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第4話

作者: いわいよ
篠崎悠生(しのざき ゆうき)の車はずっと後ろからついてきていた。詩織が車の中で耐えているのを、悠生は全て見ていた。その姿に、なぜか胸の奥がざわつく。

「お前、俺の前だとあんなに強気なのに、なんで湊の前だと急におとなしくなるんだ?何、昔なんかやらかしたのか?」

詩織はその話題を避けたくて、声を落とす。「もし後悔したなら……」

「乗れ」

悠生が遮るように言い、目を赤くした詩織をじっと見つめた。声はどこか冷たさを帯びている。「俺に後悔なんて言葉はない。そっちこそ、今さら後悔したって遅い。最初に誘ったのはお前だろ」

スポーツカーは役所へと一直線に走り出す。

まるで、少しでも遅れれば、彼女が逃げ出してしまうのを恐れているかのように。

役所の前で婚姻届受理証明書を受け取った詩織は、一瞬現実感を失いそうになる。

婚約してからというもの、詩織は99回も入籍の予約を入れたのに、湊には99回も理由をつけて断られた。だから、もうすぐ結婚式なのに、まだ籍が入っていなかった。

今日になって、やっと分かった。本当は、入籍なんてこんなに簡単なことだったのだと。

婚姻届受理証明書をバッグにしまいかけたそのとき、詩織の視線が向かいのウェディングドレス店に引き寄せられる。

大きなショーウィンドウの前に、綾香がマーメイドラインの真っ白なドレスを身にまとって立っていた。ドレスのウエストやヒップラインは、綾香の美しさを最大限に引き立てていた。まるで、彼女のために作られたみたいだった。

杏奈が駆け寄り、綾香の脚にしがみついてはしゃぐ。「ママ、すごくきれい!」

湊がソファから立ち上がり、そっと綾香の肩に手を伸ばしてベールを整える。口元にはやわらかな微笑みが浮かび、そのまなざしは思わず見とれてしまうほどだった。

横でドレスショップのスタッフが、夢中で携帯のシャッターを切りながら声を上げた。「綾香さん、湊さんって本当にあなたのこと、よく分かってるんですね!このウェディングドレス、湊さんがデザインから関わって、仕上がるまで半年もかかったんですよ。本当にぴったりで、女神みたいです!」

詩織はうつむいて、小さく笑った。

このドレスのデザイン画を、昔、湊の書斎で見かけたことがある。そのときは自分へのサプライズだと信じて疑わなかった。

でも、今ははっきり分かる。最初からこのドレスは、自分のものじゃなかった。

ふいに視界が遮られる。

悠生が下を向いて、詩織を見下ろしている。「羨ましいのか?お前だって負けてない。安心しろ、俺がお前に北湖市で一番盛大な結婚式を用意してやる」

詩織は首を振った。「結婚式はノーザリアで挙げたい。親戚も友達も呼ばなくていい。二人だけで挙げたい。それと、私たちが籍を入れたことは、しばらく誰にも言わないでほしい」

その言葉に、悠生の表情が一気に曇る。「どういう意味だ?俺は人前に出せない相手なのか?」

睨みつけるような視線に、詩織は急いで説明する。「違う。私たちの結婚式の日、湊にとびきりのプレゼントを渡したいの」

言い終わるか終わらないかのうちに、背後から聞き覚えのある声が飛んできた。「詩織、俺にどんな贈り物をくれるつもり?」

心臓が跳ねる。

詩織が振り返ると、いつの間にか湊が立っていた。ショップの中には、すでに綾香と杏奈の姿はなかった。

湊がどこまで聞いていたのか分からず、詩織は言葉を失う。

突然、腰に腕が回される。湊が軽く引き寄せ、そのまま悠生に会釈する。「今晩は家族の集まりがあるから、先に失礼するよ」

悠生は一瞬、表情を強張らせるが、詩織が「お願い」と目で訴えているのに気づいて、黙ってその場をやり過ごした。

湊に肩を抱かれたまま、詩織は待機していた車のほうへ歩いていく。どうしても振り返らずにはいられなくて、そっと後ろを見やった。悠生は車のドアにもたれ、無造作に顎を上げてみせる。いつもの余裕ある仕草のはずなのに、どこか寂しげな影が見え隠れしていた。

その姿を見た瞬間、心臓が思いがけずチクリと痛む。

その理由を考える暇もなく、詩織は湊に助手席へ押し込まれる。

車がしばらく走ったあと、湊が低い声で口を開く。「詩織、約束を覚えてる?もう彼とは関わらないって言ったよね?」
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