LOGIN王都西方、城壁の上に立ったサルロ一行は、静かに戦いの姿勢を取った。ダンケルは赤い翼を羽搏かせて雨中に舞う。ガリヤが二本指を立てて詠唱を始める。サルロと、軽めの鎧を与えられたセキは、敵の只中へと飛び込んだ。
「なにゆえ、独りで座っているのか──」 ガリヤの詠唱が始まる。魔物たちは動きを緩め、降り注ぐ迫撃砲や十ミリ弾の前に肉体を削られ始めた。ダンケルの打ち下ろす炸裂弾も、次々に化け物を屠る。青の背徳者に放たれた弾丸は、防御魔法に弾かれるが。 それを受けて、サルロは剣を構える。「蒼炎よ、我が剣に宿れ!」 ボウッ、と雨もものともせずに、黒の混じった蒼炎が立ち上った。上段に構えられた剣が、地面を打つ。花が咲くように炎が広がり、魔物の群れを飲み込んだ。「セキ」 そう名前を呼んだ彼の脳内に、迷いが生まれる。また、傷を負わせることになるのではないか。次々に護国騎士団の騎士が飛び込んでくる中、彼は恐怖を殺す。「私から離れるな」万の将兵を、一朝一夕に動かすに能わないことは、誰の目にも明らか。列車を使うにも、一度に運べる人数は限られる。そこで、千人ほどの部隊を先行させることとなった。 その中核となった第八特別隊は、列車の用意を待っている最中だ。 サルロは、僅かな休息の中で、食堂を訪れていた。パンとドライソーセージ、サラダにスープを加えて、水。豪華とは言えない。 そんな彼は、椅子の一つに腰掛けた。目の前に、銀色の髪と灰色の瞳を持つ青年が、座っている。「エーエスト・サルト、だったな?」 その青年の名を、サルロは呼んだ。「ええ。赤盾騎士団のエーエスト。あなたと、とある共通点を持つ者です」 儚さを持った、可憐で中性的な顔立ち。諦めたような冷たい声音。この青年が『白銀の貴公子』と呼ばれていることを、サルロは聞いたことがある。「共通点、か……魔剣を持っていることだな」「ご明察。まあ、異端の剣とは違うものですが」 エーエストはコーヒー片手に語る。「それで、どんな魔剣なんだ?」「氷の魔剣、とだけ言っておきましょう」「私が無用に言いふらすとでも思っているのか?」「僕の魔剣は、かつて神々が鍛えたもの。古龍の魔剣とは、格が違うんです。あなたには、あまり明かしたくない」 嫌な奴だな、とサルロは『らしくない』印象を抱いてしまった。「しかし、まあ……」 カップを置いて、貴公子はコーヒーの水面に視線を落とす。「オルメアとて愛するその精神には、一定の評価を与えています。あの目を、僕は愛せそうにない」 そう言い残して、彼は立ち上がる。「実力については、全幅の信頼を寄せているとは、言っておきましょう。今度の戦場で、存分に見せてもらいますよ」 彼は去ってしまう。サルロとしては、もう少し話をしたい所だった。 明くる日。相棒の手入れをしよう、と武器庫に騎士や戦士が集まっていた。そこで近くにいたエーエストへ、サルロは声を掛ける。
「デーグは落ちたか?」 ザルバトレ帝国、帝都ガル。金色の目を持つドレッサス皇帝は、玉座の肘掛けで頬杖をつき、問うた。「ケーブルの繋がらない地点での単独行動であった故、正確な同行は判断しかねますが……」 サングラスをかけ、跪いている、黒い軍服の男は言う。顔も上げずに。だが、冷たい金色の双眸で、ドレッサスは口を開く。「前置きはよい、オソクルド元帥。単刀直入に述べよ」「はっ……通信兵より送られる断片的な情報になりますが、総司令部を占拠したとの報告が複数上がっております。官邸の確保、大統領の拘束も、近く完了するかと」「そうか。早々にハベルを落とし、大統領をここに連れてこい」 ドレッサス皇帝は、徐に立ち上がる。すらりとした四肢が、元帥へと近づく。「オルメアに人は導き得ない。あの目だ……黒い目。体ばかりが大きく、それに足る脳味噌を持っていないのだからな」 皇帝の、喉の奥で鳴る低い笑いに、元帥は何も言えなかった。 オソクルド元帥は、この戦争の意義を考える。帝国の地脈は弱まりりつつあり、土地は痩せ、様々な恵みも満足に得られない。 それを補うために、領土が必要だった。属国のサバトルやナカランから供給させている魔力も、そう遠くない未来に枯れるだろう。 その背景には、魔王の力が強まっていることがある。そこに逆転の発想を齎したのが、蛇王だった。(蛇王は何を求めている?) 皇帝の去った玉座の間から、元帥もまた、出ることにした。(魔法の亡骸を封印するのではなく、エネルギー源として利用する。それはわかる。魔王を制御化に置くことで、大陸を支配する。それもわかる) 黒い軍服に身を包んだ彼は、左腰にサーベル、右腿に拳銃というスタイルだった。(だが……蛇王は魔王の支配する世界が築ければそれでいい、と言う。本当にそれだけか?) 亡骸が持つ無尽蔵とも言える魔力を地脈に流し、エネルギーを補う。理屈としては通っている。だ
