LOGIN穂高峻矢(ほたか しゅんや)が死んでから5年、私は、自分を彼と同じような人間に仕立て上げた。 彼の仇を討つため、血を見るだけで気を失っていた音羽家のお嬢様、この音羽美寧(おとわ みね)は、蒼海市で血も涙もない姐御へと変わり果てた。 あれから5年、ついに仇の一族を皆殺しにした。 街中がその噂で持ちきりになり、誰もが恐れおののいた。陰で私のことを、人でなしと罵る者もいる。 その日の夜、峻矢の墓を掘り起こした。彼と同じ墓に入り、あの世まで追いかけていくつもりだった。 しかし、墓を開けると、中は空だ。 峻矢は、まだ生きている……か? 峻矢の行方を追いつづけ、再びまみえたのは、彼と私の妹、音羽美愛(おとわ みあ)の結婚式だった。 式場は祝福に包まれ、関係者が勢揃いしている。 私の姿を見つけるなり、父・音羽正吾(おとわ しょうご)と母・音羽佳代(おとわ かよ)は、真っ先に美愛を庇うように立ち塞がる。 「銃を下ろせ!この人殺し!実の妹まで殺す気か!」 長年右腕として仕えてきた成田健人(なりた けんと)までもが、必死になだめてくる。 「美愛さんはもう妊娠してるんです。峻矢さんだって、死を偽装して、ようやく裏社会のしがらみから抜け出せたんです。どうか、2人を許してやってください」 峻矢は、あろうことか私に銃口を向けた。 「美寧、いい加減にしろ。これ以上暴れるなら、容赦しないぞ」 5年間、一瞬たりとも忘れたことのないその顔を見つめ、ゆっくりと微笑む。 「私を殺せば、これですべて終わり。でも、殺せなければ、私を裏切ったことを後悔させてやる。 さあ、撃てよ!」 パンッ!銃声が轟いた。
View More私が怜司と結婚する当日、美愛は精神科病院で自ら命を絶った。その知らせを聞いても、何も感じなかった。私の隣に立つ怜司が、髪に留めたベールを優しく直してくれる。「ボディーガードから報告があったんだが、物乞いにまで落ちぶれた君の両親が、まだ諦めていないらしい。毎日泣き叫んで、君に会いたいと言っているそうだ。そのうち本当に君の前に現れて、君を不快にさせるんじゃないかと心配でね。始末しておこうか?」私は首を横に振り、軽く笑い飛ばした。「その必要はないわ。昨日会ったばかりだし」私の車を追いかけて必死に走っていた、2人の無様な姿を思い出す。母は走っている途中で入れ歯が落ちてしまい、慌ててしゃがんで拾っていた。父は背中を丸め、今にも地面にくっつきそうなほど前かがみになっていた。2人は走りながら、泣き叫んでいた。「美寧、俺たちが悪かった!これから音羽家の娘はお前だけだ!必ず大事にするから!」「美寧、私たちは、あなたを愛しているのよ!」その姿は、滑稽としか言いようがない。「放っておいて、好きにさせればいいわ。どうせ私の評判なんて、もともと悪いんだから、あの2人が騒いだところで、大して変わらないわ」怜司はうなずき、少し声を潜めて尋ねる。「それで、穂高は?あいつもそろそろ限界だろ?」少し沈黙したあと、窓の外に目を向ける。「たぶん、もう死んでるわ。彼を穂高家に送り届けたんだけど、その数日後に火事が起きたらしいわ。彼も健人も、今ごろは黒焦げの遺体になっているはずよ」怜司は何も言わず、ただゆっくりと私を抱きしめる。彼の熱い涙が、私の手の甲に落ちるのを感じた。私は顔を上げて彼に尋ねる。「怜司、どうして泣いているの?」怜司が泣くのを見たのは、初めてだ。「君が、泣かないから。君が泣けないなら、俺が代わりに泣く。君が痛みを感じられないなら、俺が代わりに痛みを叫ぶ」私は顔を上げ、怜司の頬を伝う涙をそっと拭い、少し申し訳なさそうに言う。「ごめん。あなたが何を望んでいるのか、分かっているのに……でも私、もう人を愛することができなくなってしまったみたい」怜司は私の手を握り、うつむいて私の指先にそっと口づけをした。「構わない。俺だって、そんな立派な善人じゃないんだ。母はキャバ嬢だった。甲斐家
