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この男、毒花の如く
この男、毒花の如く
Author: 霜晨月

第1話

Author: 霜晨月
last update Last Updated: 2025-08-16 05:34:43

月は闇に沈み、風の嘯く夜。古びたる森の奥深く、夜鳥の寒々しい声が木霊する。

目の前には、ぽっかりと口を開けた土の穴。その底には、頭をかち割られ、血に塗れたまま蒼白な顔で横たわる男の骸があった。

周歓しゅうかんは鉄の鋤を固く握りしめ、息を切らしながら、一心不乱に土をかけていく。

穴の底の男が、不意にその瞼をこじ開けるのではないか――おぞましい想像に駆られながらも、周歓は敢えてその闇を覗き込もうとはしなかった。

「俺がおまえを殺そうとしたんじゃねえ!先に手を出したのはそっちだろうが!」

額の汗を拭い、荒い息を吐き出す。人を殺めるつもりなど毛頭なかった。無学で怠け者ではあったが、それでも十八年の人生、お上の法と世間の習わしを守って生きてきた、しがない庶民だったのだ。

つい六時辰(※一日を十二に分けた古代中国の時刻単位)前までは、洛陽の街をぶらついていただけだったというのに。まさか夜更けに、このような森の奥で人殺しの罪を犯し、死体を埋める羽目になろうとは、夢にも思わなかった。

すべての事の起こりは、六時辰前に遡る。

周歓は洛陽で生まれ育った、生粋の洛陽人である。化粧品や香辛料の行商で、その僅かな稼ぎでどうにか家族を養っていた。

その日もまた、これといって当てもなく街をぶらついていると、一人の老人に呼び止められた。

深い皺を刻んだ老人は、周歓をじろじろと品定めするように見つめ、「ほう、これはなかなかの伊達男ではないか」と感嘆の声を漏らした。

老人は周歓を引き留めて矢継ぎ早に質問し、彼が洛陽の出身で、家柄も清く、定まった仕事もなく普段はぶらぶらしていることを知ると、不気味ににやりと笑い、こう言った。

「わしは、とある名家を知っておってな。近ごろ不運が続いているらしい。巫女に占わせたところ、若く健やかな男子を家に招き、厄払いの儀式を執り行う必要があるそうじゃ。礼はたんまりと弾むそうじゃが、もしよければ、わしと共に来てはくれまいか?」

「礼はたんまりと弾む」――その言葉に、元来、金に目のない周歓の心は踊った。後先も考えず、その場で承諾してしまったのである。

しかし、金に目が眩んだ代償がどれほど恐ろしいものか、この時の彼には知る由もなかった。

老人に連れられて路地に入ると、そこには一台の輿が待っていた。

その輿には窓もなく、四方は隙間なく塞がれ、さながら密閉された大きな箱であった。ただ天辺に親指ほどの穴が一つ開いており、そこから一筋の光が差し込むばかり。

「人をまるで荷物扱いじゃないか……近頃の名家というのは、何を考えているんだ?」

いささか不快感を覚えながらも、疑問を胸にしまい込み、周歓は輿へと乗り込んだ。どれほど揺られただろうか。しばらく運ばれた頃、輿は不意に静止した。

目的地に着いたかと安堵して輿から降りると、目に飛び込んできたのは、見慣れぬ路地と、衣類の詰め込まれた大きな葛籠――その脇には、屈強な衛兵が二人、石像のように佇んでいた。

「ここは……どこだ?」

問いかける周歓に、老人は含みのある口調で答えた。

「もう少しの辛抱でございますよ、周さん」

「えっ、なに……おい!?」

周歓が何か言う間もなく、左右の衛兵に両脇を固められ、為す術もなく葛籠の中へと押し込まれた。

ただならぬ事態にようやく気づき、籠から顔を出して抗議の声を上げようとした、その刹那。上からぐいと頭を押さえつけられ、頭上から、老人の静かな声が降ってきた。

「お静かに。もう間もなくにございます」

周歓は心の中で毒づいた。これほど奇怪なもてなしがあったものか。客人を迎える作法とは到底思えない。

だが、もはや賊の船に乗ってしまったも同然、運を天に任せるほかない。今の周歓はまな板の上の鯉であり、なされるがまま、衣類の山に身を潜めるしかなかった。

やがて、茶を一杯飲むほどの時間が過ぎ、うつらうつらとし始めた頃、籠の揺れが、ふと止まった。

「もうよろしいですよ、周さん」

ようやく許しを得て、周歓は大きな安堵の息を吐きながら、衣類の山から這い出した。

葛籠から出た瞬間、目の前の光景に思わず息を呑んだ。そこは、広々として壮麗な屋敷の一室であった。青磁や玉器をはじめ、周歓が目にしたことも聞いたこともないような骨董の品々が、所狭しと並べられている。

しばらくして、老人が数名の下男を伴って現れた。

「周さん、まずは湯浴みをして、お着替えを」

周歓は呆気に取られて口を開けた。

「湯浴み?着替えまで?そんな必要が……」

しかし老人は周歓の言葉を遮るように、静かに、しかし有無を言わせぬ口調で促した。

「間もなく儀式が始まりますので。さあ、どうぞ」

下男たちは黙したまま、周歓を奥の部屋へと誘った。屏風の陰には湯気の立ち上る湯船があり、その表面には色とりどりの花びらが浮かんでいる。部屋の片隅の香炉からは一筋の青い煙が立ち上り、えもいわれぬ芳香が室内に満ちていた。

周歓が指一本動かすまでもなく、下男たちは手際よく彼の衣を剥ぎ、湯船へと導くと、丁寧にその体を洗い、髪を梳いてくれた。

これほどまで丁重なもてなしを受けるのは、周歓の生涯で初めてのことであった。道中の不快感や疑念は、たちまち霧散してしまう。

天国とは、かくも心地よいものか――周歓はうっとりと、甘美な夢のただ中にいるかのような心地であった。

しかし、その甘美な夢があまりにも早く終焉を迎えることを、周歓はまだ知らなかった。

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