サルロの両手剣が、赤き雷霆を以て、鎧の騎士を両断した。ごとり、と力を失った上半身が乾いた地面に落ちる。そういう光景が、二十分ほど繰り返されていた。 血糊のべっとりついた剣を振るえば、その赤い汚れが大地に飛散した。ここは戦場。ヘルムの中で、彼はそっと息を吸った。「こちらインサ。たいちょー、機関車潰していい?」 インサの甲高い声が、ヘルムの内側に付けた通信機から聞こえてくる。「頼む」 そう彼が応じた直後、巨大な赤い火球が、空に輝いた。まるでもう一つの太陽。列車の戦闘を往く機関車のボイラーに、それは着弾することとなる。 刹那、弾ける。爆裂魔法の術式が込められていたのだ。轟音と共に炸裂し、ボイラーに大穴が開く。 無論、それが足止めにしかならないことをサルロも知っている。爆発と、それに伴う振動によって、赤暁砲から振り落とされる護衛の兵がいた。そこが、狙い目だ。「こちらサルロ! 赤暁砲に爆弾を設置する!」 十メートルの背丈を持つ列車砲に、彼は駆け寄った。上から撃たれる十ミリ弾は、左手を起点とした防御魔法で受け止める。カンカンカン、と悲鳴にも似た音が連続し、銃弾の数々は弾かれていく。 魔力で強化した肉体を使って、赤暁砲の通路へと跳躍。小銃手へ、瞬時に接近して斬り捨てた。その死体が落ちる前に拾い上げ、向かい側にいる小銃手へ投げつける。更には、「炎番!」 と黒い炎の矢を飛ばし、撃ち抜いた。燃え盛る肉体、漂う悪臭。サルロは見ていられなかった。戦場に立ったことを呪ってくれ、と。 ボイラーの爆発で人の減った、この戦略兵器。サルロは、ポーチから三つ、半球状の爆弾を取り出した。砲身に一つ。赤く塗装された球形のユニット──動力部と推測される部分に、二つ。爆弾は、鋭利なクローを展開し、がっちりと接地部分に喰らい付いた。「設置完了! 撤退だ!」 サルロは大声を発しながら赤暁砲より飛び降り、丘へと向かう。追撃はない。彼が馬に跨り、その腹を蹴った時、赤暁砲が爆ぜた。 空に吹き飛ぶ、蒼天石。陽光を反射してキラキラと輝く。それは、
蒸気機関車が、北へと向かう。千名の将兵を載せて、三百キロ離れたハベル要塞へ向かうのだ。「スカの戦いで、敵は巨大な兵器を使用した」 第八特別隊第一中隊に属する、七十五名を載せた車両の中で、キッスがスピーカー越しに話す。背後の壁には、二十メートルの砲身を台車に乗せた、大きすぎる大砲の写真が表示されていた。そして、それらはそれぞれの座席の前にも、転送されている。「決死の偵察によって、この兵器の名前が明らかとなった。『赤暁砲』。大量の魔力に指向性を持たせて放つ、対結界兵器だ。そうだな、グッバード」 中隊長に発言を促され、グッバードは口を開く。「ああ。スカを守ってた結界は、一撃で破壊された。同じものが使われりゃあ、ハベルだって一夜で落ちるぜ」 サルロはその言葉を聞きながら、隣で体を小さくするセキの肩を抱き寄せた。「戦場では、私と一緒だ。これ以上、怪我はさせない」 そっと、彼は囁く。「一つ、質問いいっすか」 ガリヤが手を挙げた。「その、赤暁砲。運搬は、やっぱり鉄道なんすか」「ああ、確実にな。だが、射程が長い。スカでは、山の隙間を縫って長距離狙撃を行ったようだ」 厄介だ、と皆認識を共有した。「射程は五キロメートルほどと推測されている。そこで、サルロ小隊に頼みたいことがあるんだ」 キッスが指で指し示すので、サルロ率いる小隊二十五名は一斉に立ち上がった。「赤暁砲の捜索、及び破壊をやってくれ。そのための兵器は、ハベルで渡す」「それはいいのですが……馬も用意していただけると」「勿論だ。ハベルには、魔力で強化された馬が配備されている。心配は無用だ」 サルロの過剰な心配に、彼は剣のような声で応じた。「この兵器には重大な弱点がある、と考えられている。そうだな、グッバード」 また指名された巨漢が立ち上がるとの入れ替わりに、サルロ小隊は腰を下ろした。「あれだけのエネルギー量だ。一発撃てば砲身が持たねえ。オーバ
