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第17話

Auteur: 空念
家に戻ると、伊織の気分は、どうしても沈んだ。

北村家は多額の資金を投じて多くの情報を封じ込め、悪い噂もステマ工作員を使って意図的に混乱させていた。

三日もかけて情報を探したが、やはり何も見つからない。

伊織はそれでも諦めきれず、苦労しながら、少しずつ真理子の悪事を書き綴っていた。

たとえ自分が死んでも、法廷で証拠として詳細な記録を残しておきたかったのだ。

彼女は数分おきに休憩を挟まなければならなかった。そうしないと、目が回り、時には一瞬気を失いそうになる。

「どうして戻ってきたの?まだ床を片付けてなかったのに。

ハゲちゃった。もう綺麗じゃないわ」

小さいギフトボックスを手にした航平が入ってくるのを見て、伊織は自嘲気味に笑った。

彼女の髪は束になって抜け落ち、床には長くて枯れ草のような毛が散らばっている。

航平の目が一瞬で赤くなったが、それでも笑顔を作った。

「おっと、ますます綺麗になったよ。

片付けるのは俺がやる。お前は座ってて」

彼は慎重に、一束また一束と髪の毛を拾い上げ、そっと木の箱にしまって保管した。

その作業に集中していたため、ドアの外に響く足音には気づかなかった。

「そんなに髪が抜けてるのか?

伊織、一体どうしたんだ?」

ドアは閉まっていなかったので、司が外から入ってきた。

彼は伊織の向かいに慌てて腰を下ろし、青ざめた彼女の顔をじっと見つめた。

伊織は相手にしなかった。

むしろ少し怖かった。彼が自分に何をするか、わからなかったのだ。

彼女の避けるような様子に気づき、司の表情は傷ついたように見えた。

「俺を怖がってるのか?

怖がらないでくれ。本当のことを言ってくれ。本当に病気なのか?

専門家は検査結果を見せてお前は大丈夫だって言ったけど……俺にはお前の状況がわからないんだ

本当のことを言ってくれ、頼む」

伊織はゆっくりと顔を背けた。

たとえそれが偽りであれ、愛情であれ、もうそれ以上は耐えられなかった。

航平が飛び出し、司を押しのけた。

「また何しに来た?優しいふりをして、気持ち悪くないか?

北村真理子のためにあんな汚いことまでやっておいて、よくも伊織の前に顔を出せるな?

今すぐここから消え失せろ!」

司は阻まれるのも構わず、それでも近づこうとした。

「伊織、もし本当に病気なら、本当のことを言っ
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