Home / BL / あやかし百鬼夜行 / ポリクリ①

Share

ポリクリ①

Author: 佐藤紗良
last update Last Updated: 2025-04-22 23:00:22

 世界は第二の性を忘れた。

 オメガも

 ベータも

 アルファも

 みんな平等に

 みんな普通に。

 産まれながらにして優劣があってはいけないと新薬の開発が進み、国主導で老若男女問わず全国一斉に行われた遺伝子操作。

 当初、国民には死をもたらす重篤な伝染病のワクチン接種だと知らされた。

 先人が抗う事なく受け入れてきた遺伝を、無理やり捩じ曲げるような試み。

 国を挙げての人体実験。

 第一世代から産まれた子供は、粒を揃えたように全てがベータになり、知能も運動能力も皆、同じ程度。ずば抜ける者もいなければ、落ちこぼれる者もいない。そんな結果を受け、男女関係なく産まれてすぐこのワクチン接種は義務化され、新薬がさらに改良された第二世代は、最良の結果をもたらした。

 人類が背負った業に、勝ったとも言われた研究。

 神に勝ったとも揶揄された。

 そして、

 世界は全てが平らになった。

……と、思われていた。

「国民主権だの、男女同権だのと皆、平等を謳っていたんだ。これで満足だろう」

「しかし」

「ならば特区を作ったらいい」

「特区、ですか」

「特別にワクチン接種を免除する地区を作る、これでどうかな」

「そんな事、国民が納得するはずありません」

「政治に国民がいたことがあったか」

「民主主義であれば、国民の理解を求めるのは当然のことかと」

「君は、まだこのワクチン接種に反対なのか。民意などどうでもいい、理解も求める必要はない。敗戦国である我々は、受け入れなくてはならないんだ。第二の性の研究を続ける君への私のせめてもの譲歩案だ。私と君の故郷である鬼治を特区とする。君は第二の性の研究を続けられる。但し、これは極秘事項だ。すぐに密書を鬼治へ届けてくれ」

「ですが、総理」

 テーブルを手のひらで打つ激しい音が公邸の一室に響く。カランと煙草の吸殻が山のようにあった灰皿が床へ落ち、灰が宙を舞った。

 密書を手にした彼は肩を落とし、秘書の背中を見ながら玄関へ向う。

「どうぞよろしく、との事です」

 あばら家も多く立ち並び、小学校教員の初任給が二千円と言われた時代。玄関に揃えられた彼の靴には、当時、最高額紙幣だった千円札が目一杯ねじ込まれていた。

「……これは、何の真似です」

「総理からです。我々の鬼治をどうぞよろしく、との事です」

 深く頭を下げた秘書が、微笑んだ。

 その晩、
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • あやかし百鬼夜行   百鬼夜行⑩

    「佐加江さん、鬼に喰われるんだ」「別に構わない」「純潔を奪われたのに、まだそんな口利けるんだ。強気だねぇ」「浩太さんが、初めてだったわけじゃないもの。僕が純潔を捧げたのは、浩太さんなんかじゃない。あんなんで奪ったとか言われちゃ、堪んない。子供のくせに」 部屋まで付いてきた浩太に背後から腰のあたりを蹴られ、敷きっぱなしだった布団の上へ転んだ。「俺が初めてじゃないって、どういう事だ。せっかく優しくしてやったのに、使い古しかよ」 「あれで優しく?!笑わせないで。僕は、本当に心の優しい人を知ってる」「オメガの分際で」「浩太さんを産んだのは、オメガよ。自分の親にそんな事、言えるの!?」 「黙れ。お前は、鬼に喰われるんだ」 浩太の瞳には佐加江に対する、いや、オメガに対する深い憎しみがあるように見える。何か触れてはいけない部分に触れてしまったような気がしたが、浩太が表情を崩したのは一瞬で、また笑っていた。「そういえば……。さっきの顔射写真、評判いいよ」 浩太に見せられたスマホの画面には、『越乃 佐加江』と実名アカウントのSNSがあった。 そういうものがある事はもちろん知っているが、特に興味も関心もなかった。「なにそれ……」 浩太が指先でスワイプした先には、画像が投稿されていた。浩太が見下ろしたアングルから撮った写真だ。精液に溺れそうになっている顔だけでなく、申し訳程度に生えた陰毛と性器まで写り込んでいる。そんな卑猥な画像が、加工されることなく公開されていたのだ。 刻々とリプライが表示される。 この一時間足らずで、多くの人が目にしているようだった。「ちょっと、そんなおかしな事やめてよ!」「珍しい名前だし、知ってる人が見たらすぐわかりそうだよね。なんなら、住所も公開してみる?」「やめて」 スマホを取り上

