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第3話

Penulis: 福まみれ
パリーン――

志保の手から、トロフィーが床に落ちて粉々になった。

陽向はまだ五歳なのに、ピアノが大好きだった。とくに江口隼人(えぐち はやと)の演奏に胸をときめかせていた。

江口は気難しいことで有名で、めったに生徒を取らない。

志保は彼の奥さんに近づくため、手作りのお菓子を贈ったり、一緒に買い物に付き合ったり、美容院にも付き合ったり……

この二年間、あらゆる努力を重ねてきた。

やっとの思いで江口に心を開かせ、生徒の枠を一つもらうことができたのだ。

前世、志保がなかなか離婚に応じなかったせいで、由紀は長いこと「不倫相手」と責められ続けた。

結局、翔太は陽向のために取っておいた生徒枠を、由紀の娘――心美に譲ってしまった。「由紀への償い」と言って。

でも、この人生では迷わず離婚に応じたはずなのに――

どうして、また同じことを繰り返されるのだろう?

志保の胸は、鉛のように重たく沈んだ。

彼女はしゃがみ込んで、陽向の涙をそっと拭ってやると、スマホを手に取り、翔太に電話をかけた。

……しかし、何度かけても出ない。

その間に、由紀のSNSが更新される。

【うちの可愛い心美が、江口先生の唯一の生徒になりました!】

【心美の才能と努力が、ついに認められた瞬間――本当に嬉しい!】

そこには、心美と江口が一緒に写った写真が添えられている。

コメント欄は賞賛の声で埋め尽くされていた。

【心美ちゃん、ほんとすごい!ママに似て美人で優秀!】

【江口先生が生徒を取るなんて、この子よっぽど天才なんでしょうね】

【羨ましい……由紀さんだからこそ、こんなに素敵な娘さんが生まれるのでしょうね!】

写真の中の心美が笑っている分だけ、陽向は涙で目を腫らしていた。

志保は胸に苦しさを抱えたまま、陽向の手を取って歩き出す。

……そして、江口家の前まで来たところで、翔太に行く手を阻まれた。

翔太は眉間にしわを寄せて、二人を睨みつける。

「やっぱり来たな。どうせまた騒ぎを起こす気だろ?」

陽向は必死で首を振る。

「ぼく、騒いだりなんかしてない。これは、もともとぼくのだったんだよ」

翔太は膝をつき、陽向の頭を軽く撫でた。

「でもな、心美も江口先生が大好きなんだ。だから、今度は彼女に譲ってあげられないか?」

「いやだ、ぼくも江口先生が大好きなんだ!」

陽向が必死に訴えた瞬間、翔太の顔色が一変する。

彼は立ち上がり、上から見下ろして言った。

「いい加減にしろ。お前はお兄さんだろ?心美は年下なんだから、譲るのが当然だ。たかがレッスン枠一つで争うなんて、お前は母親に何を教わったんだ?」

陽向には、なぜパパが自分の大事なものを取り上げておいて、なおかつ叱るのかが分からない。

その場に立ち尽くし、涙がぽろぽろとこぼれる。

そんな陽向を見て、志保は胸が張り裂けそうだった。

前の人生では、強く抗議しても、レッスン枠は取り戻せなかった。

だから今回は、どんなに怒りが込み上げても、冷静に気持ちを抑えることにした。

「翔太、私、この二年間、本当に必死で陽向のために頑張ってきた。このレッスンだけは、どうか陽向に返してあげて。お願いだから」

こんなふうに彼に頭を下げるのは、初めてだった。

翔太は一瞬ためらったものの、「もう心美に約束しちゃったからな」と言って顔を曇らせる。

「でも、ただ譲るんじゃない。陽向には大好きなレゴを用意してあるから、それで我慢してくれ」

――その瞬間、志保はようやく気づいた。

どれだけ努力しても、結局この人は、何度だって私たち親子から大切なものを奪い取って、あの親子に与えるのだと。

心の底から絶望したとき、人はもう何も言えなくなるものだ。

志保は翔太を避けるようにして、江口家のドアに向かった。

この家の奥さんとは親しくしてきたのだ。自分の口から事情を話せば、まだ陽向にチャンスがあるかもしれない――そう思って。

だが、玄関にたどり着く前に、翔太に無理やり抱きかかえられて、車に押し込まれてしまう。

「翔太、お願い、放して……こんなことしないで!」

志保は崩れ落ちるように泣き叫んだ。

「殴るなり怒るなり、好きにしていい。何か埋め合わせもできる。でも、今日は心美の大事な日なんだ。お前には絶対、邪魔はさせない」

翔太も、志保と陽向には悪いと思っていた。

けれど、心美にその枠を渡すしかなかった。

あの時、由紀の告白を受け入れずに志保と一緒になる道を選んだのだから、せめて別のかたちで恩返しをしなければと思っていた。二度と、由紀に涙は流させたくなかった。

志保がどれだけ抵抗しても、結局翔太には敵わなかった。

ようやく解放されたとき、お披露目の会はすっかり終わっていた。

車を降り、志保は江口家の奥さんを見つけ、必死に事情を説明する。

奥さんは申し訳なさそうに頭を下げる。

「ごめんなさい、志保さん。もうお披露目の会は終わってしまったし、今さら誰にも事情を説明できないわ。今はもう、みんな心美ちゃんがうちの生徒だって知ってるの。今から生徒を替えたら、さすがに誰の顔も立たないの」

それを聞いて、志保は全身から力が抜けた。

どれだけ悔しくても、もうどうしようもなかった。

奥さんも、もうこれ以上はどうにもできない――

それだけが伝わってきた。

奥さんは短く頭を下げて帰っていった。

すると、由紀が心美を連れて、落ち込む志保の前に現れた。

「志保さん、おかげさまで心美に素敵な先生がつきました。昔あなたがネットに私が不倫女ってデマを流した件、もう水に流すことにします」

その横で、翔太は優しい声で言う。

「ありがとう。志保も、もう少し由紀みたいに大らかになれれば、俺も嬉しいんだけど」

二人の言葉を聞きながら、志保の胸は怒りで焼けつきそうだった。

「でも翔太、あのデマは私じゃないから!」
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