう。 苓さんは呆気に取られたようにぽかん、と口を開けたまま固まってしまっている。 私は気にせず、お風呂道具を用意し始めた。 「ま、待って、待ってください茉莉花……!」 「──え?」 私がテキパキと準備をしていると、それまで固まっていた苓さんが、慌てて私を引き止める。 びっくりして振り向くと、苓さんの顔は真っ赤に染まっていた。 「じ、自分1人で大丈夫です……!1人で洗えますから、茉莉花は気にしないでください……!」 「そんな事出来ません……!背中を切っているんですよ?1人で入ったら、どこが傷口か分からないし、濡れちゃうかもしれないじゃないですか。私も一緒に入って、手伝います!」 「だ、だけど……っ」 「ほら、行きましょう苓さん……!」 私は戸惑う苓さんの手を掴み、部屋にあるお風呂へ向かった。 普段は、部屋にあるお風呂じゃなくて、家の中にあるお風呂を使う。 そっちの方が広々としていて、のびのびとお風呂に入れるから。 だけど
「ただいま戻りました……」 「お邪魔します」 私と苓さんが帰宅すると、お母様がパタパタと足音を立てて出迎えてくれた。 「お帰りなさい、2人とも。馨熾さんは今日明日と出張だから帰らないわ。今日は大変だったわね、2人とも。ご飯は食べた?」 「いえ、まだです……。だけどごめんなさいお母様、食欲が無くて……今日は早めに休みますね」 「──あっ、茉莉花」 私はお母様に軽く頭を下げると、そのまま廊下を進み自分の部屋に向かった。 お母様と苓さんがまだ少し話しているのが後ろから聞こえた。 だけど、私はもしかしたら自分の会社に情報を流している人がいるかもしれない、と言う事を考えていたせいで後ろの2人を気遣う事が出来ず、そのまま部屋に戻った。 自分の部屋に入り、力なくソファに座る。 着替えもしてしまいたかったけど、その気力がなくって。 もし、本当に会社の人が涼子に情報を流していたら。 私が気付けず、呑気に過ごしていたせいで苓さんが2回も危険な目に遭ったのだとしたら。 「私は、自分自身が許せないわ……っ!」 私がのほほんとしていたせいで。 しなくていい怪我をしたかもしれないのだ。 「私のせいで……っ」 ぐっ、と背を丸め自分の顔を両手で覆う。 情けなくてしょうがない。 そうしていると、私の部屋の扉がコンコン、とノックされた。 「──茉莉花、入りますよ?」 「苓さん……?」 部屋にやって来たのは苓さんで。 私はソファから立ち上がり、扉を開けに行く。 すると、苓さんは食事が乗ったトレーを持って立っていて。 食事から温かな湯気が立ち上っている。 きっと、お母様が私と苓さんがいつ帰ってきてもいいように準備してくれていたのだろう。 「茉莉花のお母さんが用意してくれていました。今日はずっと俺についていてくれて、お腹が減ったでしょう?お母さんのご飯を食べましょう」 「苓さん……。ありがとうございます、食べます」 私が食べる、と返事をすると苓さんはほっとしたように微笑んだ。 苓さんからトレーを受け取り、一緒に部屋に入る。 「茉莉花、冷蔵庫を開けても?」 「ええ、大丈夫です。ありがとうございます」 私の部屋には小型冷蔵庫がある。 苓さんは私の部屋で過ごす事が多くなったから、冷蔵庫には私が好きな飲み物と、苓さんが好きな飲み物が常に常備され
藤堂の、歴史は古い──。 そのため、家に関する資料はとても多い。 だけど、重要な資料は書斎には保管されていない。 お父様か、お祖父様が厳重に管理しているから、許可を頂かないと、閲覧ができない。 私は書斎の扉を開き、入室する。 「ここは、昔から埃っぽい……変わらないわね」 多少咳き込みつつ、私は本棚を見上げる。 藤堂本家の家系図が並べられている、棚。 藤堂の歴史が記された本の、棚。 そして、歴代当主の個人的なプロフィールが書かれた本の、棚。 色々な資料が沢山ある中で、私は過去藤堂と取引を結んだ企業や、個人などが記録されている本を見つけてそれを取り出した。 「この中に、必
ただ、気の弱い子なんだ。と、そう思っていた。 長年、そう信じ込んでいたのだ。 それなのに、それが全部演技だったの……?嘘、だったの……? そう考えると、私は愕然としてしまった。 「ああ言う女性は、自分を弱者に見せるのがとても上手いです……。そして、異性の懐に潜り込む……」 「異性、の……」 「ええ。潜り込んだのは……茉莉花さんも、もうお分かりですよね?」 苓さんの言葉に、私はこくりと頷いた。 そんな事をしてまで涼子が近づきたかったのは、ただ1人しかいない。 「分かります……御影さん、ですよね?」 私がそう言うと、苓さんが真っ直ぐ私を見つめ深く頷いた。 そして、口を開く
「苓さんっ!」 私を揶揄うようにくすくすと笑う声がスマホ越しに聞こえる。 低くて、甘い苓さんの落ち着いた声に、私は素直に頷いた。 「そうなんです。早く苓さんの声が聞きたくって」 苓さんが息を飲んだのが分かる。 私が、苓さんに想いを伝える事を躊躇わなくなってから。 私が苓さんに素直に気持ちを伝えると、こうして苓さんが照れて黙ってしまう事が増えた。 その様子が、何だかとても可愛らしく思えてしまって。 大人の男性に可愛い、なんて言っ
私は、急いで自分の鞄からスマホを取り出し、苓さんの名前を呼び出す。 電話をかけようとして、そこでタップしようとしていた指が止まった。 まだ、私が家に戻ってからそんなに時間が経って無い。 苓さんは運転中かもしれない──。 電話がかかってきたから、と運転中の苓さんの邪魔をして、もし苓さんに何かあったら嫌。 「……今度、直接お会いした時に苓さんに話してみよう」 それに、お父様にお母様の病室や名前の変更についても聞かなくちゃ。 お母様のお見舞いにも不便だし、部屋番号と、変更した名前を聞かないと。 「ひとまず……速水家の記載がないかだけ、確認しよう……」 私はテーブルの上に自分のス







