Home / BL / あやかし百鬼夜行 / 九十九の願い事③

Share

九十九の願い事③

Author: 佐藤紗良
last update Last Updated: 2025-05-01 20:00:27
「お先に失礼します!」

終業時間を少し過ぎ、リュックを背負った佐加江は保育園を後にした。自転車で走り出すと夕暮れ時の風が肌寒いくらいだ。

鬼治村へ入る細い一本道は途中、小さな山を貫いたようになっている。光を遮るように木々がうっそうと生い茂り、昼間でも薄暗い。削られた山肌は苔むし、そこだけ温度が違った。

その中ほどあたりに、立派な門柱がある。村の神事の際、他所者に邪魔されないよう閉鎖するためのものらしいが、今では過疎を理由に執り行われなくなったと聞いている。そこさえ抜ければ視界はひらけ、のどかな田園風景が広がっていた。

「今日こそ、青藍に逢えるかな」

朝、手を合わせた鬼治稲荷の前で自転車を止めた。春には桜が美しいこの境内が、今も昔も佐加江のお気に入りの場所だった。

幼い日の約束を胸に、引っ越してきて二年と少し。すぐにまた逢えるのだろうと心躍らせていたが、佐加江は今だ青藍に会えていない。

オメガと聞いて放心していたある日、ふと「青藍と結婚できるじゃん!」と霧が晴れたように自身の運命を楽天的に捉えた。鬼治で就職することに躊躇がなかったのも、そんな下心からだ。が、ここへきて佐加江の人生設計に暗雲が立ち込めたように思う。

あの頃、確かにここで青藍に会っていた。「結婚してください」と佐加江は青藍に何度もプロポーズした。が、いま考えると恥ずかしくて仕方がない上に、肝心な青藍の顔が思い出せない。

月のような青みを帯びた白髪の長い髪と一角、耳たぶには大きな輪っかの真鍮の耳とう――。

それくらいしか佐加江は、記憶に留めていなかった。漠然と自分は青藍と結婚するものだと思い込んで、この歳まで来てしまった。客観的に見て少々、痛い人間だと自覚もある。

「幻だったら、どうしよう」

夢見る夢子ちゃんか、あるいは記憶違いも考えられた。

思えば小さい頃は、いろいろな不思議な者が見えていた。

教室の隅にたたずむクラスメイトではない女の子や深夜の金縛りの後にやって来るテケテケ、帰りが遅くなった夕暮れ時の通学路で子供たちを見下ろし、「ぼぼぼぼ」と低い変な声で笑っている大きな大きな八尺様ーー。

それらをいつからか、めっきり見なくなった。もしかしたら大人になり、あやかしが見えなくなったのかもと目を引ん剥いたり、細めたりしながら仕事終わりにここをうろつくのが、佐加江の日課だった。

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • あやかし百鬼夜行   九十九の願い事⑬

    廊下を歩く足音が聞こえる。 雨戸を閉め切ったまま何日も過ごした自室の布団の中で、佐加江は目を覚ました。「佐加江!」「……おじさん」「とうとう来たのか」 家中に充満した精液とフェロモンの残り香。越乃がハンカチで鼻と口を覆い、眉間にしわを寄せながら雨戸を開けていた。佐加江は久しぶりに浴びた陽射しに目を細める。「……うん」 「薬は飲まなかったのか」 「わけが分からなくなっちゃって」「そうか。……心配した。何度も電話したんだ、携帯にも保育園にも。村長も尋ねて来ただろう。一人で心細かったな、大丈夫だったのか」「青藍が、いてくれたから」 越乃は妙な胸騒ぎを覚えた。この村に、そんな名前の男はいない。それに抑制剤を飲まなかったとなると、フェロモンの匂いで様子を見に来たアルファである村長が気付くはずだ。取り乱した越乃が、佐加江のうなじを見たが噛み跡はなかった。「セイランというのは、……誰だ」 窓から見える鬼治稲荷神社の赤い鳥居を、佐加江が見つめている。「佐加江、よく聞きなさい。仕事は辞めていい。連絡はしておくから、もう行くな」「おじさん、何を言ってるの?」「無断欠勤を一週間もして、ご迷惑をおかけしたんだ。家にしばらくいなさい」 「でも」 「家から一歩も出ては駄目だ」 それだけ言い残し、越乃は急いで診療所へ向かった。「学長、とうとう来たようです」 診察室にある備え付けの電話で、越乃は佐加江に聞こえないよう小さな声で藤堂へ連絡を入れた。「ええ。いろいろあったようですが、噛み跡はついてません。今日から一歩も外へは出さないつもりですが、……もしもし?」 電話が切れてしまった。途中、ノイズが入ってよく聞き取れなかったが、内容は伝わっただろう、と越乃は受話器を置いた。

