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last update Last Updated: 2025-06-29 10:14:10

翌朝は曇天で、冷気が体内に充満しているようだった。そう……風邪をひいた。

「さむ! ううう……寒い、寒い寒い寒い……!」

ブランケットを引き摺りながら自身の熱を計る。昨夜の行いを心底後悔しながら体温計を眺めた。

幸い体調を崩した時に必要なものは全て揃ってある。服を着込み、今日の予定を確認した。

熱は三十七度八分。周りにうつすわけにはいかないから、今日は仕事も休んで大人しくしよう。

まさか風呂場で自慰をして風邪をひくとは……情けなくて死にたくなる。ただ普段から鋼材に神力を注いだ後は寝込むことが多いので、今回は特に負担が大きかった。ということにしよう。

連絡用の端末を操作し、従者のオッドに繋いだ。すぐに返事が返ってきて、確認するとなにか必要なものはないか、という内容だった。

気遣いは嬉しいものの、今は誰かと話す気分じゃない。「大丈夫。ありがとう」と文字を入力し、送信してから画面を落とした。

早朝は城の中も慌ただしい。物資を運び入れる者や、朝食の支度をする者が忙しなく動いている。

王族お抱えの武器職人ということで特別に城に住まわせてもらっているが、あまり有難みを感じないのは気の所為だろうか。

食費や家賃の心配もないし、欲しいものは与えられる裕福な生活をしているのに、時折煩わしさを感じる。独りなのに。

「はぁ……」

朝から色々考えるのはやめよう。ますます体力を持っていかれる。

熱はあっても腹は空いているので、卵を手に取ってフライパンで焼いた。後は良い具合に焼けるのを待つだけだ。

この卵もそうだが、城のすぐ近くに小さな市場がある。仕事の関係で城の食事が食べられない時もあるので、普段から食料はストックしていた。

備えあれば憂いなしとはこの事だ。頬杖をつきながら固めのパンを頬張った。皿を出すことも億劫になってしまった為、テーブルに鍋敷きを置いてフライパンをそのまま持ってくる。あとはグラスに牛乳を注ぎ、ひといきに飲み干した。

「もう食べられないな……」

朝のミッションはクリアということでいいだろう。使ったフライパンをシンクに入れて、覚束ない足取りで寝室へ戻った。

洗い物も片付けも明日でいい。まずはゆっくり休もう。

一時期は毎日使っていた氷枕を用意し、ベッドに横たわった。首の後ろと脇、あと脚の付け根にも氷嚢を添える。これでだいぶ体温は下がるはずだ。

毎日熱を出す存在と、つきっきりで看病していた頃を思い出す。仕方ないとはいえ連日寝不足だったから辛かった。解放された時には叫びたいぐらいの喜びに支配されたたけど、今思うと懐かしくて、ちょっと寂しくもある。

熱に浮かされている時は意識が朦朧として、手足が石になってしまったようになる。上手く動けなくて、とても怖い。

周りに誰かいないと不安でたまらない。それが分かるから、ずっと傍で頭を撫でていた。

怖くない。大丈夫、明日には良くなってる……。

この息苦しさがいつまで続くのか、何も分からないことが一番怖いんだ。でも考えなくていい。瞼を伏せて、楽しいことを考えよう。

布団を引っ張るのもやっとだったが、胸元まで掛けてから深く息をついた。

貴重な一日を無駄にしてしまった感がすごいけど、今日は休息日として。明日から王族撲滅の為に頑張ればいい。

鳥の鳴き声が子守唄のように鼓膜に浸透し、ノーデンスは深い眠りについた。

『ノーデンス、これがなにか分かるか?』

灰が、頭上から落ちてきた。

目の中に入りそうになり、擦ろうとした瞬間手を掴まれた。灰がついた手で目元を擦ったら失明するぞと言われ、慌てて首をぶるぶると振った。

目の前には父が佇んでいる。

深夜、冷気が瀰漫する古びた工房。父の仕事場だ。

いつも母が眠りに落ちてから、自分だけ起こされて連れてこられた。きっと今夜も父の武器造りを見せられるんだろう。……できれば早く寝たい。

『皆時間が経って、大切な人を手に入れて、忘れてしまったんだ。……自分達がされたことを』

巣穴のような鍛冶場の隅っこに立ちながら、いつも父の話を聴いていた。途中から何を言っても反応しなくなるので、ほぼ独り言に近く、退屈に感じることもあった。彼が自分の世界に入ってしまったと分かったら、地べたに座り込んで窓の外を眺める。

今夜は一段と星が見えた。ノーデンスは目を眇め、白い息を吐いた。

『私の祖父……お前の曾祖父は、王族に殺されたようなものなんだ。一族の中で殺されたのは彼が最後だった。やっと終戦したのに何故まだ武器を造るのか問い続け、王の命令に背いた。そのせいで牢獄に入れられ、すぐに体を壊して亡くなった。あれが見せしめとなり、皆武器を造り続けることに疑問を抱かなくなった』

