로그인女性スタッフは写真から顔を逸らし、小さな声で答えた。 「──っ、知り、ません……」 青い顔でしらを切ろうとする女性スタッフ。 谷島はため息を吐き出した。 「君は、この女性がどんな恐ろしい事をしたか、知っているか?」 「──え」 「坂口 美波さん。あなたの供述は一貫性が無く、信用に値しない。……それに、防犯カメラにもしっかり映っている。あなたは小鳥遊 苓に襲われたんじゃく、自ら彼に迫り、そして押し倒した。その結果、小鳥遊さんは怪我を負った。……捜査に協力的ではない今の態度だと……結果は悪い事になりますよ」 「──っ」 そう。 今回の事件は、全て防犯カメラに映っていたのだ。 茉莉花が警察への通報を指示した時、女性スタッフ──坂口はそこまでやるつもりは無かった。 寧ろ、自分が犯罪行為を働いたのだ。 警察に通報され、しっかり調べられたら自分が嘘をついて苓を陥れようとした事が簡単にバレてしまう。 だからこそ、その動揺や恐怖から、警察が来て事情を聞かれている時も坂口は動揺し、供述が一転二転した。 襲われて、動揺しているのではない。 何か嘘をついているから、それが発覚するのを恐れている。 その動揺だ。 そう判断した警察は、見方を変えた。 もしかしたら、これは単なるトラブルじゃないかもしれない。 警察は坂口だけではなく、坂口に対して何か不思議に思う事や、普段の彼女の様子を店のスタッフに聞いた。 そうしていると、他のスタッフから坂口が仕事仲間ではない女性と店の裏で会い、話しているのを見た事があると複数人から話されたのだ。 それを聞いた警察が、周辺の道路の防犯カメラを探し、映像を確認した所、他のスタッフの言葉通り、確かに坂口と別の女性が映っているのが確認出来た。 そして、そのもう1人の女性──。 その女性が、速水 涼子だと分かり、警察は警視庁刑事課の担当刑事、谷島にすぐに報告をしたのだ。 未だだんまりを続ける坂口に、谷島は懐から手錠を取り出した。 「──指名手配犯、速水 涼子の協力者と判断し、坂口 美波さん。あなたを緊急逮捕します」 「──えっ!?」 谷島が口頭で弁護士の事、拘束についてなどを説明していると、坂口がぎょっとして顔を上げた。 「まっ、待ってください!私、知らなかったんです……!あの女性が指名手配犯なんて……っ!ぜ
◇ 「縫合の必要はなさそうですね。傷口の洗浄も終わりました。化膿する恐れもなさそうなので、帰宅いただいて大丈夫ですよ」 あれから。 病院に搬送された苓さんを、お医者さんが診てくれた。 幸いな事に、手術するような大きな切り傷じゃなくて。 傷口を診て、処置をしてくれたお医者さんがそう言ってくれて私と苓さんはほっと安堵の息を吐き出した。 「良かった、帰宅出来るんですね……!」 「ええ、ですが今夜熱が出る可能性があります。解熱剤と抗生物質を処方しておきますので、熱が出たら必ず飲んでくださいね」 「分かりました」 「あの、先生……!お風呂とかは、入らない方がいいですか?」 私は、先生に質問をする。 すると先生は私に体の向きを変えて、答えてくれた。 「お風呂も入って大丈夫ですよ。ですが、傷口を濡らさないよう、奥様が入浴のお手伝いをしてあげてください」 「──分かりました」 「日常生活を送る分には支障はありません。ただ、工事現場で動く、とか走る、などの体を激しく動かすような行動は暫く避けてくださいね」 「はい、分かりました」 「では、処方箋を出しておきます」 「ありがとうございました」 先生の話を聞き終えた私達は、病室を出るために椅子から立ち上がる。 すると、苓さんが僅かに体を強ばらせ、顔を顰めた。 縫合するほどの傷ではないとは言え、切っているのだ。痛くないはずが無い。 「苓さん、手を……。私に掴まってください」 「俺が体重をかけたら、茉莉花が潰れてしまいます」 「それくらい大丈夫です!しっかり支えますから」 そんな事を話しながら私と苓さんは診察室を出た。 苓さんを待合室の椅子まで支え、座ってもらうと私は思い出す。 そうだった、警察に連絡をしないと……! 「苓さん、私ちょっとだけ離れて電話をしてきますね。警察の方に連絡をしないと……!」 「だけど、1人じゃあ──」 「大丈夫です、──ああ、ほら!護衛の方も少し離れた場所で控えてくれていますから!」 私が視線を向けた先に、苓さんが手配してくれていた護衛の姿を見つける。 救急車で搬送された時、護衛もしっかり後を追ってくれていたのだろう。 護衛の姿を確認した苓さんは安心したのだろう。 渋々ではあるけど、頷いてくれた。 「──分かりました。だけど、俺の目の届く所にいて
