LOGIN第2話
下男たちに手伝われ、沐浴を済ませた周歓は、薄紗のごとき軽やかな羽衣をまとい、隣室の寝台へと案内された。
「悪霊払いの儀式ではなかったのか?なぜ俺を寝台へ?」
寝台の傍らに腰を下ろした周歓は、戸惑いながら下男たちに問いかけた。
だが下男たちは答えるでもなく、顔を見合わせるばかり。その視線に、周歓は得体の知れぬ恐怖と憐憫の色が浮かんでいるのを見て取った。
誰一人として答えようとしない。周歓は募る不安を抱えながら、寝台の傍らで待つほかなかった。
夜も更けた頃、微かな足音が聞こえた。燭台の灯りが、窓の外に佇む人影を黒々と映し出す。その影はしばし躊躇うように部屋の前を行き来していたが、やがて扉が軋む音と共に押し開かれ、室内へと素早く滑り込んできたかと思うと、慌ただしく背後で扉を閉ざした。
目を凝らせば、室内へ入ってきたのは鵞鳥色の錦衣を纏い、髪を高く結い上げた痩身の青年であった。青年は扉に額を押し付け、周歓に背を向けたまましばし黙していたが、ふと、こちらを振り返った。
周歓は息を呑み、その得体の知れない男とまともに視線を合わせた。
揺れる燭台の灯りを頼りに、男の相貌をしかと捉えることができた。
秀麗な眉に切れ長の目、唇は朱を点したように赤く、肌は玉のごとく白い。年は二十路を越えたばかりか、まさしく容姿端麗の貴公子であった。
部屋に入るなり、男は周歓をただじっと見つめている。その気詰まりな沈黙に耐えかねた周歓は、口を開いた。
「そなたは、何者だ?」
「知るには及ばぬ」
男は無愛想に言い放つと、意を決したようにすっくと胸を張り、周歓へと歩み寄った。
有無を言わせぬその様に、周歓の胸に不吉な予感がよぎる。心臓が早鐘を打ち、思わず身を引いた。
「ま、待て、何をする気だ!こちらへ来るな!聞いているのか!」
男は周歓の制止も聞かず寝台に這い上がると、その手首を掴み、乱暴に寝台へ押し倒した。
「今より、
「り、臨幸だと!?」
周歓は衝撃に言葉を失った。
だが、それよりも遥かに大きな問題があった。
「待て。今、何と申した?……朕だと!?」
男は一瞬虚を突かれたようだったが、すぐさま憤怒に顔を歪め、声を震わせた。
「こ、この無礼者!貴様が口にしてよい言葉ではないぞ!」
「やはり、そうか」
男の反応で、周歓はすべてを悟った。
蕭晗は怒りに顔をこわばらせ、その色白で上品な顔立ちは耳朶まで赤く染まった。
「だ、黙らぬか!今、そなたを臨幸しているのは朕であるぞ。貴様、その不遜な態度は何だ!」
「臨幸だと?笑わせるな。俺は悪霊払いの若者を探していると聞き、報酬目当てで来たまでだ。誰ぞと夜を共にするつもりなど毛頭ないわ!これを詐欺と言わずして何と言う!一国の皇帝が、恥知らずにも詐欺師に成り下がるとはな!」
「き、貴様……たかが庶民の分際で、よくも……」
周歓の大胆不遜は蕭晗の予想を遥かに超えていたらしい。しばし恐怖と混乱に打ち震え、その顔色は赤くなったり青くなったりと、目まぐるしく変わった。
この短いやり取りで、周歓は己の置かれた状況を大まかに把握した。どうやら目先の報酬に目がくらみ、何者かに攫われて宮中へ連れて来られ、挙句の果てに皇帝の寝台に放り込まれたらしい。
一国の皇帝ともあろう者が、何故このような卑劣な手を使ってまで、人目を忍んで自分を宮中に連れ込んだのか、理由は皆目見当もつかないが、己が貞操の危機に瀕していることだけは確かだった。
とはいえ、危機を前にしてなお落ち着き払っている自分に比べ、目の前の皇帝は叱責されただけで言葉もままならない有様だ。見かけ倒しに違いない。恐れるに足らぬ。
事を終えたとき、果たして貞操を散らすのはどちらになるか、まだ分かったものではない。
そう思うと、周歓はかえって腹が据わった。落ち着き払った様子で蕭晗を見据える。
「ではお伺いしますが、陛下は如何なさるおつもりで?」
周歓のあまりの余裕綽々ぶりに面食らったのか、蕭晗は気まずげに視線を逸らし、「……目を、閉じよ。そなたのその目つき、気に食わぬ」と低い声で命じた。
