数日後、再びまりかとモカはそれぞれ変装して、昴生の住むマンションを訪れていた。
ただ……当然だが正面玄関で、どうしてもセキリュティの関係で中には入れない。
奥には警備員の姿も見える。 「まりかさん、どうします?やっぱり無理かなあ。 住んでる階《フロア》まで突き止めるのは…」「いや。ここまで来たら諦めたくないんだけど。」
暫くマンションの周りをウロチョロしてると、背後から男に声を掛けられた。
「ねえ…もしかして浅井まりかちゃん!?」知らないサラリーマンだ。中堅といった風貌の。
「ねえねえ、さっきからマンションの前で一体何してんの?
えっ…まさかそっちは如月モカちゃん!?」興奮気味に男が近寄ってくるので、モカは笑顔を引き攣らせたけれど、対照的にまりかはニコッと笑った。
「えっと……お兄さんはこのマンションに住んでる方?」
「うん、そうだよ」
「良かった……!
このマンション、綿貫昴生さんが住んでますよね? 私達、仕事の関係で綿貫さんに呼ばれて家に行くとこなんですけど、スタッフさんとはぐれた上に、住んでる階を忘れちゃって……! 良かったら教えてくれません?」「あー…綿貫さんの?
でもまあ、そういう事情なら教えても大丈夫だよね。 本当はここの住人のプライベートは絶対話しちゃいけないって厳しいルールがあるけど。 まあ、浅井まりかちゃん達と言えば間違いはないよね!」「良かった〜まりか達、本当に困ってたんですー。ありがとうお兄さん。」
「えっとね、彼は確か……あ、
そこには侑をまるで恋人のように扱い、肩を抱く昴生がいた。 「なん……でよ!何であの女が綿貫さんのマンションから出て来るのよ……っ!」 見つかったらまずいと、モカが慌ててまりかの腕を引いて建物の死角に一緒に隠れる。 そんなまりか達に全く気付かずに、二人はエレベーターに向かっている。 サングラスとマスクをした女が侑———だと、まりかには何ですぐ分かるのか。 理由は昴生が、侑をやたらと構っていたからだ。 挨拶で訪れた事務所にいる時も、控え室にいる時も、ドラマの撮影の後も。 なぜか昴生の目が侑を追っている事を知っていた。だから。 まりかはそれが不愉快だったし、侑が嫌いだった。ずっと。 人気女優である自分と人気低迷女優の彼女。 愛想はないし、表情はどことなく暗い。 その性格のせいで仕事だってないのだ。 昔は売れていたようだが、今でもそう思ってるなら、勘違いするなと言いたくなる。 どちらが昴生に相応しいか、一目瞭然なのにと。 「うそ……でしょ?何で?」 「まりかさん?まりかさんはあの女の人知ってるんですか?あれが…一般人の彼女?」 あれが侑だと全く気付いてないモカが興奮気味に言ったのが、まりかはますますに気に食わなかった。 「モカ、あの2人の写真撮って。」 「え?でも……」 「いいから!早くしてよ!」 「は、はい!」 怒鳴られてモカは慌ててバックからスマホを取り出し、去っていく二人の背中を写真に撮った。 昴生と侑が車に乗って去ったあと、駐車場に残されたまりかは最高に低いテンションで呟いた。 「ねえ…その写真、全部まりかに送って。」 「は、はい&hell
まず彼の住んでる場所もぜんぶ秘密にされていたから、思いがけず知る事になれて嬉しい!と、まりかは興奮する。 数日後、再びまりかとモカはそれぞれ変装して、昴生の住むマンションを訪れていた。 ただ……当然だが正面玄関で、どうしてもセキリュティの関係で中には入れない。 奥には警備員の姿も見える。 「まりかさん、どうします?やっぱり無理かなあ。 住んでる階《フロア》まで突き止めるのは…」 「いや。ここまで来たら諦めたくないんだけど。」 暫くマンションの周りをウロチョロしてると、背後から男に声を掛けられた。 