  • あやかし百鬼夜行   百鬼夜行⑨

    「青藍……」 ーー鬼治稲荷へ行こう。 佐加江は唇を噛む。服を着て部屋へ行き、昨日、帰ってきて押し入れに隠した白いスニーカーを持って窓を開けた。 と、煙草の匂いがする。 「そうそう。え? あれ、男だよ。ヤバいだろ」 スマホで話しながら、くわえ煙草をふかす浩太は乾いた笑みを浮かべ、佐加江の手からスニーカーを奪った。 「ネット配信とか出来るかな。ここ田舎だから、めちゃくちゃ電波悪いんだよね。またあとで連絡するわ」 火を靴裏で消した浩太は、吸い殻を指先で庭へ弾き飛ばし、佐加江を押し戻して部屋へと上がって来る。 「佐加江さん、 髪が濡れたままどこへ行くつもりなの」 ならば、と佐加江は土間へ向かった。その気などさらさらない癖に、気遣う言葉を浩太は羅列する。わざとらしい大きな声に気づいたのか、診療所から顔を出した越乃に見つかってしまった。 「佐加江、ちょっとおいで。髪を乾かしてからでいいから」 まるで軟禁だった。あっけなく逃亡は阻止され、佐加江は振り返らずに越乃の元へと逃げ込んだ。 たまにカルテの片付けを手伝う診療所の壁紙は、柔らかい雰囲気になるよう越乃と選んだものだ。パステルクリームを基調にした小花模様で、通り抜けた待合室は穏やかな陽射しが差し込んでいた。が、ここが診療所であることを主張するようにクレゾールの独特な匂いが漂っている。 診察室のカーテンを覗くと、普段着の越乃がデスクで書き物をしていた。 「髪はいいのか? いつも気にしてるオシャレさんが」 いつ青藍に逢うことになるか分からなかったから、佐加江はいつも身だしなみだけは気を配っていた。 「うん……」 書いていた紙を足元の金庫へしまった越乃が、診察室にあるタオルを取って髪を拭いてくれる。 「風邪をひいたら、大変だ」 「そうだね」 「少し身体を見ておこうな。調子はどうだ」 「あまり……」 ついさっき浩太に弄ばれた身体。佐加江はシャツの裾を躊躇しながらたくし上げ、越乃に胸を晒した。聴診器を手のひらで温めてから、真剣な顔で診察する越乃は、浩太につねりあげられた跡が残る腫れた乳首を見て、ふっと笑った。 「発情あとだし、ほどほどにな。DVDがそのままになってたぞ」 「あ……」 「脈が早くなってる」 聴診器を外した越乃が、笑いながら何も書かれていない

