ログイン宗弥視点大学4年の時、僕は学内ラジオへ電話をかけた。その時の僕はもう、死を待つだけの人間だった。友達なんて一人もいなかった。ただ、胸の奥に溜め込んだ言葉を誰かに聞いてほしかった。学内ラジオ局に新しく入った彼女の声は、とても温かかった。夕暮れが街を染める何度もの時間を、彼女は僕と一緒に過ごしてくれた。僕は彼女に話した、不幸な家庭で育ったこと。鬱々として、自信がなく、何に対しても敏感で、何の価値もない、失敗した人間だと思っていること。そして、「僕みたいな社会のゴミは……もうすぐ消えるんだ」そう言った。彼女は僕を助けに来ると言った。でも、誰にも僕を救うことなんてできないと思っていた。死ぬと決めた人間の覚悟は、この世界にあるどんな勇気よりも強いものだと思っていたから。けれど校舎の屋上に立ち、下を見下ろした瞬間、僕は怖くなった。それを認めるしかなかった。僕は本当に何もできない人間だった。死ぬことすらやり遂げられないほどに。その後、彼女は僕を救ってくれた。でも極寒の中で僕を抱きしめ続けた彼女は、逆に意識を失ってしまった。僕は彼女を病院へ運んだ。そして、自分の持っていた最後のお金で、彼女の治療費を払った。彼女が目を覚ました時、僕は人生で一番幸せな瞬間を迎えているような気がした。彼女の瞳はとても綺麗だった。雨に洗われた太陽のように、眩しくて温かかった。彼女は自分の過去を僕に話してくれた。その瞬間、僕は初めて彼女の痛みを心から感じた。そして、気づけば口にしていた。「これからは、僕たちがお互いの支えになろう」その後、彩華は本当に僕の恋人になった。僕たちは一緒に大学院へ進み、いつか海外で学ぶ未来を夢見ていた。でも彼女は継母に硫酸をかけられた。焼けただれた肌を見た瞬間、僕の心は引き裂かれそうだった。彼女は泣きながら僕に言った。「お願い……私を嫌いにならないで、私を置いていかないで」彩華、君はこの世界で僕が一番愛した人だった。どうして君を捨てることなんてできるんだ。僕は以前よりもっと君を愛する、もっと強く君のそばで守り続ける。その日から僕は決めた。必ず努力してお金を稼ぎ、世界で一番優れた医者を探して、皮膚移植の手術を受けさせる。けれど、少しずつ僕は気づき始めていた。僕の中にある感情が変わってしまっ
「彩華、君は大丈夫なのか?本当に心配しているんだ。たとえ君が本当に何かを台無しにしてしまったとしても……怖がらなくていい、俺が全力で君を助ける」宗弥の心配する表情はとても真剣だった。彼は決して悪い人間ではないのかもしれない。そう思えるほどに。ただ彼の優しさは、私にとってあまりにも不可解だった。なぜ彼がそこまで私に執着するのか、私はもう知りたいとも思わなかった。彼が再び私に手を伸ばし、引き止めようとした瞬間、私は大きな声で叫んだ。「あなた!」その声を聞いて、将輝が晩餐会の会場から急いで駆け出してきた。私に声をかけるより先に、宗弥が興奮した様子で彼へ歩み寄った。「あなたが……有馬社長ですよね?」宗弥の瞳には期待の光が浮かんでいた。そして慌てたように、自分の手を服で何度も拭った。けれど将輝は彼が差し出した握手の手を、まるで存在しないもののように無視した。そしてそのまま彼を横に置き去りにする。「彩華、大丈夫か?」将輝は私の様子を確かめるように全身を見つめ、そのまま私を強く抱きしめた。将輝は以前、私に言ったことがある、「君は僕の命そのものだ」と。その言葉は、決して大げさではなかった。「有馬社長……あなたたちは……どういう関係なんですか……?」宗弥は口を大きく開けたまま、信じられないものを見るような目で、私と将輝を見つめていた。その時、彼の妻が突然笑い声を漏らした。「あなた、騙されないで、彩華みたいに嘘ばかりつく女なら、当然この将輝って人も偽物に決まっているわ。あなたを刺激して……私のところから、奪おうとしているのよ」最後の言葉だけ彼女はわざと強く言い放った。次の瞬間、乾いた音が響いた。宗弥が彼女の頬を思い切り叩いたのだ。頬を押さえた女性は、狂ったように宗弥へ叫んだ。「私はあなたの妻でしょう!?どうして私より、あの女の味方をするのよ!まさか……まだあの女のことを――」再び、鋭い平手打ちの音が響き、女性はその勢いで床へ倒れ込んだ。宗弥は慌てて将輝へ向き直り、何度も頭を下げた。「申し訳ありません!有馬社長。妻は少し精神的に不安定なところがありまして……どうかご容赦ください!私は彩華の同級生で……あなたと彩華が、まさか……」将輝は眉をひそめた。そして宗弥を頭から足元まで
