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第23話

Auteur: チビッコ
一方で、祐介は消毒液の匂いの中でゆっくりと目を開けた。背中が焼けるように痛み、思わず息を呑んだ。

「うっ」

窓の外の光がブラインドの隙間から差し込んで、ベッドの上にはまだらな影が落ちていた。

彼の意識はまだぼんやりとしていて、さっきまで見ていた夢の世界を彷徨っていたようだった。

夢の中の自分は、莉緒を裏切らなかった。二人は幸せに暮らしていて、可愛い双子までいた。

夢で見た莉緒の優しい笑顔はとてもリアルで、髪から香るジャスミンの匂いまでも思い出せるほどだった。

だが、彼の口元から浮かべた微笑みが消えないうちに、冷たい現実に直面してしまった。

がらんとした病室には、機械の規則正しい電子音が響くだけ。夢で見た温かい家も、布団をかけ直してくれる妻も、ここにはいなかった。

「フッ」祐介は自嘲気味に口の端を歪めると、その動きに合わせて背中の傷がズキズキと痛んだ。

でも、この体の痛みなんて、心の後悔に比べればどうってことなかった。

彼は、あの日の莉緒の冷たい眼差し、そして、もう二度と許さないと言い放った、彼女のきっぱりとした態度を思い出した。

全部、自業自得だ。誰よりも自分を愛
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