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第17話

Author: 福まみれ
騒ぎを聞きつけて、由紀が顔をこわばらせて出てきた。

「翔太、私……」

翔太は立ち上がり、歯を食いしばって由紀を鋭く睨みつけた。

「由紀、俺はお前のことを妹のように思って、何かと世話をしてきた。お前のために、最愛の人と離婚までしたんだ。それなのに、どうしてこんなことができる?」

目は真っ赤に充血していた。

由紀は怯えてしどろもどろになる。

「翔太、違うの、あなたの思っているようなことじゃ……」

そう言って、彼の手を取ろうとしたが、翔太は力強くその手を振り払った。

由紀は叫び声をあげて、床に倒れ込んだ。

以前なら、こうして倒れた由紀を、翔太は真っ先に心配しただろう。

だが今は、由紀がこのか弱い女の仮面で自分をどれほど欺いてきたか、それしか頭になかった。

翔太は憎しみを込めて言い放つ。

「さっき自分で認めたくせに、今になって言い逃れする気か?また俺を騙すつもりか?」

――最初に、由紀が志保に送った挑発的なメッセージを見たとき、本当は彼女の嘘や悪意に気づくべきだったのに。

なぜ自分は、ここまで欺かれてきたのか――後悔ばかりが胸を満たす。

その様子に、心美は怖くなって泣き出した。

「おじさん、ママを怒らないで……ううう」

「うるさい!お前も母親と同じで、嘘つきで下劣だ!全部お前たち親子のせいで、俺の家族は滅茶苦茶になったんだ!」

かつては心美を溺愛していた翔太だが、いまは激しい憎しみしか残っていなかった。

心美は怯えて何も言えなくなった。

由紀も慌てて翔太に縋りつく。

「私、たしかに前に嘘をついたこともある。でも、翔太、あなたを愛していただけなの」

だが、翔太は冷たく彼女の手を振り払う。

「俺が愛してるのは志保だけだ。

お前は俺の家庭を壊し、息子を危険に晒した。お前にはその報いを受ける覚悟が必要だ!」

あの時、危機の中で自分が守ったのは加害者で、息子を見捨ててしまった――その後悔が今も胸を締めつけて離れない。

翔太は目を赤くして、警察に電話をかけようとした。

由紀は恐怖のあまり、その場に崩れ落ちて泣きながら訴える。

「やめて、翔太!

……覚えてる?私のお父さんがあなたを川から救い上げたとき、死ぬ間際に『この子を頼む』って言ったのよ。あの約束を忘れたの?」

その言葉に翔太は一瞬ためらった。

彼の脳裏には、血まみれの陽
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