「──何だか、やけにあっさりとしていますね」 救急搬送されても、警察の監視があると思っていました、と苓さんが呟く。 私も苓さんと一緒に救急車に同乗していたから、警察と苓さんのやり取りを見ていた。 「確かに、苓さんの言う通りです。事情を聞く時も何だか……気遣い、のような物がありました、ね……?」 「ええ……。襲われた、と女性スタッフが言っているのに……どうして俺の気遣いを……?」 不思議そうに首を傾げる苓さん。 私は、苓さんが女性スタッフを襲うなんて、有り得ないと思っている。 それは、長い時間苓さんの人となりを見ているし、過ごした時間があるから。 だから、苓さんがそんな事をしない人だって事は分かる。 だけど、警察は苓さんの事を知らない。 小鳥遊財閥の事や、企業の事は知っていても、苓さん個人の事は知らないはずなのに。 それなのに、警察から感じたのは苓さんに向けられる気遣いの感情と、何だか──。 憐れむ、ような……? 私達が首を傾げていると、救急隊が「では、発進します」と声をかけてくれた。 苓さんはうつ伏せにベッドに横になり、その隣に救急隊員が座る。 「婚約者さんも、ベルトを締めてくださいね」 「あっ、すみません、分かりました!」 救急隊員に促され、私は急いでベルトをする。 救急車がサイレンを鳴らして走り出す。 車が走り出して、少し。 私の手を、苓さんがそっと握ってきた。 「茉莉花、こんな騒ぎにしてしまってすみません。せっかく明日はプレオープンの日だったのに……」 「苓さんが謝る事じゃないですよ。これは……事故ですから。苓さんの怪我が酷い物じゃなくて良かったです」 「ええ……」 私の言葉に頷いてはくれるけど、苓さんは悔しそうに唇を噛んでいた。 せっかく、晴れのプレオープン前だったのだ。 大事な大事な仕事の成果が、やっと現れる。 その日を楽しみにこれまでずっと一緒にやって来た。 大変な目に遭いながらも、この仕事を成功させたい一心でやってきたのに、大事な所でこんな事が起きてしまって、苓さんの悔しさは計り知れない。 「──くそっ、本当に油断していました……。まさか、あんな風に突進してくるとは思わなかったから……。馨熾さんにも迷惑をかける事になって、申し訳ない気持ちでいっぱいです」 「お父様の事も、私の事も、仕事の事
苓さんの説明を聞いていく内に、私の口は驚きであんぐりと開いてしまう。 し、信じられない……! 仕事先で、しかも協力会社の上司に対してそんな暴挙を……! 「苓さんの話が……」 「ええ、本当です。……とは言っても、証拠が無いですからね……。この辺りに防犯カメラがあればいいんですけど……」 「設置は本オープンに間に合うように手配していたから……」 「そうなんです。だから、プレオープン前の今はまだ設置されていないんですよね……」 ああ、くそ。 珍しく苓さんが憤りを顕にしていて。 本当に防犯カメラは設置されていないだろうか。 本オープン前に設置が完了していたら──。 そう思い、私は周辺を確認する。 このままじゃあ、あの女性スタッフの言い分が通る可能性の方が大きい。 苓さんの背中の怪我の具合にもよるけど……。 怪我の状態が酷ければ、女性スタッフに男性である苓さんが無理やり迫る、なんて事は状況的に無理だ、と判断されればいいけど、そうなると苓さんの怪我がかなり酷い状態じゃないと判断されない。 苓さんの潔白を証明するには、大怪我を願う状態な今のこの状況が悔しい。 プレオープン前の大事な今、どうして女性スタッフはこんな暴挙に出たのか。 