ANMELDEN大地震から6年後、私、森川彩華(もりかわ あやか)は外国で、妊娠中の妻のために祈りを捧げに来ていた檜山宗弥(ひやま そうや)と再会した。 彼は信じられないものを見るような目で、私を見つめていた。 私を見た時の彼の驚愕した顔といったら、まるで私が瓦礫の下で白骨化してしまったと思い込んでいたかのようだった。 「彩華……大丈夫なのか?」 私は彼に答えなかった。 夫のために一本の線香を供え、祈りを終えると、そのまま背を向けて立ち去ろうとした。 すると、宗弥が追いかけてきて、私の手首を掴んだ。 「6年前……君に何かあったと思っていた…… 本当に後悔している。俺を許してくれないか?」 私は静かに彼の手を振りほどき、微笑みながら答えた。 「すみません。私たち、どこかでお会いしたことがありますか?」 宗弥は深くため息をついた。 「まだ俺を恨んでいるんだな。だから、俺から逃げるために出家したんだろう?頼む。君に償う機会をくれ」 どうやら、私が身につけていた白い僧衣が、彼に誤解を与えたらしい。 けれど、私がここへ来た理由は、彼から逃げるためではない。 私はただ、もうすぐ上場する夫の新しい会社のために祈願に来ただけだった。 そしてついでに―― 寺院の高僧に、傷だらけのまま心に残っているこの記憶を浄化してもらうためだった。 これから先、宗弥はもう二度と、私の人生に存在することはない。
Mehr anzeigen宗弥視点大学4年の時、僕は学内ラジオへ電話をかけた。その時の僕はもう、死を待つだけの人間だった。友達なんて一人もいなかった。ただ、胸の奥に溜め込んだ言葉を誰かに聞いてほしかった。学内ラジオ局に新しく入った彼女の声は、とても温かかった。夕暮れが街を染める何度もの時間を、彼女は僕と一緒に過ごしてくれた。僕は彼女に話した、不幸な家庭で育ったこと。鬱々として、自信がなく、何に対しても敏感で、何の価値もない、失敗した人間だと思っていること。そして、「僕みたいな社会のゴミは……もうすぐ消えるんだ」そう言った。彼女は僕を助けに来ると言った。でも、誰にも僕を救うことなんてできないと思っていた。死ぬと決めた人間の覚悟は、この世界にあるどんな勇気よりも強いものだと思っていたから。けれど校舎の屋上に立ち、下を見下ろした瞬間、僕は怖くなった。それを認めるしかなかった。僕は本当に何もできない人間だった。死ぬことすらやり遂げられないほどに。その後、彼女は僕を救ってくれた。でも極寒の中で僕を抱きしめ続けた彼女は、逆に意識を失ってしまった。僕は彼女を病院へ運んだ。そして、自分の持っていた最後のお金で、彼女の治療費を払った。彼女が目を覚ました時、僕は人生で一番幸せな瞬間を迎えているような気がした。彼女の瞳はとても綺麗だった。雨に洗われた太陽のように、眩しくて温かかった。彼女は自分の過去を僕に話してくれた。その瞬間、僕は初めて彼女の痛みを心から感じた。そして、気づけば口にしていた。「これからは、僕たちがお互いの支えになろう」その後、彩華は本当に僕の恋人になった。僕たちは一緒に大学院へ進み、いつか海外で学ぶ未来を夢見ていた。でも彼女は継母に硫酸をかけられた。焼けただれた肌を見た瞬間、僕の心は引き裂かれそうだった。彼女は泣きながら僕に言った。「お願い……私を嫌いにならないで、私を置いていかないで」彩華、君はこの世界で僕が一番愛した人だった。どうして君を捨てることなんてできるんだ。僕は以前よりもっと君を愛する、もっと強く君のそばで守り続ける。その日から僕は決めた。必ず努力してお金を稼ぎ、世界で一番優れた医者を探して、皮膚移植の手術を受けさせる。けれど、少しずつ僕は気づき始めていた。僕の中にある感情が変わってしまっ
「彩華、君は大丈夫なのか?本当に心配しているんだ。たとえ君が本当に何かを台無しにしてしまったとしても……怖がらなくていい、俺が全力で君を助ける」宗弥の心配する表情はとても真剣だった。彼は決して悪い人間ではないのかもしれない。そう思えるほどに。ただ彼の優しさは、私にとってあまりにも不可解だった。なぜ彼がそこまで私に執着するのか、私はもう知りたいとも思わなかった。彼が再び私に手を伸ばし、引き止めようとした瞬間、私は大きな声で叫んだ。「あなた!」その声を聞いて、将輝が晩餐会の会場から急いで駆け出してきた。私に声をかけるより先に、宗弥が興奮した様子で彼へ歩み寄った。「あなたが……有馬社長ですよね?」宗弥の瞳には期待の光が浮かんでいた。そして慌てたように、自分の手を服で何度も拭った。けれど将輝は彼が差し出した握手の手を、まるで存在しないもののように無視した。そしてそのまま彼を横に置き去りにする。「彩華、大丈夫か?」将輝は私の様子を確かめるように全身を見つめ、そのまま私を強く抱きしめた。将輝は以前、私に言ったことがある、「君は僕の命そのものだ」と。その言葉は、決して大げさではなかった。「有馬社長……あなたたちは……どういう関係なんですか……?」宗弥は口を大きく開けたまま、信じられないものを見るような目で、私と将輝を見つめていた。その時、彼の妻が突然笑い声を漏らした。「あなた、騙されないで、彩華みたいに嘘ばかりつく女なら、当然この将輝って人も偽物に決まっているわ。あなたを刺激して……私のところから、奪おうとしているのよ」最後の言葉だけ彼女はわざと強く言い放った。次の瞬間、乾いた音が響いた。宗弥が彼女の頬を思い切り叩いたのだ。頬を押さえた女性は、狂ったように宗弥へ叫んだ。「私はあなたの妻でしょう!?どうして私より、あの女の味方をするのよ!まさか……まだあの女のことを――」再び、鋭い平手打ちの音が響き、女性はその勢いで床へ倒れ込んだ。宗弥は慌てて将輝へ向き直り、何度も頭を下げた。「申し訳ありません!有馬社長。妻は少し精神的に不安定なところがありまして……どうかご容赦ください!私は彩華の同級生で……あなたと彩華が、まさか……」将輝は眉をひそめた。そして宗弥を頭から足元まで
