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入籍待ち5年、彼には別の妻がいた

入籍待ち5年、彼には別の妻がいた

By:  炎々上Completed
Language: Japanese
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秋の連休中、私、相原悦美(あいはら えつみ)は、夫の相原翔也(あいはら しょうや)が私に隠れて海外で別の女と結婚式を挙げていたことを知った。 動画の中で翔也の隣に立っていた花嫁は、私の親友、高崎萌花(たかさき もえか)。フラワーボーイを務めていたのは、萌花の甥だと信じて私が何年も育ててきた高崎佑人(たかさき ゆうと)だった。 その佑人が、萌花を「ママ」、翔也を「パパ」と呼んでいた。 三人の後ろで満面の笑みを浮かべ、ひときわ大きな拍手を送っていたのは、翔也の母と私の両親だった。 ただの連休旅行だという話も、佑人が萌花の甥だという話も、全部嘘だったのだとようやく気づいた。 私は二人の結婚式の動画をテレビで繰り返し流し続けた。そして三日目、翔也たちが帰ってきた。 萌花はテレビを見るなり、慌てて翔也の腕をつかみ、私に説明し始めた。 「怒らないでよ。結婚しに行ったんじゃなくて、離婚しに行ったんだから。 佑人が私たちの子なのは本当。でも、悦美が気にすると思って、黙ってたの」 翔也に至っては、もっとひどかった。 「何年も前の海外出張で、ちょっと遊んだだけだって。籍を入れたのも冗談半分だったし、もう離婚したんだからいいだろ。何をそんなに騒いでんだよ」 どうりで、あの頃の翔也はプロポーズもしてくれたし、披露宴まで開いてくれた。子どもを作るつもりだと言っていたのに、妊活も入籍も何かと理由をつけて先延ばしにしていたわけだ。 私とは籍を入れようともしなかったくせに、別の女とはとっくに正式な夫婦になっていたのだ。 壁に飾られた翔也とのウェディングフォトに目をやり、私は目を伏せた。 「別に騒いでないよ。ただ、もう翔也とはやっていけない」

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Chapter 1

第1話

大きな声を出したわけでもないのに、翔也の母がやってきた。

テレビをちらりと見ると、不機嫌そうにソファに腰を下ろした。

「もういいでしょ。こっちは旅行から帰ったばかりで、飛行機でくたくたなのよ。あんたの顔色までうかがってられないわ」

翔也の母は手にしていた冷蔵庫用のマグネットをまとめてこちらに放り、顎をしゃくった。

「ほら、お土産。いい加減にしなさいよ。あの二人はもう離婚したんだから、今さら騒いだって仕方ないでしょ」

さらに壁に飾られたウェディングフォトを指さし、苛立った様子で続けた。

「男にだって過去くらいあるでしょ。今はあんたの旦那なんだから、ちゃんと尽くしなさいよ。昔の女にいつまでも焼きもち焼いて、馬鹿じゃないの?」

両親も荷物を置くと、翔也の母の後ろに立った。

二人とも何も言わず、ただ責めるような目で私を見ていた。胸の奥が少しずつ冷えていった。

「お父さんもお母さんも、どうして今まで隠してたの?私、実の娘なのに……」

「だって、うちの生活を支えてくれてるのは翔也さんじゃない!」

母はすかさず言い返すと、今にも指を突きつけそうな勢いで私に詰め寄ってきた。

「あの二人は留学中ずっと一緒にいたのよ。好きになったっておかしくないでしょ?むしろ、後から割って入ったのはあなたのほうじゃない。萌花ちゃんはあなたに文句一つ言わず、結婚式では笑顔でブライズメイドまで務めてくれたのよ。それなのに、どうしてあなたが被害者みたいな顔してるのよ!」