私がそんな事を考えていると、苓さんがぽつりと呟いた。 「だけど、あの女性……。何だか様子がおかしかったんです。……切羽詰まっているような、何かに怯えているような……そんな感じがしました」 「……様子が?」 「──ええ、そうです」 こくり、と強くはっきりと頷く苓さん。 苓さんが違和感を覚えた、と言うならきっとその通りなのだろう──。 苓さんの話を聞いていた私の視界の隅に、ふととある物が入り込んだ。 「──あれは!」 私が大きな声を出した事に、苓さんがびっくりしたように目を見開く。 どうしたんですか?と言葉を発する苓さんに、私はぱっと顔を向けた。 「苓さんの潔白が証明出来るかも……!あそこに、防犯カメラが……!」 「──えっ!?」 本オープン前だから、と半ば諦めていたけれど。 まさか、カメラが設置されているなんて。 願わくば、あのカメラがしっかりと作動している事を祈るのみだ。 私と苓さんが喜んでいると、遠くから救急車のサイレンの音と、パトカーのサイレンの音がこの場所に近付いて来る音が聞こえた
「つ、通報!?そ、そんな事をしたら……っ、それに、小鳥遊部長は藤堂本部長の──」 ちらり、と足柄店長に視線を向けられる。 私はこくり、と頷いてから答えた。 「それとこれとは別です、足柄店長。もし本当に小鳥遊部長が女性スタッフに対してそのような事をしていたら、我が社はそれ相応の対処をいたします」 私のキッパリとした意見に、足柄店長は目を見開き、それから「分かりました」と頭を下げる。 女性スタッフをちらりと見ると、当人の女性スタッフは顔を真っ青にして小さく震えているのが見える。 その態度だけで、女性スタッフが嘘をついているのが分かった。 だけど、それならどうして苓さんがここに姿を現さないのか──。 それが、とても不安だ。 「小鳥遊部長の所に行きましょう、足柄店長」 「わ、分かりました!」 「その女性スタッフは他の女性スタッフが見ていてあげて。警察が来たら教えてください」 私の言葉に、他のスタッフ達は戸惑いつつも「はい!」と頷いてくれる。 それを確認した私は、足柄店長と一緒に庭園に急いだ。 足元に気をつけながら、苓さんが居るであろう場所に向かって小走りで向かう。 「藤堂本部長、東屋はこちらで──」 足柄店長がその方向を腕で示してくれた瞬間、私は視線の先に横たわる人影を見つけて叫んだ。 「小鳥遊部長!?」 「──えっ、あっ!」 「大丈夫ですか!?」 まさか、苓さんが地面に倒れているとは思わなかった。 苓さんの事だから、下手にその場を動かないようにしていたのだろう、と思ったけど、そうじゃなかった。 動きたくても動けなかったのだ。 「れ、苓さん……っ!」 「──茉莉花?」 私の声と、足音に気がついたのだろう。 苓さんは真上に向けていた顔を私たちがやって来る方向に向けてくれた。 眉を下げ、申し訳なさそうにしている苓さんのすぐ傍に膝を着くと、苓さんが申し訳なさそうに話した。 「すみません……ちょっとへまを……。背中を石の端っこでざっくり切っているみたいです。……救急車を呼んでもらっても……?」 「──わ、分かりました……っ!すぐに呼びます!」 足柄店長が真っ青な顔でスマホを取り出し、すぐに電話をかけてくれる。 その姿を横目に、私は苓さんに問いかけた。 「苓さん、大丈夫ですか?痛みは……?頭は打っていないですか?」
「きゃあああ!助けてぇぇぇぇ!」 女性スタッフは大声を出すと、俺の方をちらりと見てから庭園から店に通じる入口に走って行った。 「──っ、」 久しぶりにやられた、と俺は自分の行動の甘さに舌打ちをした。 こんな古典的な手にやられ、罠に嵌るなんて。 あの女性スタッフはきっと俺に襲われた、と騒ぐだろう。 そして、足柄店長や茉莉花、他のスタッフを連れてここにやってくるはず。 だけど──。 「……動けそうも、ないな……」 俺は首を上げて自分の背中を見る。 じくじくとした痛みに、背中が濡れた感触がする。 多分──石畳で背中を切っている。 「下手に動かない方が良さそうだ」 俺は、彼女に突撃されて石畳に背中を強かに打ち付けた。 