父はここで珍しく顔を上げた。いつの間にか座ってることを怒られるかと身構えたけど、意外なことに優しく頭を撫でてきた。

『私も同じだ。自分の命可愛さに、誰かを傷つける武器を今も生み出している。でもお前は特別な力を持って生まれた。お前が一族を救える最後の希望なんだ』

幼かったから、当時はそんな重い話をされても三分の一ぐらいしか頭の中で処理できなかった。

ひとつ確実に分かることは、曽祖父は武器造りに反対だったということ。ちなみにちょっと意外だった。だって親戚はもちろん、父ですらも、普段は武器造りを誇らしげに語っていたから。

父のあれは全て演技だったのか。大人って何か、……すごい。

武器は人を守るものではなく、人の命を奪う為の道具だ。それを造ることで長い歴史を渡ってきた俺達は……俺達こそが世界で一番悪いやつなんじゃないか、と子ども心に感じた。でもそれは決して口にしちゃいけない気がして、自分の中で消化した。 

王様は自分達一族のことを武器を生み出す兵器だと思ってるんだろう。だから武器造りを拒んだ者を罪人とした。

多分俺達は正しさを突き詰めたらいけない種族なんだ。

虚しさばかり募るけど、今はただ大人しく鉄を打つ。王に従い、武器を造ろう。

でもいつか、誰にも武器を使わせない世界にする。

───約束する。

「……ん……」

「あ。起きたか」

暗かった世界が徐々に色を取り戻し、鮮やかになる。

見慣れた寝室のはずだが、息が当たりそうな至近距離に人の顔があった。

「わあぁ!」

「おおっ。危ない危ない」

慌てて飛び起きた為、目の前の人物に頭突きするところだった。二重で心臓に悪い。内心舌打ちしながら体勢を戻した。

何だこの状況は。

「ちょっ……と。いくら陛下でも、人の部屋に侵入するのはどうかと思います」

「ははは、すまんすまん。熱を出したと聞いたから様子を見に来たんだ。だって知らない間に死なれたら困るだろう?」

やっぱり三重で心臓に悪い。目が覚めたら部屋に国王陛下がいるなんて、普通の人間なら絶叫じゃ済まない。

「ご心配をお掛けして申し訳ございません。かなり深く眠ってしまっていたようで」

というのは時計を見なくても分かった。青空だった窓の外が、うっすら橙色に変わりかけてきている。

「あぁ、良いんだ。いつも休まず働いてるんだから無理をされたら困る。……お前は最近特に頑張ってるようだし」

ローランドはひとつに結いた髪を鬱陶しそうに後ろへ払い、空いてる椅子に腰掛けた。

充分良い家具を与えられているが、国王が使うとなると急にお粗末に感じる。飲み物を出そうにも彼の口に合うものがあるとは思えないし、そもそも警戒して手をつけないだろう。しかしただぼーっとしてるわけにもいかない。

とりあえずキッチンへ向かおうとしたが、裾を引っ張られて立ち止まった。

「病人はじっとしてろ。せっかくだ、夕飯は私が作る」

「夕……えっ!?」

一瞬聞き間違いかと思った。しかし無理やりベッドの上に座らされ、ローランドはキッチンへ入ってしまった。

なにっ……一体何のつもりだ。仕事と関係ないところで恩を売って俺を懐柔しようとしてるのか。

それより妻や親戚を連れて国から出て行ってくれる方がずっと嬉しい。うう……ていうか俺はこれから彼が作った料理を食べるのか。まずい、色んなプレッシャーで気持ち悪くなってきた。

具合が悪いと言って帰りたい。でも悲しいことにここが家だ。今の俺に逃げ場はない。

後ろからズドンと槍で一刺しする妄想をして、ローランドの背中を眺める。コンロもつかっているし、わりと真面目に料理をしている様だ。彼が料理をする必要なんてこれまでの人生にあったのだろうか……もし妻や子どもではなく、自分が第一号だったらいたたまれない。

普段国務に追われる陛下は、家族と和やかに過ごす時間も限られている。そもそもひとりで行動していいのか、ここにいることを護衛や側近は知っているのか……一番に訊かなければいけないことだったが、彼の後ろ姿に鬼気迫るものを感じた為ぐっとこらえた。

