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第3話

作者: いわいよ
分かっていたはずのことでも、実際に耳にすると心が痛む。

詩織は、いつの間にかこぼれていた涙をぬぐい、自分のふがいなさにそっと舌打ちした。

彼女と会いたいなら、そのためには誰かを踏み台にすることも、愛していない人と結婚することさえ厭わない。本当に立派な男だ――と皮肉が心に浮かぶ。

でも、なぜ彼は、自分が言い出せば私が大人しく従うと思っているんだろう?

林家の名を使って、私を縛ろうとするつもり?

だったら、その思い通りにはさせない。

詩織はスマホを開き、連絡先のブラックリストから名前を解除した。

長いこと悩んで何度も文章を消しては書き直し、結局送ったのは一行だけだった。

【私と結婚しない?】

すぐに返信が届く。【は?】

【詩織、好きなときだけ呼び出して、いらなくなったらポイって、そんな扱いされる気はない】

【ちゃんと理由を言え!】

【分かったよ、目的はどうでもいい。でも遊び半分なら許さない。俺をバカにしたら、結婚式場をぶっ壊すからな】

詩織は滲んだ視界のまま、画面に指を走らせた。【明日、九時に役所前で待ってる】

もう結婚式がキャンセルできないなら、相手を変えればいい。

新郎が湊じゃなきゃいけない決まりなんて、どこにもない。

スマホの画面を消すと、下の階にはもう誰もいなかった。

体の力がすっかり抜けて、手足まで冷たく痺れる。

詩織は力の入らない足取りでベッドに倒れ込んだまま、深夜まで眠れなかった。その夜、湊は一度も帰ってこなかった。

夜が明けて、詩織はゆっくりと体を起こした。

階段を下りると、ダイニングテーブルにはすでに湊と綾香が座っていた。

綾香はにこやかに声をかける。「おはよう、詩織ちゃん。朝ごはんが終わったら、一緒にドレスショップへ行こうか?」

湊は新聞を置き、階段を降りてきた詩織を見上げる。「おはよう。ご飯を食べて、あとで車で送るから」

「大丈夫、今朝は友達と約束があるから。ドレスは自分で見に行くよ」

そう言って、詩織はそのまま家を出る。

玄関に出てから、父親を送って行ったばかりで運転手がいないことに気づいた。タクシーアプリを開くが、どの車も捕まらない。

困って立ち尽くしていると、一台の黒いベンツが目の前に止まった。

窓が開き、湊が無表情で声をかけてくる。「乗れ。友達とどこで会うんだ?送るよ」

詩織はスマホを見て迷ったが、何も言わずに車に乗り込んだ。

助手席に座ったとたん、後ろの子どもを抱いて座っている綾香に気づいた。杏奈がシート越しに顔を出し、「しおりちゃん、美味しいもの食べに行くの?連れてって!」とはしゃぐ。

詩織は頭をなでて、「また今度ね」とやさしくあやした。

その後は窓の外を見つめたまま、車内には杏奈の声だけが響いている。

やがて車が停まる。

詩織はふと湊のほうを見る。湊はグローブボックスから酔い止め薬を取り出し、水のボトルを開けて後部座席の綾香に手渡した。「これを飲めば、少しは楽になるよ」

綾香は青ざめた顔で薬を受け取り、水で流し込む。湊は何も言わず、彼女の手から飲み残した水のボトルを受け取ってキャップを閉めた。

その一連の動きがあまりにも自然で、そこには、他人が入り込めないほどの深い信頼と慣れが感じられた。

この瞬間、詩織は気付く。

湊が車酔いしないのに、いつも車に酔い止め薬を常備していた理由――それは全部、綾香のためだった。

湊に本気で愛される人は、きっと幸せになれるんだろう。

でも、その幸せは自分には関係ない――

そう思うと、詩織はふっと苦笑いを浮かべた。

「みなとくん、ママにあげたお菓子、杏奈もほしい!」

湊は杏奈の頭を軽くなで、「ママは体調悪いからね。杏奈ちゃんにはあとでお菓子を買ってあげる」と優しく答えた。

「やった!」

詩織はシートベルトを外す。「ここで大丈夫。ちょうど友達が近くまで来てるから」

そう言って、逃げるように車を降りた。

少し歩いてから、詩織はそっと振り返る。けれど、湊の車はもう、彼女がその場を離れた瞬間にはすでに走り去っていた。

しばらくすると、黒いスポーツカーが目の前に静かに停まる。

詩織が顔を上げると、運転席にはあまりにも整った横顔があった。

「それが、お前が俺と結婚したい理由?」
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