  • あやかし百鬼夜行   九十九の願い事⑫

    「初めてなの」「綺麗な色をしています」「暗くて見えないくせ……、に」「鬼は夜目が利くのですよ。暗くても真昼のように見える」 その言葉にハッとした。佐加江はパジャマの裾を伸ばし、勃起してしまっている性器を隠そうとする。道理で青藍の目が暗がりでもはっきりと見えたわけだ。今も海中の夜光虫のように、青白く二双の瞳が闇に浮かんでいる。 膝に割り込まれ股を広げる姿も、頬を高揚させている顔も青藍に見えてしまっているかと思うと堪らなかった。「……んふ」「随分と苦しそうですね」 青藍の目を見つめながら、佐加江は小さく頷く。体内で軋む子宮が、何か別の生き物のように身体の底で、番を迎えることを待ちわびている。「人の丙の前でこんな顔をされたらと思うと、嫌なものです」 「あ……っ」「大丈夫ですよ。爪はしまいましたから」 独り言のように呟いた青藍の言葉の意味を理解するよりも先に、指先がニュルっと後孔へと入り込んだ。が、初めてという事もありそこは狭く、押しだそうとしている。 声というよりは、喉から空気が抜けたような気のない音が漏れる。押し広げられる感覚に内腿が震え、背中は畳の上をずりあがろうしていた。 ゆっくりと繰り返される抽送。鼻にかかったような甘ったるい喘ぎに、佐加江は必死に手の甲を噛んでいた。臍の辺りに落ちた髪にしゃらしゃらとくすぐられ、その毛先は胸を通り過ぎ、頬をなでる。 外の雷雨は激しさを増すばかりで、一瞬の稲光が雨戸の隙間を縫って二人の距離を白日の下へ晒した。息遣いが触れ合う距離。すぐそこに落ちたような雷鳴におののき、佐加江は青藍にしがみついた。「昔から、お前は怖がりです」 「ち、違う」 みぞおち辺りがヒクヒクして、嗚咽が止まらない。「……オメガで良かったなって。こんな風に発情が起こらなかったら、青藍に相手にしてもらえなかったと思うと」「発情が起こらな

  • あやかし百鬼夜行   九十九の願い事⑪

    「……青藍」 佐加江は、何度か瞬きを繰り返す。 外便所へ行った事を思い出したが、そのあとのことは青藍の仕業かと彼を軽く睨みつけた。 「そうやって人のことからかって、面白い?!」 「いや、あの」 「僕のことなんか、放っておいて。あんな風に脅かされて、怖かったんだからね。すごく怒ってるんだから」 「ーー申し訳ありません」 「そう!悪いことしたら、謝るの。良くできました!」 腹の虫が収まらない佐加江は、つい幼い頃の癖で青藍の角を片手で掴んでガシガシと撫でた。すると、彼はうっとりと表情を弛める。なんとも甘やかな表情に佐加江は赤面し、肌に吸い付く濡れたパジャマに怒りの矛先を向けた。 部屋へ着替えに行こうとしたが、立ち上がると同時に佐加江の下腹部辺りでドクンと何かが脈打つ。 「……に、これ」 臍の下あたりに、経験した事のない痛みが走った。呼吸が止まるほどの激痛だ。 男の子宮が目覚めるとき、腹痛があると越乃から教えられた。男性器を受け入れやすくするために内蔵の位置が大きく変わるのだ、と。そして、落胆する佐加江に夢を見させようとしたのか、越乃はこんなことも言っていた。 ーーアルファとオメガには、運命の相手がいる。 その相手の側で発情を迎えると、より妊娠しやすくなるよう身体が準備をするため、下腹部の痛みは酷いものになるらしい。が、これがそうなのか佐加江には分からなかった。 「痛……ッ」 腹を押さえ、うずくまった佐加江に駆け寄ろ