父もお茶を一口すすり、口を開いた。

「翔也君はお前との結婚が決まったとき、ちゃんと俺たちに話してくれたぞ。前に海外で結婚して、息子もいるってな。その埋め合わせに、俺たちに家を買ってくれたんだ」

胸の奥に何かがつかえたようで、息が詰まるほど苦しかった。

家を一軒買ってもらっただけで、両親は口をつぐみ、すっかり翔也の味方になっていたのだ。

何も知らず、馬鹿みたいに目の前の人たちを信じ、感謝して、何も惜しまず尽くしてきた。両親はそんな私を、ずっと黙って見ていたというのか。

その場から一歩も動けないまま、私は必死に涙をこらえ、顔を上げて尋ねた。

「家を買ってもらっただけで、私のことなんてどうでもよくなったの?二人の関係を知ってたのに、私に佑人を育てさせてたんでしょ?そんなに萌花のほうが大事なの?」

母は怒りをこらえながら言った。

「そんな言い方しないで。もう離婚したんだから、こんなことで揉めないでちょうだい。

それに、萌花ちゃんはあなたの親友でしょ?翔也さんを譲ってくれたんだから、もういいじゃない。これ以上どうしろっていうの?」

母の言葉に、思わずぞくりと身震いした。

「こんなことって……翔也と萌花は結婚してて、子どもまでいるんだよ?それをずっと私に隠して、萌花と佑人をうちにまで連れてきてたんだよ!」

部屋の隅にいた萌花が、目を赤くして私に近づいてきた。抱きしめようとしたが、私が身を引くと、うつむいて弱々しい声で言った。

「悦美、ごめんね。私が悪かった。今すぐ佑人を連れて出ていくし、もう二度と顔を見せないから、翔也と幸せに暮らしてね。翔也は悦美のこと、ちゃんと愛してるんだから……」