「美寧、俺が悪かった。俺を本当に愛してくれていたのは、お前だけだったんだ」峻矢はそう言いながら、体に巻きつけた爆弾を外し、無造作に海に投げ捨てる。そして、私に力なく笑いかける。「爆弾なんて、嘘だ。ただ、お前に会いたかっただけだ」彼は手をゆっくりと上げ、近づいてくる。「美寧、俺たちが一緒に過ごした7年間を忘れたのか?愛し合って、キスをして、結婚の約束までした。俺はもう、美愛の本性を見抜いた。俺たちの仲を引き裂く者はもういない。それでいいじゃないか?」峻矢が少しずつ距離を詰めてくる。私はそれに応えるように、口角をわずかにつり上げる。次の瞬間、腕を上げ、引き金を2回引いた。峻矢の両脚を撃ち抜いた。峻矢は信じられないという目で私を見つめる。まるで、この瞬間になってようやく、私がもう情けをかけないと悟ったかのようだ。膝から力が抜け、彼は血だまりの中にどさりと倒れ込む。「病院へ運んで。楽に死なせるわけにはいかないわ」……峻矢は、骨身にしみる激痛の中で目を覚ました。病室には窓がなく、冷たい光を放つ蛍光灯だけが天井に取り付けられている。彼が最初に感じたのは、両脚から伝わる耐え難い激痛だった。脚には分厚いギプスが巻かれ、わずかに動かすだけで全身から冷や汗が噴き出す。続いて、消毒液と肉の腐ったような不快な臭いが鼻をついた。視線を向かい側に移した瞬間、再び気絶しそうになる。向かいの椅子に、人の形をした何かが座っている。顔全体の皮膚が、おぞましくめくれ上がっている。鼻は凹んだ穴になり、唇はギザギザに裂けている。むき出しの腕には、赤黒色のケロイドが広がっている。まるで、何匹ものムカデが這い回っているかのようだ。相手は峻矢の視線に気づくと、ゆっくりと顔を上げ、かろうじて無事に残った片目で、峻矢をじっと見据える。「お久しぶりだな、峻矢」重度のやけどを負った健人だった。「俺はお前に尽くしてきたのに、なぜ俺を見捨てたんだ?生死を共にすると約束したじゃないか!なのに、俺があの事故で全身を焼かれて、命からがらICUに入っていたとき、お前と美愛は治療費も出し渋った。治療は打ち切られて、俺は病院から追い出されたんだ。野垂れ死にそうになりながら、3か月苦しんで何とか生き延びたが、おかげで今じゃ、
「すまない、美寧。結局、すべては俺が悪かった。お前を愛していたのに、裏社会の血なまぐさい争いに巻き込んでしまった。それなのに、欲張って美愛にまで手を出して、厄介な後始末を全部お前に押しつけた。血を見るだけで気を失っていたお前を、人を殺すことすらためらわない人間に変えてしまった。ひどいことをしたと分かっている。頼む!もう一度だけ、チャンスをくれ」私は迷うことなく断る。「2度目なんてないわ。一緒にいた7年間、あんたを庇って3発の銃弾を受けて、致命傷を12か所も負った。そのせいで、子どもを産めない体になった。このまま死なせるなんて、あまりにも楽な最期だって思ってたのよ。だから今日は、とびきりの贈り物を用意したの」軽く手を叩くと、ボディーガードが車の後部座席から、一人の人間を引きずり出した。美愛だった。彼女は精神科病院の病衣を着ていて、髪はぼさぼさだ。頬には、「手厚く看病された」ときについた青あざが残っている。