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5・強引すぎる依頼

Author: 泉南佳那
last update Last Updated: 2025-06-21 08:49:21

〈side Ayano〉

なんでわたしなんかに……

怪しいもんじゃないから、とその人は何度も口にした。

でも、どこからどう見ても怪しい。

紫がかった長めの髪、豹柄のフェイクファーのコートに黒の皮パンツ。べっ甲縁のサングラス。

この辺りでは見かけないド派手な服装。

その人はコンサートの片づけが終わるまで、ずっと教会の外で待っていたらしい。

わたしが戸口から外に一歩踏みだしたとたん

「ちょっと、ちょっと、ねえ、そこの君」と言いながらよってきた。

そして興奮した口調で言った。

「おれのモデルになってくれない?」

「……えっ?」

あまりに唐突な申し出に、唖然として立ち尽くしていると

「ちょっと、なんですか、あなた!」とリーダーの美紀さんが駆けつけてくれた。

「あっ、いや。おれ、写真家なんですけど、彼女の写真をぜひ撮りたいんですよ。今度、フランスのMOGA誌で巻頭写真を依頼されて。知りません? フランスの老舗ファッション誌のMOGA」

そう言って、フォトグラファー安西瀧人(あんざいたきと)と書かれた名刺を差しだした。

「それにしたって、いきなりそんな風に言われたら、文乃ちゃんびっくりするじゃないですか」

「文乃ちゃんっていうのか。かわいい名前だね」

そう言って、彼はサングラスを取った。
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  • たとえ、この恋が罪だとしても   5・強引すぎる依頼

    驚いた。 がらっと印象が変わったから。ぜんぜん強面(こわもて)なんかじゃなかった。 とても大人の男性とは思えない人なつっこい笑顔の持ち主。ひときわ惹きつけられたのは、その瞳。 濃茶色の瞳が、まるで貴石のようにきらきらと輝いていて。なんて、綺麗な目をしているんだろう。そう思ってつい見とれていると、その人は嬉しそうな顔で目を細めた。初めて会った男の人だったと思いだして、わたしはあわてて目をそらした。「とにかく、一度スタジオに来て、話を聞いてほしいんだ」 わたしにはこの人が悪人とは思えなかった。でも、モデルなんてまったく考えたこともない話で、青天の霹靂(へきれき)以外の何物でもない。「でも……」なんでわたしなんかが、と言おうとしたらその前に遮られた。「そうだ、嘘ついてないっていう証拠にこれ渡しておくよ。おれの宝物」彼は左腕にはめていた時計を外すと、わたしのコートのポケットにねじ込んだ。「そんな、困ります……」と返そうとしたけれど 「じゃ、必ず来てね。待ってるから」それだけ言うと、ぱっと踵を返して、すぐそばに待たせていたタクシーに乗りこんで、あっという間に走り去ってしまった。わたしはポケットの中でずしっと存在を主張している時計を取りだしてみた。 

  • たとえ、この恋が罪だとしても   5・強引すぎる依頼

    〈side Ayano〉なんでわたしなんかに……怪しいもんじゃないから、とその人は何度も口にした。 でも、どこからどう見ても怪しい。紫がかった長めの髪、豹柄のフェイクファーのコートに黒の皮パンツ。べっ甲縁のサングラス。 この辺りでは見かけないド派手な服装。その人はコンサートの片づけが終わるまで、ずっと教会の外で待っていたらしい。わたしが戸口から外に一歩踏みだしたとたん 「ちょっと、ちょっと、ねえ、そこの君」と言いながらよってきた。そして興奮した口調で言った。「おれのモデルになってくれない?」「……えっ?」あまりに唐突な申し出に、唖然として立ち尽くしていると 「ちょっと、なんですか、あなた!」とリーダーの美紀さんが駆けつけてくれた。「あっ、いや。おれ、写真家なんですけど、彼女の写真をぜひ撮りたいんですよ。今度、フランスのMOGA誌で巻頭写真を依頼されて。知りません? フランスの老舗ファッション誌のMOGA」そう言って、フォトグラファー安西瀧人(あんざいたきと)と書かれた名刺を差しだした。「それにしたって、いきなりそんな風に言われたら、文乃ちゃんびっくりするじゃないですか」「文乃ちゃんっていうのか。かわいい名前だね」 そう言って、彼はサングラスを取った。

  • たとえ、この恋が罪だとしても   4・見つけた!

