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その後、蓮は何度か訪ねてきて、そのたびに違う物を持ってきた。ある時は、芽依が前に何気なく口にした限定版の口紅。ある時は、芽依が見に行きたいと言っていたミュージカルのチケット。または、彼が昔芽依に書いたラブレターをコピーして、アパートの掲示板に貼り出した。ジェニーが走って戻ってきて教えてくれた時、爆笑していた。「メイ、あんたの元カレ、ちょっとおかしいんじゃない?」私も少し笑った。それから、私は掲示板に貼られた紙を剥がして、ゴミ箱に捨てた。4週目になると、蓮は姿を見せなくなった。帰国したらしい。茉優が空港まで迎えに行った。飛行機を降りて茉優の姿を見た彼が、そのまま踵を返して立ち去った。これらの話は、全部結菜が教えてくれた。結菜は数日おきに音声メッセージを何通か私に送ってきて、国内の噂話を聞かせてくれて、最後にはいつも一言付け加えた。「芽依、絶対に情に流されないでよね」私は返した。「わかってる」さらに1ヶ月が過ぎた。実験室で作業をしていると、スマホにニュースの通知が表示された。地元のニュースで、国内のとある大学の学術スキャンダルだった。開いてみると、茉優が所属していた研究室の話だった。そこにはデータ改ざんと書かれていて、蓮の名前も載っていた。蓮が茉優のために手伝った実験データに、大規模な改ざんが見つかったという。大学は正式に通達を出し、二人とも停職の上、調査を受けることになった。私はスマホを置いて、実験を続けた。手にしたピペットは安定していて、液体が一滴ずつビーカーに落ちていった。その夜、アパートに戻ると、ジェニーに誘われてキムチ鍋を食べに行った。赤いスープがぐつぐつと煮え立ち、湯気が立ち上っていた。ジェニーは、最近何かいいことでもあったのかと聞いてきた。機嫌が良さそうに見えると。私は少し考えた。「別に」私はモツを一切れ箸で取った。「ただ、今日の月がすごく丸いなって思っただけ」彼女は不思議そうに私を見た。私は笑って、それ以上は説明しなかった。キムチ鍋を食べ終えてアパートまで歩いて帰る途中、私は空を見上げた。月は確かに丸かった。風は少し冷たかったけれど、頬に当たると気持ちよかった。私はポケットに手を入れた。ポケットの中には、新しい研
上着のジッパーは閉じられておらず、風にあおられて膨らんでいた。蓮は顔を上げて、こちらを見ていた。私がどの階にいるのか、蓮には分からないはずだ。それでも、ただそこに立っていた。私はカーテンを閉じた。「蓮」私は言った。「帰って」「芽依――」「私たち、別れたの」「いつ?」彼の声が焦っていた。「俺は同意してない」私は小さく笑った。「蓮の同意なんて要らない」電話の向こうが静かになった。私は机に戻って座り、スマホを肩と耳の間に挟んだまま、文字を打ち続けた。「蓮、メッセージ送ったよ」「何のメッセージだよ」「別れようって」「届いてない!」「届いたかどうかなんて、どうでもいい」私は手を止めて、少し考えた。「大事なのは、私がもう蓮と一緒にいたくないってこと」彼は長い間、黙り込んだ。電話が切れたのかと思うくらい長く。それから、低い声が聞こえた。「芽依、俺が悪かったのは分かってる。お前が一番好きな、あの店のモンブランを買ってきた。ちょっとだけ、出てきてくれないか?」私は画面の論文を見つめた。カーソルは句点の後ろで止まっている。ふと、少し可笑しくなった。モンブラン。私が一番好きなのがモンブランだって、覚えているね。だが、茉優にマンゴーケーキを買ったことも、覚えている。2つの記憶が、同じ男の脳内に並列して存在しているなんて。気味が悪いくらい、平然としているのね。「蓮」私は言った。「帰って」「帰らない」「なら、ずっと立ってれば」私は電話を切った。スマホを裏返しにして机に伏せ、論文の続きを書いた。3行書いて、また手を止めた。窓の外の街灯はまだ点いていたが、もう窓の外は見なかった。翌朝、授業に出るために家を出ると、玄関の前の地面に箱が1つ置かれていた。モンブランだった。もうすっかり冷え切っていて、クリームは崩れ、栗の欠片が箱の底に散らばっていた。私はそれを避けて通り過ぎた。蓮は帰らなかった。彼は教育棟の下で3日間、待ち続けた。3日目、授業から帰ってくると、蓮はアパートの下で私を待ち構えていた。目の下は青黒く隈ができていて、唇は乾いて皮がめくれていた。「芽依」蓮が私を呼んだ。私は立ち止まった。「一体何がし
