LOGIN陽向side
「……以上が、融資審査委員会の最終決定でございます」社長室に置かれた固定電話のスピーカーから聞こえる東洋メガバンクの藤堂常務の声は、氷のように冷たかった。
「常務、待ってください! 書類審査は通っていたはずです! 五十億の追加融資がなければ、我が社の資金繰りは……」
「陽向君」
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陽向side「結愛、これは一体どういうことなんだ……!? 勝手な真似をして、南雲の顔にどれだけ泥を塗れば気が済むんだ……!」南雲家のリビングでは、義父の怒号が響き渡り、重苦しい空気が漂っていた。あの緊急記者会見で、英玲奈と三越は五百万円の小切手の授受が横領などではなく、亡き母のドレス奪還に対する個人的な謝礼であることを説明した。それどころか、当事者である加藤自らが登壇し、義父の長年にわたる苛烈な暴力や、不倫写真が結愛の脅迫によって捏造されたものであることまで世間に公表してしまったのだ。その結果、世間のバッシングは英玲奈から一転し、猛烈な勢いで南雲家へと向かっていた。「私は……加藤の部屋から五百万円の小切手を見つけて……南雲家に仕えながら、まだお姉さまと裏で繋がっているのは良くないと思い、注意するためにやったことで……まさか、こんな大事になるなんて……」「お前の軽率な行動のせいで、南雲のイメージも信用もガタ落ちだ! どうしてくれるんだ!」「で、でも……! そもそも加藤が裏切ったのは、お父様の長年の暴力が原因だって本人が発言していたじゃないですか! 私だけの責任とは言い切れな……っ」
英玲奈side記者たちのフラッシュが一斉に焚かれる中、加藤は深々と頭を下げ、マイクの前に立った。「みなさんもお察しの通り、彼は当事者である運転手です。しかし、一般人のため今撮影した写真は決して使わないように。もし、使用したら法的手段を取らせて頂きますのでお忘れなく」凱が牽制を込めて釘をさすと、カメラマンの手が止まり、フラッシュの光が消えた。全ての光がなくなったことを確認してから、加藤は深々と頭を下げてからマイクを手に持ち重い口を開いたのだった。「……今回、世間を賑わせている小切手について、真実を説明いたします。あの五百万円は、先程の説明にもありました通り、所有されていた大切なドレスを不当に奪われた際に取り戻した謝礼として、三越英玲奈様から個人的にいただいたものです。横領などという事実は一切ございません」加藤のハッキリとした言葉に、会場がざわめき始める。「……それは、あなたがお金を受け取ったからこの場で証言するように言わされているんじゃないですか?」記者からの意地悪な質問に加藤は首を横に振ってはっきりと否定した。「……そのようなことはございません。私は、自分の意思でこの場に立っています。記事が出回った時、私から連絡を取り、真実を話したいと申し出ました」
英玲奈side世間のバッシングとマスコミの熱狂は、日に日に激しさを増していった。連日、会社の周囲には無数のカメラと記者が押し寄せ、社内も不穏な騒然とした雰囲気に包まれている。業務にも支障が出始めており、これ以上の静観は不可能だった。「これ以上、社内や関係者に迷惑はかけられない。マスコミを黙らせるため、二日後に緊急記者会見を開こう」凱が発表した公式声明は、またたく間にネットやテレビを駆け巡った。そして、迎えた会見当日——。スポットライトの眩い光と、途切れることのないカメラのフラッシュ。都内ホテルの大広間に設置された会場は、異様な熱気と殺気立った雰囲気に包まれていた。壇上に立った私と凱に向けられ、容赦ない罵声に近い質問が一斉に飛び交う。「流出した五百万円の小切手は、業務上横領の口止め料ではないのですか!?」「運転手を裏金で買収していたというのは事実ですか!?」「ネット上に流出した五百万円の小切手は、南雲グループからの横領資金で間違いありませんか!?」
英玲奈side朝、部屋で出勤の支度をしている時のことだった。スマートフォンが小刻みに震え出し、会社スタッフからの着信を告げる。仕事前のこんな朝早い時間に連絡をよこしてくるなんて珍しい。スタッフの身に何かあったのかと心配になりながら急いで出ると、焦った声が聞こえて来た。「はい、三越です」「……英玲奈さん、あー繋がってよかった。今どこですか?ネットのニュースを見ましたか……!?」「どこって家にいるけれど……ニュースって一体、何のこと……?」「まだ知らないんですね……今すぐ見てください!それと、部屋を出る前にコンシェルジュに確認してエントランスの情報を確認してもらってください!いいですね、絶対、勝手に出てはいけないですからね!!!」あまりの念押しに、見る前から既に嫌な予感しかしない。ネットを開くと、ネットニュース一覧に私の名前が表示されていた。『南雲グループ元幹部・南雲英玲奈氏に巨額の業務上横領疑惑!? 運転手に五百万円の小切手を渡し隠蔽工作!』「なにこれ……っ」記事には、南雲の裏金を不正に横領し、口止め料として運転手に流用したという根拠も何もない滅茶苦茶な内容が書かれている。
結愛side翌朝、誰もいなくなった部屋で小切手をまじまじと見つめる。加藤と私が外出している隙を突き、新しく雇った若杉に加藤の部屋を捜索させて本当に正解だった。(まだあの女への忠誠心が残っているとは感じていたけれど、裏で直接お金まで受け取っていたなんて……。このお金であの女は、今でも加藤を裏で操っているっていうの? 思い通りになんてさせない……絶対させないんだからっ……!)画面に写る小切手の額面は五百万円。会社名の記載はなく、英玲奈個人の口座から発行されたものだ。個人的なやり取りで渡したとしても、五百万円はいくらなんでも額が大きすぎる。だが、実際の事実や渡した理由なんて、私にとってはどうでもよかった。大事なのは、この一枚の紙切れを「世間にどう見せるか」だ。(この小切手は、表面上は個人名だけれど、元を辿れば南雲グループから秘密裏に奪い取ったお金。それを運転手の加藤に渡して裏で買収していた……そう仕立て上げて拡散すれば、世間は一体どんな反応をするかな?)すぐに若杉へ電話をかけ、その小切手の現物をすぐに持って来るよう指示をする。英玲奈がかつて南雲グループにいた頃の社内資料と、この五百万円の小切手。それらを都合よく組み合わせれば、「業務上横領」と「内通工作」のスキャンダルが出来上がる。南雲グループの資金を公私混同で横領し、口止め料や工作資金として運転手
陽向side(……嘘だろ……? なんで、なんで俺たちの寝室で結愛が……?)夜の会食まで、まだ少し時間があった。 今日の取引先の重役が以前「一度読んでみたい」と話していた廃盤となってしまった本があったことを思い出し、渡すために一時帰宅したのだ。昼間なら結愛も陸も家で過ごしているはずだから、たまには時間いっぱいまで陸と遊ぼうと思い、自宅の駐車場に着くと運転手を一旦返した。……まさか、こんな地獄のような光景を目撃することになるなんて、その時は思いもしなかった。玄関を開けると、家の中は不自然なほど静まり返っていた。陸のはしゃぐ声も聞こえない。リビングも暗く人の気配を感じなかった。(陸は昼寝でもしているのか……?)リビングを通り抜け、奥の寝室へと向かうと、廊下に微かな声が漏れ聞こえてきた。 しかし、その声は幼い息子の声などではない。大人の男女の……それも、普段の会話とは全く違う、濃密で艶めかしい喘ぎ声だった。「んっ……だめ、若杉……っ」もう何年も耳にしていない、結愛の甘い声。 今の結愛は、俺に対して常に軽蔑するようなきつい