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第1話
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あなたは南へ、私は北へ 第29話
夕子と勝の婚約式はとても温かいものだった。婚約とはいえ、勝は国際的に有名なデザインチームを招き、直接夕子のために婚約用のドレスをデザインさせた。女性は元々美しい服には目がないものだし、特に夕子自身もデザインを学んだ経歴がある。ドレスを身に着けた彼女はとても嬉しそうに、さっそく勝の頬にキスをした。「勝、ありがとう！」キスをして離れようとしたが、勝に引き戻され、悪戯っぽく笑いながら言われた。「この感謝の仕方はちょっと適当すぎないか？納得いかないな」夕子は笑った。「じゃあ、どんな感謝の仕方を望むの？」勝は彼女の耳元に近づき、囁くように言った。「今夜は……」夕子は顔を赤らめ、それを聞くと彼を睨みつけた。「スケベ！」勝は声を上げて笑い、さらに夕子を抱きしめて二度キスをした。「仕方ないよ、夕子。お前を見るとどうしてもエッチなことを考えたくなってしまうんだ」夕子は顔を赤らめて、冗談を言わないでと警告すると、彼をメイクルームの外に押し出した。勝は笑みを浮かべ、十数年愛し続けてきた女性を愛おしそうに見つめ、この瞬間、これ以上ない幸福を感じていた。夕子が自分の席でメイクを終え、スタイリストがドレスを持ってくるのを待っていると、後ろのドアが再び開く音がした。勝だと思い、思わず振り返った。「どうしてまた戻ってきたの、勝――」その言葉を言い終わらないうちに、立ち上がった彼女の笑顔が固まった。後ろに立っていたのは、無精ひげが生えた景祐だったのだ。数ヶ月会わないうちに、景祐はかなり痩せ細っていた。長期的な飲酒で顔色もとても悪く、彼は夕子のドレスをじっと見つめた後、低い声で言った。「ドレス、似合ってる」夕子は目の中の驚きを収め、少し間を置いてうなずいた。「ありがとう」景祐は彼女の眼差しの中の距離感に気づき、苦笑いしながら言った。「安心して。結婚式を邪魔するつもりもないし、お前を傷つけるつもりもない。ただ会いたくて来ただけだ」夕子は無表情で視線をそらした。「そんな必要はないわ、景祐。私たちこれから友達にもなれない。だから、見知らぬ他人でいよう」そう言うと、夕子はドレスのすそを提げて外へ歩き出した。しかし彼女が振り返った瞬間、景祐は突然立ち上がり、前に進んで地面にひざまずいた。目
あなたは南へ、私は北へ 第28話
夕子と勝は自然な成り行きで結ばれた。二人には特別な告白らしい告白もなく、どちらかと言えば静かに深まっていく感情だった。温泉旅館の設計図が確定した日の打ち上げで、勝は突然巨大なダイヤの指輪を取り出し、酒の勢いを借りて夕子に差し出した。「夕子、結婚してくれないか？」傍らにいた伸之は冷笑した。「俺の妹を貰うのはそんなに簡単じゃないぞ。そんな指輪一つで済むと思うな」しかし勝は既に準備を整えていた。アシスタントに合図を送ると、分厚い書類を持ってきた。勝は直接伸之に手渡しながら言った。「これは我が社の株式20％だ。前もって夕子名義に移してある。これは御社が最も注目している3つのプロジェクトで、喜んで千葉グループに無償譲渡する。そして俺名義の別荘4棟も、全て夕子の名義に変更済みだ。さらに――」現場の人々は呆然とし、夕子も苦笑いしながら兄と視線を交わした。伸之は勝の真剣な態度を悟り、直接問いただした。「こんな資産を持ち出してどうするつもりだ？自慢か？」勝は少し沈黙し、夕子を深く見つめて言った。「これは結納品だ」「結納品？まさか、勝がここまでするとは。財産の半分を千葉家に贈るつもりじゃないよね」「夕子は運がいいな。あんな良い兄さんがいる上に、今はこんなに素晴らしい夫まで見つけたなんて、羨ましいな！」「そうそう、本人もデザイン学院の優等生で、数々の優秀なプロジェクトを手がけて、国際的な賞も受賞しているらしい！」周囲の羨望の声と議論が止まない中、皆が彼女に羨ましそうな眼差しを向けた。伸之はこれを見てすぐに妹を守るように前に出た。「俺の妹は結納金だけで娶れるような存在じゃない。お前はさらに――」「一途に彼女を想い、この先も決して揺るがないと誓う！17歳の時から好きだった人だ。これまでずっと変わらず、これからも変わらない」先ほどの「財力」よりも、勝の誠実で力強い言葉に、現場の人々は皆感動した。ただ一人の心を得て、白髪になるまで離れない。世界で最も美しい愛とは、まさにこういうものだろう。周囲の囃し立ての中、勝は再び指輪を取りだし、ゆっくりと夕子の前にひざまずいて、改めて問いかけた。「夕子、結婚してくれないか？」「承諾しろ！承諾しろ！」歓声が止まない中、いつも厳しい伸之でさえ、