ドドッ、ドドッと地鳴りにも似た音が、黒い空に響き渡る。土煙が巻き起こり、初夏の雨の中に消えていく。それを為すのは、装甲化された魔物に跨った、騎士たちだ。 目指すのはスカの街。城壁の向こうから降り注ぐ迫撃砲も恐れず、彼らは我武者羅な突進を行っていた。 その前に、土嚢で作られた野戦陣地が現れる。ビューグルの音が鳴り響いた時、小銃を構えた共和国歩兵たちは、ほぼ同時に体を出した。 一糸乱れぬ、一斉射。十ミリ口径の弾丸は超音速で飛んでいく……しかし、止められなかった。防御魔法を展開した騎士の突撃を前に、歩兵の陣地は蹴散らされていく。「ダメだ、これじゃ火力が足りない!」 兵士が叫べば、「止めろ、退くな! 共和国の誇りに懸けて、帝国の手先を押し留めろ!」 と指揮官が応じる。それでも、どうしようもない、という現実ばかりが彼らの目前には、厳然と存在していた。肉を裂かれ、骨を断たれ、無残に倒れていく兵士の数々。「ユウマ、おい、ユウマ!」 隣に立っていた友の名を呼ぶ兵士は、突っ込んできた魔物に頭を潰され、物言わぬ骸となった。「おうおうおう!」 そんな戦場に、野太い声が響き渡る。これでもか、と昼空から雨が降る。「赤盾騎士団、ここにあり!」 スカの城壁に、鎧で身を固めた者たちが立っていた。赤い合金で作られた盾を構え、飛び降りる。迫りくる黒冠騎士の前に立ち、防御魔法で突撃を止めた。 だが、その中で、一際目立つ巨体を誇る男が、敵の只中へと飛び込んだ。盾はなく、身の丈ほどある体験を握っている。「行くぞてめえら! 帝国の雑魚どもを切り刻め!」 男はそう叫んで、大きく跳躍した。大剣を地面に叩きつければ、そこから発せられた風の刃が広がって、黒冠騎士を三人ほど、バラバラにした。 ヘルムのバイザーの中から、チカチカと、赤い光が明滅する。大剣を持ち上げ、肩へ。その姿勢のまま敵の集団へと切り込み、一人、また一人と帝国の騎士を切り伏せていく。鎧など、桐の板のように切り裂かれていく。「だが、これじゃ足りねえな……」
首都デーグの騎士館で二泊し、朝。サルロ一行は朝食の席に着いていた。「全ての糧はあなたのもの。豊穣神アルシフィエラに、感謝を」 司祭が先導した祈りに、騎士たちは「感謝を」 と続けた。そこからは、騒がしい食事が始まった。 サルロはベーコンエッグをナイフとフォークで食べようとした。だが、すぐに手を止める。自分の食事もほっぽり出した騎士や戦士、魔法使いたちが、彼を取り囲んだのだ。「あんたが、例の蒼騎士だろ?」 「例、というのは?」 「異端の集団を追い出したっていう、最強の蒼騎士サルロ・ファージ。教えてくれよ、あんたの強さの秘訣」 彼は、そっと向かいのガリヤに視線を送り、助けを求める。されど、肩を竦められるだけだ。「特別なことは何もしていないさ。長く鍛錬を積んで、慢心しないこと。それだけだ」 「じゃあ見せてくれよ、蒼い炎! 蒼い目をしてるってことは、使えるんだろ?」 ウッ、とサルロは短く呻く。正直に言えば退くだろうか、と考える。むしろ、軽蔑の目を向けられるのではなかろうか。「あたしが見せてあげます!」 隣に座っていたセキが、助け船を出す。その右掌には、小さな蒼炎の塊が生じていた。「へえ! これが魔を祓う聖なる炎か……嬢ちゃんは何者なんだ?」 「サルロ様の従者にして一番弟子、そして婚約者です!」 彼女に向かっていた視線は、一斉にサルロに戻る。「いや、まあ……否定はしない」 「なんだ、蒼騎士様と言ったって煮え切らねえんだなあ!」 騎士たちは、大きな笑いを挙げる。サルロは、確かに恥じらってはいた。だが、それこそが今ここに生きていることの証左と知って、僅かに表情を緩める。「それで、君たちは確か──」 「ああ、赤盾騎士団の者だ。これから先、あんたと一緒に戦うこともあるだろうが、ま、安心して任せてくれよ」 「おいおい、こいつは頼らんでくださいよ。腰抜けのへっぴり腰なんすよ」 「なっ、おい!」 サルロそっちのけで言い合いを







