Mag-log inガチャン 背後で扉が閉まった音に、女は振り返ると、 「つーさん、あの女に色目使ってたでしょ!」 頬を膨らませる女に、オネエは苦笑して、 「ヤキモチ?」 「ばかっ!」 女はオネエの胸を叩いた。 オネエはそんな女の手首を易々と掴む。 攻撃できなくなった女は、その胸に顔を埋めると、 「あたしが渡してる分だけじゃ足りない?」 「何よ急に?」 困ったように笑うオネエに、女は、 「あたしが渡してる分じゃ足りないから、あたし以外の女とも関係持って、その子たちからもお金もらってるんでしょ?知ってるんだからね」 オネエは自分を見上げる女のおでこに、そっとキスをした。 「はぐらかさないでよ!」 「ごめんごめん。けど、可愛いなって思っちゃって」 女は唇を噛んで、 「急に男になるのズルい…」 「男だもん」 鼓膜をくすぐる、低く心地よい声に、女は男の胸にぐりぐりと頭を擦り付けて、 「隣の女のこと、絶対好きになったりしないでね?」 オネエは吹き出した。 「急にどうした⁉︎」 「だってぇ!あいつ、顔は可愛かったじゃん」 男は女の頭を優しく撫でて、 「顔は可愛かったから、何?俺がお隣さんに惚れるんじゃないか、って。そういうこと?」 こくりと頷く女に、男は笑った。 それから、男は女を抱きしめると、 「不安にさせてごめんな。けど、お前だけなんだ。お前といる時だけ、俺は素の自分に戻れる」 女は潤んだ目で男を見上げた。 「本当?あたしが本命?」 女のその問いに答えるように、男は女の唇に優しくキスを落とした。 それから、女を安心させるように抱きしめて、 「ヤキモチ妬いてくれたとこ悪いけど、お隣さんって俺が唯一好きになれないタイプなんだよね。昔から苦手なんだ、あの人のこと…」 どこか遠い目でそう話す男だったが、ふと我に返ると、 「そういうわけで、俺はお前しか見てないってこと。どう?ちゃんと伝わった?」 男の腕の中、女は安心したように微笑むと、男の背中に手を回す。 そんな女の後頭部にそっと手を当てる男だったが、その手つきとは裏腹に、顔に浮かんだ表情は、どこか冷たさを帯びていたーー ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー オネエたちと別れた真子
あれ? いつまで待っても予想していた痛みが訪れないことに、真子はゆっくりと目を開けた。 と、その視界いっぱいに黒が広がる。 それが、黒いYシャツにう包まれた、広い背中だと知るまでに少し時間がかかった。 どうやら、真子を庇ってくれたらしい。 「怒るのも無理ないけど、だからって暴力はダメよ?」 真子は思わず男を見上げた。 スラリと伸びた長身。 黒いシャツ越しにもわかる、程よく鍛えられた身体。 きれいに刈り上げられた襟足とは対照的に、長めに残された、柔らかく揺れる黒髪は、なんとも触り心地が良さそうだった。 それにしても、さきほどの話し方からするに、この人は――。 オネエだ! 初めて会った! 何だろ、すごくいい匂いがする……! 不謹慎にも、真子が胸の内ではしゃいでいると、男に腕を掴まれた女が不満そうに口を尖らせた。 「けど! あたしだけこんな目に遭うなんて、納得いかない!」 「気持ちはわかるわ。でも、この子だってわざとじゃないし、ちゃんと謝ってたじゃない。ね?」 オネエが優しく諭す。 女はしばらく不満そうにしていたが、ふいに何かを思いついたのか唇の端を上げた。 「じゃあ、この後つーさんがたっくさん相手してくれるっていうのなら、この女のこと許してあげる」 オネエは呆れたように笑って、 「あんたも相変わらずねぇ」 「だって、つーさん全然捕まらないんだもん」 そう言って、女は男の腕に甘えるように身体を寄せた。 「今日はゆっくり付き合ってよ。ね?」 「はいはい。わかったわよ」 二人の間に流れる親密な空気に、真子は気を遣って目を逸らす。 ――可愛い子ちゃんを惑わすオネエ……なんて魅惑的! そんなことを考えていると、ふいに男がこちらを振り返った。 「あら、ごめんなさい。あなたのこと、すっかり忘れてたわ」 オネエが一歩退き、真子との距離を空ける。 真子は怪我をしていることも忘れ、慌てて首を振ると、 「あ、痛っ。」 激痛に顔をしかめた。 オネエは驚いたように、 「あらやだ。今のでどっか痛めちゃった?」 真子は、大丈夫というように笑ってみせると、 「違います、違います。これは別件で・・・それより、あの、庇ってくれてありがとうございました」