萌花は涙を拭うと、佑人を抱き上げ、私に頭を下げようとした。すると、それまで黙っていた翔也が萌花の腰を抱き寄せ、かばうように前に出た。

私を見る目は、ひどく冷たかった。

「もう離婚したって言ってるだろ!これ以上萌花を責めて、何かあったらどうするんだよ!」

翔也の姿を見て安心したのか、佑人はその足にしがみつき、泣き出した。

「パパ!悦美お姉ちゃんがママをいじめるの!ひどいよ……」

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第1話
大きな声を出したわけでもないのに、翔也の母がやってきた。テレビをちらりと見ると、不機嫌そうにソファに腰を下ろした。「もういいでしょ。こっちは旅行から帰ったばかりで、飛行機でくたくたなのよ。あんたの顔色までうかがってられないわ」翔也の母は手にしていた冷蔵庫用のマグネットをまとめてこちらに放り、顎をしゃくった。「ほら、お土産。いい加減にしなさいよ。あの二人はもう離婚したんだから、今さら騒いだって仕方ないでしょ」さらに壁に飾られたウェディングフォトを指さし、苛立った様子で続けた。「男にだって過去くらいあるでしょ。今はあんたの旦那なんだから、ちゃんと尽くしなさいよ。昔の女にいつまでも焼きもち焼いて、馬鹿じゃないの?」両親も荷物を置くと、翔也の母の後ろに立った。二人とも何も言わず、ただ責めるような目で私を見ていた。胸の奥が少しずつ冷えていった。「お父さんもお母さんも、どうして今まで隠してたの?私、実の娘なのに……」「だって、うちの生活を支えてくれてるのは翔也さんじゃない!」母はすかさず言い返すと、今にも指を突きつけそうな勢いで私に詰め寄ってきた。「あの二人は留学中ずっと一緒にいたのよ。好きになったっておかしくないでしょ?むしろ、後から割って入ったのはあなたのほうじゃない。萌花ちゃんはあなたに文句一つ言わず、結婚式では笑顔でブライズメイドまで務めてくれたのよ。それなのに、どうしてあなたが被害者みたいな顔してるのよ!」父もお茶を一口すすり、口を開いた。「翔也君はお前との結婚が決まったとき、ちゃんと俺たちに話してくれたぞ。前に海外で結婚して、息子もいるってな。その埋め合わせに、俺たちに家を買ってくれたんだ」胸の奥に何かがつかえたようで、息が詰まるほど苦しかった。家を一軒買ってもらっただけで、両親は口をつぐみ、すっかり翔也の味方になっていたのだ。何も知らず、馬鹿みたいに目の前の人たちを信じ、感謝して、何も惜しまず尽くしてきた。両親はそんな私を、ずっと黙って見ていたというのか。その場から一歩も動けないまま、私は必死に涙をこらえ、顔を上げて尋ねた。「家を買ってもらっただけで、私のことなんてどうでもよくなったの?二人の関係を知ってたのに、私に佑人を育てさせてたんでしょ?そんなに萌花のほうが大事なの?」母は怒りを
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第2話
佑人の幼い声がリビングに響いた。翔也の母が心配そうに佑人を抱こうとしたが、翔也が止めた。翔也は片腕で佑人を抱き上げ、もう片方で涙に濡れた萌花を抱き寄せると、私に心底失望したような目を向けた。「一人で子どもを育てるのがどれだけ大変かわかるか?萌花は親もいなくて、お前を頼ってきたんだぞ。こんな些細なことで、そこまでいじめるのかよ」胸の痛みすら、もう感じなかった。思わず、かすれた笑いが漏れた。「私が萌花をいじめた?……よくそんなこと言えるね。翔也、私と付き合ってる間に萌花と海外で籍を入れて、子どもまで作ったのは翔也でしょ?話す機会はいくらでもあったのに、5年も私に嘘をついてたじゃない。この5年間、仕事が忙しいって妊活も入籍も先延ばしにしてたくせに、佑人が自分の息子だってことを隠してうちに連れてきた。みんな本当のことを知ってたんでしょ?私にだけ隠して、ずっと騙してたんじゃない!」翔也は顔をこわばらせ、私をにらんだ。「だから何だよ。いくら騒いだって、佑人が俺の息子なのは変わらないだろ」だが、私の目に浮かんだ涙に気づくと、翔也は一瞬目を見開き、少しだけ声を和らげた。「もうこの話は終わりにしてくれよ。今週末には籍を入れるからさ」そう言うと、翔也は佑人を母親に預けた。私の母もそばへ寄り、佑人に飴をあげながらあやした。「ほら、もう泣かないでね」父はお茶を注ぎ足し、うんざりしたように言った。「もうやめろ。聞いてるだけで頭が痛くなる」萌花はまだうつむいたまま、すすり泣いていた。翔也は萌花のそばに行くと、袖口で涙を拭ってやり、優しく声をかけた。「大丈夫。俺がついてるから」私はまるで、その場に放り出されたぼろ雑巾のようだった。誰も私には目もくれず、慰めの言葉ひとつかけてくれなかった。手のひらにちくりと痛みが走った。顔を上げると、佑人と目が合った。すると佑人はいきなりテーブルの上のコップをつかみ、私に投げつけてきた。「パパ!悦美お姉ちゃんににらまれた!怖いよ……」水がまぶたを伝って頬を流れ落ちた。顔を上げると、翔也がものすごい剣幕で私をにらんでいた。「悦美!相手は子どもだぞ!文句があるなら俺に言えよ!」両親も翔也の母も、私が何かしでかすとでも思っているのか、そろってにらんできた。もうどうしよ