ルームメイトのジェニーがドアをノックして、顔だけ半分覗かせた。「メイ、下に荷物届いてるよ」私は返事をして立ち上がった。腰が少しだるい。一日中、机に向かっていたせいだ。1階に降りて荷物を受け取り、開けてみると、母から送られてきた使い捨てカイロと、鍋の素が何袋か入っていた。私は思わず笑って、箱を抱えて部屋に戻った。リビングを通りかかると、ジェニーが彼氏とビデオ通話をしていて、目を細めて笑っていた。私はそのまま通り過ぎて、あまり見ないようにした。部屋に戻って、使い捨てカイロを引き出しにしまう。引き出しの中には、もう何箱も溜まっていた。前に私が生理痛がひどくて机に突っ伏したまま起き上がれなかった時、ジェニーはひどく驚いて、救急車を呼ぼうとした。私はジェニーを止めて、いつものことだから大丈夫と言った。その後、母がそれを知って、毎月送ってくるようになった。私は椅子の背にもたれて、窓の外を眺めた。日が暮れていた。街灯が灯り、並木のカエデを照らしていた。葉は炎のように赤い。ふと気づいた。もうずいぶん長い間、蓮のことを思い出していなかった。来たばかりの頃は、夜中に目が覚めることがあった。天井をじっと見つめて、頭の中がぐちゃぐちゃになった。蓮が私がいなくなったことに気づいたかどうか。蓮が私を探したかどうか。送信しなかったあの別れのメッセージを、もし蓮が見ていたらどんな顔をするだろうか。そのうち授業が忙しくなって、実験レポートが山積みになって、教授の要求も厳しくて。私は毎日図書館に入り浸って、アパートに帰ったらすぐに寝てしまうようになった。少しずつ、そういう考えは薄れていった。やがて、薄れるという段階すら通り越し、忘れてしまったのだ。蓮の電話番号を忘れた。蓮が笑う時、口元がどちらに歪むのかを忘れた。蓮の左手首に着けていた、私が編んだブレスレットの色を忘れた。人を忘れるのに、わざとらしい努力なんて要らないんだと知った。ただ、自分を予定でいっぱいにするだけでよかった。私はコップを手に取って水を一口飲み、またノートパソコンを開いた。画面の光が顔を照らし、文書の末尾でカーソルが点滅している。いくつか文字を打っては、また消した。ふと、出発したあの日のことを思い出した。空港
ケーキ屋の紙袋、透明な箱、その中身はマンゴーケーキだった。マンゴー。蓮の手が震えた。スマホが危うく落ちそうになった。芽依はマンゴーアレルギーだ。以前、うっかりマンゴープリンを一口食べてしまった時、その夜のうちに喉が腫れ上がって、息ができなくなった。その時、彼は芽依を背負って病院まで走った。救急の医師は、あと10分遅れていたら危なかったと言っていた。それ以来、彼は何かお菓子を買うたびに、原材料表示を何度も確認するようになっていた。それなのに、どうして……マンゴーケーキを芽依に買ったんだ?蓮は画面を見つめたまま、頭の中で何かが壊れるような感覚に襲われた。昔は、間違いなくマンゴーを避けていたはずだ。芽依のために買う物なら、マンゴーの香りのシャンプーにすら触れなかった。なのに、この写真のケーキには、マンゴーが入っていた。あの時写真を撮った瞬間は、まったく気づいていなかった。そう考えていると、スマホが鳴った。画面に「茉優」の文字が浮かんだ。蓮は電話に出た。「蓮先輩……」茉優の声は甘えるように柔らかく、少し鼻にかかっていた。「本当に会いに来てくれないんですか?風邪引いちゃって、一人で病院にいるの、すごく心細いんです」蓮はスマホを握ったまま、何も言わなかった。「そうだ」茉優が続けた。「マンゴーケーキ食べたいな。前に買ってくれたあのお店の、また買ってきてもらえませんか?」蓮は口を開いた。けれど、喉から声が出なかった。そうだ、マンゴーケーキを買ったのは、いつも茉優に買っていたからだ。それが習慣になっていた。彼は目を閉じた。自分の声が、ぞっとするほど掠れているのが聞こえた。「茉優、芽依がどこに行ったか知ってるか?」電話の向こうで、不自然なほどの沈黙が落ちた。「芽依さん?知りません」蓮は電話を切った。その場に立ち尽くしたまま、急に寒気を覚えた。さっき結菜に罵られた時の言葉を思い出した。「芽依がこの1ヶ月、一人でどう過ごしてきたか分かってる?あの子が今いなくなって、あんたは満足なわけ?」いなくなった。どこへ行ったんだ。蓮は駆け出し、学校へ向かって走った。国際交流学院の事務室に飛び込むと、顔見知りの職員が顔を上げて、どうしたのかと尋ねた。蓮は