膨らんでいたお腹は、ぺちゃんこになっている。峻矢を見た瞬間、美愛は目を輝かせた。しかし、峻矢がもはや絶体絶命の窮地に立たされていることに気づくと、小刻みに震えながら私に命乞いしてくる。「お、お姉ちゃん……ごめんなさい……」私は小さく笑った。美愛のうなじをつかみ、自分の前へ引きずり出す。そして、震えが止まらない彼女の手に銃を押し込み、その手を握りながら、峻矢の眉間に銃口をぴたりと定める。「あんたが後悔してるって、分かってるわ。安心して。私は情に弱いんだから、最後に一度だけチャンスをあげる。引き金を引いて峻矢を殺せば、あんたを許してあげる。できなければ、あんたが代わりに死ぬのよ。分かった?」峻矢は目を見開いた。私がこんなことをするとは思いもしなかったのだろう。彼は私に向かって怒鳴る。「美寧、彼女を追い詰めるな!美愛、俺のために無茶するな!俺が必ず助ける。俺たちの子どもも守ってみせる!美愛は優しいから、俺を撃つなんてできないぞ。彼女を死に追いやるつもり……」パンッ!峻矢が言い終わる前に、美愛の撃った銃弾が彼の肩を貫いた。かつて結婚式で峻矢に撃たれたのと同じ場所だ。美愛は銃を握りしめたまま、呆然と立ち尽くしている。どうやら彼女は、狙いを外したことが信じられないようだ。
両親はその場で呆然と立ち尽くしている。そして峻矢に目を向ける。彼ががっくりと肩を落としているのを見て、私が嘘をついていないと悟ったようだ。母は焦って峻矢の肩を揺さぶり、甲高い声で問い詰める。「絶対に失敗しないって言ってたじゃない!どうして、こんなことになったのよ!」父の顔から血の気が引いていく。「ばかな!あの毒は、俺がツテを頼ってやっと手に入れたものだ。飲ませさえすれば、確実に効くはずだ!」父に目を向け、冷笑を浮かべる。「そのツテって、楠本っていう人でしょ?あの毒は本物よ。ただ、お父さんに渡す前、その楠本って人に銃を突きつけて、中身をすり替えさせたの。だから私が飲んだのは毒なんかじゃない。ただのビタミン剤よ。病院の院長とは知り合いでね。だから協力してもらって、芝居を打ったの」私の言葉を聞いて、両親はよろめき、その場に崩れ落ちる。これ以上、彼らの茶番に付き合う気にもなれず、そばに控えるボディーガードに目で指図する。ボディーガードは彼らを外へ引きずり出していく。扉の近くまで引きずられたとき、峻矢が突然もがきながら顔を上げる。血走った目でこちらを見る。「美寧、お前は昔、こんなんじゃなかったはずだ。どうして、こんなふうになってしまったんだ?」その言葉を聞いて、私は小さく笑った。やがて笑い声はどんどん大きくなり、悲痛な響きを帯びていく。涙が頬を伝い落ちる。「全部あんたのせいよ」引きずられていく足音が、次第に遠ざかり、消えていく。怜司が近づいてきて初めて、自分の体が抑えきれずに小刻みに震えていることに気づく。彼は何も言わず、背後から腕を回し、私を強く抱きしめる。会議室には、私のしゃくり上げる声と、怜司の心臓の鼓動だけが響いている。長い沈黙のあと、怜司が口を開く。「美寧、まだあいつに情けをかけるつもりか?」顔を上げ、淡々と答える。「もう、情けなんてないわ」……あの日から、私は容赦なく峻矢を追い詰め始めた。かつて峻矢が死を偽装して姿を消したのは、血みどろの因縁を置き去りにし、美愛と平凡な暮らしを送るためだった。5年後、再び姿を現したのは、決して良心に目覚めて私に謝るためなどではない。手元のお金が底をつき、私が5年間必死に守り続けてきた穂高グループが欲しくなったから