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第3話
続いて、生活費の口座からも、お金がすべて引き出された。残高がゼロになっているのを見て、首を絞められたように息が詰まった。どれくらい時間が経ったのかもわからない。洗面所のドアが開き、翔也の母が私を見るなり顔をしかめた。「いつまでそんな顔してるの?さっさと出てってよ。見てるこっちまで気分が悪くなるわ」私はリビングに戻った。みんな、何事もなかったようにくつろいでいた。萌花は佑人にご飯を食べさせ、翔也は隣で牛乳を注いでいた。テレビでは子ども向けのアニメが流れていた。母はテレビをちらちら見ながら佑人の相手をし、父は眼鏡をかけてスマホを眺めていた。ソファに集まったあの人たちのほうが、私よりもずっと本当の家族らしく見えた。私が近づくと、さっきまでの笑い声がぴたりと止まった。「翔也、なんでこの家が萌花の名義になってるの?生活費の口座まで空っぽになってるし、どういうこと?」翔也は顔も上げず、冷たく答えた。「お前が謝らないから、俺がこうして萌花に埋め合わせしたんだよ。それと、これから家計は母さんに任せる。余計なものに金を使うのも控えてもらうからな」私は拳を握りしめた。「余計なものって、何?」翔也はようやく私を見た。「お前が買ってる小説とかさ。あと、コピーライターの仕事も俺が断っといたから」しかも、翔也は笑いながらそう言った。「私の仕事なのに、なんで勝手に断るの!?」信じられなかった。涙がにじみ、翔也がまるで別人のように思えた。翔也は鼻で笑うと、牛乳のグラスを置いて立ち上がった。「母さんたちももう年だし、佑人だってまだ小さいだろ。お前は家にいて、みんなの面倒を見ればいいんだよ」翔也は当たり前のように言い、さらに続けた。「それに萌花は胃が弱くて、外食だと調子が悪くなるんだ。これからはお前が昼飯を作って、会社まで届けてやれよ」あまりのことに、私は何も言えなかった。父まで、横から口を挟んだ。「家にいればいいじゃないか。わざわざ外で働かなくても、ちょっと家事をするだけで楽に暮らせるんだぞ」母はエプロンを壁に掛けると、私の腕を引いて少し離れたところで言った。「翔也さんがこんなに気遣ってくれてるのに、何が不満なの?どうせ働いたって大して稼げないんだし、家でみんなの世話をしてたほうがいい
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第4話
午後8時半。広告代理店から電話がかかってきた。出ようとした瞬間、翔也にスマホを取り上げられた。「これからは家のことをやれって言っただろ」そう言って、勝手に電源を切った。顔を上げると、翔也と目が合った。さっきまで怒っていたのに、今はどこか嬉しそうに笑っていた。私が黙っていると、翔也は私の腰に両腕を回し、声を和らげた。「母さんたちもいるし、佑人だってまだ小さいだろ。それに妊婦もいるんだ。お前が家にいないと心配なんだよ」「……どういうこと?」翔也は私の頬にかかった髪を耳にかけると、さらに嬉しそうに笑った。「萌花に、2人目ができたんだ」私はしばらく翔也を見つめ、ようやく声を絞り出した。「……萌花とは、もう終わったんじゃなかったの?」翔也の笑顔がわずかにこわばり、気まずそうに目をそらした。いつの間にか部屋に入ってきていた萌花が、慌てて口を開いた。「離婚した日の夜、翔也と2人で飲みすぎちゃって……」ドアの外にいた翔也の母まで口を挟んだ。「若いんだから、そういうこともあるでしょ」廊下からは、母が父に話す声が聞こえてきた。「産後ケアの資格、取っておいてよかったわ。やっと役に立つわね」私は何度も拳を握っては開いた。よほど顔色が悪かったのか、萌花が近づいてきて私の手を取った。いつもの甘い笑顔で、優しく言った。「悦美、安心して。私、翔也を取るつもりはないから。子どもが2人もいるんだから、私がその気になれば、翔也の奥さんになるのは私に決まってるでしょ?だから、もう騒がないでね。2人目が生まれるまではちゃんと私の世話をして。そうしたら翔也に頼んで、お小遣いも増やしてあげるから」私が何も言い返さずにいると、翔也は満足そうに笑い、部屋を出る前に私の肩をぽんと叩いた。「最初からそうやっておとなしくしてればよかったんだよ。あ、そうだ。あの葉酸のサプリ、もう飲まなくていいぞ」「……え?」すぐには意味がわからず、私は思わず翔也を見た。翔也は気まずそうに目をそらし、萌花の手を引いた。「あれ、葉酸じゃないんだ。避妊用のピルだよ」吐き気がこみ上げた。胃の奥がえぐられるように痛んだ。廊下にいた両親は、私にはひと言も声をかけず、部屋から出てきた萌花に笑顔を向けた。「萌花ちゃん、本当にしっかり