「真子、本当にウチ来ないの?一人で置いてくの心配なんだけどー」 真子が住むアパートの部屋の玄関先で、心配そうな顔で振り返った綾に、真子は笑顔で、 「大丈夫。会社に頼んで今週いっぱいは休みにしてもらえたの。だから、勝手がわかるこの家で、ゆっくり休んで身体を回復させようと思ってる。それより、平日だったのに退院手伝ってくれてありがとうね、綾」 「親友なんだからそれぐらい当然!そんなことで私に気を使うのはなし!でも、こんなに急いで退院する必要あったの?もう少し病院でゆっくりしてても良かったんじゃない?」 このやり取りは前世にもあった。 綾の言う通り、入院していられるのならそれに越したことはない。 だが、金銭的にも環境的にも、今の真子にとっては退院するよりほかなかった。 というのも、あの病院は、富裕層やVIPを多く受け入れているだけあって、入院費も決して安くはない。 最新の医療を受けられるのはありがたいが、一般病棟の大部屋でさえ一泊三万円。 今の真子にとって、それを払い続ける余裕はなかった。 それに、今生では前世とは違うことが、すでにいくつか起こっている。 それが良い事なのか悪い事なのかは、今はまだわからないーー ただ、迷った時に指針となる考えが、今の彼女にはあった。 ーー何よりも、自分自身を大事にすること。 あの子たちが言っていたことだ。 あの病院には今、彼が何よりも大事にしている女性が入院している。 昨晩のようなことが、また起こらないとも限らない。 そうなれば、今度こそ自分だけでは済まないだろう。 厄災からは一刻も早く離れるに限るのだ。 真子はにこりと笑ってみせると、 「ううん、この選択が私にとってのベストだから。心配してくれてありがとう、綾。本当にありがとう」 そう言って、綾をぎゅっと抱きしめた。 前世では、門脇家に言われるがままに、綾に何も告げることなくこの地を離れ、明希と叶多を産んだ。 こんなにも自分を大事にしてくれる人に対して、なんていう仕打ちをしてしまったのだろう。 真子はずっと、そのことを悔やんでいた。 大切な人を悲しませないことも、きっと自分自身を大事にすることにつながる。 だから今度こそ、綾には不義理をしない。 それも、真子が今生で決めたことのひと
「清川様でしたら、朝早くに退院され既にお会計も済ませられましたよ?」 冷たい雰囲気ながらも見惚れるほどの良い男を前に、会計窓口の女は頬を蒸気させながら答えた。 女の言葉に司は思わず目を見開く。 金に困っているだろうから、入院費ぐらいこちらで持ってやるかと思っていたのに、当の本人は昨日の今日で既に退院したというのだ。 司はすぐさま眉間にしわを寄せると、 「医者が退院の許可を出したというのか?」 司の鋭い視線に、女はピリっと緊張が走ったように身を固くした。 「確かに医師が退院の許可を出しました。しかし、それはあくまで清川様ご本人が今日退院することを強く望まれたからであって、医師が退院を勧めたわけではありません」 「酷い怪我を負っていたと聞いたが?」 確かに。 車椅子から降り、付き添いの女性に支えられながら歩く彼女は、一歩踏み出す毎に痛みが走るのか、苦痛に顔を歪めていた。 その姿は実に痛々しかった。 だが、患者が退院を強く望んでいたのは本当のことで、目の前の怒りを孕んだ男に、こちらに非がないことを伝えつつも、彼女のあの状態を何と言って説明したら良いものかと、女は考えあぐねる。 すると、 「司?嬉しい、来てくれてたのね!」 突如現れた超絶美人に、受付の女は目を見張った。 同じ人間とは思えないほど、目の前の女性の造形は文句のつけようがないほど整っている。 美女はツカツカと、颯爽としたモデル歩きで近づいてくると、男性の隣に並び、その腕に自身の腕を絡ませた。 あまりにお似合いな二人の姿に、受付の女は、ほうっと息を吐き出した。 「何の話をしていたの?」 上目遣いに見つめられ、さりげなく身体を寄せられた司は、途端にバツの悪いような顔をして、 「大したことじゃないよ。それより、体調はどう?」 彩花はにこりと微笑むと、 「ゆっくり休めたおかげでだいぶ良くなったわ。誰かさんの献身的な看病のおかげね?ありがとう」 小悪魔みたいに、魅惑的な笑顔を浮かべる彩花から視線を逸らして、 「それなら良かった・・・それで、今日退院できそう?それとも、大事をとってもう何日か入院したほうがいいかな?」 心配症な司に、彩花はくすっと笑うと、 「もう大丈夫よ。だから、今日退院するわ。それより、どうして司が会計