会場にいた人々は、互いに顔を見合わせ始めた。「あの人はいったい誰が呼んだんだ?」「精神的に問題がある人なんじゃ……」そんな囁き声が、あちこちから聞こえてきた。時間はもう迫っていたので、私は静かにボディーガードへ視線を送った。彼らはすぐに宗弥のもとへ向かい、彼を会場の外へ連れ出した。宗弥は必死に首を横に振った。叫ぶ声はほとんど泣き声になっていた。「彩華……!君はセレモニーを台無しにしたんだぞ!有馬社長は、絶対に君を許さない!」彼は、まるでずっと私のことを心配しているようだった。けれど、口から出てくる言葉は、あまりにも理解できないものばかりだった。私の家の企業なのに、どうして彼のほうが、私以上に必死になっているのだろう。カウントダウンが始まり、私は東雲グループ上場を告げる鐘を鳴らした。それは同時に、一族の企業が海外AI分野において新たな領域へ踏み出した瞬間でもあった。その後すぐ、私はメディアのトップニュースを飾った。各メディアがこぞって取り上げる、現代を生きる女性の象徴。そして、時代を動かす人物として。夫である将輝も、ほどなくして会場へ到着した。感謝の晩餐会で、彼は取引先や関係者へグラスを掲げ、丁寧に礼を述べた。私は日に日に白くなっていく彼のこめかみの髪を見つめた。胸の奥に、愛おしさと心配が込み上げる。私の記憶は将輝と共にS国へ渡った後で止まっていた。その時、私はすでに皮膚移植の手術を終えていた。けれどなぜ手術を受けたのか、その理由だけは、もう思い出せなかった。将輝も、決して自分からその話をすることはなかった。彼は宝物のように、私を大切に甘やかしてくれた。S国で将輝は私にプロポーズした。いつも強い自分を演じてきた私だったのに、あの日だけは、涙が止まらなかった。限られた私の記憶の中で、両親が離婚した日を除けば、私は一度も、あんなふうに泣いたことはなかった。父に棒で殴られた時も、継母に煙草の火を背中へ押し付けられた時も。心の奥に宿った意地は、いつしか鋭い棘となり、私を傷つけ続けた世界へと向けられていた。そんな私の人生に現れた将輝はその棘の上に咲いた、柔らかく、美しい一輪の赤い薔薇だった。私と将輝の記憶は、幼い頃から始まっている。7歳の時、私は近所でゴミ箱を漁って食べ物を探している
私は、目の前にいる男を呆然と見つめていた。将輝と結婚してからの6年間、彼以外に、私の名前を呼び捨てにする人など一人もいなかった。見たところ、この男は私のことをよく知っているようだった。けれど私は彼を知らない。無意識に敵対企業が送り込んだ、妨害工作員なのではないかと思った。鐘打ちセレモニーは、上場を迎える企業にとって最も重要な場面の一つ。こんな予期せぬ騒ぎを、絶対に起こすわけにはいかなかった。有馬家の夫人としての品位を守るため、私は穏やかな笑顔を浮かべ彼に告げた。「失礼ですが、あなたがどなたなのか……私にはどうしても思い出せません。まずはステージを降りて、お席へお戻りください。お話があるのでしたら、式典が終わった後で改めて伺います」私の表情は、どこまでも冷静だった。それなのに、目の前の男は、まるで世界が崩れ落ちたかのような衝撃を受けた顔をした。大きく見開かれた瞳は激しく揺れ、私の手首を強く掴んだ。「彩華……君は何を言っているんだ?今日は東雲グループの上場記念の鐘打ちセレモニーなんだぞ!もし君のせいで式に影響が出たら……その後に起こることは、俺にもどうすることもできない!」その時、会場の下から女性の叫び声が聞こえた。私は声の方向へ視線を向けた。そこには大きなお腹を抱えた女性が立っていた。必死な表情を見る限り、どうやらこの男の妻らしい。そして私は彼女の口から初めて知った、この男の名前が檜山宗弥だということを。どこかで聞いたことがあるような気がした。けれど、どれだけ記憶を探っても、彼に関する何一つとして、思い出すことはできなかった。「檜山さん、私は東雲グループ副社長、有馬将輝の妻です。主人は急な仕事の都合で予定が遅れておりますので、本日のセレモニーは私が代理で務めています。どうか、これ以上進行の妨げをなさらないでください」宗弥は眉を深く寄せ、そして何度もため息をついた。心配と焦りがその顔にはっきりと浮かんでいた。「彩華……まさか、俺が君に与えた傷が、ここまで深いものだったなんて思わなかった。寺に逃げ込んで尼僧のような生活をしているだけじゃなく……まさか妄想症まで患っていたなんて。君が有馬社長の妻だなんて、あり得ない。いいから、俺について来るんだ。俺が有馬社長と話をつけたら、すぐ病院へ連れて行