気に食わぬとはどういう意味かと問い返したい気持ちを抑え、周歓はわざと語尾を伸ばし、戯れるように「御意」と答えると、素直に目を閉じた。
瞼を閉ざした途端、すぐ耳元で聞こえる呼吸の音が、やけに鮮明になった。顔にかかる熱い吐息。目を開けずとも、相手の緊張が肌を通して伝わってくる。
ごくり、と喉が鳴る音が聞こえ、ためらいがちな手がそっと頬に触れた。
それは力仕事などしたことのない、しなやかな手だった。その繊細で柔らかな指先は、まるで磁石のように肌に吸い付き、頬から首筋、鎖骨へと滑っていく。やがて薄衣の合わせ目から探るように差し入れられると、逞しい胸板をなぞり、その中心にある柔らかい突起を慈しむように撫でた。
不覚にも、周歓の胸が高鳴り始める。身体を撫でる手つきは明らかにためらいがちだ。だが、その恥じらいの奥に、長く抑圧されてきたであろう興奮の色が滲んでおり、それがかえって周歓の情欲を煽った。
不意に、柔らかく湿った感触が胸に落ちた。巧みな舌先が乳首に絡みつき、まるで蜜を吸うかのように啄む。その度に、周歓の唇からは甘い吐息が漏れた。
そっと目を開ければ、蕭晗が我を忘れて己の胸に顔を埋め、恍惚の表情で乳首を舐めあげているのが見えた。この角度から見ると、長く反った睫毛が小刻みに震えており、それが何とも愛らしく映る。
これほど愛らしい生き物が、この国の頂点に立つ人間だとは、誰が想像できようか。ああ、これが夢ならば、誰か一発殴って、この淫らな夢から覚ましてくれ!
周歓のそんな気持ちなど露知らず、蕭晗は我を忘れてその乳首をしゃぶりながら、自らの股間へと手を伸ばし、昂りを慰め始めた。
「俺の乳首、そんなに美味いか?もう一刻近くになるが、まだ足りぬのか?」(※刻:古代中国における時間の単位。一刻は約十五分。一時辰=八刻)
「黙って!」
顔を上げた蕭晗の目尻が赤く染まっているのを見て、周歓はけらけらと嘲笑った。
「ずいぶんと長いこと弄んでおったではないか。もしや陛下は、
「な、何を戯言を!」
蕭晗が恥辱と怒りに言葉を続けようとするも、それを言い終えるより早く、不意に下半身を握り締められた。周歓が、臆面もなく手を伸ばし、蕭晗の猛りを掴んだのだ。
「なっ……!」
唐突に分身を握られ、蕭晗は短く息を呑む。羞恥と怒りに顔を染め、唇を噛み締めながら、震える声で言い放った。
「何をする!?早く、その手を放せ!」
周歓は、お世辞にも立派とは言えぬそれを手の中で弄び、しげしげと眺めた。
「ほう、これが
「放せと言っているだろう!」
蕭晗は涙声で罵った。
「離さぬと言ったら、どうする?」
言うが早いか、周歓は跳ね鯉のように身を起こすと、瞬く間に二人の体勢は逆転した。今までなされるがままであったのが嘘のように、今や蕭晗を組み敷き、その両脚の間に己の体を割り込ませて、無理矢理に開かせようとしている。
「貴様……どうするつもりだ!?」
己の貞操の危機を悟ったのか、蕭晗は周歓の下で必死にもがき、手足を宙に浮かせ虚しく暴れた。
「風に吹かれれば飛んでいきそうな細い体で、まだ俺を押さえつけようというか」
周歓は口元を歪めて不遜な笑みを浮かべると、すっと手を伸ばし、蕭晗の白く柔らかな頬を軽く叩いた。
「もう諦めよ。俺が陛下に教えてやろう……本当の
第2話下男たちに手伝われ、沐浴を済ませた周歓は、薄紗のごとき軽やかな羽衣をまとい、隣室の寝台へと案内された。「悪霊払いの儀式ではなかったのか?なぜ俺を寝台へ?」寝台の傍らに腰を下ろした周歓は、戸惑いながら下男たちに問いかけた。だが下男たちは答えるでもなく、顔を見合わせるばかり。その視線に、周歓は得体の知れぬ恐怖と憐憫の色が浮かんでいるのを見て取った。誰一人として答えようとしない。周歓は募る不安を抱えながら、寝台の傍らで待つほかなかった。夜も更けた頃、微かな足音が聞こえた。燭台の灯りが、窓の外に佇む人影を黒々と映し出す。