何を企んでいるのだろう、と訝しむように顔を見合わせる真子と綾に、医師は気まずそうに咳払いをすると、 「では、我々もこれでお暇いたしますが、ご友人の方はこの後の手続きのことをお忘れなく」 綾にギロリと睨まれた医師たちは、そそくさと部屋を後にした。 二人きりになった病室では、綾が真子に手を貸してベッドへと寝かせる。 「ごめんね、真子。あたしのせいでー」 だが、真子は綾の言葉を遮ると、 「元はと言えば私のせいだよ、綾。綾たちは巻き込まれただけ。私の友達って理由だけで、とばっちりを受けさせてしまって本当にごめんなさい」 自分にまで頭を下げる真子に、綾は慌てて止めさせると、 「やめてったら!本当に怒るよ!」 「にしても、門脇の奴、気味悪いくらいにあっさり引き下がっちゃってさ。何企んでるんだろうね・・・」 心配そうに眉尻を下げる綾に、真子も同じように不安を募らせる。 東条家への融資が切られなかったことはありがたい。 だが、代わりに一体、どんな条件を出されるのだろうか。 とはいえ、自分で「何でもする」と言い出した手前、どんな条件を突きつけられようとも、甘んじて受け入れるよりほかない。 それにしても。 過去にはこんなことは起きなかったはずである。 真子が彩花に頭を下げて済んだはずのことが、今回はそれだけでは済まされなかった。 真子は司たちが出て行ったドアを、何事かを思案するような目で見つめたのだったー ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 廊下を連れ立って歩く司と彩花だったが、そんな彼の顔はいつになく険しかった。 先程、自身の足に真子が縋りついた際、ずり落ちた袖の隙間から紫色のアザが見えてしまった。 あまりに生々しいその怪我の痕跡に、司の胸は何かがつっかえたかのように居心地が悪くなった。 さらに、そんな状態でも自分を盾に友人を守ろうとする真子の姿を、司はそれ以上見ることができなかったのであった。 (見えていなかっただけで、東条の言う通り。本当に全身にひどい怪我を負っていたのかもしれない。それなのに俺はー) そこで、司はちらりと横にいる彩花に目をやる。 たった数時間前まで、あれほど動かすことができないと訴えていたはずの彼女が、今はこうして何の支障もなく自分の隣を歩いている姿に、
司はそこで一度目を閉じると、次に、刺すほどの鋭い視線を綾に向けて、 「どうやら無能なやつというものは、相当痛い目に遭わなければ学ばないらしいな」 司はおもむろにスーツの内側からスマホを取り出すと、どこかに電話を掛けた。 嫌な予感に、真子の表情が険しくなる。 電話が繋がると、司は綾を冷めた目で見下ろしながら、 「ああ、俺だ。早急に対応してもらいたいことがある。東条工場への融資だが、即刻打ち切ってくれ」 「なっー」 綾の顔がみるみる青ざめていく。 綾が家族で経営する東条製糸工場は、養蚕が盛んだった明治時代から続く老舗で、長年培ってきた技術力は他の製糸工場の追随を許さないほどであった。 しかし、どれほど高い技術力をもってしても、押し寄せる時代の波には抗えなかった。 全盛期には百人近くいた従業員も、今となっては綾たちの家族だけになり、それに合わせて工場の規模も大幅に縮小した。 一時は会社を畳もうかとまで考えたらしいが、そこに救いの手を差し伸べたのが、商社として世界にも多数の取引先を有する門脇家が経営する〈Kadowaki Trading Corporation〉なのであった。 綾が真子の友人だと知った司の父親は、東条製糸工場の経営危機を知るや否や、すぐさま融資を決めてくれた。 さらには、海外の高級アパレルブランドや靴メーカーとの取引も仲介し、東条家の作った生糸を海外へ卸す道筋まで整えてくれたのであった。 元より技術力の高い東条家が作り出す生糸の品質は海外でも高く評価され、傾いていた経営も次第に安定し、再び上向きへと転じていったのである。 だがー そんな矢先、真子の家族が起こした"あるコト"のせいで、真子への見せしめとしてまたしても東条家の経営は危機へと晒される。 その後、司が父親の仕事を引き継いでからは、東条家は門脇家からもらえる微々たる融資だけで何とか持ち堪えていたわけで、それを切られるとなると、東条家に待ち構えている未来など言うまでもなかった。 「門脇社長、綾は私を心配する余り言葉選びを間違えただけなんです。どうか、東条家への融資は切らないでください。お願いします」 真子は身体の痛みも忘れて、必死に司へと謝罪した。 耳元にスマホを充てたまま、真子を見下ろしている司の瞳が揺れる。 だが、司はぐっ