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第5話

Penulis: 瘴気領域
last update Tanggal publikasi: 2026-07-13 12:27:36

「ほわっ!?」

 わたしはすっとんきょうな声を上げ、オフィスチェアの上で身を跳ねさせた。

 例えるならそう、電車でうたたねして、びくっとして起きるあの感じである。

 ボスらしい牛頭の化け物をぶっ飛ばしたあと、どこからともなくファンファーレが鳴り響き、視界が真っ白に染まった。そして次の瞬間には元の部室――という次第である。

「ええっと、だいしょーり!! ってことでいいんだよね?」

 妙に静まり返った部室の空気が気まずい。

 不良たちが大人しいのはいいとして、キリ先輩までなんだか思い詰めたような表情でわたしをじっと見つめている。

 基本的に全力で走ってぶん殴るということしかしていなかったので、ダンジョンをクリアしたという実感が湧いていないし、そもそもあの牛頭は本当にボスだったのだろうか? ひょっとしてわたしの勘違いで、倒しちゃったらゲームオーバーのキャラだったとか? そんなトラップに引っかかるなんてアホだなあ、これだから初心者は……って空気なのかこれはひょっとして!?

「……っくしょう」

 横から鬼嶋きじまの声がした。

 汗に濡れ、ほつれた金髪が幾筋か貼り付いた顔を苦々しく歪め、ふらふらと椅子から立ち上がる。

 なんだ、腹でも痛いのか? 保健室連れてってやろうか?

「オレの負けだよ。煮るなり焼くなり好きにしやがれ」

 鬼島は床にどかっと腰を下ろすと、自分の負けを認めた。

 よかったあ、わたしの勘違いじゃなく、ちゃんと勝ってたんだな、うんうん。

 さて、どうしてくれようか……と考える。

 敗者は勝者の言うことをなんでも聞くってことだったが、常識的に考えてあんまりえぐいことは言えないし、欲望に素直になればほしいのはお金だが、金銭を要求したら恐喝だし、こんな喧嘩で犯罪者になるのはさすがに嫌である。

 ああでもないこうでもないと唸っていたら、キリ先輩と目が合った。

 相変わらずこちらをじっと見つめていた。圧がすごい。

 あっ、そうだ。こうしちゃったらどうだろう。

「えっと、キリ先輩。勝者の権利ですけど、先輩に譲りますね」

「えっ? ボク?」

 キリ先輩の目が丸くなって、視線の圧からようやく解放される。

 もともと他人の喧嘩を勝手に買ったようなものだからなあ。

 賞品は本来の権利者に渡すのがスジというものだろう。

「鬼嶋も文句ないよね?」

「……好きにしやがれ」

 ごねるかと思ったが、鬼嶋はあっさり受け入れた。

 クソヤンキーだと思っていたが、スジは通すタイプの古き良き不良らしい。いや、不良なんだから悪いんだけど。なんだ良い不良って。

 キリ先輩は腕組みをして、頬杖を突くように片手を口に添えた。

 あ、そんな真剣に考える感じなんだ。

「……じゃ、ボクの奴隷になって」

「へ?」

「ハア!?」

 たっぷり間を置いて発せられたのは衝撃的な言葉だった。

 わたしは思わず間抜けな声を漏らし、鬼嶋は素っ頓狂に叫んだ。

 くくくく……とキリ先輩は悪戯っぽく笑う。

「ボクの奴隷として、残りの高校生活はダンジョン部でまた・・一緒にがんばる。いいよね、ニコちゃん?」

「……ちっ、わかったよ。オレに二言はねえ。だがその呼び方はやめろ」

「ダーメ。御主人様への口ごたえは許しません」

「……くっ」

 ううん? 「また」ってことは、鬼嶋はもともとダンジョン部だったのか?

 確かに手慣れた感じだったし、元部員がグレちゃった系だったのかあ。

 それにしてもキリ先輩、印象と違ってSっ気があるな。

「オラ、聞いたとおりだ。てめえらは出ていきな」

 鬼嶋は不良たちをじろりと見回すと、顎で出口を指した。

「おいおい、いまさら勝手言ってんじゃねえぞ。鬼嶋さん……いや、鬼嶋よお」

「こんな便利なたまり場は他にねえんだよな」

「うちらから抜けたいんなら、ケジメはつけてもらわねえとねえ」

 しかし、素直に従う不良たちではなかった。

 あー、あるなあこういうの。不良グループから抜けるためにはなんらかの儀式を経なければならないのだ。だいたいは全員からボコられるとかそういうやつ。どこの未開の蛮族だよって思うが、不良たちの脳みそは実際蛮族並みなのだから仕方がないのかもしれない。

 キリ先輩が不安げな視線をこちらに送ってくるが、どうしようかなあ。こいつらをぶっ飛ばすのは簡単だが、さすがにそれはスジが違うと思う。細かい経緯は知らないが不良グループに入る選択をしたのは鬼嶋だし、責任を負うべきなのも鬼嶋だ。たとえ理不尽で頭の悪い意味不明な蛮族のルールであっても、一度はそれに従うことを自分で決めたはずなのだ――なんて悩んでいたら、

「ふん、ケジメはちゃんとつけるさ。キリにもこのクソ生意気な後輩にも迷惑はかけねえよ」

 鬼嶋の方からそう言い出した。

 なかなか一本スジの通ったやつじゃないか。嫌いじゃないぞ。

「ま、待て! おまえら、ちょっと待て!」

 そこへ、窓から不良がよじ登ってきた。わたしが最初に叩き出したやつだ。

 そいつは転げんばかりの勢いで仲間たちのところに行き、スマホの画面を見せながら小声で何やら耳打ちしている。そして、不良たちの顔色がみるみる青ざめていった。

「あ、あの、勘違いでしたら大変アレなのですけれども、ひょ、ひょっとして貴方様は、火ノ坂ほのさか朱莉あかり様でいらっしゃいますか……?」

 あー……、こいつらまで噂が回ったか。

 いまさら誤魔化しても始まるまい。「そうだけど、何?」と雑に頷いておく。

「ひぃっ、あ、赤鬼……あの、人喰いの……」

「ごごごごごめんなさい。い、いの、命だけは……!」

「も、申し訳ございませんでしたーーーーっ!!」

 不良たちはこけつまろびつしながら、バタバタと部室から逃げ出していった。

 ああもう、ゴミぐらいは片付けていけよっての。

「ああン? なんだこりゃ……?」

「そういえば運動部にもすごい怖がられてたけど……、アカリさんって、何者なの? 連続殺人犯とか?」

 誰が連続殺人犯じゃい!

 とんでもない誤解を解くために、わたしは大汗をかきながら事情を説明するハメになったのだった。

 あ、念のため繰り返すけど、人を殺したことなんてホントにないからね……。

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