  • あやかし百鬼夜行   百鬼夜行⑧

    佐加江を風呂へ放置し、診療所内を物色していた浩太は越乃が診察の際に使っている椅子に腰かけ、考え事をしていた。 初等部の頃、浩太は友達と運動会のスターターピストルの火薬を盗んだ。ただ派手な音を鳴らすだけではつまらない。浩太は庭の排水溝を開け、そこを住処とする可愛がっているガマガエルを手に乗せた。 いつもそこに隠れている事を、もう何年も前から知っている。 冬眠のたびに大きくなるガマガエルは見た目よりもズッシリと重く、太陽の下で目玉がシュッと横に細くなった。 (かわいい……) 尻に火薬をめいっぱい詰めるが案外、抵抗しない。急につまらなくなった浩太は何を思ったのか、真っ白な家の外壁に向かってガマガエルを投げつけた。 パーン、と閑静な住宅街に鳴り響いた火薬の破裂音。 運動会の時よりも湿り気を帯び、くぐもった音に聞こえた。母親が驚いた顔でカーテンを開け、浩太の事を嫌悪した目で見ていた。思えば、物心ついてから母親と目が合ったのは、それが初めてだったかもしれない。 それに満足したかのように、浩太は笑みを漏らす。 対象は少しづつ大きな物に変わって行き、中等部になると、最後まで親友と信じてくれていた同級生のKをカイボウして遊んだ。 その頃は、彼が浩太にとってのガマガエルーー。 どんなに頭の良い学校でもガラの悪い連中はいる。そんな高等部の奴らとつるみ、浩太はKと一緒にいるところで絡まれるふりをした。どんな因縁をつけられたかは忘れたが、Kが制服を脱がされるのを腹のなかで笑いながら、浩太は「やめろ!」と涙ながらに訴えていた。 それは、どれくらい続いただろうか。 金銭も身体も搾取され、ボロボロになったKがやっと浩太の望む事をしてくれた。 『浩太君、もうやめよう……』 Kは最期まで浩太を親友だと信じていた、と思う。 もうあれから一年以上経った今年の夏休み、卒業した中等部から呼び出しを食らった。 外部高校の受験を苦にした同級生の自殺が蒸し返され、遺書もそれっぽいものを一緒に書いてやったと言うのに、どこからかカイボウの件がバレた。 浩太は反論するどころか、自分がした事を知らしめたかったのかあっさりと認め、親が金銭で解決したものの表向きは留学準備のための退学として、学校は辞めさせられた。 小さい頃から、なかなか治らない素行。父

  • あやかし百鬼夜行   百鬼夜行⑦

    翌日、佐加江が目を覚ますと昼過ぎだった。 家の中は、物音ひとつしない。 気を遣った越乃が、起こさなかったのだろう。休診日ということもあり、いつもだったら隣り村まで買い物へ出かけている時間だった。 佐加江は着替えを持って、風呂へ向かった。 昨夜、点滴をしている間、越乃が蒸しタオルで拭いてくれた髪を丹念に洗い、泡を流していると急に給湯が止まり水になった。リモコンを操作しても給湯器の電源は入らず、佐加江は頭に泡を残したまま腰にタオルを巻いて台所にあるブレーカーを見に行った。すると、居間で寝っ転がりながらスマホをいじっていた浩太が肩を揺らして笑っている。「佐加江さん、おはよう」 ブレーカーを上げ、浩太を無視して風呂へ戻るとまた、ブレーカーが落ちる。それを何度か繰り返すうち寒気がしてきた佐加江は、苛立ちを隠せなくなった。「浩太さん、もういい加減にして!」 そう言い放った佐加江を追いかけてきた浩太がドアを蹴り、靴下のまま浴室へ入って来る。 「な、なに!?」「今、誰に口利いた」 「ちょ……っと」「一発、ヌかせろよ」「え?」「いいよね、佐加江さん。女みたいな体した男がウロウロしてたから、勃っちゃったよ。ちんぽが好きなんだろ、佐加江さんは」 「何言ってるの!?」 風呂から出て行こうとした佐加江は、引き戻された。「越乃さん。神事の会合だって出かけたから、時間はたっぷりあるよ」 両手を背中で合わせ持たれ、タイルの壁に押し付けられた。浩太はボディソープを手に取り、楽しそうに佐加江の尻で泡立てている。「不浄の穴だから綺麗にしないと」 「や、やめて」「さっきまでの威勢はどうした」 双丘の狭間を何度か行き来した指がヌプッと後孔へ入り込む。「浩太さん、なんでこんなことをするの……、やぁぁッ!!」

