LOGINノブルス子爵家の長女マーガレットは、幼い頃から頭の回転が早く、それでいて勉強を怠らない努力家。 婚約者も決まっており、相手はなんと遥か格上の侯爵家で、王都で噂されるほどの美貌の持ち主らしい。田舎貴族のノブルス子爵家にとって、奇跡に等しい縁談であった。 そして二人は結婚し、いつまでも幸せに暮らしましたとさ……と、なればよかったのだが。 新婚旅行の当日、マーガレットは何者かに殺されてしまった。 しかし、その数日後、マーガレットは生き返ることになる。 全財産を使い、蘇りの秘薬を購入した人物が現れたのだ。 信頼できる仲間と共に復讐を誓い、マーガレットは王国のさらなる闇に踏み込んでいく。
View More――それから五年後。 バロンブルグ王国は、かつてないほどの活気に満ちていた。 王都の大通りには新しい店が並び、地方と王都を繋ぐ街道はよく整えられ、人と物の流れは以前とは比べものにならないほど滑らかになっている。各地の騎士団詰所には改良された通信装置が置かれ、緊急時の連携も早くなった。職人たちは新たな仕事に恵まれ、商人たちは国の未来を語り、平民も貴族も、この国はこれからもっと豊かになるのだと信じていた。 その繁栄の中心に立つのは、アスリー・レイ・ギルフォード国王だった。 即位から二年。 あの方は、口にした通りの王になった。 民を見下ろすのではなく、近くで見ようとする王。必要とあれば泥のつく仕事も引き受けるくせに、その手でちゃんと明日を示してくれる王。 バロンブルグ王国はいま、愛によって治められている――そう言えば大袈裟かもしれない。けれど、少なくともマーガレットには、それ以外にうまく表す言葉が見つからなかった。 その国政を支える柱の一つとして、いまやファーブリック公爵家の名も広く知られている。 事件の後、ダグルドは第二王子派を支え抜いた功績と、その後の王政改革への尽力を認められ、公爵へと陞爵した。さらに、エンヴィが再び立ち上げた工房と機械開発、それを支えるファーブリック家の後ろ盾は、国の経済を大きく押し上げることとなった。 そしてその流れの中で、マーガレットもまた、自分の立場を確かなものにしていた。 表向きの肩書きは公爵家夫人。 けれど実際の彼女は、それだけではない。 人と人、家と家、商会と貴族、王城と地方。表に見えるものと、まだ表に出ていないもの。その間にある流れを見極め、繋ぎ、時には危険の芽を先に摘む。 女だからと軽んじられたことも一度や二度ではないが、それでも今では、困り事を抱えた者が「まずはマーガレット様に」と口にすることも増えていた。 彼女はもう、守られるだけの令嬢ではなかった。 自分で選び、自分で立ち、自分の名で生きる人間になっていた。 そんな日々の中でも、今日ばかりは仕事のことを考える余裕はない。 ファーブリック公爵家の私室。陽だまりの落ちる広い部屋で、マーガレットは深く息を吐きながら、ゆったりとした椅子に腰掛けていた。丸みを帯びた腹にそっと手を当てる。出産を間近に控えた体は重
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ノブルス家との再会を終えた夜。 平民街の小さな家には、久しぶりに穏やかな静けさが満ちていた。 窓の外では、夜風に揺れた木の葉がささやくような音を立てている。遠くで犬が一度だけ吠え、また静寂に戻った。戦いの最中には気にも留めなかった、ありふれた夜の気配だ。 マーガレットは二階の自室で、姿見の前に座っていた。 今日の涙の跡はもう消えている。けれど、胸の奥にはまだ、家族に抱きしめられたときの温かさが残っていた。死んだと思われていた娘が戻ってきたのだ。喜びも、戸惑いも、悲しみの余韻も、全部が入り混じっていた。 そしてそのどれもが、今の自分を確かに“生きている者”にしてくれている。 鏡の中の自分を見つめていると、控えめなノックの音がした。「マーガレット。起きてる?」 エンヴィの声だ。「ええ」「少しだけ、話してもいい?」 少しだけ、という言い方が妙に彼らしい。 マーガレットは小さく息を吐き、立ち上がって扉を開けた。
第一王子カイセルの失脚が公にされると、王都の空気は一変した。 それまで水面下で繋がっていた夫人会の残党は、潮が引くように静かになった。もっとも、静かになったからといって罪が消えるわけではない。ダグルド侯爵家の一室では、その後処理が着々と進められていた。 大きな机の上には、夫人会に属していた女たちの名と、ヴェルン商会との接点を書き出した紙が並んでいる。モルガン夫人が捕らえられたあとも残っていた緩い繋がりは、思った以上に広かった。 ただ、その性質はさまざまだ。 深く関わり、実際に細工や連絡役を担っていた者。 名だけを貸し、流れに乗っていただけの者。 何かおかしいと感じながら、立場を失うのが怖くて目を逸らしていた者。 全てを同じ重さで裁くべきではない。そう判断したのは、ダグルドだった。「罪の軽重を見誤れば、また同じことが起きる」 青い瞳を細め、彼は紙の束を前にそう言った。「恐れから沈黙した者と、積極的に手を汚した者を同列に並べるのは違う。見せしめだけで終わらせれば、残るのはまた怯えた沈黙だ」 その言葉に、マーガレットは静かに頷いた。
翌日の夕暮れ前。 平民街の小さな家の二階で、マーガレットは鏡の前に立っていた。 姿見に映っているのは、もはやハイゼンベルク伯爵に囲われている令嬢でも、ノブルス子爵家の娘でもない。くすんだ茶色のワンピースに、使い込まれた白い前掛け。髪は三つ編みにして布で包み、目立たぬよう頭の後ろでまとめている。顔には化粧をせず、わざと唇の色味まで抑えてあった。
家に戻ると、すでにアスリーとネルコが来ていた。 平民街の家のリビングに当然のように第二王子が座っている光景にも、そろそろ驚かなくなってきた自分が怖い。赤茶色の机に頬杖をつき、足を組んだアスリーは、帰ってきたマーガレットの顔を見るなり、口の端を上げた。「いい顔してるじゃねえか。何か掴んだな?」