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第6話

Author: 豹ちゃん
翌日、真希は会社を休んだ。

そして、一人でお寺へ向かった。

帝都近郊には、「霊験あらたか」と評判の空昭寺がある。

この数年、真希は何度もこのお寺を訪れ、仏前で長い時間祈り続けた。

江茉が極楽浄土へと旅立てるように――

万尋が平穏無事でいられるように――

だが、もう二度とここへ来るわけがないかもしれない。

今回、真希は空昭寺の菩提樹の下に跪いた。

昔から、心からの誠意を示せば、お寺の貴重な宝を授かることができると言われているからだ。

日が暮れると、突然雪が降り始めた。

冷たい風が容赦なく吹きつけ、真希の体を芯から凍えさせた。

すると、全身が激しく痛み、寒さにもかかわらず、額には細かい汗が滲んだ。

体が止めどなく震え、ついに「ぷっ」と、口から血を吐いた。

それでも、真希は立ち上がらなかった。

そのまま一昼夜、動かずに跪き続けた。

夜が明けるころ、僧侶が境内を巡回していると、半分雪に埋もれた真希の姿を見つけた。

近づくと、白い雪の上に鮮やかな血の跡が広がっていた。

僧侶は静かに尋ねた。

「大丈夫ですか?お嬢さん、そこまで誠心誠意を尽くして、一体何をお求めですか?」

真希は青ざめた顔で、ふらつきながら立ち上がり、手を合わせて深く礼をした。

「長生の蝋燭と……厄除お守りをいただきたいのです」

長生の蝋燭は、亡き者の位牌の前で灯せば、その魂が来世で安らぎを得られると言われるもの。

真希は願いを叶えてもらうと、震える体を引きずりながら、そのまま会社へ向かった。

これが、去る前に彼らに残せる、唯一のものだった。

万尋が自分の贈り物を受け取るはずがないことは、真希にも分かっていた。

だから、昼休みの誰もいない時間を見計らい、そっと長生の蝋燭を万尋のデスクの上に置いた。

厄除お守りは、後日、彼の車の中に忍ばせるつもりだった。

会社を出たあとも、真希はすぐには立ち去らなかった。

万尋がこの蝋燭を持ち帰るのか、どうしても確かめたかった。

そして、午後六時半。

万尋が会社を出てきた。

その手には、長生の蝋燭の袋があった。

真希の胸が高鳴った。

しかし、次の瞬間、彼は無造作にその袋をそばにいた朋也へ渡し、ある方向を指差した。

そこは、ゴミ捨て場だった。

真希の顔色が変わった。

捨てるつもりなのか?

慌てて朋也のあとを追った。

彼がゴミ捨て場に向かうのを見て、胸が締め付けられた。

「やめて!」

真希は思わず駆け出し、朋也が袋を捨てる寸前に、それを奪い取った。

しかし、中を開けると、空っぽだった。

何が起こったのか理解できずにいると――

「やっぱり」

冷たい声が背後から響いた。

真希はびっくりして振り返った。

――万尋。

彼の手には、まだ捨てられていない長生の蝋燭が握られていた。

朋也が気を利かせてその場を離れると、万尋はゆっくりと彼女に歩み寄り、低く冷たい声で言った。

「江茉への償いのつもりか?」

真希の唇がかすかに震えた。

「ただ……最後に、江ちゃんに贈りたかっただけ」

万尋の目が鋭く細められる。

そして、次の瞬間――

無言で、長生の蝋燭を真っ二つに折った。

「やめて!!」

真希は慌てて飛びかかった。

だが、すでに折れた蝋燭は、万尋の手からこぼれ、無情にもゴミの山へと放られた。

その拍子に、真希のポケットから何かが落ちた。

万尋は無意識にそれを拾い上げた。

厄除けのお守りだった。

真希の心が、ぎゅっと強張った。

万尋はしばらくそれを見つめたあと、それからふっと冷たく嗤った。

「毎日『罪を償う』なんて言いながら……結局、自分のために厄除お守りを買ったのか?」

彼の声には、冷ややかな嘲笑が滲んでいた。

「変わらないな、お前。死ぬのが怖くて仕方ないんだろ?」

真希は言葉を失い、ただ万尋を見つめることしかできなかった。

彼は何のためらいもなく、厄除お守りを指先で弾き飛ばした。

それは、水溜まりの中へと落ちた。

「『無地に生きる』だと?笑わせるな」

彼の声は、冷たく、そして残酷だった。

「一生苦しみ続けろ」

それだけ言い残すと、万尋は踵を返し、その場を去った。

真希は呆然と立ち尽くした。

彼女の足元では、泥にまみれた厄除お守りが静かに横たわっていた。

そして、ゴミの山の上には、折れた長生の蝋燭が冷たい風に晒されていた。

――やっとの思いで手に入れたものが、すべて無意味に終わった。

まるで彼女の人生そのもののように、最後には、何一つとして、手の中に残らなかった。
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