俺⃞か⃞ら⃞は⃞捨⃞て⃞ら⃞れ⃞な⃞い⃞か⃞ら⃞、⃞捨⃞て⃞る⃞な⃞ら⃞侑⃞さ⃞ん⃞か⃞ら⃞捨⃞て⃞て⃞よ⃞。⃞
あの日も、俺を引き止める侑さんから逃げた。
国民的人気俳優と言われていても、好きな人を前にすると無様だった。
それと自宅マンションの付近で、俺や侑さんにひつこく張り付いているマスコミ関係者がいるのは分かっていた。
背が高くて、いつも不自然に視線を逸らす。そいつは狡猾な目をして、いつも俺や侑さんの近辺を探っていた。
だったら今が、ちょうどいいタイミングなのでは?
結局侑さんも自分の自宅マンションに戻り、俺は俺で侑さんに一切の連絡も、会いに行く事もしなかったから。
週刊誌やネットニュースで(綿貫昴生と常盤侑ついに破局か?)というのまで出ていた。
これなら少なくとも、世の中の汚い連中から侑さんを守ることはできるから。
でもそのやけに胡散臭い男はマンションの外に出た俺に接近してきて、ついに耳打ちまでしてきた。
「綿貫さん。———あなたが常盤さんのストーカーをしていた、という噂があるんですよ。
面白いとは思いませんか?」俺を脅すつもりか?
あいにく今は、お前みたいな奴を健気に相手してる余裕がないんだ。「————それは脅しですか?
もしそうだとしても……そんな証拠がどこにあるって言うんですか?」吐き捨てるように言ってやると、薄っすらと顎髭を生やした男は一笑した。
「証拠がないとでも、思ってるんですか?」
不気味に肩を震わしながら去って行く男に、俺は一抹の不安を覚えた。
自分の事はどうだっていい。
だけど侑さんを巻き込むことだけはしたくない。侑さんを巻き込むことだけは。
*** 『常盤侑のあれ、何!?』 『会見で愛してるとか、本当にあり得ないんだけど!』 『でもちょっとカッコよくなかった?』 相変わらずテレビやネットは、私と昴生の事で賑わっている。 あの会見の後、私と昴生はすぐに謹慎処分を食らった。 すっかり見放したような態度をとる八重樫ではく、佐久間さんに、だ。 鳥飼さんはまた心配して泣いていた。 自宅はマスコミの餌食になるからと、昴生がプライベートで購入していた別荘に来る事になった。 さすがは人気俳優。 マスコミも許可なく私有地には入れない。ここなら誰かに追われる心配もない。 初めは別々の部屋を使っていたけど、結局夜になって昴生は私の部屋にやってきた。 死にそうな顔をして…………… どうしてそんな顔をしながら避けていたのか、私も知りたかった。 すぐに昴生に中に入るように言って、ドアを閉めた。 「侑さん。俺。」 昴生は項垂れたまま、ドアの前で気まずそうにしている。 まるで怒られてしゅんとする大型の愛犬みたいだ。 「久しぶりだね、昴生。 こうやって話すの。」 「——————何であの時、あんな事言ったの………?同情………?」 今、目の前に昴生がいる。 目と鼻の先に。同じ空間に。 手を伸ばせばすぐに触れる距離に。 「ねえ。昴生。 どうして私の事を、避けてたの?」 ずっと話したくて堪らなかった。 理由も分からないまま、一方的に避けられているのはあまりに辛くて。 私の事がもう嫌いになったなら、そう言って欲しい。 そうしたら、いくら私でも諦められたのに。 「侑さん。元
あの会見場で、昴生は全てを諦めたような顔をしていた。 カメラのフラッシュが焚かれる中。 記者達は、まるで昴生を追い詰める悪のような目をしていた。 私は昴生の置かれている立場がよく分かる。 自分が誹謗中傷を受けた時は本当に辛かった。 見えない悪意に晒されて、世界中の人が敵になったような気がした。 本当に昴生がどうしようもないストーカーだったなら、私はこの場所に足を運んでない。 いつもは強い昴生が、なぜか会見場で泣いてるように見えた。 1人の記者が昴生に露骨に質問をぶつける。 