    きちんとメイクをすればものすごく映える顔立ちだ。くせのないストレートの黒髪もいい。身長は160㎝ぐらいでバランスも上等。 顔が小さく手足が長くてスレンダー。 こっちも合格。もっとよく観察して、直観に間違いがないか確かめたかった。チラシを受け取って入口のほうに歩いていくと、後ろから「ありがとうございます」と明るい声がはじけた。固い木の椅子に腰をかけて待つこと15分。コンサート開始。お世辞にもうまいとは言えないコーラスだったが、そんなことはどうでもよかった。周りで見ている人たちもほとんど出演者の家族や友人のようで、おれの存在はかなり浮いていたが、そんなこともどうでもよかった。上手前列の端から二番目にその子はいた。緊張のせいで顔がこわばっていたが、歌いだしたとたん柔らかい表情に変わった。でも甘さだけでなく、一本筋の通った凛とした風情も漂っている。イメージにぴったりだ。 頭のなかに次から次へとこれから取るべき写真の構図が浮かんでくる。衣装はクラシカルなドレス。清楚な白もいいが、意外に赤も似合いそうだ。   見つけた。おれが探していたのはこの子だ。 さて、どうやって口説き落とそうか。まずはスタジオに来させないと。おれは頭のなかで策をめぐらしていた。

  • たとえ、この恋が罪だとしても   4・見つけた!

    「ありがとうございました」 椅子から立ち上がると、店員の女の子が挨拶した。軽く会釈を返すと頬を赤らめた。バリスタ風の制服がよく似合っていてちょっといい感じだけど、モデルにするにはインパクトが足りないし、イメージにも合わない。  さて、これからスタジオの近くをぶらついてモデルを物色するかな。 幸い天気もいいし、今日みたいな日は女子たちが大挙してあの辺りを闊歩しているはずだ。   そんなことを考えながら、駅に向かっていると、坂道の途中に小さな教会があった。 入口の横に立て看板があって『クリスマスコンサート』と書いてある。もう、そんな時期だよな、とそのまま通り過ぎようとしたら、白いスモッグに赤いベレー帽をかぶった人に「どうぞ」と水色の紙を手渡された。手書き文字で〝讃美歌コンサート〟と書かれている。へたくそなサンタの絵とともに。「お時間があればどうぞお入りください。もうすぐ始まりますから」とか細い声で問われる。ごめん、忙しくて、と言おうとして顔を上げて、はにかんだ表情を浮かべている顔に目をとめた。あれっ? この顔……じゃないか。おれが探していたのは。今はほとんど化粧っ気がなくて地味に見えるけど、よく見ると整った骨格をしている。

  • たとえ、この恋が罪だとしても   4・見つけた!

    おれは当時付きあっていた子をありとあらゆる角度からクローズアップで撮った写真を出品していた。「へえ、虫も殺さないような優男風情なのに、ここまで女の子の粗(あら)を暴けるのは才能ね。気に入ったわ」と言って、名刺にプライベートの携帯電話の番号を書くと、おれに手渡した。  2日後再会して、すぐにシティホテルにしけこんで(もちろんホテル代は紗加持ち)、それから4年、ビジネスパートナーとして、そして愛人としての関係が続いている。彼女よりも20歳ほど年上の紗加の旦那は、某有名企業の重役で資産家。 旦那の会社が紗加の務める画廊に出資していた関係で知り合ったらしい。旦那のほうは紗加を愛人にしたかったらしいが、なんでも自分のものにしないと気がすまない彼女は、結局先妻を追いだして妻の座についた。いわゆる略奪婚ってやつだ。旦那は紗加にべたぼれで、浮気もなかば公認。 紗加にとって旦那の価値は最初から金だけ。愛情は微塵もない。それに彼女の浮気相手はおれだけってわけじゃない。ただ、おれ以外はみんな一晩かぎりの相手だけど。そういうおれも、ひとりの子とだけ付きあうのは苦手な性質だから、今の紗加との関係は気に入っている。他の子と遊んでも文句を言われないのはありがたい。

  • たとえ、この恋が罪だとしても   4・見つけた!

    そして、夜に都合3回。今朝起きてからも1回と、紗加の身体を責めに責めて十二分に堪能し、まだベッドでぐったりしている彼女を残してマンションを後にした。紗加の自宅は職場から電車で30分ほどの、「都内で住みたい街ランキング」トップクラスの人気を誇る住宅街にある。その界隈には洒落た店が多く、よく雑誌で特集が組まれたりしている。おれはマンションのすぐそばの雰囲気のいいカフェに入って遅めの朝食をとった。紗加を抱いているあいだも、つねに頭から離れなかったのはMOGAの件だ。 最近はモデルありきの仕事ばかりで、少々鬱屈していたところだった。「ただの撮影屋で終わる気はない」と事あるごとに紗加に訴えてきた。 彼女もおれの才能を買ってくれている。 紗加とはじめて会ったのは、専門学校の友達と開催したグループ展の会場だった。彼女はそのころ京橋の画廊でキュレーターをしていた。紗加が画廊に現れたとき、おれが留守番役でひまを持て余していたときだった。入ってきた瞬間、息を飲んだ。同級生の女子たちとはくらべものにならない大人の色香に圧倒されてしまった。   目を離せず、無遠慮に見つめていると、彼女はまったく臆することなく嫣然(えんぜん)と微笑みながら「あなたの作品はどれ?」と尋ねてきた。すこしかすれたハスキーなその声にもやられてしまった。 

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