「ねえ…もしかして浅井まりかちゃん!?」 知らないサラリーマンだ。中堅といった風貌の。 「ねえねえ、さっきからマンションの前で一体何してんの? えっ…まさかそっちは如月モカちゃん!?」 興奮気味に男が近寄ってくるので、モカは笑顔を引き攣らせたけれど、対照的にまりかはニコッと笑った。 「えっと……お兄さんはこのマンションに住んでる方?」 「うん、そうだよ」 「良かった……! このマンション、綿貫昴生さんが住んでますよね? 私達、仕事の関係で綿貫さんに呼ばれて家に行くとこなんですけど、スタッフさんとはぐれた上に、住んでる階を忘れちゃって……! 良かったら教えてくれません?」 「あー…綿貫さんの? でもまあ、そういう事情なら教えても大丈夫だよね。 本当はここの住人のプライベートは絶対話しちゃいけないって厳しいルールがあるけど。 まあ、浅井まりかちゃん達と言えば間違いはないよね!」 「良かった〜まりか達、本当に困ってたんですー。ありがとうお兄さん。」 「えっとね、彼は確か……あ、
あ⃞ん⃞な⃞女⃞嫌⃞い⃞。⃞早⃞く⃞死⃞ね⃞ば⃞い⃞い⃞の⃞に⃞。⃞浅井まりかが綿貫昴生に興味を持ったのは、同じドラマに出演したのがきっかけだった。 遅咲きだが、人気俳優として注目されている昴生は、デビュー当時からチヤホヤとされていた人気女優のまりかにとっても、雲の上のような存在だった。 26歳のまりかと32歳の昴生では年の差があるが、その大人の魅力にハマってしまったのだ。 だからどうして。 自分の大嫌いな女優、常盤侑が綿貫昴生と一緒にマンションから出てくるのか、まりかには理解できなかった。 「なん……でよ!何であの女が綿貫さんのマンションから出て来るのよ……っ!」 *** 綿貫昴生という人気俳優は、あまりプライベートを明かさない事でも有名である。 自身でSNSはやっておらず、いつもドラマやイベントの告知は、事務所が運営するSNSやサイトでだけ。 彼の秘密を知りたりたいファンがするスレもそうだ。 彼のプライベートを明かそうとすると、いつも書き込みがサイト側に消されている。 テレビ番組に出ても適当に流す彼。 謎でミステリアス。大人っぽいのがいい。 そんな称賛までされている。 特にSNSで芸能界の闇が晒され始めたから、事務所側も慎重だ。 発信する人も気をつけなければ訴えられる時代になってきた。 躍起になって彼を暴こうとするのは、熱烈で行儀の悪いファンだけ。 だけどまりかにはその気持ちが分かる。 好きな人の事は、例え些細な事でも暴きたいから。 あの日昴生に断られ、モカに言われて気持ちを再燃させたまりかは、彼女と一緒に昴生の後をタクシーで、こっそり尾行した。 彼を乗せてる運転手は、敏腕だと有名なマネージャー。 彼はマンションに着いて車を降り、マネージャーに手を振った。
仕事の関係で上京していた聖に偶然再会し、告白された。 嘘みたいだったし、夢のようだった。 その頃はすでに自分の不器用さに参っていた時期で、そんな時にそばに居てくれる聖の存在がすごく大きかった。 名前だけの家族しかいない私には、彼だけだった。 仕事が減って、何もかも上手くいかない中で、聖だけが私の心の拠り所で、唯一の希望だった。 だけど結局いつしか二人はすれ違っていった。 互いの世界が違い過ぎたのもあるだろう。 女優と一般人の彼。 売れても売れてなくても、私はきっとずっと聖に寂しい思いをさせていた。 知らないうちに嫌な思いもさせたのかも知れない。 だから……でも。 私を唯一理解してくれた聖に、捨てられたと分かった時。 辛かったし、死にたかった。 好きな人に捨てられれば生きれないほど、私は本当に弱かった。 本当に大好きだった。 