大学院最後の一年、私は宗弥と共にD国へ留学することを決めた。海外での生活資金を貯めるために、宗弥は同時に三つのアルバイトを掛け持ちした。彼が稼いだお金は、一円たりとも無駄にすることなく、すべて私たちの共同貯金へ入れられた。私のために、宗弥はまた、毎日水と醬油だけでうどんを食べるような生活に戻った。それなのに、彼は私に嘘をついた。「店長に高級な海鮮料理をご馳走になったんだ」そう笑っていた。けれど、私がそれに気づいた瞬間、こらえていた涙はもう止まらなかった。宗弥は困ったように笑いながら言った。「ただ、豪華な料理を食べすぎて飽きただけだよ。君と一緒にいた頃の味を、少し思い出したくなったんだ」彼は私の皮膚移植のために必死にお金を稼ぐと言った。そして、二人で海外でもっと良い暮らしをするために。私は堪えきれず、彼に尋ねた。「もし私が、このままの姿だったら……それでも、あなたは私を愛してくれる?」宗弥は笑いながら、私の頬を優しくつまんだ。「馬鹿だな。そんなわけないだろ。僕は永遠に君を愛しているよ。皮膚移植をしたいのは、僕の大切な人の人生に、少しでも後悔を残したくないからだ」私は、彼のために何度涙を流したのか、もう覚えていない。あの時流した涙は、どれも熱いほど温かかった。そうだ。こんなにも私を愛してくれる人が、どうして裏切るはずがあるのだろう。たとえ――私がこの目で現場を見てしまったとしても、信じられなかった。あの夜、奨学金が振り込まれた日、私はフライドチキンを買い、アルバイトで忙しい宗弥と一緒に食べようと思った。けれど、彼がアルバイトをしている場所へ向かった時、私は、男女の楽しそうな笑い声を聞いた。狭く薄暗い倉庫の中、宗弥は、自分の後輩の女子学生を押し倒していた。そして、彼女の滑らかな肌に貪るように口づけていた。胸を銃弾で撃ち抜かれたような激痛が走った。その瞬間、私は自分の心が砕ける音を聞いた気がした。泣きながらその場を逃げ出した私を追いかけてきた宗弥が、必死に腕を掴んだ。彼は目を赤くしながら、私を見つめた。「彩華、話を聞いてくれ、僕と優里は、君が思っているような関係じゃない。優里の体調が悪かったから……少し診ていただけなんだ」私は彼の頬を思い切り叩いた。涙で視界が滲んだ。きっと宗
私は、瞬く間に赤く染まった宗弥の頬を見つめ、思わず小さく笑った。すると彼は、堰を切ったように何度も何度も謝り始めた。その時、私は初めて知った。男子でも、ここまで繊細で傷つきやすい人がいるのだと。宗弥は、手元にあったたった1000円で、私のためにお菓子を買ってきた。それを命を救ってもらったお礼だと言った。残ったお金は、一週間分の生活費として綿密に計画した。毎日、水と醬油だけでうどんを食べて一週間を耐え抜き、その間に仕事を見つけるつもりだった。でも私は知っていた。宗弥のような純粋すぎる人間は、厳しい社会の中ではきっと傷ついてしまう。そして、彼の自尊心を守るためにも、私は彼に、一回につき2000円の報酬を払うという条件で、私のラジオ番組の台本を書いてもらう仕事を提案した。宗弥は、心から感謝しながらその仕事を引き受けた。彼が書く台本の質はとても高かった。私は彼に大学院進学を勧め、研究の道へ進むよう背中を押した。けれど、一年目、宗弥は大学院試験に合格できなかった。彼は部屋に閉じこもり、長い間、何も言わずに過ごした。そんな彼の扉を、私は叩いた。「私は、ずっとここにいるよ」そう伝えるために。宗弥はまた、長い間泣き、そして言った。「どうしてこの世界には、君みたいに優しい人がいるんだろう」その夜、私たちは校舎の屋上に座り、一晩中星空を眺めていた。宗弥は、おそるおそる用意していた指輪を取り出した。それは、彼が作った缶のタブを使ったリングだった。そして、顔を真っ赤にしながら、たどたどしく尋ねた。「……これ、つけてみてくれる?」私は彼の瞳を見つめ、そして、一言も言わなかった。彼が立ち上がって帰ろうとした時、その指輪は、もう私の人差し指にはまっていた。後になって、宗弥は私に聞いた。「僕は何も持っていないし、何も良いところなんてないのに……どうして僕と付き合ってくれたの?」私は彼の耳元で、小さな声で答えた。「だって、あなたが言ったでしょう。お互いの支えになろうって」大学四年の時、宗弥と私は、同じ大学の大学院に合格した。私たちは後輩たちから羨ましがられる、理想のカップルになった。一緒に奨学金を受け取り、国際学術誌に論文を発表した。指導教授でさえ言っていた。「君たちの未来は、