その影はしばし躊躇うように部屋の前を行き来していたが、やがて扉が軋む音と共に押し開かれ、室内へと素早く滑り込んできたかと思うと、慌ただしく背後で扉を閉ざした。目を凝らせば、室内へ入ってきたのは鵞鳥色の錦衣を纏い、髪を高く結い上げた痩身の青年であった。青年は扉に額を押し付け、周歓に背を向けたまましばし黙していたが、ふと、こちらを振り返った。周歓は息を呑み、その得体の知れない男とまともに視線を合わせた。揺れる燭台の灯りを頼りに、男の相貌をしかと捉えることができた。秀麗な眉に切れ長の目、唇は朱を点したように赤く、肌は玉のごとく白い。年は二十路を越えたばかりか、まさしく容姿端麗の貴公子であった。部屋に入るなり、男は周歓をただじっと見つめている。その気詰まりな沈黙に耐えかねた周歓は、口を開いた。「そなたは、何者だ?」「知るには及ばぬ」男は無愛想に言い放つと、意を決したようにすっくと胸を張り、周歓へと歩み寄った。有無を言わせぬその様に、周歓の胸に不吉な予感がよぎる。心臓が早鐘を打ち、思わず身を引いた。「ま、待て、何をする気だ!こちらへ来るな!聞いているのか!」男は周歓の制止も聞かず寝台に這い上がると、その手首を掴み、乱暴に寝台へ押し倒した。「今より、朕がそなたを臨幸する」(※臨幸は、皇帝が特定の妃の元を訪れるという意味でも使われることがあります。この意味で使う場合は、より婉曲的な表現を用いることもあります)「り、臨幸だと!?」周歓は衝撃に言葉を失った。だが、それよりも遥かに大きな問題があった。「待て。今、何と申した?……朕だと!?」男は一瞬虚を突かれたようだったが、すぐさま憤怒に顔を歪め、声を
月は闇に沈み、風の嘯く夜。古びたる森の奥深く、夜鳥の寒々しい声が木霊する。目の前には、ぽっかりと口を開けた土の穴。その底には、頭をかち割られ、血に塗れたまま蒼白な顔で横たわる男の骸があった。周歓は鉄の鋤を固く握りしめ、息を切らしながら、一心不乱に土をかけていく。穴の底の男が、不意にその瞼をこじ開けるのではないか――おぞましい想像に駆られながらも、周歓は敢えてその闇を覗き込もうとはしなかった。「俺がおまえを殺そうとしたんじゃねえ!先に手を出したのはそっちだろうが!」額の汗を拭い、荒い息を吐き出す。人を殺めるつもりなど毛頭なかった。無学で怠け者ではあったが、それでも十八年の人生、お上の法と世間の習わしを守って生きてきた、しがない庶民だったのだ。つい六時辰(※一日を十二に分けた古代中国の時刻単位)前までは、洛陽の街をぶらついていただけだったというのに。まさか夜更けに、このような森の奥で人殺しの罪を犯し、死体を埋める羽目になろうとは、夢にも思わなかった。すべての事の起こりは、六時辰前に遡る。周歓は洛陽で生まれ育った、生粋の洛陽人である。化粧品や香辛料の行商で、その僅かな稼ぎでどうにか家族を養っていた。その日もまた、これといって当てもなく街をぶらついていると、一人の老人に呼び止められた。深い皺を刻んだ老人は、周歓をじろじろと品定めするように見つめ、「ほう、これはなかなかの伊達男ではないか」と感嘆の声を漏らした。老人は周歓を引き留めて矢継ぎ早に質問し、彼が洛陽の出身で、家柄も清く、定まった仕事もなく普段はぶらぶらしていることを知ると、不気味ににやりと笑い、こう言った。「わしは、とある名家を知っておってな。近ごろ不運が続いているらしい。巫女に占わせたところ、若く健やかな男子を家に招き、厄払いの儀式を執り行う必要があるそうじゃ。礼はたんまりと弾むそうじゃが、もしよければ、わしと共に来てはくれまいか?」「礼はたんまりと弾む」――その言葉に、元来、金に目のない周歓の心は踊った。後先も考えず、その場で承諾してしまったのである。しかし、金に目が眩んだ代償がどれほど恐ろしいものか、この時の彼には知る由もなかった。老人に連れられて路地に入ると、そこには一台の輿が待っていた。その輿には窓もなく、四方は隙間なく塞がれ、さながら密閉された大きな箱であ