あなたは南へ、私は北へ 第27話
景祐のこれらの言葉を聞きながら、夕子は衝撃を受けると同時に、同じように信じがたい気持ちだった。以前どうしても理解できなかったことも、この瞬間に完全に合点が行った。景祐は突然彼女を愛さなくなったのではなく、愛することをやめたのだと。彼女は軽く笑った。「つまり、私が永遠にあなたのそばにいると信じ続けてきたのは、私があなたを愛しているからではなく、あなたに借りがあるからだと思っていたのね？私のことを千葉家があなたに賠償した代償品で、商品だと思ってたわけ？」言葉は乱暴だが、道理は通っている。景祐は沈黙した。夕子は完全に理解した。彼女は顔を上げて景祐をじっと見つめた。「景祐、私は本当にあなたのことを一度も理解してなかったのね。もしかしたら長年愛してたのは、想像上の輪郭で、自分が思い込んでいたあなただったのかも今あなたが自らその輪郭を壊したから、これ以上互いを苦しめるのはやめよう」彼女は勝の手を取って、何も言わずに病院をあとにした。廊下には景祐と遥だけが残されていた。遥は再びおずおずと口を開いた。「景祐、まず病室に戻りましょう？体もまだ回復してないのに！夕子って本当にあなたのこと全然気にしてないのね。患者服着てるのに様子も聞かないなんて、恩知らずの女――」パン！景祐が猛然と振り返り、凄まじい一撃を遥の頬に叩き込んだ。虚を突かれた彼女は完全に混乱し、悲鳴を上げて地面に倒れ込み、頬を押さえて信じられない表情で景祐を見た。「あなた…私を殴ったの？私を殴るなんて？」「すぐに海崎から出て行け。二度と西京に戻るな。これからの人生でお前の顔など二度と見たくない」これこそ景祐ができる最も慈悲的な処置だった。夕子のためでなければ、遥を絞殺したいほどだった。遥は納得できず、駆け寄って景祐にすがりつこうとしたが、呼び出されていた景祐のアシスタントに阻まれ、もがく彼女は無理やり引きずり出された。周りはようやく静かになった。……その夜、夕子は千葉家に戻ってから長く考えた末、兄の元を訪れて全てを話した。兄にも自分と同じように鹿野家への罪悪感を背負い続けて欲しくなかったからだ。しかし伸之はそれを聞いても特に驚いた様子もなく、淡々と言った。「とっくに知っていた」夕子は驚いた。「とっくに？いつから？」
あなたは南へ、私は北へ 第26話
遥は瞬きもせずに目を見開いた。突然の詰問に彼女の声まで震え出した。「何……何の話をしてるのか分からないわ」夕子は相変わらず平静な口調で言った。「あなたは西京の医者を買収して偽装工作をさせた。だからこそ、大事な時にはいつも腹痛を訴えて景祐を呼びつけた。もし私の推測が正しければ、私たちが婚姻届を提出するあの日も、あなたはわざと自分の状況を深刻だと伝えたのでしょう。だから景祐は心配のあまり婚姻届のことを忘れたのね」実は夕子はこの件に以前から疑問を抱いていた。遥が手術後すぐに起き上がれたことや、病院で主治医にこっそり現金を渡しているのを見たことがあって、その後夕子は探りを入れていた。夕子はまた40万円の現金を遥からの別途感謝料と称してその医者に渡すと、その医者は金に目がくらんで喜んで、夕子が質問する前に自ら全てを話した。こうして夕子は自分の推測が正しかったと確信するに至った。遥は夕子がすべてを見抜いたと悟り、顔面蒼白で隠し立てをやめた。「今さらそんなこと言ったって何の意味があるの？証拠あるの？証拠がなければ、それは単なる誹謗中傷よ。景祐はあなたを信じないわ。むしろあなたが悪質だと思うだけよ！」「プッ！」傍らにいた勝は遥の言葉を聞いて我慢できず、うつむいて口を押さえて笑い出した。夕子は振り向いて何が可笑しいのかと聞いた。勝は首を振った。「ただ突然、景祐ってかなりダサいなって思っただけ。こんな偽善者を選ぶなんて。将来、計算高い女に騙されて跡継ぎも絶えちゃうんじゃない？」「誰が偽善者って――」遥は勝の言葉を聞いて表情を曇らせ、立ち上がって詰問しようとしたが、視線が後ろに向かった時、突然その場で固まった。夕子と勝が彼女の視線を追って見ると、そこには景祐が立っていた。患者服を着た彼は顔色が蒼白で、明らかに長い時間そこに立っていたのが分かる。遥はすぐに歯を食いしばって歩み寄り、何もなかったように振る舞おうとした。「景祐、どうしてここに……？いつからここにいたの？私……病室まで送るわ」「そうだったのか」景祐の視線は夕子をまっすぐに見つめ、血の気のない薄い唇がわずかに震えた。「お前の嘘で、俺と夕子の関係は壊れたんだ。お前の偽りの妊娠のせいで、俺は夕子と婚姻届を提出するのを逃し、最後のチャンスを逃したんだ