その時の痛みが今も尚、引かないのだ。 そして多分背中も切っていて、出血もしている。 「……頭を打たなかったのが幸いだな」 俺がまた頭を打ったら。 意識を失った俺を見たら、また茉莉花が傷付く。 記憶を失った俺に冷たくされた事を思い出して、胸を痛めるはずだ。 もう、そんな思いを茉莉花にして欲しくない。 「……それにしても、あの女性スタッフの態度……おかしかった。……必死過ぎる」 切羽詰まったようにも見えた。 何か、追い詰められているような──、そんな必死さを感じた。 「とりあえず、俺がこんな状態だと警察が呼ばれるはず……」 そうじゃなくても、女性スタッフに対する暴行未遂で通報をする流れになるだろう。 だけど、俺がこんな状況だ。 すぐに逮捕されると言う事は無い。 俺が痛みに耐えつつそんな事を考えていると、バタバタとこちらに向かってくる複数の足音が聞こえて来た──。 ◇ 「たっ、助けてぇ……っ!助けてくださいっ!」 バタバタ!と慌ただしく店内に駆け込んで来た女性スタッフの剣幕に、私や足柄店長、それに他のスタッフは呆気に取られる。 だが、その女性スタッフの姿を見て私は咄嗟に近場にあった上着を女性に被せた。 「何があったの?どうして、そんな格好に……」 彼女は確か、苓さんを案内していたはず──。 私がそう考えていると、女性スタッフはちらりと私を見てから気まずそうに視線を逸らした。 「……その、実は、小鳥遊部長に無理強いをされそうに……」 「な、何だって……!?」 足柄店長がぎょっとして悲鳴のよ
その刺激に、私の体がびくん、と跳ねる。 え、と思った瞬間、恐らくキスマークを付けた場所を、苓さんの舌がゆっくりとなぞった。 「──ひゃっ」 「あー……茉莉花さんの甘い声……頭の中が蕩けそうです……」 「やっ、駄目ですっ、苓さん……っ!」 何度も何度も、私の剥き出しの背中に苓さんの舌が這う感触がして、ぞくぞくするのが止まらない。 びくびくと小刻みに震えていると、苓さんがすっと腰を伸ばし、くるりと私を振り向かせた。 きっと、私の顔は真っ赤になっているだろう。 視界も滲んでいて、苓さんの顔がぼやけている。 「苓さ──」 「すみません、茉莉花さん。我慢できないです」 「──ぇ
◇ 「──痛っ」 「茉莉花さん、大丈夫ですか!?」 料亭の、一室。 私たちは予約していた部屋に案内されていた。 そこで席に着くなり、私の足元に跪いた苓さんが靴を脱がせてくれたのだけど、その時に伝わった振動が捻った足首に響き、私は小さく声を上げてしまった。 私が痛みを訴えた瞬間、苓さんが慌てたように声を上げ、申し訳ないと何度も謝罪をする。 「大丈夫です、苓さん。我慢できずごめんなさい」 「我慢なんて出来るはずないですよ……こんなに赤く腫れてる……。藤堂社長、やっぱり茉莉花さんを夜間病院に連れて行きませんか?」 苓さんは傍らに立つお父様にぱっと顔を向けて提案する。 お父様も
苓さんとキスを交わしながら、私はここ最近感じていた違和感を確かめるように、自然な流れで薄っすらと唇を開いた。 だけど、苓さんはそれに気付いているはずなのに、唇を重ね合わせるだけの可愛らしいキスばかりを私に贈ってくれる。 以前、一夜を共にしてしまった時の、情熱的な、まるで食べられてしまうんじゃないかと言うくらいのキスは、お付き合いを始めてから1度もされた事が無い。 苓さんがしてくれないなら、と私からしてみようとしたその時──。 「──っ、茉莉花さん……っ」 「んっ、苓さん……?」 私が何をしようとしているのかを察したのだろう。 苓さんはがばり、と私から体を起こして離れてしまった
スマホの向こうから、苓さんの低くて艶のある声が耳に届いた。 「こんばんは、苓さん」 軽くカーディガンを羽織り、窓際まで歩いて行く。 窓からは雲がかかり、朧月が幻想的で、ついつい私は窓に手を添えた。 もしかしたら、苓さんも今空を見ているかもしれない──。 同じように、こんな風景を見ていたら、と考える。 私がそんな事を考えていると、苓さんがふと言葉を発した。