  • あやかし百鬼夜行   九十九の願い事⑩

    「ヒィィィィィィィィ!!」 便所の底から、成人男性と見られる手がニョキッと出てくるのが、はっきりと見えた。 佐加江は、あまりの恐怖に泡を吹き、白目を剥いてしゃがみこんだ態勢のまま背後にひっくり返り失神した。が、その身体はフワフワの毛に包まれる。「鬼殿、出るところを間違えておられるぞ。佐加江を脅かしてどうする」 「天狐様、申し訳ございません。叔父様の雷で磁場が狂っていて……。糞まみれになるのを避けるための止む無き判断でした」 雨の中、天狐は背中に佐加江を乗せてひとっ飛び。それに青藍も続き、風雨を避けるように土間へ飛び込み、天狐は上がり框へ佐加江をそっと下ろした。「そろそろ始まりそうだ。佐加江もそれを望んでいる。これ以上の喜びはないだろう」 鬼治稲荷は、鬼が悪さをしないよう狐とともにまつられた神社。どちらが上かといえば天狐は神、鬼は妖怪、言わずと知れた事だった。が、両者は昔から仲が良い。一千年も前に代替わりした青藍は人に言われるような悪さをした事もなく、我が子のように天狐は見守ってきた。「番になれ。でなければ、我々の世界には連れて行けぬ。仮紋を刻んだ以上、佐加江を連れて帰らねば」 「連れ去ったら村人どもは、また鬼の仕業にするでしょう」「良いではないか。千年に一度の真実よ。人の世では、嘘から出た誠と言うでないか」「桐生の時は」「我の一目惚れよ。子を産むかどうかなど関係なかった。鬼殿が千年、我に名乗らなかった名を佐加江に教えたと言うからには、それなりの想いがそこにはあったのだろう」「……」「懐かしいわ。稲荷の境内でいつも遊んでやっていたな。小さな佐加江に手も足もでず」 「人は、先に死ぬではありませんか。あまりも短い生涯を私のようなものが貰い受けるにふさわしいとは思えませぬ」「子は残る。人の生など、我々にとっては瞬きをする間のことでのう。一緒に老いる楽しみはないが、桐生はそれでも良いと嫁に来てくれた。看取る悲しみ

  • あやかし百鬼夜行   九十九の願い事⑨

    モヤモヤした気持ちで家へ帰ると早々に診療所を閉め、珍しくスーツを着た越乃が旅行鞄にワイシャツを何枚か入れているところだった。「おかえり、佐加江。急に出かけることになったから、待ってたんだ」「これから?」「ああ。藤堂学長に呼ばれてね」 いつか大学病院で会った藤堂は、教授から学長へと上り詰めていた。「泊まり?」 「そんな顔するな。子供の頃のように一緒には行けないだろ、佐加江には仕事があるんだから」 佐加江の頭を撫でた越乃は笑っていた。「……すぐ帰ってくる?」「薬学の聞きたい講演もあるから、一週間くらいかな。村の患者さんには緊急時、隣村の病院へ行くよう伝えてあるから」 越乃は佐加江から見ても勉強熱心だ。専門は産婦人科だが、こちらに来てからは様々な専門書を夜遅くまで読んでいる。もし越乃が大学病院へ残ってキャリアを積んでいたら、藤堂のようになれたのかもしれない。「……ねぇ、おじさん。大学病院に残れなかったのって僕がオメガだったから?」「佐加江。今まで何度も言っているけど、おじさんは自分の意思で大学病院を辞めたんだ。佐加江の事は関係ないよ。それにおじさんは佐加江の側にずっといたいんだ、家族なら当然だろ?」 過保護な越乃が、ここまで家を空けるのは初めてだった。戸締りをしっかりする事と、発情抑制薬のある場所を確認して越乃は車で出掛けて行った。 風呂を済ませ、用意してくれてあった夕飯食べたが、一人の食事は随分と味気のないものだった。 することがなくなってしまった佐加江はふと思い立ち、家の一番奥にある自分の部屋へと向かった。誰もいないというのに辺りを見回し、広い廊下をつま先で走って、本棚の奥へ隠してあるDVDをこっそりと取り、居間へと戻った。「へへ」 前の住まいを離れる前にネットで購入したが、まだ一度も見ていないエロDVD。佐加江にも人並みに年相応の性欲はある。 居間のテレビにDVDをセットし、音を最小にする。電気を消して、65インチのテレビの前にクッションを抱えて座った。リモコンで再生ボタンを押すとドキドキしてきてクッションをもう一度抱き直し、思わずティッシュをそばへ寄せた。 『……君は何歳かな?』 「二十二歳です!」『二十歳です』 『処女なんだよね?』 『はい』 『ふふ……、おっきなクリだね』「いや、それチンチンだよ?」 佐