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第5話
翔也は中絶手術の予約票を握りしめ、悦美に電話をかけようとスマホを取り出した。そこへ萌花が入ってきて、翔也のスマホを取り上げた。そして翔也が握っている予約票をちらりと見て、小さくため息をついた。「悦美、私の妊娠がそんなに嫌だったんだね……。翔也を困らせるために、偽物の予約票まで用意するなんて」萌花は翔也を見上げた。「ねえ、翔也。私たちにはもう佑人がいるし、それで十分だよね。今回の妊娠だって予定外だったし……やっぱり、この子は諦めようか?」翔也は慌てて萌花の肩を抱いた。「何言ってるんだよ。佑人を産むとき、お前を一人にしたこと、今でも後悔してるんだ。今まで散々苦労かけてきたのに、これ以上つらい思いはさせたくない。堕ろすなんて言わないでくれよ。悦美だって今はカッとなってるだけだ。そのうち落ち着けば、わかってくれるさ」萌花は何も言わずに翔也を見つめ、目に涙を浮かべた。翔也は萌花を抱き寄せ、背中を優しくなでた。「大丈夫。俺がついてるから」そう言うと、手にしていた予約票をドアのそばのゴミ箱に放り込んだ。萌花からスマホを受け取っても、悦美には電話せず、そのまま画面を消してポケットにしまった。二人が部屋を出るとき、萌花がそっと尋ねた。「悦美、ホテルに泊まってるのかもしれないね。迎えに行かなくていいの?」翔也が部屋を振り返って迷っていると、リビングにいた翔也の母がリモコンをテーブルに放り出した。「迎えになんか行かなくていいわよ!ホテルに泊まりたいなら、好きにさせておけばいいの。少しは頭を冷やしたほうがいいわ。まったく、何かあるたびに騒ぐんだから!」母まで口を挟んだ。「そうよ、翔也さん。今までみたいに甘やかしちゃだめ。あの子にも少しは反省してもらわないと」結局、翔也は悦美を迎えに行かなかった。そのうち萌花が、翔也のスマホを借りていった。「佑人にアニメを見せるから」悦美がいなくても、家では何も変わらなかった。誰も悦美の帰りを待たず、いつもの時間に明かりを消して寝た。父が一度だけ悦美に電話をかけようとしたが、母がすぐにスマホを取り上げた。「まったく、悦美は本当にわかってないわね。みんな働かずに楽に暮らしたいと思ってるのに、わざわざくだらない文章を書こうだなんて。せっかく何不自由なく暮らせる
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第6話
病院で目が覚めたのは、翌日のことだった。ベッドのそばには、大学時代のルームメイトで親友の柴田優(しばた ゆう)がいた。優は私の手をぎゅっと握り、心配そうにため息をついた。「悦美、大丈夫だよ。私がいるから」私はお腹に目を落とし、力なく笑った。「うん、平気。あんな男と縁が切れただけだし、何も怖くないよ」優はくすっと笑い、ベッド脇にあった水の入ったコップを差し出しながら、何か秘密を打ち明けるように顔を寄せてきた。「ねえ、さっき誰を見かけたと思う?」私は水をひと口飲んでから聞き返した。「誰?」優は顔をしかめた。「翔也。佑人くんを検査室に連れていくところを見たんだよ。もしかして、本当に自分の子かどうか調べてるんじゃない?」そう言うと、優は何か思いついたように、いたずらっぽく笑った。「萌花って、どうも信用できないんだよね。佑人くんだって、本当に翔也の子かどうかわからないし……」そのとき、廊下から女性の叫び声が聞こえてきた。病室の廊下側の窓を開けて顔を向けると、思いがけない光景が目に入った。あれほど萌花をかわいがっていた翔也の母が、その髪をつかんで怒鳴っていたのだ。「この恥知らず!翔也がどれだけあんたを大事にしてきたと思ってるの!ほかの男との子を翔也の子だなんて、よくも騙してくれたわね!ただじゃ済まさないわよ!」翔也の母は怒鳴りながら、萌花の頭を何度も壁に打ちつけていた。痛みに耐えきれなくなった萌花は、手を振り回して抵抗した。いつものおとなしい様子はすっかり消え、翔也の母に怒鳴り返した。「私がいつ騙したっていうのよ!佑人は翔也の子よ!全部悦美が仕組んだことじゃない!自分に子どもができないからって、佑人が翔也の子じゃないなんて言いがかりつけてるのよ!」翔也の母は呆れたように鼻で笑い、萌花の頬を何度も叩いて床に突き飛ばした。「まだ悦美のせいにする気!今回の検査は、あの子には内緒でやったのよ!佑人が翔也の子じゃなかったんだから、お腹の子だって怪しいもんだわ!」佑人は突然の騒ぎに驚き、しばらく動けずにいた。今朝まで優しかった翔也とその母が急に態度を変え、何が起きたのかわからなかったのだろう。それでも萌花が叩かれるのを見ると、翔也の母に飛びつき、その手首に思いきりかみついた。