会場にいた人々は、互いに顔を見合わせ始めた。「あの人はいったい誰が呼んだんだ?」「精神的に問題がある人なんじゃ……」そんな囁き声が、あちこちから聞こえてきた。時間はもう迫っていたので、私は静かにボディーガードへ視線を送った。彼らはすぐに宗弥のもとへ向かい、彼を会場の外へ連れ出した。宗弥は必死に首を横に振った。叫ぶ声はほとんど泣き声になっていた。「彩華……!君はセレモニーを台無しにしたんだぞ!有馬社長は、絶対に君を許さない!」彼は、まるでずっと私のことを心配しているようだった。けれど、口から出てくる言葉は、あまりにも理解できないものばかりだった。私の家の企業なのに、どうして彼のほうが、私以上に必死になっているのだろう。カウントダウンが始まり、私は東雲グループ上場を告げる鐘を鳴らした。それは同時に、一族の企業が海外AI分野において新たな領域へ踏み出した瞬間でもあった。その後すぐ、私はメディアのトップニュースを飾った。各メディアがこぞって取り上げる、現代を生きる女性の象徴。そして、時代を動かす人物として。夫である将輝も、ほどなくして会場へ到着した。感謝の晩餐会で、彼は取引先や関係者へグラスを掲げ、丁寧に礼を述べた。私は日に日に白くなっていく彼のこめかみの髪を見つめた。胸の奥に、愛おしさと心配が込み上げる。私の記憶は将輝と共にS国へ渡った後で止まっていた。その時、私はすでに皮膚移植の手術を終えていた。けれどなぜ手術を受けたのか、その理由だけは、もう思い出せなかった。将輝も、決して自分からその話をすることはなかった。彼は宝物のように、私を大切に甘やかしてくれた。S国で将輝は私にプロポーズした。いつも強い自分を演じてきた私だったのに、あの日だけは、涙が止まらなかった。限られた私の記憶の中で、両親が離婚した日を除けば、私は一度も、あんなふうに泣いたことはなかった。父に棒で殴られた時も、継母に煙草の火を背中へ押し付けられた時も。心の奥に宿った意地は、いつしか鋭い棘となり、私を傷つけ続けた世界へと向けられていた。そんな私の人生に現れた将輝はその棘の上に咲いた、柔らかく、美しい一輪の赤い薔薇だった。私と将輝の記憶は、幼い頃から始まっている。7歳の時、私は近所でゴミ箱を漁って食べ物を探している
私は、目の前にいる男を呆然と見つめていた。将輝と結婚してからの6年間、彼以外に、私の名前を呼び捨てにする人など一人もいなかった。見たところ、この男は私のことをよく知っているようだった。けれど私は彼を知らない。無意識に敵対企業が送り込んだ、妨害工作員なのではないかと思った。鐘打ちセレモニーは、上場を迎える企業にとって最も重要な場面の一つ。こんな予期せぬ騒ぎを、絶対に起こすわけにはいかなかった。有馬家の夫人としての品位を守るため、私は穏やかな笑顔を浮かべ彼に告げた。「失礼ですが、あなたがどなたなのか……私にはどうしても思い出せません。まずはステージを降りて、お席へお戻りください。お話があるのでしたら、式典が終わった後で改めて伺います」私の表情は、どこまでも冷静だった。それなのに、目の前の男は、まるで世界が崩れ落ちたかのような衝撃を受けた顔をした。大きく見開かれた瞳は激しく揺れ、私の手首を強く掴んだ。「彩華……君は何を言っているんだ?今日は東雲グループの上場記念の鐘打ちセレモニーなんだぞ!もし君のせいで式に影響が出たら……その後に起こることは、俺にもどうすることもできない!」その時、会場の下から女性の叫び声が聞こえた。私は声の方向へ視線を向けた。そこには大きなお腹を抱えた女性が立っていた。必死な表情を見る限り、どうやらこの男の妻らしい。そして私は彼女の口から初めて知った、この男の名前が檜山宗弥だということを。どこかで聞いたことがあるような気がした。けれど、どれだけ記憶を探っても、彼に関する何一つとして、思い出すことはできなかった。「檜山さん、私は東雲グループ副社長、有馬将輝の妻です。主人は急な仕事の都合で予定が遅れておりますので、本日のセレモニーは私が代理で務めています。どうか、これ以上進行の妨げをなさらないでください」宗弥は眉を深く寄せ、そして何度もため息をついた。心配と焦りがその顔にはっきりと浮かんでいた。「彩華……まさか、俺が君に与えた傷が、ここまで深いものだったなんて思わなかった。寺に逃げ込んで尼僧のような生活をしているだけじゃなく……まさか妄想症まで患っていたなんて。君が有馬社長の妻だなんて、あり得ない。いいから、俺について来るんだ。俺が有馬社長と話をつけたら、すぐ病院へ連れて行