幸せになって欲しいと願う反面、忘れないで欲しいと願っていた奇妙な矛盾。 「侑さん。」 —————長い夢を見ていたみたい。 あの後眠っていたの? ベッドで目を覚ました私の側には、主人の目覚めを待つ飼い犬みたいに昴生が待機していた。 しかもなぜか嬉しそうに目を輝かせ、起きた私を黙って見つめている。 今私の側に、聖はもういない。むしろもう誰も。 親も……友達も。 それなのに。 どうしてこの人は、当たり前のように私の側にいてくれるんだろう。 ゆっくり上半身を起こして私は昴生に尋る。 「綿貫くん。…昨夜どうして部屋に来なかったの?」 昴生がぴくっと肩を揺らした。 ベッドの
話しを聞いた聖はなぜか酷く怒っていた。 「だって…そうでも言わなきゃ、お母さんと電話もできなくなる。 なんだっていい……例え嫌われてても繋がってられるなら……」 その当時、両親から見捨てられたという事実が酷く私を臆病にしていた。 幼い時に捨てられた傷は、簡単には癒えてくれない。 だから、もうこれ以上捨てられたくないと無意識に足掻いていたんだろう。 「……聖。私、怖いんだよ。 また二人に見捨てられるんじゃないかと思って、いつもビクビクしてる。 もし連絡が取れなくなったら今度こそ……私は本当に一人になってしまうから。」 その話をした直後。夕暮れの公園で。 ベンチに座る私を見下ろし、なぜか聖は泣きそうな目をしていた。 「侑……お前は一人じゃないよ。」 「……え?」 「大丈夫だよ。俺がいる。」 「聖、それって……?」 聞こうとしたけど、その場に聖の友達が通りかかって結局聞けずじまいだった。 それからオーデションで見事合格した私は、本格的に女優業に専念するため上京を決めた。 住む場所は事務所に用意してもらった。生活費も、後から給料引きになるらしい。 当時から八重樫が運営するマイナーな芸能事務所ではあったけれど…… そこまで心配する必要もないはずだと。 なのに見送りに来た聖はなぜか凄く不安そうだった。 「向こうに行ってもちゃんと…連絡して。」 まだ残暑が厳しい9月。 「うん……ちゃんと連絡する。 今までありがとう……聖。」 「元気で&
大⃞丈⃞夫⃞だ⃞よ⃞。⃞俺⃞が⃞い⃞る⃞。⃞ 聖とは中3の時、クラスが一緒だった。 親戚の家をたらい回しにされ、時期外れの転校ばかりしていた私は、あまり周囲には馴染めなかった。 一か月だけ過ごしたあの田舎町から引っ越し、次に世話になった親戚の家で中学の2、3年を過ごした。 小野寺《おのでら》聖は、当時サッカー部に入っていた。 髪は少し長めで、見た目は軽そうだったが、実際は爽やかな性格で、本当は優しい人だった。 友達は多くて、いつも目立つグループの中にいて、女子にもそれなりにモテていたと思う。 「……堤さん。まだ帰らないの?」 下校時刻を過ぎてもまだ教室に残っていた私は、日が落ちていくグラウンドをボンヤリと眺めていた。 この時の私は、まだ母の姓を名乗っていた。 「小野寺くん。……うん。帰らなきゃね。」 「…何か辛いことでもあった?」 「……?どうして?」 「何だか……辛そうな顔してる。」 良く知りもしないのに、聖は私の顔を見ただけでそれを察したように言う。 「うん……そうかも。私……辛いのかもしれない。」 なぜか素直に本音を溢した。 聖のこと、私の方もよく知らなかったのに。 それは私がまだ女優デビューする前だった。 世話になっていた家には二人の姉妹がいて、遠縁の私の事を煙たがっていた。 だから帰りたくなかった。 けれどそれを聖に言い当てられるとは、夢にも思ってなくて。 「俺で良ければ……話聞くよ?」 困ってる人を見過ごせない。聖は当たり前のようにサラッとそう言ってくれた。 その日から、聖との交流が始まった。 その後は堰