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第7話

Author: 冨貴
「お母さん、大丈夫。あと四日よ。四日さえ耐えれば、私たちはここを離れられるから」

屋敷の中の荷物は、もう全部片づけてあった。

南枝は、あの場所へは二度と戻るつもりはなかった。

残された数日を、ただ静美と静かに過ごしたい――それだけだった。

なのに、それを絶対に許さない人間がいる。

――ドンッドンッ!

ドアが乱暴に叩かれ、壁まで震えるような音が響く。

南枝がドアを開けると、そこに立ちはだかる屈強なボディガードたちの姿があった。顔から、さっと血の気が引いていく。

歯を食いしばり、警戒をあらわにして問いかけた。「……何の用?どういうつもり?私はもう、望みどおり出ていくって言ったでしょ。それでもまだ足りないわけ?」

先頭に立つ男が、無機質な口調で答える。

「社長がお呼びです。三輪さんの誕生日パーティーに、ぜひご出席いただきたいと。

お二人は同業で、以前は同じ事務所にもいらしたとか、三輪さんも、ぜひ来てほしいとおっしゃっていまして」

南枝は、思わず鼻で笑った。「……断ったら?」

男は、即座に手を振る。

数人のボディガードが部屋へ踏み込み、白髪混じりの静美を無理やり押さえつけた。

「社長のご指示です。もしあなたがお越しにならない場合は、お母様に来ていただくよう、とのことです」

その光景に、南枝の目は一瞬で潤んだ。

苦しげに声を絞り出す。「やめて……お母さんから手を離して。分かった、行く。行けばいいんでしょ」

招待、なんて生易しいものじゃなかった。これは、完全に連行だ。

南枝は、まるで犯人みたいに宴会場へと連れて行かれた。

入口に着いたその瞬間、人垣の中心でひときわ目を引く、糸緒と舟の姿が飛び込んでくる。

糸緒からは、かつての素朴で地味な面影なんて、もう微塵も感じられない。

洗練された化粧に、華やかなドレス。

舟にエスコートされながら、大物たちの間を、自信に満ちた足取りで渡り歩いている。

そして舟のふとした瞬間に彼女へ向ける視線。そこには、隠そうともしない愛情と優しさが溢れていた。

まるで、自分の手で大切に育てた花を眺める、みたいに。

その眼差しを、南枝はよく知っている。

かつて、彼が自分を一番愛していたあの頃――あの二年間、同じ目で自分を見ていた。

南枝は着の身着のままだった。

簡素な服のまま会場に入った彼女は、人混みのなかで痛いほど浮いている。

足を踏み入れた途端、嘲笑と陰口が絶え間なく耳に飛び込んできた。

そのとき、糸緒がドレスの裾を持ち上げながら、こちらへ近づいてくる。

「皆さん、そんな言い方はやめてください。黒沢先生とは、確かに以前、少しトラブルがありましたけど。でも、もう今は解決してますから。

それに、黒沢先生はもう雨宮社長と円満にお別れしましたし……雨宮社長も今、私のことをとても大切にしてくださってるんです」

甘くて、得意げな笑みが、その顔いっぱいに広がる。

南枝は思わず舟を見た。

けど彼は――「別れた」というその言葉に、何の反応も示さない。

その事実に、南枝はやはり胸がぎゅうっと締めつけられて、目が熱くなった。

適当にやり過ごして、さっさと立ち去るつもりだった。

なのに、糸緒はふいに声を潜め、二人にしか聞こえない音量で囁いたのだ。「黒沢さん、そんなに急いでどこ行くの?今日はあなたのために、特別な『サプライズ』を用意してあるのよ」

その、不気味な笑みに、南枝の胸に、いやな予感が胸を走る。

そして、次の瞬間。

耳を塞ぎたくなるような、不快極まりない音が、会場中に響き渡った。

巨大なスクリーンに映し出されたのは――

妹の蛍と、山田剛の、あの夜の映像だった。

その瞬間、南枝は全身から血の気が引き、体の芯まで凍りついた。

我に返った南枝は、弾かれたようにスクリーンへ駆け寄り、映像を止めようとした。

けど――ボディガードたちは、まるで最初から分かっていたみたいに、彼女の前に立ちはだかった。

周囲からの嘲笑とひそひそ声が、耳に突き刺さる。

頭が、締めつけられるように痛い。

「ねえ、あの女、どっかで見た顔じゃね?」

「似てるだろ、あの黒沢先生とかいう弁護士にさ」

「妹なんじゃないの?たしか、わいせつ被害にあったって話だったよな」

「マジで信じてたわけ?あの様子見ろよ、思いっきり楽しんでんじゃん。妹があれなら、姉だってロクなもんじゃないよな」

映像がほとんど終わりかけになってようやく、糸緒は急に我に返ったふりをして誰かに消すように言った。
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