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第13話

Auteur: 金色の沈黙
部屋の中では、翠がゆったりとした椅子に座り、音楽を聴いてくつろいでいた。

ノックの音に、思わず「どちら様?」と尋ねた。

「石田です」

翠は内心喜びながらも、竜也のやつれた表情、沈んだ様子に気づいた。

「石田先生、どうぞお入りください。あの女の件で、また何か美味しい話でも?」

竜也はその言葉に胸を刺された。

「彼女の名前は理恵で、かつてはあなたの息子さんの戸籍上の妻でもあったんでしょう」

翠は舌打ちをした。

「あの女は、うちの息子と結婚した時にはすでに妊娠しておりましたよ。息子に恥をかかせたばかりか、その子供を育てさせようとしたのですよ。1000万円であの女を済ませたのは安いものです!」

竜也は重要な点に気づいた。

「彼女から1000万円を受け取ったから、訴えを取り下げたのですか?」

翠は内心、まずいと思った。

「もしかして、あの女は……死んだのですか?この前、私に会いに来て、1000万円を受け取ってくださいと言ってきたんですが……」

竜也の胸は激しく波打ち、「他に何か言っていなかったんですか?!」と尋ねた。

竜也の恐ろしい形相に、翠は一歩後ずさりし、椅子に腰を下ろした。

「他に?もうすぐ死ぬ、娘を許してくれなければ一銭も払わない、とだけですが。本当に死んだのですか?」

竜也の目は充血し、声も震えていた。

「なぜ教えてくれなかったんですか?そのせいで、彼女を死に追いやったんです!」

彼はぼうぜんとした様子で、独りごちた。

それでもなお、「彼女と娘は山本家で、生活費をもらっていたのですか?」と尋ねずにはいられなかった。

理恵のアパートの大家の言葉を思い出す。理恵は妊娠中からずっと一人でアパート暮らしをしていた。山本家の人間と暮らしていたはずがない。

翠の視線が泳いだ。

「もらっていたに決まっているでしょう。息子の稼ぎは全部彼女に渡していました!」

「そうですか?裁判資料には、息子さんの闘病生活が事細かに書かれています。結婚後、彼の病状は悪化し、治療費がかさんだと書いてあります。そんなに深刻な状態なのに、仕事ができたのですか?

おそらく、理恵に一銭も渡さず、彼女の貯金で生活していたんでしょう。すべてを知っていながら、息子さんの死後、理恵の優しさにつけ込み、彼女を訴えたんですね。

そして、彼女の命綱となるお金をすべて巻き上げ
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