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第4話

Author: ピッタリさん
「冗談はやめろよ、若葉。君はご両親に甘やかされて育ったお嬢様じゃないか。力仕事もできないのに、俺を助けられるわけがないだろ?

あの地震の時、君は出張で遠くに行ってて、戻ってこなかったはずだ。もし薫が何度も外で歌ってくれなかったら、俺はもうダメだった。

彼女は自分の危険も顧みずに俺の命を救ってくれたんだ。君は、その恩まで横取りするつもりか?」

そして、自分の言い方が少しきつかったと気づいて、翼はこめかみを揉みながら、一歩下がったように言った。

「まあいい。俺が薫を気にかけているからって、君は嫉妬してるんだろ。考えすぎるなよ。

俺の両親も亡くなる前に、君のことを大事にしろって言っていたし、君との結婚は予定通りするからさ」

若葉は、ただ心が冷えていくのを感じた。

長年の付き合いなのに。翼は、薫の隙だらけの嘘を信じて、自分のことは信じようとしない。

若葉ははっきりと覚えている。翼が瓦礫の下敷きになったと聞いて、自分は無我夢中で夜通し駆けつけた。

崩れ落ちた壁を見て、転んでできた体の傷も構わずに、素手で瓦礫を掘り起こし始めた。

白くきれいだった両手は、あっという間に傷だらけになって血が滲んだ。それでも、自分は決して諦めなかった。

ようやく翼の弱々しい声が聞こえると、自分は二人が子供の頃に聞いた童謡を何度も歌った。声がかすれるまで歌い続け、とうとう気を失ってしまった。

しかし、自分が目を覚ました時に、翼は薫の手を握って彼女が命の恩人だと言ったんだ。

あの時翼が薫に向ける眼差しは、感謝に満ちていた。そればかりか、言葉にできないような優しささえも含まれていた。

あの日から、翼はまるで別人のようになってしまった。

同じ足の怪我にしても、薫のはただの小さなかすり傷だ。なのに、彼はこんなにも慌てているなんて。

自分の足にはいくつも傷があるというのに、翼はそれを見ようともしない。

昔は、自分が少し皮を擦りむいただけでも、翼は心配してくれたのに。

自分が15歳の時、学校の同級生数人にいじめられたことがあった。

その子たちは、花壇のバラの棘を摘んで、自分のカバンに入れたんだ。

自分は気づかずに、指を刺してしまった。

その日、いつもは模範生だった翼が、喧嘩で退学になりかけた。

彼が顔中あざだらけで自分に会いに来た時、まだ無邪気に笑っていた。「若葉、もう怖くないよ。これからは誰も君をいじめさせたりしないから」

そう思いながら若葉は、目の前にいる男の冷たい後ろ姿を見て、目を赤くした。

うそつき。

翼は、うそつきよ。

彼以上に、こんなにひどく自分を傷つける人なんていないだろう。

一方で薫の足はただのかすり傷だったから、大騒ぎしたけれど、病院では相手もされなかった。

二人が帰ってきた時、若葉はちょうど食事の準備をしていた。

テーブルに一人分の食事しか置かれていないのを見て、翼は思わず眉をひそめた。

「食事は?」

若葉は彼を一瞥して言った。「ないわ」

翼は、きょとんとした。

若葉は自分に対して、いつも優しくて献身的だった。

自分が事故で足が不自由になってからは、なおさら自分の言うことなら何でも聞いていた。

翼はこんなに冷たい若葉を初めて見て、胸の奥が少しざわついた。

しかし、隣にいた薫が突然泣きながら口を開いた。

「若葉さん、私のこと、やっぱり嫌いなの?

私が田舎出身だから、嫌われるのは分かってる。親に結婚を押し付けられそうだからって怖くて、翼さんに助けを求めるべきじゃなかった。ごめんね。私、もう帰るね」

翼はかわいそうに思いながら彼女の涙を拭ってやると、振り向きざま、若葉に怒鳴った。

「もうやめろ、若葉!そんな顔をしかめて、なんだその態度は?

たかが食事くらいで。君が作りたくないなら、薫を連れて外で食べてくるさ!

行くぞ、薫!あんなやつは放っておけ。レストランに行こう!」

それを聞いて、薫は若葉に挑発的な笑みを見せると、背を向けて翼の後を付いていった。

そして彼女はぼそっと呟いた。「翼さん、本当に優しいのね。でも、若葉さんとそんな風に喧嘩して、彼女が怒っちゃわない?」

しかし、その声は小さくなく、明らかに若葉にわざと聞かせているようだった。

すると、翼も、同じように声を潜めなかった。

「あいつのことなんか気にするな。俺にベタ惚れで、絶対に離れられないんだ。怒ったってどうってことない。どうせ後で、素直に謝ってくるさ」

彼の声には確信がこもっていて、若葉は思わず笑ってしまいそうになった。

でも、手を伸ばして顔を拭うと、涙で濡れていた。

彼女はしばらく立ち尽くしたが、やがて黙って腰を掛けると、しょっぱくて苦い、涙味のご飯を食べ終えた。

それから、部屋に戻ると、若葉はこれまで翼にもらったプレゼントを全部引っ張り出した。

彼女が何気なく素敵だと言ったヘアピンのような小さなものから、婚約の時に翼がはにかみながらくれた銀のネックレスまで。

あんなにたくさんの素敵な思い出があったのに。残念だけど、それももうただの思い出でしかない。

ぎっしりと詰まった大きな箱をゴミ箱に捨てると、若葉の心にあった靄も、少し晴れたような気がした。

彼女は静香がくれた推薦状を撫でながら、その瞳に宿った決意はだんだんと確たるものへと変わった。

翼は、思い違いをしていた。

誰かを離れたからって生きていけないなんてことは、この世に存在しないのだ。
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