あなたは南へ、私は北へ 第25話
「ありえない！そんなの怒りのせいで言ってるんだろう！」景祐はこの答えを受け入れることができなかった。 彼がこれまで全てのことを好き勝手にしてこれたのは、夕子が自分を心底愛していると信じ込んでいたことだ。だからこそ、遥と好き放題に不倫関係を続けることができた。夕子が海崎に戻ってからも、彼がこうして繰り返し夕子につきまとえるのも、夕子が自分を愛していると堅く信じているからに他ならない。しかしついさっき、夕子の自分が危険にさらされた時の行動と、今言ったあの言葉が、景祐を完全に動揺させ、パニック状態にさせた。 夕子は再び口を開いた。 「怒って言ってるんじゃない。本当のことよ」 景祐は依然として信じようとしなかった。 「よし、それなら言ってみろ、いつから俺を愛さなくなったんだ？なぜだ？」 「あなたと遥の曖昧な関係に初めて気づいた時からよ。あなたは私がかつて愛したあの人じゃないってわかったから」 夕子の口調は平静で、この質問に答えるのはさほど難しくはなかった。あの西京で誰にも知られず過ごした夜々に、彼女は幾度となくこの問いを繰り返し、ようやくこの結論に辿り着いたのだ。 景祐は必死に首を振り、目の底には受け入れられないという狼狽を宿しながら、「ありえない……ありえない……」と繰り返して呟くと、よろめくように踵を返して外へ駆け出していった。 勝は一歩前に出て夕子を抱き寄せ、彼女をしっかりと自分の胸の中に収めた。あたかも彼女の強固な後ろ盾であるかのように。 そして夕子はゆっくりと振り返り、低い声で言った。 「どういうことか、私に聞かないの？」 「聞く必要はない」 「え？」 夕子はこの言葉の意味が理解できなかった。 勝は再びうつむき、夕子の瞳を見つめ、ずっと言いたかった一言を口にした。「お前の過去に俺が口出しする資格はない。だが、お前の未来は俺が最後まで責任を負うぞ」 夕子の心はこの瞬間、強く震えた。 久しぶりに訪れた、ときめく感覚だった。 二人は顔を見合わせて笑い、すでに互いの気持ちを完全に理解し合っていた。 オークションから一週間ほど経っても、景祐からの連絡はなく、彼女も勝も設計の仕事で忙しくしていた。 日曜日になって、病院から診察の再受診を促す
あなたは南へ、私は北へ 第24話
オークション終了後のレセプションで、夕子が数歩歩いたところで、背後から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、そこには景祐が立っていた。彼はヒスイのブレスレットを手に握りしめ、夕子に差し出しながら言った。「夕子、お前が俺を許してくれたその99回、そのひとつひとつを埋め合わせたい。もう一度だけチャンスくれないか？プロポーズの時に贈った指輪は、俺が数年前から選んでいたものだ。大きくはないけど、お前を嫁にしたいという俺の気持ちの証だ。遥がお前に見せたあの指輪は、彼女が俺のカードを使って自分で買ったものだ。お前が傷ついたことはわかってる。このヒスイのブレスレットは、俺の詫びの証として受け取ってほしい」景祐は夕子と別れてからの間、夕子の自分への思いやりと彼女の重要性をますます痛感してきた。彼は夕子を失ってはいけないとすぐに悟り、どんな手を使っても夕子を取り戻すと決意した。夕子は彼の手中のブレスレットを見て、軽く笑いながら首を振った。「結構よ。あなたの謝罪は必要ないし、こんな高価な贈り物も受け取れない。遥が前に私を陥れた件はまだ済んでない。これ以上あなたたちと関わりたくはないの」 夕子の景祐への想いは既に冷めていたが、彼にはそれが理解できていないようだ。 案の定、景祐はその言葉を聞いて再びうなずいた。 「今はまだ俺を許せない気持ちはわかる。でも、諦めない！お前が勝とこのオークションに来たのも、俺を嫉妬させたいからだろ？ 夕子、そんなことをしなくてもいい。俺への想いがどれほど深いか、お前がどれだけ俺を愛しているかはわかっている。きっと──」 「あっ！危ない！」 景祐の言葉がまだ終わらないうちに、突然上から巨大なシャンデリアが彼の真上でゆらゆらと揺れ落ちる。ちょうど勝が景祐と一直線に立っており、シャンデリアの落下地点は二人の真上だった。もし直撃すれば、二人同時に被害を受けるところだ。 夕子は叫び声を聞いて猛然と顔を上げ、シャンデリアがもう落ちてきているのを見て、脳がほとんど反応する時間もなく、体に電流が走ったように反射的になり、勝に向かって突進し、自分の体ごと勝を強く押しのけた。二人とも地面に倒れ、一回転してシャンデリアを回避し、無事だった。 夕子はほっとしたのもつかの間、景祐のことを思い
