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第3話

Autor: 浅木栖
一瞬、莉奈の顔が不快そうに歪んだ。しかし背後に立つ男の存在を思い出したのか、彼女は私の手を掴み、わざと強く自分のほうへ引き寄せた。

次の瞬間、莉奈は後ろに倒れ込み、駆け寄ってきた淳弥がその体を受け止める。

彼は莉奈をかばうように抱きしめ、非難の色を湛えた瞳で私を射抜いた。

「お前にとってはこの程度のプロジェクト、造作もないことだろう。莉奈はまだ新人なんだ。何をそんなに意地になっているんだ!」

事情を確かめようともせず、彼は最初から私が莉奈をいじめていると決めつけた。

「この案件の担当は決まったことだ。不満があるなら、辞めてもらっても構わない」

吐き捨てて莉奈を連れ去る彼の言葉は、氷のように冷たかった。

二ヶ月もの間、夜を徹して取り組んできた私の苦労は、彼にとっては「造作もないこと」でしかなかったのだ。

かつて誰にも奪えなかったこのプロジェクトが、今、淳弥の手によって莉奈の華々しい経歴のための踏み台として献上された。

あの日を境に、私と淳弥の間には冷戦状態が続いた。

莉奈はといえば、ショックのあまり心悸亢進で入院したという。

同僚たちの同情に満ちた視線を浴びながら、私は確信していた。

淳弥は今、病院で彼女に付き添っているのだと。

理屈では関わらない方がいいと分かっていても、胸の奥から広がる痛みは制御不能なほどに全身の隅々まで侵食していた。

そこへ、淳弥から電話が入った。

「夏希、病院へ来て莉奈に謝るんだ。手持ちのプロジェクトもすべて彼女に譲れ。そうすれば、今回だけは許してやる」

声には凍りつくような冷たさと――恩を着せるような傲慢さが滲んでいた。

会社では、半月成果が出なければ解雇される。

彼はそれを知りながら――遠回しに、私に退職を迫っていた。

意識の底で、高校時代の記憶がふいに蘇る。

家庭の事情を理由に、私はクラスのグループから孤立させられ、いじめを受けていた。

彼女たちは私の身なりを嘲笑い、私に与えられるはずだった機会を奪い、家柄について心ない噂を撒き散らした。

幼くして母を亡くし、父の再婚相手の家庭で、息を潜めるように生きていた自信のない臆病な少女。

根も葉もない噂は瞬く間に広がり、ついにはクラス全員による「クラスを変えさせろ」と嘆願書まで作られた。先生の顔にさえ迷いが生じ、署名用紙にびっしりと並んだ名前は、私を窒息させる呪詛のように思えた。

その時、澄んだ声が教室に響いた。

「先生、少しでも事実を確認すれば、彼女たちの話が全部嘘だと分かるはずです。

浅沼(あさぬま)さんは自分の力で高得点を取って入学した。成績も優秀で、何の落ち度もない彼女を、どうして追い出す必要があるんですか?

もし先生がこんな馬鹿げた嘆願書を認めるなら、俺も彼女と一緒にクラスを変えます」

当時の淳弥は学校中の注目を集める有名人で、私とは住む世界が違った。それでも彼は周囲の視線を厭わず私に手を差し伸べ、泥沼から救い出してくれた。

だというのに、今の淳弥は、あの頃私を虐げていた者たちと一体何が違うというのか。

「……どうして私が、そんな要求を飲まなければならないの?」

私は皮肉を込めて言い返さずにはいられなかった。

「能力のある者が座に就く。それだけのことだ」

淳弥の声には苛立ちが混じり始めていた。

「一生養ってやると言っているだろう。夏希、あまり強欲になるな」

昔、彼は私に「自分のものは勇気を持って守れ」と教えてくれた。

それなのに今、彼はそれを「強欲」だと切り捨てる。

かつての救済者は、今や自らの手で私を奈落の底へと突き落とした。

八年に及ぶ歳月が、音を立てて根こそぎ引き抜かれていく。

「……分かったわ」

私は短く答えた。

「聞き分けてくれて助かるよ。そうすればお前も苦労せずに済む。俺がずっと養って……」

淳弥の言葉が終わる前に、私は通話を切った。

席に戻ると、すぐに退職願を書き上げ、今日までの業務の引き継ぎ準備を終えた。

その夜はホテルに泊まり、翌日、退職の手続きのために出社したが、淳弥は不在だという。

昼時になると、同僚たちの視線がさらに痛々しいものに変わっていることに気づいた。

やがて私の元にも、社内で拡散されている写真が回ってきた。

淳弥と莉奈だった。

二人は肩を並べて立ち、あの城南寺の木の下で、敬虔に祈りを捧げている。その姿は、残酷なほどにお似合いだった。

社内はこの話題でもちきりになり、二人の関係を囁く噂が渦巻いた。

そこへ、再び淳弥から電話がかかってきた。

「夏希、まさか尾行して盗撮までしていたのか?俺はただ莉奈の付き添いで来ただけだ。彼女とは何もない。婚約者の立場は守ってやると言っているのに、一体何を騒いでいるんだ!」

相変わらずの決めつけと詰問。だが、もう反論する意欲さえ湧かなかった。

「淳弥、退職願をメールで送っておいたわ。それから婚約指輪も、あなたのデスクに置いてある」

「……夏希、どういう意味だ?」

「婚約は破棄。私たち、終わりよ」

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