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第2話

Author: 時間の歌
「これが本来の玲司ってわけか!あんなにまどかに尽くしてたの、あれ全部演技?マジで人が変わったと思ってたのに!」

絡みつくようなキスを終えた玲司が、酒の匂いをまとった声で笑った。

「俺が好きなのは、最初から最後まで桜だけだよ。

でもさ、桜っていつも誰にも本気にならないだろ?気まぐれで、ふらふらしてて……俺にだけ本気になってくれない」

薄く笑いながら、桜の頬に音を立ててキスを落とす。

「仕方ないから、代わりに妹で手を打ったってわけ。

まどかも悪くないよ。ベッドの上じゃ桜ほどじゃないけど、スタイルも顔も申し分ないし、ふぅん……」

そう言いながら玲司は桜を立たせて、バーカウンターにもたれかけさせた。

すぐ隣の誰かがジャケットを差し出し、彼はそれを桜の肩にそっとかける。

「玲司、今夜は帰らないのか?」と誰かが茶化すように訊いた。

桜がとろんとした目で彼を見上げた。

玲司はその顎を優しく持ち上げて、甘く微笑んだ。

「まどかが一番気にしてるのは彼女の姉だし、俺なんか二の次三の次。今こんなに泣きそうになってる姉を、放っておけるわけないだろ」

そう言って彼は後ろに手を振った。

「小曽根(おぞね)、まどかにメッセージ送っといて。俺が酔って今日は帰れないって。明日のリハーサルはちゃんと迎えに行くってな」

そのとき、私のスマホが震えた。

画面には彼の秘書、小曽根からの連絡が表示されていた。

【綾瀬さん、九条様は酔ってしまい、今夜は別荘に滞在されます。ご無理なさらず、お早めにお休みください。明日のリハーサルにはきちんとお迎えに上がります】

私はその場に立ち尽くしていた。

思考がぐるぐると巡って止まらない。

私たちは両親を早くに亡くして、伯父の家に預けられた。

あの家で私は、ずっと弱かった。従兄にいじめられても反抗できなくて、叔母さんも見て見ぬふり。

そんなとき、守ってくれたのはいつもお姉ちゃんだった。

私が言い返せないとき、代わりに怒ってくれた。私が泣くと、拳を握って戦ってくれた。

勉強だけは私の方が得意だった。

高校最後の年、私は毎晩お姉ちゃんの横で復習に付き合って、問題を噛み砕いて説明してあげた。

「大丈夫、将来はきっと明るいよ」なんて根拠のない夢を語って、一緒にこの街の大学を目指した。

大学を卒業したばかりの頃、私は当時の彼氏に浮気されていることに気づいた。

そのとき、お姉ちゃんは何の躊躇もなくホテルに突撃して――その浮気カップルをボコボコにしてくれた。

あのときの彼女は、ほんとうに頼もしかった。

その後、私たちは一緒にワンルームを借りて暮らすようになった。

将来の夢はあっても、現実は不安だらけ。

毎晩、一緒のベッドに転がって、未来の話をした。

「成功しても、原点は忘れないようにしようね」

「そのときは、一番広い部屋はお姉ちゃんのね」

ずっと、彼女は私にとって一番大切な人だった。

家族って、無条件で信じられる存在だと思ってた。

だけど、本当は……家族の愛も、条件つきなのかもしれない。

それでも私は、彼女だけは永遠に私を裏切らないと信じてた。

……なのに。

まさか、自分の目で、その裏切りを見てしまうなんて。

あのとき、怒鳴ることも、問い詰めることもできなかった。

以前、浮気女をぶちのめしてくれたその人が――今度は私の婚約者の愛人だったなんて。

全部を信じてた。全力で信じてた。

なのに返ってきたのは、完璧に冷たい裏切りだった。

バーカウンターを離れて夜空を見上げたとき、月はやけに澄んでいて、空気は肌に刺さるほど冷たかった。

……ふと、玲司との出会いを思い出した。

あれは、私が25歳のとき。

宮北市で名の知られたジュエリーデザイナーになって、国際オークションの現場に出たときだった。

連日の徹夜作業で体力が限界を超えて、ステージの前で倒れかけたその瞬間――

玲司が私を支えてくれた。

タキシード姿の彼は、まるで映画の中から飛び出してきた王子様みたいで、

そのやわらかくて優しい目に見つめられた瞬間、私の鼓動が一気に跳ねた。

あとで聞いた。彼は「京市の御曹司」で、女遊びが派手で有名な人だった。

だから私は、なるべく距離を取ろうとした。

でも、彼はそのために、タバコも酒も夜遊びも全部やめた。

私を振り向かせるために、まる一年、誠実に努力し続けてくれた。

その年の年末年始、私はひとりで山奥の田舎にいる重病の祖母を見舞いに行った。

電波の届かない山間で連絡もつかなくて……

心配した彼は、真夜中に車を飛ばして、山道を越えて私を探しに来た。

大雪の中、うすいシャツ一枚で、村人に私の行方を必死で尋ねる彼の姿を見たとき、

――この人しかいないって、思った。

それから三年間、彼はいつも私に優しかった。

ジュエリー展で髪を整えてくれたり、記念日には必ずサプライズを用意してくれたり。

私の家族に会うときは、入念に準備してくれたし、どんな場でも私を誇らしげに紹介してくれた。
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