  • あやかし百鬼夜行   百鬼夜行⑥

    「佐加江、今日はどうしたのですか」 社の裏でギュウッと抱きしめられた。溺れてしまいそうなほど青藍の胸は広く、小さな佐加江は必死にしがみついている。「……あのね。僕、子供が大好きなの」「保育園の先生ですものね。好きでなければ、できぬ仕事でしょう」「このあいだ、天狐様の仔狐ちゃんたちが青藍のこと、父様って呼んでるのが可愛くて」 「あやつらはうちの庭を遊び場にしていますから、いつでも会えますよ」「違う」「違うのですか」「……青藍も子供が好きなら、いつか僕が」 青藍の胸に顔を埋めた佐加江の声は、夜の闇に溶けてしまいそうなほど小さかった。「僕、本当の家族が欲しいんだ」「佐加江」「僕にできる紋は幸せがいっぱい詰まってる。僕ね、青藍と番になりたい。青藍しか考えられない」 互いに頬を染め、黙り込んでしまった。頬を寄せる青藍の胸からは、やけに騒がしい鼓動が聞こえる。「初めての事で、私もうろたえていて……。その、あちらの方の相性は良さそうですか」「あちらって、どちら?」「身体の相性は大事だと。つい先日、桐生に教わりました」 青藍を見上げると、視線をよそへ向けている。「ちょっと待って」 「はい」 「初めてって、何が?」 佐加江を抱きしめる腕に力がこもる。「……子作り、です」 「こ、子作りか」「いかかがでしたか」 真剣な眼差しで聞いてくる青藍に、佐加江は顔を真っ赤にして小さな声で「良かった」としか答えられなかった。「佐加江は、あのような感じが良いのですね。わかりました、精進します」 「いや、普通で。もっと普通で良いと、思います」 「佐加江が不安に思っておらぬなら、良いのです」 青藍は目尻を下げ

  • あやかし百鬼夜行   百鬼夜行⑤

    「海老は浩太君の好物だから使ったけど別に調理したし、他のものは佐加江が食べられるものだったのにな」「……ごめんなさい」「なぜ、佐加江が謝る。おじさんが悪かったよ、もっと注意していれば良かった。また、検査してみようか。他にもアレルギーが出てしまったのかもしれない」 部屋で点滴をされた佐加江は呼吸が楽になり、越乃に背中を向けた。 ふすま一枚へだてた隣の部屋にいた浩太が居間へ行き、テレビをつける気配がする。 シチューで汚れた畳もシーツも自分で皿をこぼしてしまった、と嘘をついたのは浩太への恐怖心からだ。「おじさんもアルファなの? オメガの僕は、孕むだけの存在だと思ってる?」 佐加江の背中を摩っていた越乃の手が止まる。声が漏れ聞こえぬよう、小声で話す佐加江は明らかに怯えた顔をしていた。「浩太君が言っていたのか」 まるで内緒話だった。「中学生の時に本で読んだの。浩太さんは……、村長さんの甥っ子さんだし良い子だよ」「そうか」 越乃が、少し安堵したようなため息をついた。「佐加江は、特別な存在だと思ってる」 「……特別?」 「おじさんの宝物だよ」 降って湧いたような浩太によるひどい仕打ちと、今まで育ててくれた越乃に別れを告げようとしている事に、佐加江は涙した。 症状が治まり、空気を入れ替えようと佐加江は開けた窓から外を眺めていた。歩くのもしんどく、鬼治稲荷へ行くか迷う。が、保育園で履こうと購入した真新しい白いスニーカーが押入れにある事を思い出した佐加江は、靴紐をキュッと結んで窓から外へ飛び出した。 今夜は雲が多く、満天の星空が見えない。 佐加江が大きく息を吸い込んでいると腕を掴まれ、庭の植え込みへと何者かによって引きずり込まれた。 「や……っ」 「佐加江、私です」「青藍!?」「嫌な予

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status