  • あやかし百鬼夜行   九十九の願い事⑧

    ♢♢♢ 佐加江を置いて祠へ逃げ込んだ青藍は屋敷まで走り、黒い大きな門を閉めた。そして、庭先にしゃがみ、真っ赤な顔を膝に埋めている。「鬼殿、今日の逢い引きは楽しかったようだの」 こちらの世でも天狐と青藍はお隣同士だ。御殿の二階の縁で毛つくろいをしていた天狐が、笑いながら青藍の元へとふわっと飛び降りてくる。「逢い引きなど、していません」 「生娘みたいにそんなに顔を赤くして、どうしたんだ」「昨日は佐加江が私のことを覚えている事に驚いてしまって、あのような態度を」「あれは酷かったぞ。佐加江も悲しそうな顔をしておった」「佐加江にまた、求婚されました」「およおよ。ずいぶんと情熱的だの、佐加江は」 佐加江の部屋から昨晩、持ち帰ってしまったノートを返そうと出かけたつもりだった。が、そんなことすっかり忘れていた。 懐からノートを取り出した青藍は、昨晩から暗記してしまいそうなほど何度も読み返た佐加江の九十九の願い事を見つめていた。「――それに何の問題がある」「私は鬼です」「それでも良いのだろう。佐加江に紋を刻んだのは、鬼殿ではないか」 「あれは……、佐加江の行く末を案じたからです。あの村で、甲は神事と名を借りた儀式を」「昔と変わらず佐加江は可愛いのう。鬼殿がめとらぬのなら、我がご相伴に預ろう。うなじを噛まなければ、何をしてもよかろ」「おやめください、天狐様」「見るからに、佐加江は助平そうだ。あの腰つきが……、ウヒヒ。我から離れられない身体にしてしまおうか」 桐生の時のように、天狐の股座から精気がみなぎっていた。煽られているだけだと分かっていながら、怒りに震えそうになる青藍を思い留めさせるように耳とうが太くなる。耳たぶに開いた穴が押し広げられる痛みに大きく息を吐き出し、青藍は気持ちを落ち着かせた。「ただ、ここには番になりたいとは書いて

  • あやかし百鬼夜行   九十九の願い事⑦

    (眠い……)翌日、太郎は休みだった。 午睡の時間、なかなか寝付けない園児に添い寝をしていた佐加江は、昨夜あまり眠れず、油断すると一緒に寝入ってしまいそうだった。と、園児がカーテンの隙間を凝視していた。その視線をたどっていくと、角が見えたような気がした佐加江の眠気は、一気に吹き飛んだ。(何やってるの?!) 青藍だ。隠れているつもりなのかもしれないがカーテンに影も写っているし、隙間から覗く目が佐加江を見つめている。「怖……」 教室内にいる誰かにバレていないか心配であたりを見回したが、添い寝をしていた園児は眠りにつき、テーブルで作業をする二人の先生は気づいていないようだった。 どこかへ行け、と手を払うが何を勘違いしたのか、青藍は手を振り返してくる。(違う、そうじゃない) 園児に布団を掛けた佐加江は、青藍を無視して先生たちの作業に合流した。 クリスマス会の演目の桃太郎のお面作り。まだ先だが、芋掘りやら何やらとこれから忙しくなるのを見越して、今から作業を進めていた。「佐加江先生は鬼のお面、切り取って」「了解です。これ、怖すぎじゃないですか?」「だよね。私もそう思う」「もっと優しい顔してるのに……」 佐加江は切り取った面を本物にぜひ見てもらおうと、顔に当て振り返る。 牙がむき出しになった、赤鬼の顔。佐加江の緩くカールする癖っ毛と鬼の面があいまって、小人鬼の出来上がりだ。 窓からずっと覗き込んでいた青藍の顔が固まった。が、青藍と同じように今にも泣き出しそうな顔をした園児もひとりーー。「あ……」 口がへの字になり、次第に目が真っ赤になる。みるみる間もなく涙が溢れ、大声で泣き出してしまった。「佐加江先生」 「すいません! ごめんね、先生だよ。ってか、このお面、怖すぎですから」 面をテーブルに置き、園児を抱き上げると青藍の姿はなくなっていた。