『綿貫さん! 俳優の常盤さんへのストーカー疑惑についてなんですけど、あれは全て事実なんですか?』 「そうですね———あれは………」 私はその場にいた記者の1人にマイクを借りた。そして少しずつ、会見場の中央にいる昴生に近づいていった。 彼が私の方を見て、驚愕し、息を呑む様子が分かった。 この気持ちが伝わるかは分からないが、心配しないでと、私は目で合図を送った。 私にとっての昴生がどんな人かは、もう分かってる。 あの頃辛かった私を慰めてくれたのは。 私を守ってくれたのは。生かしてくれたのは。 私に生きたいと思わせてくれたのは………… やっぱり昴生だったから。 私だって彼を守りたい。 彼が何か困っているなら、力になりたいし、側に寄り添いたい。 昴生を、愛しているから……………… 真っ直ぐに昴生を見つめ、私は淀《よど》みなく言った。 「私と綿貫昴生さんは—————— 現在も交際中であり、私は彼を愛しています。 そして&mdas
昴生の事は、テレビやネットニュースで見かけるようになった。 ドラマに映画にと忙しそうな彼は、相変わらず甘い笑顔でファン達を魅了していた。 私は自分のマンションで、少しだけ物が増えた部屋で、そんな昴生を眺めていた。 一緒に暮らしていたあの時間が、凄く懐かしい。 今思えばあれは夢だったんじゃないか。 そんな事を思ったけど、この身体にはあの夜の感覚がハッキリと残っている。 寂しかった玄関に小さな水槽を置いて、二匹の熱帯魚を飼い始めた。 それを見ていたら、何だか笑えてしまった。 「つい最近まで昴生に飼われてた私がまた、熱帯魚を飼うなんて……」 レースのカーテンを開けて、テラスの柵に寄りかかる。季節はもうすっかり冬だ。 時々、無性に昴生に会いたくなる。 だけど彼が私を避けているから、これ以上私にできる事はない。 何とか役者を続けながら、元いた生活環境に戻っただけなのに。 どうして前以上に、こんなにも切なくなるのだろう。 ふとした瞬間に思い出す。昴生と一緒に暮らした日々を。 まだ眠たそうに部屋から出てくる昴生。 あくびをする昴生。 優しく微笑んでくれる昴生。 洗濯物を干している昴生。時々柔軟剤の匂いがする昴生。 料理を作ってくれる昴生。 たまに、訳の分からないナゾナゾみたいな事を言ってくる昴生。 髪を洗ってくれた昴生。 熱く私を抱いてくれた昴生。 目が合えば必ず、私が好きだという顔をしていた……………… 「会いたい…………」 ただ無性に昴生に会いたい。声が聞きたい。 私達もう、このままなの? だったらどうやって忘れたらいいの? どうやって聖を忘れたのか、思い出せない。 それくらい、こんなに
お⃞願⃞い⃞だ⃞か⃞ら⃞、⃞側⃞に⃞い⃞て⃞。⃞ あれから昴生と全く連絡が取れないまま、私はひたすら映画の役に打ち込んだ。 愛した人に裏切られ、次々と周囲の人間を殺していく女殺人鬼の役。 昴生と連絡が取れなくなった今の私には、ちょうど良かったのかも知れない。 現場で久しぶりに役を演じていると、少しだけ昴生の事を忘れられた。 それとは逆に忘れかけていた、懐かしい気持ちを思い出した。 役を演じるのって、こんなに大変で……… こんなに楽しいものだったのかと。 「侑お疲れ!今のすごく良かったよ!」 時々我妻監督が拍手しながら、演技を褒めてくれた。 いつの間にか役に入り込んで、汗をかくほど熱演していた。 「あ……ありがとうございます。」 照れながら言うと、今度は側で見学していた共演者の数人が手を叩き始めた。 「やっぱり常盤さんの演技はいいですね。」 「好きですよ、私。」 「常盤さんの演技力は健在ですね!」 他の俳優達は、皆本当に演技が好きという顔で笑っていた。 「あ、ありがとうございます……。」 思わず感謝の言葉が出る。 そう言えば久しぶりに、何も考えず、誰の目も気にせずに役を演じた気がした。 不器用な私は、役を演じる以外に何もないと思っていたのに。 役者という職業に、必死に縋りついているだけとばかり思っていたのに。 私、本当は…………… 演じる事が好きだったの………………? 自分が役者である事に苦しんで、苦しめられてきたと思っていた。 でも、もしかしてそうじゃないのかも知れない。 私、やっぱり役者でありたいんだ。