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第7話
私は慌ててドアから離れようとしたが、もう遅かった。翔也は萌花には目もくれず、私のほうへ駆けてきた。優はすかさず病室のドアに鍵をかけた。「悦美!開けてくれ!そこにいるんだろ!」翔也はドアを何度も叩いた。「頼む、開けてくれよ。ちゃんと話そう。家に戻ってきてくれないか?子どもは産んでほしいんだ。籍もすぐ入れる。約束するから……」私は何も言わず、サインした中絶手術の書類をドアの下の隙間から廊下へ滑らせた。ドアを叩く音がぴたりとやんだ。しばらく沈黙が続いたあと、翔也の声がした。「……悦美、嘘だろ……もう堕ろしたのか?なんで俺に相談してくれなかったんだよ……俺の子でもあったのに……」優は私をベッドに寝かせると、怒りに任せてドアを思いきり蹴った。「翔也!でたらめ言わないで!悦美は手術の予約票をベッド脇に置いていったでしょ!ちゃんと見たの?昨日の夜から悦美がいなくなってたのに、捜しもしない、電話もメッセージも一度もしない!それで今さら父親面?ふざけないで!悦美と付き合って結婚式まで挙げながら、裏では萌花と海外で籍を入れてたんでしょ?最低の浮気男!そのあげく自分が浮気されて、子どもまで2人とも別の男の子だったなんて!自業自得だよ!」それきり、翔也は何も言わなくなった。そっと窓から廊下をのぞくと、翔也はドアにもたれ、ずるずると崩れ落ちるように膝をついていた。通りかかる人たちが、膝をついた翔也を不思議そうに見ていた。少し先では、萌花と翔也の母がまだ怒鳴り合っていた。「ママ!」佑人の泣き叫ぶ声も聞こえてきた。最後は翔也の母が気を失って倒れ、ようやく騒ぎが収まった。翔也が病室の前からいなくなるのを待って、優が退院の手続きをしてくれた。病院を出ると、私たちはそのままタクシーで空港へ向かった。「大学の頃から付き合って、卒業してからも5年でしょ?あいつの家族の面倒まで見てきたのに、何もなしで終わりなんて納得いかないよ!せめて慰謝料くらい請求してよ!」優は自分のことのように怒っていた。私はその手をそっと握り、笑った。「大丈夫。このまま終わらせるつもりはないよ。そう遠くないうちに、報いを受けるから」「えっ、どういうこと?何かしたの?」優が興味津々で身を乗り出した。私は笑うだけで、
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第8話
翔也が手を伸ばしてきた瞬間、私は思わず後ずさった。翔也は伸ばした手を途中で止め、目を真っ赤にして言った。「悦美……俺が悪かった。なあ、そんなに避けないでくれよ……」あれほど偉そうにしていた翔也が、今はすっかり見る影もなくなっていた。それでも諦めきれないのか、もう一度私に手を伸ばしてきた。「もう一度だけ……頼む、もう一度だけチャンスをくれ……」私は翔也の後ろに並んでいる人たちを指さした。「すみません。本をお求めでないなら、次の方に順番を譲っていただけますか?」翔也は呆然と私を見つめたまま、何も言わなかった。私は翔也を脇に押しのけ、次の人が差し出した本にサインをした。その夜、家に帰ると翔也から電話がかかってきた。どうやって調べたのか、新しい番号まで知られていたらしい。電話に出ずにいると、今度はLINEで長いメッセージが届いた。何度も謝って、もう一度許してほしいと繰り返していた。私の両親が今も翔也の家に住んでいることまで書いてあった。私は返事もせず、そのまま削除した。それでも翌日、翌々日と電話は続き、あまりのしつこさに、とうとう出ることにした。「悦美……一度だけでいいから、会って話せないかな。少しだけでいいんだ……」少し迷ったけれど、最後に一度だけ会って、きっぱり話をつけることにした。待ち合わせは、今住んでいるマンションの1階にあるカフェにした。約束の時間にやってきた翔也は、サイン会の日と同じスーツを着ていた。前よりずいぶん痩せて、顎には剃り残したひげがあり、シャツの襟元もよれていた。あんなに身だしなみに気を使っていたのに、すっかりくたびれた様子だった。翔也は私の前にカフェラテを置いた。「悦美、これ好きだったよな」私はカップに手をつけず、そのまま押し返した。「今はもう好きじゃないの」翔也は私を見つめ、目を赤くした。「……前は好きだっただろ?」「うん。でも、好みって変わるから」翔也は何か言いたげに黙っていたが、しばらくして口を開いた。「……俺、もう萌花とは何の関係もないんだ。鑑定の結果も出た。佑人もお腹の子も、俺の子じゃなかった。ずっと騙されてたんだよ……」翔也は目を赤くして、私を見つめた。「悦美、本当に悪かった。今さらこんなこと言っても遅いかもしれないけ
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