  • あやかし百鬼夜行   九十九の願い事⑥

    「おじさん。今日、疲れちゃったから先に寝るね。夕飯の片付けは、明日の朝するから」 「それくらいはやっておくよ、おやすみ」 「おやすみなさい」 気がつくと、佐加江は鬼治稲荷の境内に倒れていた。夢ではないことを証明するかのように、手には狐の面が握られていた。 (あれが、あの世なのかな) 風呂でうなじを触ったが確かに腫れは引いていて、鏡に写してみても何も映らなかった。 「青藍が僕のこと忘れてたら、番になる約束してたって意味ないじゃん」 古民家の奥まったところにある自室へ向かい、机の引き出しから一冊のノートを取り出した。せっかく青藍と再会できたと言うのに、佐加江には不安しかない。敷いた布団に寝転んで、表紙に『青藍と会ったらしたい事リスト』と書いたノートを眺めながら佐加江は唇を尖らせ、ゴロゴロと転げ回っていた。 「痛いな、自分」 こんな身体ではと、いつもニコニコ笑っているようにした。 『結婚したいなら相手の胃袋を掴め』と引っ越してきてから読んだ女性向けHow to本を鵜呑みにして、熱心に料理にも取り組んだ。冬には村長をはじめとする猟友会のメンバーと山へ入って、狩った獲物を山から下ろす手伝いもした。血が苦手で、目の前でさばかれる命に卒倒しながらもどこでも生きて行けるようにと、その光景を見続けていた。 「どこに向かって僕は頑張ってたんだ」 魂が減ると言われただけあり、佐加江はいつの間にか深い眠りに落ちていた。 どれだけ時間が経ったのか、佐加江は背中をすーっと撫でられる感覚に目を覚ます。 (……夢?) 触れたのは、長い髪。 息が触れるほどの距離で背中を眺めている青藍に、目を固くつむった佐加江は動

  • あやかし百鬼夜行   九十九の願い事⑤

    「佐加江です。……僕のこと、覚えていませんか」 「ーー覚えがありません」 「鬼殿、佐加江だぞ。忘れたのか」 「鬼君の嫁?」 「佐加江をめとったら、閻魔殿も安泰じゃ。こんな機会ないぞ。人間の甲など、うちの桐生と佐加江くらいしか、もうおらんからの。な、桐生」 「なっ、じゃねぇから!話が見えねぇよ。 俺にも事情を説明しろよ」 「知りませぬ」 青藍は名前を聞いても、眉ひとつ動かさない。それどころか、佐加江を見ようともしなかった。 踵を返して行ってしまった青藍に面を返しそびれた佐加江は、追いかけて良いものか分からず立ちつくしていた。 「あの子、佐加江君って言うの? 生身の人間じゃん。なんでここにいるの」 「桐生、お前は少し黙っていろ」 「青藍は僕のこと、覚えてないんだ……」 仔狐たちが青藍の子ではないことは分かった。が、いつも楽天的な佐加江も、さすがにこれにはシュンとしてしまっている。 「気にやむでない。鬼は悪しき思い出ばかりを集める悲しいあやかしゆえ……。しかし、そのうなじの紋は間違いなく鬼殿のものだ。安心しろ」 「紋?」 「責任は取らせよう」 狐が目を細めて見ていたうなじに触れると、ミミズ腫れのようになっていた。それは首筋から肩甲骨まで広がっていて、まるでそこに血管が通っているかのようにドクドクしている。 「なに、これ……」  いつもは、こんな風になっていない。佐加江は、身体がこれ以上普通ではなくなる事に戸惑い、蒼白した。 「じき、その腫れは治まるだろう」

Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status