我妻監督とは以前にも仕事をした事があった。 と言っても何年も前に、だ。 監督は今や世界的にも有名な人だ。 そんな監督にオファーを受けた私は、今は落ちぶれた女優。 それなのに、どうしてまた私を使ってくれる気になってくれたのかが分からないけれど。 本来なら他の俳優陣達と同じようにオーデションを受けるのが普通なのだろうが、なぜか個人的にオーデション会場に呼び出された。 八重樫は仕事があるならなんだっていいと言っていたけれど。 「久しぶりだな、侑。」 久しぶりに会った我妻監督は、昔と変わらない接し方で私に話しかけてきた。 「…お久しぶりです。監督。」 オーデションを受けるための会場には、私以外に俳優の姿はない。 しかも鳥飼さんさえ、今回は何の役なのか聞かされてないという。 そこには我妻監督の他に、数人の有名な映画関係者が座っていた。 我妻監督は昔から少し変わり者な事で有名だった。 そのため、手がけたのはいつも普通とはどこか違う異色作だった。 返ってそれが視聴者の目を惹き、監督は瞬く間に有名になった。 何年も経っても変わらない顔の我妻監督は、笑顔を崩さずに言った。 「侑。今回お前に演じて欲しいのは…… 殺人鬼の役だ。 愛する人に裏切られた女が、殺人鬼になって次々と周囲の人間を殺していく話。 どうだ。……演じてみる気はないか?」 「………殺人鬼、ですか?」 私が一瞬呆けていると、我妻監督はさらにニコッと笑顔を浮かべた。 正直、戸惑った。 けれど仕事が全くない今、呑気に仕事を選んでいる場合じゃない。 それに…… 昴生が今私を避けているのは、私が仕事もせずに家でブラブラと過ごしてることが、いい加減嫌になってきたのかもしれないから。 このまま彼を失
それから暫くして、私もマンションを出た。 周囲にはもう誰もいなかった。 「帰ろう……昴生のところに。」 昴生に会いたい。 きっと、もうすでに深く彼を愛してるいる。 思った以上に深く絡め取られて、甘い罠に完全に嵌ってしまったみたいだ。 もう抜け出せる気がしないし、その気もない。 私を拾い、私を救い、私を生かしてくれる人。 私を決して死なせたりしない人。 それが昴生だ。 これからは昴生と一緒に未来を歩んでいきたい。 あれから昴生のマンションに戻ったのに、彼は電話に出なかった。 いや、それ以前にすごい着信履歴とメールが残されていた。 電話に気づかずに凄く後悔してる。 予定よりだいぶ早く着いたみたいなのに…… 昴生。一体どこに行ったの? 何で電話に出ないの……? * それから昴生と、すれ違いの日々が続いた。 「侑さん……!喜んでください! 仕事です…! あの我妻監督から、侑さんを使いたいってオファーがあったんですっ……!」 「……え?」 ある日鳥飼さんが、いつもの倍以上のテンションで私に仕事の話を持ってきた。 もう自分は何かの役を演じることもないだろうと思っていたのに、本当にびっくりだった。 あれから私は、昴生の帰ってこない家に一人でいる意味をじっくりと考えた。 何の音沙汰もなく昴生からの連絡が途絶えて、家にも帰って来なくなった。 連絡しても返事がない。電話にも出ない。 きっとこれは仕事が忙しいとかいう理由じゃない。 私は間違いなく、避けられてる。 昴生。 ……どうして避けるの? もう私のことが