幼い頃は数回だけ遊んだことがある。遊んであげたとも言えるし、遊んでもらったとも言える。但し場所は城の中限定で、監視も大勢いたので最高に居心地が悪かった。

彼だって、王族じゃない方が幸せだったんじゃないか。

「よし、できた。私が厳選した薬草も入れた特製粥だ」

「へぇ」

「へぇって。反応薄いにも程があるぞ。素を出してくれるのは嬉しいけど、最低限の礼儀は」

「申し訳ありません。頂きます」

病人に粥という発想が当たり前過ぎて生返事をしてしまった。でもわざわざ部屋を訪ね、御自ら作ってくれたことには感謝したい。

粥は野菜や茸がたくさん入っていて、美味しそうな香りが漂っていた。さっきまでは胃にものを入れる気がしなかったけど、俄然食欲がわいてきた。期待を込めながら粥をスプーンで掬い、口に運ぶ。

「んっ!」

「どうだ。美味いか?」

あっっっっっっつ。

粥が熱すぎて、美味い不味いの概念に到達できなかった。本気で舌が爛れるかと思ったし、驚きのあまり持っていたスプーンを床に落としてしまった。吐き出さなかたった自分を褒めたい。

「んっぐっごめんなさい、美味し過ぎて……うっ驚いてしまいました」

「大袈裟だなぁ。でも気に入ってくれたなら良かった。まだ鍋に残ってるから全部食べてくれ」

粥は病人相手に大量に作ってはいけない食べ物だ。陛下のことだ、食べきれなかった時の処理が大変なことを知らないな。

「陛下、貴重なお時間を俺なんかの為につかってくださりありがとうございます。しかも手料理まで……この御恩は絶対忘れません」

「はは、そんな畏まらなくていい。お前は私にとっては家族同然なんだ。お前といる時だけ、王としての立場を忘れられる。子どもの頃を思い出すからかな……」

「……」

正直大人になるまで色々あり過ぎて、彼との思い出は曖昧だ。どれも断片的で、他人の頭の中を覗いているよう。

でも彼からすれば大切な記憶の一部なのかもしれない。

「俺も、陛下と過ごした時間は宝物のように思っています。これからも変わらずお慕いしておりますので……粥は、後でゆっくり頂きますね」

「いいや。私がいるからと遠慮しないで、今食べればいい」

「いえ。それはやはり、失礼に値しますので」

「熱いうちに食べないと不味いだろう?」

熱いから食べられないんだよ。帰れ。

新手の拷問かと思い始めた頃、部屋のドアをどんどんと叩く音が聞こえた。

「陛下! こちらにいらっしゃいますか?」

「ああ、今行く」

ローランドは低い声で答えると、残念そうに腰を浮かした。

「すまない、もう戻らないといけないみたいだ」

「助かった……じゃない、かしこまりました。お粥は有り難く頂きますね」

精一杯明るく答えると、彼はわずかに微笑んだ。

「片付けもせずに帰ってすまないな」

「ご心配をおかけしてすみません。でももうすっかり元気になったので」

「ふむ……」

ローランドはどこか物憂げな面持ちで、ノーデンスのベッドの上に腰掛けた。

「そういえばさっきから良い香りがするな。花の香りだ」

「あぁ……石鹸だと思います。寝る前に湯浴みをしたので」

それが原因で風邪をひいた、とは口が裂けても言えない。お粥を乗せたトレイを近くのテーブルに起き、軽く咳払いした。

「寂しいと感じることはないのか?」

前髪が持ち上がる。ローランドの指が流れる様に髪を梳き、最終的に頭をぽん、と叩いた。

「……」

深紅の瞳と視線が交わり、思わず息を飲む。

しかしそれは本当に一瞬で、呼吸する前に吹き出した。

「ははは! 寂しいだなんて……もうそんな風に感じる歳じゃありませんよ。俺は独りでも困りません」

心の中の空洞。それを隠すようにおどける。ところがローランドは眉を下げ、長いローブを羽織り直した。

「歳をとったから大丈夫……と思ってるならそれは違うぞ、ノース。むしろ歳をとればとるほど、人は孤独に耐えられなくなる生き物なんだ」

……っ。

どう答えようか迷っている間に彼は歩き出し、ドアの外の衛兵に声を掛けた。距離が広がり、ドアが閉まる。

「それじゃあ……おやすみ」

遠ざかる靴音にほっとしている。

……笑ってしまう。何で……何に緊張してるんだ。

襟元をぐっと掴み、前に傾く。今まで息苦しかったけど、それに気付いていなかった。深呼吸して、横向きに倒れる。

「お粥食べなきゃな……」

胃袋が完全に動いたわけではないのでげんなりするが、捨てるのは勿体ない。食べ物に罪はないし、もう少し休んだら残りを食べよう。

明日の仕事や、さっき彼に言われたこと。考えなきゃいけないことが色々あるけど、面倒になってしまった。やっぱりもう一回寝よう。

次に起きたら打倒王族計画の見直しと、鍋の粥を温め直す。これが最優先事項だ。

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