蓮は店の前に長い間立ち尽くしていた。スマホを耳に当てたまま、無機質な機械音が何度も鳴り続けていた。芽依の携帯は、電源が切られていた。彼は画面に目を落とした。23件の不在着信が表示されている。全部、彼女にかけたものだった。苛立ちを覚えて道端の小石を蹴ると、石は転がってゴミ箱の下にぶつかった。空が暗くなり、街灯が灯った。店の明かりも点いた。ゴミ袋を持って出てきた丈治の姿を見つけて、蓮は急いで駆け寄った。「丈治さん、俺の彼女、見ませんでしたか?前にここで食事したことあるんです。ここで告白もしたんですけど、覚えてますか?」丈治が顔を上げて彼を見た瞬間、表情が変わった。その表情を蓮は知っていた。何か言いかけて飲み込むような、同情の混じった顔だ。蓮の胸がざわついた。「兄ちゃん」丈治はゴミ袋をゴミ箱に投げ入れ、手をぱんぱんと払いながら言った。「別れたんなら、もうあの子に構うのはやめときな」蓮は呆然とした。「別れた?誰が別れたんですか?」丈治は首を振り、手を振って、店の中へ戻っていった。ドアが閉まり、ベルが1つ鳴った。蓮はその場に立ち尽くしたまま、スマホをまだ耳のそばに掲げていた。自分は芽依と別れてなんかいない。自分たちはただ……少し考えて、思い直した。ただ、しばらく連絡を取っていなかっただけだ。蓮は結菜の番号にかけた。2回のコールで、繋がった。「もしもし――」「結菜か、芽依はどこにいる?電話の電源が切れてて、今日お前ら――」「蓮、あんた頭おかしいんじゃないの?」結菜の声が、刃物のように切りつけてきた。「今さら彼女を探してるわけ?今まで一体何してたのよ?芽依がこの1ヶ月、一人でどう過ごしてきたか分かってる?よくもまあ、私に電話してこれるわね。あんたにその資格あると思う?」電話は切れた。再び機械音が鳴り響いた。蓮はその場で固まった。秋風が通りの入り口から吹き込んで、上着の裾をばたばたと鳴らした。彼はスマホの画面を見下ろして、ふと何かがおかしいと感じた。芽依とのトーク履歴を開いた。上へ遡る。昨日のやり取りはない。一昨日もない。さらに上へ、1週間前、半月前。指が止まった。最後のやり取りは、1ヶ月前の日付だった。彼が
今日は生理痛の初日だった。下腹部に鋭い痛みが走り、私は少しずつ体を折り曲げた。「芽依、大丈夫か?」蓮が大股で歩み寄ってきた。同時に、茉優も小さく声を上げた。「痛い……」彼女は手首を押さえていた。テーブルの角にぶつけたのか、赤くなっている。蓮はすぐに茉優の元に戻り、彼女の手首を確認した。蓮はちらりと私を見て、なんともない調子で言った。「お前は自分でなんとかしといて。俺は茉優に湿布買いに行くから。戻ったら家まで送る」そう言って、彼は茉優を連れて店を出ていった。下腹部の痛みのせいで私は食事を続ける気力がなくなり、丈治のところへ会計をしに行った。結菜が支えに来てくれて、低い声で言った。「芽依、もう帰ろう。服も濡れてるし、着替えないと」私は首を振った。「戻らない」結菜は驚いた顔で私を見た。「本気であの人を待つつもり?」私は苦笑いして、スマホの航空券の情報を見せた。「もう時間がないの」店を出て、タクシーを呼んだ。車を待つ間、結菜は自分の上着を私にかけながら、念を押すように言った。「荷物、全部持った?スーツケースは?」「持った。荷物は数日前にもう向こうへ送ってある」結菜は頷いて、ふいに私を抱きしめた。目が少し赤くなっていた。「向こうに行っても、ちゃんと自分を大事にしてね」私は笑って頷いた。スマホが震えた。蓮から写真とメッセージが届いていた。写真には、私のサイズに合わせた新しいスカートと、鎮痛薬が写っていた。下にはこんな一文が添えられていた。【他に必要なものあったら、まとめて買って持っていくから】私は返信しなかった。ただ、写真の端に写り込んだ、茉優の手を握るもう片方の手を、じっと見つめていた。そこには――私が編んであげたブレスレットが、なかった。私は息を吐いて、文字を打った。【いらないわ】【蓮、私たち、別れよう】2通目のメッセージを送信する前に、蓮から立て続けにメッセージが届いた。【芽依、茉優が足を挫いた。先にタクシー呼んで病院連れていく】【店で待ってて、すぐ戻るから】【いらないとか言うなよ、後で腹が痛くなって辛いのはお前なんだから】指先が一瞬止まった。返信はしなかった。ふと、ネットで見たある言葉を思い出した。騒